第26話 ファーマ君、王宮へ行く その4
春期休暇期間に入り、ターニャとグレイシス君はロザリアさんを連れて、迎えに来たエンドール家の飛行車に乗って実家に帰った。
最近、ターニャの努力? の成果もあってか、ロザリアさんはグレイシス君にだいぶ慣れたらしく、不意に近づかなければ50㎝くらいまで距離を詰めても我慢できずに手を出す事は無くなった。
なので次の段階として狭い空間で長時間男の人が一緒にいてもパニックにならない為の訓練と称してターニャが連れて帰る事にしたそうだ。勿論、両家の両親には承諾を得ている。
因みに僕も誘われたのだけど、4月は早生米の田植えもあって忙しいし、お役目もあるので丁重にお断りした。
そして今日は毎月恒例のセリウス様との交流の日だ。とは言ってもまたミシェリアーナ様が一緒だろうから3人の交流の日だな。
第3の囲碁勉強会の方にもミシェリアーナ様は顔を出すようになった。まあ、やっているのは五目並べなんだけどね。
ミシェリアーナ様が顔を出すようになって大人達も五目並べを楽しむようになった。遊び方が簡単なので小さな子供とでも遊べると高評価を受けた。とはいっても、大人は囲碁の方が好みみたいだけど。
皆さん勉強熱心で基礎はしっかりと覚えたので、僕が教えられる事はあまり無くなった。あとは検討しながら腕を磨くしかない。
もっと上級者が先生をやったら教えられる事も沢山あるんだろうけど、僕もそれほど深い知識がある訳ではないのでこれ以上教えるのは難しいのだ。
下手に僕の考え方を押し付けるとおかしな癖がついちゃうからね。とは言っても勉強会は楽しいので、囲碁指南のお役目は向こうから断りがあるまで辞めるつもりはない。
「今日も囲碁と五目並べをやりますか?」
「うーん、どうしよう」
「五目並べはいつもやっているから他の事がやりたいわ」
「そうだね。僕も囲碁は第3にやっているから、今日はミリアナのやりたい事をやろうか?」
「良いのですか? じゃあファーマ、私の知らない面白い話をしなさい」
「えぇっ? 面白い話ですか?」
困ったな。突然面白い話と言われても思いつかないぞ?
「何か指定してもらえると話もしやすいんですが、どんな話が聞きたいか希望はありますか?」
「浮遊島、ドラグーンの国の話が聞きたいわ」
日那国の話か。セリウス様とミシェリアーナ様は生まれてこの方、王宮の敷地の外に出た事がないらしく、僕が旅をしていた時の話を聞くのが好きだ。
これまでに囲碁や五目並べの合間に簡単に旅をしている時の話をした事があるのだけど、食い入るように聞いてくれる。
「分かりました。では、簡単な絵を描きながら日那国で僕が経験した事をお話しますね」
紙とペンを用意して絵を描きながら新右衛門さんと初めて会った時から順に日那国で経験した事を説明する。勿論、聖界での話は省いて。
「ファーマ、絵も上手なんだね」
「道具も無しに此処まで描けるなんて、褒めてあげるわ」
僕がざっと描いた日那国の風景画を見てセリウス様とミシェリアーナ様が褒めてくれた。
「まあ、道具や建物は設計図を書いたりするので、それなりに見せられるものは描けますね。生物画はあまり得意ではありませんが」
生き物って難しいんだよね。
「でも、おかしな形の家ね? この屋根に乗っているのはなに?」
「これは瓦という陶器で作った板です。デザリアの家でも使われている屋根材と似たような物ですね」
「陶器? 割れたりしないの?」
「石でも投げつければ割れますけど、雨風で割れる事は滅多に無いですよ? かなり丈夫なので素手で殴ったりしても、余程強い人でない限り割る事はできません。逆に手の方が折れますね」
空手家さんは10枚も20枚も重ねて素手で割るそうだけど普通の人は1枚でも無理だろう。
因みに瓦は持って帰らなかったのでうちの家の屋根は日那国の瓦ではなく、デザリアの屋根材の形状を瓦と同じ形で特注した物を使っている。
この屋根材は日那国の瓦より脆いので5年に1度くらい交換しないと風の強い日に落ちてくる事があるそうなので困りものだ。
「でも、さっき説明している時に木造の家だって言っていたわよね? こんなに沢山乗せたら重くて潰れちゃうんじゃないの?」
「潰れないような設計になっているので大丈夫ですよ。僕が今住んでいる家もこの絵に描かれている家と同じ日那国式の家です」
どうやら日那国式の家に興味が湧いているらしく、顔に〝見たい〟と書かれているようなキラキラした目で見られた。
「家以外はどんな感じなの?」
「服装や料理もだいぶ違いますよ。服はこんな感じの着物と呼ばれる物を着ています」
「動きにくそうね?」
「動きやすいのもあるんですよ。今描いたのは女性用の着物で男性は袴というこんな感じの服を下に履きます。興味があるなら次に来る時に持ってきましょうか?」
まあ、レオナが着ていた物だから王女様に着せるのは問題があるだろうけど、黙っていれば問題はないだろう。
「うーん、興味はあるけど、こんな地味なのは趣味じゃないわ」
あー、無地で描いたから地味に見えたか。実際に日那国で売られている着物は柄が入っていて綺麗なんだけどな。まあ、無理に着せる必要はないだろう。
「他には何かないの? 楽器とか」
「ありますよ。いい音がして気に入ったので幾つか買って帰りました。異空間保管庫に入っていますから見てみますか?」
「当然、見るわ」
「僕も、見てみたい」
楽器好きなんだな。2人とも家の話以上に凄く目がキラキラしている。
僕が取り出したのは【木笛】【摩弦】【打弦】【連太鼓】【板琴】の5つ。
木笛は和楽器の横笛と似た感じの笛。摩弦は弦が3本の二胡みたいな弦楽器。打弦は三味線の弦を4本にしたような弦楽器。連太鼓は子供の顔ぐらいの大きさとその2回りくらい小さな和太鼓を枠で1組に繋げた太鼓。板琴はピアニカぐらいの大きさの木琴だ。
もっと色々あったんだけど、大きな楽器は使う場所が難しいので買ったのは何処でも使えるこの5つだけ。
「へー、やっぱりデザリアの楽器とはだいぶ形が違うのね? ファーマ、何か聴かせないさいよ」
「そうですね。じゃあ、この笛から順番に奏でてみますね」
ぷぴー、ぽひゅー……
「ちょっ、それ絶対にちゃんと吹けていないわよね?」
「音がおかしいよ」
僕が笛を吹いた途端に2人揃ってガクッと突っ伏した。
「あはは、実は笛は苦手でして。本当はもっと綺麗な音が出るんですよ? じゃあ、摩弦をやりますね」
Gyweeeeee! Gaaaaaa!
「いーやー! 止めて、耳がおかしくなるわ」
「ファーマ、それも苦手だよ、ね……?」
「あれ? おかしいな。前はもっと違う音が出たのに……」
ちょっと失敗した所為で2人とも耳を抑えて辛そうにしている。
「得意な楽器を使いなさいよ。得意な楽器を」
得意な楽器か……どれなんだろうか? 実を言うと楽器はどれも苦手なんだよね。……連太鼓なら叩くだけだし大丈夫だろう。
ドンボコポコゴンコンボコドン……
「ファーマ……」
「ちょっと貸しなさい」
セリウス様に凄く可哀そうな子を見るような目で見られ、ミシェリアーナ様に太鼓を持っていかれ
「いい? あまり手に力を入れずに弾む感じで叩くの」
ミシェリアーナ様が連太鼓を叩き始めるとトントトトントト♪ と僕が叩いた時とは違う軽快な音が鳴る。
「おおー、初めての楽器なのに凄いですね? 日那国で聞いた時もこんな音がしていましたよ」
適当に叩いているだけなのに、ちゃんと曲っぽくなっている。本当に初めてなのか?
「ファーマが下手過ぎるだけよ。初めてでも、これくらいは叩けるのが普通よ?」
ミシェリアーナ様の話を聞いてセリウス様もウンウンと頷いている。
本当に? これでも結構マシになったほうなんだけど? 因みにエミルは『個性的でいいすね』と言ってくれる。まあ、表情から察するにお世辞なんだろう。
「ファーマにも、苦手な事が、あったんだね」
「いや、そりゃ沢山ありますよ? 誰かに協力してもらわないと生きていけないです」
音楽に限らず至らない事は多い。人は1人では生きられないのだ。
「でも、得意な楽器を選ばせてアレって事は残りの2つはもっと酷いのよね?」
「どうなんでしょうか? 一応、5つとも弾き方は教わったんですけど」
「えっ?」
「教わってアレなの?」
まあ、教わったとは言っても竜人族の説明は理解不能なので見て聞いて覚えるしかなかったんだけどね。
「他にも覚える事が多かったので、楽器は少ししか教わっていませんが一応教わりましたよ? 残りの2つも聞いてみます?」
「結果は見えているけど、聞いてみたい気がするわね」
「怖い物見たさ?」
聞いてくれるという事なので打弦と板琴も奏でてみたが、凄く悲しそうな顔をされてしまった。
「ファーマ、この楽器は預からせてもらうわ。いいわね?」
「気に入ってもらえたんですか? それなら差し上げますよ」
予備も幾つか持っているのであげても問題はない。文句を言っていた割に気に入ってくれていたのなら頑張った甲斐があったな。良かった。
「いや、ファーマの演奏が気に入ったんじゃないからね? 本当の音を聞いてみたいだけだから」
酷い言い草だ。自分でも下手だとは思うけど、今日はまだ上手く弾けた方なのに……
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