第24話 ファーマ君、おもてなしする その4
魔法(神術)の訓練は1時間半ほどで終わり、家に戻って休憩する。
グレイシス君とロザリアさんは一般的な子供と同程度の神力量なので1時間を過ぎた頃には枯渇手前の症状が出てそこで休憩に入っている。
枯渇まで練習しないのには理由がある。
神力は消費し過ぎると命に関わる事があるからだ。枯渇の症状は危険を知らせる体の信号みたいなもの。
僕もエアリス様から教わって初めて知った事なのだけど、神力というものはこの世界の生物の生命活動に必要不可欠なので、残量が総量の2割を切ると死んでしまう事があるらしい。とは言っても人によって総量は違うので一概に2割と決めつけられないんだけどね。
枯渇症状が出始めるのが大体、体内神力の総量の2割5分を切った辺り、この辺りになると少し身体の弛みを感じたり軽い吐き気を催すようになる。
2割を切ると吐き気と弛みで倒れるぐらいに苦しくなる。ここまで消費するとかなり低い確率だけど死んでしまう事があるので、その手前の症状が発生した時点で消費を止めるのが一般的。
とはいっても、ここまでなら先ず死ぬ事はない。この状態から更に消費させてしまうと死の確率が跳ね上がるそうだけど、倒れるぐらい辛い状態から更に神術を使おうとする人はまずいないだろう。
神力枯渇で死ぬとは言ったが即死する訳ではないので酷い枯渇症状が出たら速やかに神力を回復させてやれば死は回避できるのだ。
この知識は学園でも最初の魔法学の座学で教えてくれる事だ。
余談だけど、親方(五平太さん)は『俺は殺しても死ぬようなたまじゃねえよ』とか言って止めても酷い枯渇症状が出るまで練成の練習を止めてくれなかった。まあ、日那国を出る時に注意してあるから無茶はしていない筈……
閑話休題。
「ただいま戻りました」
「百獣の王レオナ推参!」
「みつりのおじゃ、コテツ、すいさん」
お昼になりエミル達が帰ってきた。ここのところレオナとコテツは勇者ポーズにハマっていて農場のみんなとカッコいいポーズを考えてオリジナル勇者ポーズを色々作り出している。
因みに勇者ポーズというのはターニャの家で発見した【勇者バルザクの華麗な日常】に出てくる主人公の決めポーズの事。この家と食堂に置いたらみんなハマって、勇者ごっこがドッジボールと同じくらい農場で流行りだしたのだ。
で、レオナとコテツも勇者ごっこにハマって『推参』とかやるようになったのだ。みんな楽しんでくれているので買って良かった。
「おかえりー、待っていたわよ。レオナちゃん、コテツちゃん」
「ターニャ? 遊びに来てたの?」
こらこら、前もって来るって教えたよね?
「あぅ、ターニャ、おみや、ある?」
コテツは僕が王都に行った時と誰かが遊びに来る時はお土産が貰えると思っている。まあ、原因は毎回お土産を買ってくる僕なんだけどね。
「勿論、あるわよ。今日は最高級のお肉で作った干し肉よ」
「やったー、お肉だー」
「お肉ぅ、お肉ぅ」
お肉と聞いてレオナとコテツのテンションが爆上げ状態だ。変な踊りを始めた。
「ただいま帰りました、ファーマ様」
「おかえりエミル。成果はどうだった?」
「はい、悪くないと思います。ランカもだいぶ弓の扱いに慣れて、止まっている獲物であれば10本に4本は当てられるようになりました」
おおっ、それは凄い。魔物は勘が鋭い。止まっている魔物でも矢を放った瞬間に気付いて回避してくるから当てにくいんだよね。
「ランカは?」
「仕留めた獲物を解体する為に食堂へ行きました」
ああ、そりゃそうだよね。うちの台所じゃ狭すぎて解体には向かないもんね。
「今日は新しい方がお見えなのですね?」
「うん、あの子はターニャの友達のロザリア様だよ」
「タータニヤ様のご友人でしたら貴族家の方ですか? あまり異種族に嫌悪を抱いている様子はないように見えますが?」
確かに、今ターニャと一緒にレオナとコテツに干し肉を食べさせながら、恐る恐るといった感じだけど頭を撫でている。本当に女の子なら異種族でも大丈夫だったんだな。
「女の子なら種族は気にならないみたいだよ」
いや、多少は抵抗があるのか?
「『女の子なら』ですか?」
「うん、ちょっと色々あったみたいで男性恐怖症になっちゃったんだって」
「余程、辛い思いをされたのでしょうね」
周りがどう感じるかは別として、酷く辛い記憶というのは中々消えるものではない。僕も未だに前世の出来事が夢に出てきて気分が悪くなる事がある。エミル達も戦時や奴隷時代の嫌な記憶が突然蘇ってくる事があるそうだ。
それを克服するのは時間が掛かるだろう。でも、ロザリアさんは少しずつ改善が見られるから、いずれは恐怖症も治るんじゃないかな?
まあ、改善と言っても離れた場所からなら会話が出来る程度だけど……
「ファーマ様、ターニャとドッジボールやっていい?」
「それはいいけど、ロザリア様も一緒?」
「うん、ロザリーもやるって言ってるよ」
もう愛称で呼ばせているのか。女の子が相手だと直ぐに仲良くなれるんだな。
「ロザリア様には絶対に男の人を近づけちゃダメだよ? 下手したら死んじゃうからね?」
「いくらなんでもそこまでやりませんわ。失礼ですわよ?」
いや、僕に攻撃してきた時の勢いでやられると本気で危ないから……
「大丈夫よ。危なそうだったら私が止めに入るから」
「本当に頼むよ?」
ターニャにしっかり頼んで送り出した。
「ふぅっ、やっと落ち着けるな」
「そうだね」
ロザリアさんは距離さえ保っていれば無害なのだけど、やはり気を使うのは疲れるのだ。
「ステイール家の屋敷にも遊びに来るの?」
「ああ、2日か3日に1度は遊びにくるぞ。夕食を一緒に摂る事もある」
「えっ? 大丈夫なの?」
「まあ、偶に廊下の角なんかで気付かずぶつかりそうになると攻撃はされるが、防御でしのいでいるから問題はないな」
攻撃はされているんだな……
「でも、会話は出来るようになったみたいだよね? さっき練習中に少しだけど話してたみたいだし」
「いや、俺が話しかけても怖がられるから殆ど会話にならんな。ターニャと会話しているところに混ざる程度であれば何とか会話にならなくもないが……お前が普通に会話していたのには驚いたぞ?」
いや、普通にではないよ? 最近は怯えた目をされる事は減ったのだけど、やっぱりまだ抵抗があるみたいだ。
「僕はターニャを愛称で呼んでもグレイシス君が怒らなくなった事の方がびっくりだけどね」
「なんだ? 怒ってほしいのか?」
「いや、怒られたくはないよ? でも、どういう心境の変化なのかな? って思って」
ターニャに近づく男は誰構わず脅しをかけるシスコン兄だったのに。
「まあ、お前は無害そうだからな。ターニャも異性としては意識していないようだし、愛称呼びを無理に止めさせるとターニャに口を利いてもらえなくなるからな」
「グレスは相変わらず素直じゃないな。ファーマの事を認めていると正直に言えばよかろう?」
ほうほう、認めてくれているのか。それは嬉しいな。
「んなっ? ち、違いますよ? テレサ叔母様。俺はこいつの事なんか道端の小石程度にしか思っていませんから。貴様もニヤニヤするな」
「うんうん、分かってるよ。グレイシス君はいい人だし僕も好きだよ? 折角だから友達になる?」
「ふざけるな。誰が貴様なんかと友達になったりするか。ここに来ているのはターニャの護衛の為だ。勘違いするな」
グレイシス君が照れたように顔を逸らす。素直じゃないなー。
あまり弄ると本気でへそを曲げてしまうので、この話はこの辺で止めて4人で何気ない会話を楽しんだ。
その日の夜。
「ファーマ様、少しだけよろしいでしょうか?」
エミルが真剣な顔で話しかけてきたので別室に移動し2人で話をする事に。
「今日、何かあったの?」
「はい、狩りの最中になのですが、レオナがおかしな気配を感じたそうです」
「おかしな気配?」
「はい。位置ははっきりしないのですが、一定距離を保ってずっと張り付いているような気配があるそうです」
なるほど、レオナの索敵で位置が掴めないという事は、また隠形の魔法道具を使って監視されている可能性はあるな。
今のレオナなら100m以内に入ればそれでも発見できる筈なので、それよりも離れた場所からという事になる。
「レオナがそういった気配を感じたのは今日が初めてなの?」
「私が同行した日では初めてですが、レオナとコテツの2人で狩りに出かけている日の事までは分かりかねます。申し訳ありません」
あー、そうだよね。レオナ達はその場でおかしな気配を感じても、家に帰ってきた頃にはそんな事は忘れているのだ。
「いや、エミルが謝る事じゃないから気にしないで。でも、去年の事があるし、暫くは気を付けておいた方がいいかもね」
「そうですね。出来る限りレオナ達の狩りに同行して、同行できない日には伝心魔法道具で報告させるようにします」
「うん、ごめんね? 忙しいのに」
「いえ、家族の為ですから」
「ありがとう。僕も出来る限りの警戒はしておくよ」
誤字報告頂きました。
誤字が修正されて読み易くなったお蔭か、最近は1日のPVアクセスが4000を超えるようになりました。
本当にありがとうございます。
次回更新は4/9になります。