第21話 ファーマ君、王宮へ行く その3
3月第1週の闇曜日。2回目のセリウス様と遊ぶ日だ。
「おはようございます、セリウス様」
「おはよう。ファーマ」
部屋に入ると中にいたのはセリウス様だけだった。
「今日は、ミシェリアーナ様はご一緒ではないんですね?」
「うん……ミリアナは、熱を出して、寝ている」
ありゃりゃ、ここ3日ほど寒かったから風邪でもひいたのかな?
「それは心配ですね。薬師さんには見てもらったんですか?」
因みにデザリアで言うところの薬師さんというのはお医者さんの事だ。
「心配ない。ただの熱病だし、もう熱は、下がったから」
やっぱり風邪だったのか。
「そうですか、それなら安心ですね。今日は何を致しますか?」
「今日も、イゴを……やりたい」
という事で今日も囲碁の勉強をやりながら、セリウス様と話をした。
ミシェリアーナ様は星を眺めるのが好きらしく、風邪は寝る前にベランダに出て星を眺めていたのが原因なんだそうだ。
星を見終わって布団に入ったらしいのだけど、ちゃんと閉まっていなかった扉が風か何かの影響で全開になっていたらしく、深夜巡回に来た侍女さんが慌てて閉めたそうなのだけど時すでに遅く、昨日の朝から体調を崩してしまったそうだ。
「星って綺麗ですもんね。眺めたくなる気持ちも分かります。セリウス様は盤遊戯以外に好きな事ってあるんですか?」
「僕は、本が、好き」
「僕も本は好きですよ。最近、読んだ本だと【勇者バルザク】のシリーズが面白かったですね」
「その本は、僕も、読んだ。13巻くらい、までが、面白い」
「僕も同じです。その辺りまでが現実味があって面白いですよね。それ以降は面白くない事は無いですけど、創作感が強く出過ぎて少し読み応えが足りなくなるんです」
13巻の途中まではリアルな冒険者の日常って感じの小説なんだけど、その辺りからダンジョンの未到達域を軽く攻略したり、人間だけの5人パーティーでドラゴンクラスの魔物を討伐したり、男爵家の3男という設定の主人公が王女様を娶ったりと夢物語の様な話の成り上がりものの小説に変わるのだ。
とは言っても、世間での人気は13巻以降の方が高いので僕は少数派なのだろう。でも、セリウス様も同じ事を感じたそうなので、本の趣味は合いそうだ。
「そういえば、セリウス様にはミシェリアーナ様以外にもご弟妹がいるんですよね?」
確か兄弟は2人いるという話だったから、もう1人会った事のない子がいる筈。
「うん。アデリアナ母様に、エルメイスという、3才の男の子が、いる」
「セシリア様の子供はセリウス様だけなんですか?」
「うん」
「3才だとまだ一緒には遊べそうにないですね」
「偶に、遊ぶよ」
「何をして遊ぶんですか?」
「エルは、ボールが好き、なんだ。それと、本を読んで、あげると、喜ぶ」
弟さんも本好きなのか。それはいい事だ。
「セリウス様が読んであげるんですか?」
「うん」
「セリウス様は優しいお兄さんなんですね」
〝優しい兄〟と言われたのが嬉しかったのかセリウス様は少しはにかんでいる。
少し間が空いてセリウス様が席を立ち、部屋の暖炉上に置いてあった写真立てを手にして持ってきて
「ここに写っているのが、エルだよ」
見せてもらった写真に写っているワグナード様に抱かれている可愛らしい子を指差した。
「セリウス様もエルメイス様もワグナード様と目元がよく似ていますね? 男らしくて格好良い目です」
褒められたのが嬉しかったのかセリウス様は耳まで真っ赤になった。
「ファーマは、どっちに──あっ、何でもない。すまない」
言おうとして気付いたようで、セリウス様は申し訳なさそうに俯いた。
「いえ、気にしないでください。僕を育ててくれた母の話では僕の顔は亡くなった母によく似ているそうです。なので、よく女の子と間違われますけど、僕は自分の顔が好きですよ」
「そうか。よかった……」
フォローを入れたつもりだけど、上手くいかなかったようだ。凄く気まずい空気になってしまい、その後は会話が弾まなくなってしまい、お昼には少し早いけど一旦食事休憩を挟む事にした。
初日以外はセリウス様達と一緒に食事はしていないので、今日のお昼も僕1人だ。
前世では1人での食事はいつもの事だったんだけど、現世では必ず誰かと一緒に食事をしているので1人での食事は少し寂しい。
部屋で1人食べるのもつまらないので許可を得て今日も部屋を出て庭のテーブルで食事をする。
ここの庭は手入れが行き届いていてとても綺麗で気持ちいいんだよね。食べるのは家から持ってきたお弁当。ランカが用意してくれたものだ。
ランカは僕が教えた日本食を一生懸命覚えてくれて、かなり美味しく作れるようになった。もう、僕より上手なくらいだ。
因みにエミルにはだいぶ前に料理の腕は抜かれている。エミルは僕が作った方が美味しいと言ってくれるのだけど、僕からしてみれば絶対にエミルの方が料理上手だ。
今日のお弁当はウリブーの生姜焼き乗せオムライス。トマトが無いのでケチャップライスを再現するのは難しかったのだけど、白ご飯にフワトロ玉子を乗せるだけのオムライスも充分に美味しい。生姜焼きとの相性もバッチリだ。
因みに生姜焼きとは呼んでいるけど、正しくは生姜焼きではない。生姜によく似た味の薬味を使って作った料理だ。
今日のお弁当も美味しいな。あいたっ……!
お弁当を味わっていたら突然、頭に何か固い物が落ちてきて芝生の上に転がる。
何事かと思って、ぶつかった物に視線を移し拾ってみると、それは紙で何かを包んだ様な物だ。とりあえず紙を広げてみると、中にはビー玉サイズのガラス玉が入っており、紙には《上を見なさい》と書かれている。
上? って言っても空には何も浮いていない。まあ、こんな物が空から降ってくるわけはないので王宮の2階か3階の事だろう。
後ろを振り返って見てみると、丁度僕が食事をしていたテーブルの真後ろの3階のベランダから手を振る女の子がいる。
「ミシェリアーナ様?」
僕が声を上げると、ミシェリアーナ様は口元に人差し指を当てて『シー、シー』と言いながらコソコソしている。何をやっているんだろう?
そう考えていたら、ミシェリアーナ様が手元でゴソゴソやって、さっき飛んできた物と同じ物を僕に向かって投げてきた。
《大きな声出さないで。お母様に見つかるでしょ?》
いや、バレたら不味いなら大人しく寝てないと……
病み上がりに無理をするとぶり返すだろうから僕はミシェリアーナ様が渡してきた紙の裏に
《体調はもういいのですか? 無理をするとまた熱が出ますよ?》
と書いてガラス球を包み投げる。
手紙を受け取ったミシェリアーナ様は嬉しそうに開いて右手でグーサインを出してきた。どうやら、病気はもう大丈夫のようだ。
そして、またミシェリアーナ様が手紙を投げて渡してくる。
《暇なの。何か面白い事をやりなさい》
いや、急に面白い事と言われても難しいよね?
《体調が良くなったばかりなのですから、今日は大人しく寝ていてください》
と書いて返すとミシェリアーナ様は拗ねたような顔をする。そして
《ケチッ、ちょっとくらいいいでしょ?》
《ダメです。また熱が上がりますよ?》
《もう完全に治ったから大丈夫。何か面白い事をやりなさい。命令よ》
《嫌ですよ。もし、見つかったら僕まで怒られるじゃないですか》
そんな手紙のやり取りが続き、ミシェリアーナ様がまた何かを書き始めた時
「ミリアナ! 大人しく寝ていなさいと何度言えば分かるのですか!?」
アデリアナ様の怒鳴り声が聞こえ、ビクッと体を震わせたミシェリアーナ様がソーっと室内に顔を向けトボトボと部屋に戻って行った。
何度も怒られているんだな。暇なのも分かるけど1度怒られたなら大人しくしてないと……
それから暫くお説教の声が響き渡り、侍女さんがベランダのガラス扉のところに来た時に僕に向かって軽く会釈をして、ガラス扉とカーテンを閉めて行った。
どうやら、僕の事はアデリアナ様にはバレなかったようだ。一緒に怒られるかと思ってちょっと焦ったよ。でも、こんなやり取りも楽しいものだな。今度、うちの子達ともやってみようかな?
アデリアナ様の声はかなり大きかったので1階食事をしていたセリウス様にも聞こえていたらしく。午後から部屋に戻ってきた時に『ファーマにも、聞こえた?』と聞かれ、苦笑いしか出来なかった。
ミシェリアーナ様が怒られた原因の一部は僕との手紙のやり取りなのでちょっとだけ良心が痛む……
誤字報告頂きました。
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