第16話 ファーマ君、褒章の話を聞く
ちょっと長めです。
ゴルドオウル侯爵とのお話も終わり、さあ食事だ。と、思っていたら残りの公爵様、侯爵様達の所へも挨拶に回りに行かされた。全ての挨拶回りが終わったのは会食が始まって2時間半後だった。
「お疲れ様、残りの時間は自由にしていていいよ」
「はい、お言葉に甘えさせてもらいます」
グラヴァさんは僕達から離れてまた他の人達と話をしに行った。
「エミル、お疲れ様。奥様方の相手も疲れたよね?」
僕とグラヴァさんがお偉いさんと話をしている間、女性は女性で会話をしていた。エミルは身分が違うからか、殆ど口を開いていなかったけど、ずっと愛想笑いをしているのもかなり疲れる筈だ。
「いえ、色々な話を聞けましたし。ファーマ様がこの国の重鎮方に認められる姿は誇らしく、嬉しく思います」
そうは言っても、エミルの顔にはだいぶ疲れの色が出ている。
「やっと自由な時間だからゆっくりと食事を楽しもうね」
「はい」
それから少しの間、料理を楽しんだ。王宮で出されるだけあって凄く美味しかった。学食やグラダの高級宿の料理も美味しかったけど、ここの料理もかなりのものだ。
少し残念だったのは折角の料理が冷めてしまっていた事。作りたてならもっと美味しいんだろうな。とか思っていたら、急に周りが静かになり王様が会場の上手に立ちこちらを向いている。大人達は全員が王様の方に向かって姿勢を正していた。
「さて、充分に交流も深まっただろう。会食はこの辺りで終了とさせてもらう。最後に、ファーマ。こちらへ来なさい」
「……んぐっ」
まだ食べている最中なんだけど、もう終わり? ってか、なんで呼ばれたの?
名残惜しいが、王様が呼んでいるのに行かないという選択肢はない。エミルはその場に待機してもらい。僕は1人王様のところへ向かった。
王様のところに行くと王様の傍付きの人が僕にみんなの方に向き直るように小声で指示してきたので、指示通りにする。
「今回の領主会議で新詠唱魔法や新魔法文字、そして新しく開発された2つの魔法道具やホムンクルスについての話が行われた。それらを齎したのは、皆も知っての通り、まだ9才という幼い少年。このファーマだ。既に顔合わせを済ませたと思うが、改めて余からも紹介しておこう。皆、若き才能に負ける事の無いよう、今後もデザリアの発展の為に尽力してほしい」
なるほど、紹介する為だった。でも、これだけ多くのお偉いさんに注目されるのは正直居心地が悪い。ほんと、なんでこんな事になっちゃったんだろう?
簡単に僕の紹介が終わったところで、傍付きさんに促され元の位置に戻り、王様の閉会の挨拶が10分ほど続き、話し終えたところで食事会は終了し解散となった。
因みに僕の事は王様から緘口令が出ているので、この場にいる人以外に話さないよう注意してくれている。他に広まる事は無い……筈。
まあ、王族の人は今日この会食に出席していない人も全員、緘口令の内容を知っているんだけどね。
結局、高級料理を味わう事が出来たのは10分だけだったな……あんなに沢山残った料理はどうなるんだろうか? 貰えたりしないかな?
「さて、ファーマと私はこれから少しばかり用事を済ませなければいけないから、君達は先に屋敷の方に戻っていてくれるか?」
グラヴァさんがエミルとオクタビアさんにそう言うと、オクタビアさんは「はい」と返事をする。エミルは少し不安そうな顔をして僕の方に視線を送ってきた。エミルは優しいから、たぶん、僕の事を心配してくれているんだろう。
大丈夫だよ? そんなに疲れていないから。
「心配しなくても、ファーマが一緒じゃないからといって君を雑に扱ったりはしないよ? 良ければ妻のイゴの相手になってやってくれ? 君も打てるんだよね?」
「はい、未熟ではございますが多少は」
「まあ、貴女もイゴを指せるのですね? よければ私に教えて下さいな」
どうやらエンドール家でも囲碁ブームが到来しているようだ。因みにエミルは2年以上も僕と対局して遊んでいるからそれなりに強い。
「エミル、出来るだけ早く帰るからオクタビア様のお相手をしてあげて」
「畏まりました。ファーマ様がそう仰るのなら、お屋敷で待たせていただきます」
ご機嫌なオクタビアさんに手を引かれエミルは先に屋敷に戻った。僕達はと言うと──
「疲れているところ悪いな。領主会議での結果について話しておく」
──前もって聞かされていた通り、王宮の1室で王様から直接、領主会議で決まった僕への報酬、つまり亜人や魔人の今後の扱いについての話を聞くことになった。
「先ず、今後の亜人への対応だが、捕獲や売買は法的に禁ずる方向で決まった」
ゴルドオウル侯爵との話で聞いてはいたけど改めて聞かされると嬉しいな。これでレオナやコテツのように攫われる子が減る。
「現在、個人や事業者が所有している亜人奴隷については、その処遇は所有者の裁量に任せる事になる」
そうかぁ……そうだよね。お金を払って購入している個人の所有奴隷な訳だし、手放せとは命令できないよね……
「エンドール家が全て買い上げるという提案もされたが、所有者が手放すかどうかはわからん。あまり期待はするな」
「買い取れた場合は君に譲る形になるけど、構わないかい?」
「本当ですか? ありがとうございます」
これはちょっと嬉しいな。流石グラヴァさん。僕の気持ちを分かってくれている。
「お前が引き取ったとして、その亜人や魔人を奴隷から解放する事は出来んぞ?」
なんでだ? 個人の裁量に任せてくれるんなら奴隷から解放して自由にしてあげるのが1番だろう? まあ、直ぐに解放しても生活に困るだろうからある程度生活能力を身に付けさせて、あとは本人の意思を尊重して自由にしてあげようと思っていたのに。
「お前が亜人奴隷を人と同じに扱っている事はグラヴァから聞いている。だが、他の所有者の殆どはお前のような扱いはしていない。亜人奴隷は日頃の精神的疲労を解消する為の道具として消費されるか、闘技場で見世物として消費されるか、薬物の実験材料として消費されるかだ」
まあ、前にマルガンさんからも同じ話を聞いた事あるけど、改めて説明されると気分が悪くなるな。
「そういった亜人を奴隷から解放すればどうなるかは子供のお前でも分かるだろう?」
「まあ、恨みを晴らそうとするかも知れませんね」
まあ、そうさせないように良い人間もいるんだという事を教えるつもりではいるけど。
「そういった危険が民に向けられる事は絶対にあってはならん。解放すれば処分されると思っておけ」
……それは困るな。でも、奴隷狩りがなくなるなら将来的には共存も難しくはないよね?
「でも、今後は異種族との関係を良くして交流を深める方向で動くんですよね?」
「いや、その話は否決された」
えっ? ギルド総会の時は結構乗り気みたいな様子だったのに。
「亜人への虐待行為を失くしたのは関係改善の為の1歩ではないんですか?」
「……ここまで話したのだから、隠さずに話しておこう。先程、亜人の捕獲や売買は法的に禁ずると話したが、危機の対処として討伐する事は禁じておらん。民に危険が及ぶと判断すれば正騎士ギルドや冒険者ギルドに依頼して討伐される事になる」
……向こうが何もしなくても脅威を感じたからという理由で好きに攻撃できるなら、なんの改善にもなっていないよね? 下手をすれば現状より悪くなるんじゃないだろうか?
「ついでに言えば、国外で購入し奴隷にする事はまでは禁じておらん。禁じるのは国内で新規に亜人を奴隷にする事だ。国外での出来事にまで干渉は出来んからな」
なるほど、確かにデザリアが大国とは言っても他国での売買にまでは干渉できないよね。でも、態々国外まで亜人奴隷を買いに行く人は少ないだろう。特にキャッツやウォルフは資産価値としては低い扱いだし。
「お前が持ち帰った知識を考えればドラグーンとの交流は大きな益を齎すだろう。だが、同時に国家に危機も齎してしまう」
「でも、ギルド総会の時には皆さん前向きな発言をしていましたよね? 何かあっても大した脅威ではないと」
「ああ、確かにそうだな。ドラグーンを除けば他の亜人どもは大した脅威にはならん。だが、そう考えない者もいる」
まあ、そういう人もいるだろうけど、それを説得するみたいな話じゃなかったっけ?
「反対する者が予想より遥かに多かったんだよ」
と、グラヴァさんが割って入ってきた。
「大きな益を齎すと考えるのではなく、逆に脅威を感じると考える者が相当数いたんだ。無理に意見を押し通そうとすれば国が割れかねない。そういった理由で否決せざるを得ないんだ」
そういえばプラチネル侯爵が僕の事を嫌悪するような目で見ていたな。あれはそういう意味か……でも、食事会の時に挨拶した感じだと嫌悪感を見せたのはガンボウト侯爵とプラチネル侯爵の2人だけだったんだけど? ひょっとして、総会から領主会議までの間に会議に出席出来ない他の貴族達の意見も集めたのか?
「そういう事ならしょうがないですよね……」
僕個人の望みの為に内紛が起こるなら望んじゃいけない。国内で新規の亜人奴隷がいなくなるだけでも良しとしよう。
「1つお尋ねしても良いでしょうか?」
「なんだ?」
「僕が田舎から出てきてデザリアで過ごした期間は短いのですが、平民の間では特定の職業やその関係者以外で異種族に偏見を持っている人というのは会った事がありません。どうしてこの国の貴族はそれほどまでに異種族を嫌っているのでしょうか?」
「ふむ、そうだな。嫌っているという表現はちと違うが、相容れない理由として挙げられるものは幾つかある。先ず1つ目は魔物災害や魔物厄災だ。最も有名なのが凡そ2000年前のドラグーンによる大厄災だが知っているな? 文献によればこの大厄災で人類は滅びる寸前まで追い込まれたそうだ。近年ではプラチネル領で起こった十数年前の魔物災害が有名だろう」
「プラチネル領の魔物災害というのは、ひょっとしてステイール侯爵様が英雄の称号を得た時の災害ですか?」
「そうだ。ファーマが生まれる前の話だがプラチネル領ではその災害時に中規模の町が1つ半壊している」
「随分と酷い状況だったんですね」
「まあ、その話はいい。魔物災害や魔物厄災は小規模なものまで含めるなら、王家直轄領だけでも数年に1度程度の頻度で起こっている。これに対応するのは正騎士や冒険者だ。正騎士の殆どは貴族家の生まれ。魔物災害時に命を落とす事も少なくはない。ここまで言えば受け入れられない理由は理解出来るだろう?」
「でも、魔物災害は魔物が引き起こす事だから異種族とは無関係ですよね?」
「それはお前の主観だろう? 確かにお前と同じような考えを持っている者もいなくはないが、殆どの者にとって魔人というのは魔物の1種にすぎん。亜人と分類されているエルフとドワーフは魔物とは別と考えられているがな」
……まあ、そうじゃなければ異種族を実験動物扱いしたりしないか。っていうか〝殆どの者は〟ではなく〝殆どの貴族は〟だよね?
「そして2つ目が宗教的な問題だな。ほぼ全ての宗派で、亜人や魔人というのは神への反逆者、神話の時代に神の怒りを買った人間が神罰によって魔物や異形種に変えられたと考えられている」
何それ? 前に読んだ本にはそんな事は書いてなかったけど? そもそも、根本が間違っている。エルフとドワーフは進化の段階で人間から枝分かれした種族だけど、他の異種族は進化元が人間とは異なるのだ。
「生きとし生けるものは皆平等だと謳っている神教や神聖教でも同じ教えを説いているのだ。まあ、それが亜人や魔人を〝人〟という括りで呼んでいる大きな要因だな」
神教や神聖教でもそんな考えなの? 今度アリッサに確認してみよう。
「亜人と魔人を分けている理由はなんなんですか?」
「そうだな。1つは今言った宗教的な問題だ。亜人は魔人に比べて人に近い容姿をしている事から比較的罪は軽いと考えられている。デザリアで犯罪奴隷を重犯罪奴隷と軽犯罪奴隷に分けているのと同じだな。もう1つの理由はあまり子供に話す事ではないが、亜人、特にエルフ族は愛玩奴隷として高額で取引されている。だから傷を付けるような真似をする者は少ない」
「ドワーフは違うんですか?」
「ドワーフを愛玩用に購入する者もいなくはないが、余程の変わり者だけだな。ドワーフは鉱山奴隷として買う者が多い。奴らは鉱石を発見するのが得意で酒と食事を与えておけば3日や4日は寝ずに掘り続ける。特にミスリルやアダマンタイトが発掘される危険度の高い鉱山では重宝している」
「どうして高値で買った奴隷を危険なところで働かせるんですか? 直ぐに死んでしまっては損になりますよね?」
「まあ、確かにお前の言う通りだが、危険度の低い採掘場なら鉱夫が掘ればいい。ミスリルやアダマンタイトが採れる採掘場は年間死亡率が20%以上もあるから、重犯罪奴隷や戦争奴隷や亜人奴隷のような、死んでも問題のない奴隷以外は使えんのだ」
いや、問題無くはないよね?
「どちらの種族も重宝するなら奴隷にしたりせず、普通に共存した方がいい仕事をしてくれるんじゃないですか?」
「それは難しいな。奴らは基本的に人を嫌っている。隷属術式も無しに傍に置くのは危険なのだ」
いや、嫌われているのは人間が酷い扱いをするからであって、友好的に接していれば相手も嫌ったりしないだろう? なんでそこが理解できないかな?
「まあ、他にも挙げればキリがないが、主な理由は今話した通りだ」
うーむ、普通は意見を聞いた側の話は相手側が悪く聞こえる筈なのに、どう聞いても人間側が悪くしか聞こえない。という事は完全に人間側に非があるから相容れないという事だよね?
これって世の中から人間がいなくなれば種族間の争いって無くなるんじゃなかろうか? いや、そうなったらそうなったで別の争いが起こるか……7つの星に種別に分かれていた時代にも争いはあったらしいし。
「勉強になりました。ありがとうございます」
とりあえず、異種族が迫害されている理由は分かったから、あとは対策を考えれば良いだけだな。宗教的思想はどうにもならないかも知れないけど、キャッツやウォルフが一般的な魔物とは違い隣人として付き合える人なんだという事を理解してもらえれば、関係改善は出来る筈だ。
「報酬の話に戻すが、現状ではファーマの功績に対する褒章としては不十分なものしか与えられん。そこでファーマには貴族位を与える事になった」
えっ? いらない。
「辞退します」
「言うと思ったよ」
「まあ、聞け」
聞きたくない……
「これはお前にとって悪い話ではない。貴族になるという事は当然責任が付いてくる。が、同時に権力も付いてくる。権力を持っていればお前が所有する物に手を出そうとする者は確実に減るのだ。お前が亜人や魔人を同じ人として受け入れてほしいという1番の理由は、自分が所有している奴隷達の安全を確保する為なのだろう?」
「まあ、それはそうですけど」
出来ればうちの子達だけでなく他の異種族も安全に暮らしてほしい。
「ならば貴族になった方が良い。いくらエンドール家に権力が有ろうと家臣の持ち物を傷付けた程度の理由では相手を咎める事は出来ぬからな。だが、お前自身が貴族であればお前の持ち物を傷付ける、奪うという行為は貴族への反抗、つまりは不敬罪に問えるのだ」
うぬぬ……確かに現時点でレオナ達を守るにはそれが1番良い方法かも知れないけど……
「お前に与えるのは一代男爵という当代限りの男爵位。大きな責任を負う事はない。貴族と言っても子爵位や男爵位は小領地でも持たない限りは、殆どが自分より上位の貴族に仕える家臣。お前のやる事はこれまで通り、主家の為に役立つ事だけだ」
えっ? そうなの? それでいいなら辞退しなくても良いかも?
「まあ、これは決定事項だから辞退など出来んがな」
……さっきまでの長い説明の意味!
「実際に貴族位を与えるのはファーマが成人してからになる。それまでに心の準備をしておけ。それと、貴族は税金以外に定額の上納金を国に納める義務がある。男爵位は年間2万デニール、これを払えなくなったら爵位剥奪だ。しっかり頭に刻み込んでおけ」
ん? って事は態と払わなければ平民に戻れるんじゃ?
「先に言っておくけど、支払い能力があるにも関わらず、払わない場合は反意ありとみなして国家反逆罪になるからね?」
また心を読まれた?
「まあ、君が払えない状況にはならないよ。もし、そうなっても後ろにはエンドール家が控えているからね」
逃がさないという意思が伝わってくるような顔で言われると逃げたくなるよね? それに学園を卒業したらまた旅に出る予定なので貴族位なんかで縛られたくない。
けど、それを言ったら絶対にダメって言われるだろうから今は言わないのが得策だな。
まあ、農場の事もあるからデザリアには戻ってくるけど、事情もあって一所に何十年も住めないので、いずれはデザリアを出て行く事になるんだよね。まあ、まだ先の話だから今はそれほど深く考えなくてもいいか。
この後、更に話は続き、僕への褒章は異種族の捕獲と売買と国内での新規奴隷契約の禁止、貴族位、それとお金、で決定したそうだ。お金はギルドの口座に振り込んでくれるらしい。
貴族になるにあたっての細かな説明は、後日グラヴァさんから教えてもらえるそうだ。
「今後もデザリアの為に尽力してくれ」
「はい、頑張ります」
王様が部屋から出て行くのを待って、見送った後に僕達も部屋から出る。
部屋を出て帰る前にグラヴァさんに会食で余った料理を貰う事が出来ないか尋ねてみたら『貰える訳ないだろう? 何、馬鹿な事を言っているんだ』と呆れられた。
お留守番をしている子達にも食べさせてあげたかったんだけどなぁ。
エンドール家の屋敷に戻ると、着替えを済ませたエミルとオクタビアさんが囲碁を指しながら楽しそうに会話をしていた。
「エミルは本当に良い娘ですね。ファーマ、エミルを私にくれない?」
何言ってんの? この人。
「いえ、エミルは物ではないので差し上げる事は出来ません。それにエミルが傍にいなくなるなんて考えられないので、僕としてはエミルがいてくれる限り傍にいてほしいです」
農場の事が無くても傍にいてもらわないと寂しいし、悲しい。
「ファーマ様……」
ん? どうして涙目?
「申し訳ありません、奥様。私はファーマ様以外にお仕えするつもりはありませんので、有難いお申し出なのですが、奥様にお仕えする事はできません」
「ふふっ、相思相愛なのですね」
いや、そういうのとは違うんじゃないかな? なんていうか、家族愛?
「しょ、しょんな……しょうししょうあい、なんて」
どうした? エミル。活舌がおかしい事になってるよ?
「いいわねぇ。私にもそんな初心な時代があったわぁ。そんな2人を引き離すのは野暮ね。でも、偶にで構わないから、また此処に来てイゴの相手や話し相手になってくれると嬉しいわ。うちの人ったら仕事、仕事で滅多に私と顔を合わせる事も無いから寂しいのよね」
そう言われてグラヴァさんは気まずそうに目を逸らしている。
いや、そこは何か言おうよ。
「そうですね。今はまだ農場が安定しておりませんので、直ぐにご期待に沿う事は出来ませんが、そちらが落ち着いたらまたお相手をさせて下さい。私も今日は楽しませて頂きました」
「ええ、楽しみに待っているわ」
表情を見る限りどちらも社交辞令という訳ではなさそうか?
あとでエミルに確認したところ。本当に楽しかったそうだ。エミルが楽しいのなら今後も無理のない程度にお付き合いしてほしいな。
日も暮れ、今日は泊っていかないかと打診されたのだけど、明日からまた学校なのでお断りして帰る事にした。
「今日は付き合ってくれてありがとう」
「いえ、ファーマ様の同伴者としてご一緒出来るのなら喜んでお供いたします。いつでもお声かけ下さい」
「うん、また呼ばれるかは分からないけど、もしもの時は宜しく。まあ、出来れば呼ばれたくはないんだけどね。偉い人の相手は疲れるから」
「ふふっ、神様とも対等に話が出来るファーマ様でも、国の重鎮達と話をすると気疲れするのですね」
まあ、ある意味神様と話している方が楽だよね。あの方達は偉そうにしないし。
「人間の偉い人の方が面倒だからね。今日なんてゴルドオウル侯爵に『うちの娘と婚約しないか?』なんて突然言われて参っちゃ──うわっと、どうしたの? エミル」
エミルは僕の話の途中でハンドル操作を誤ったらしく、飛行車が大きく蛇行した。
「そ、そ、それは、いったいどういう?」
「いや、断ったよ? 勿論。知らない人と婚約だの結婚だの、絶対に無理だから」
「そ、そうですか。安心しました」
「でもね。グラヴァさんが割って入っちゃって、今度、顔合わせだけする事に──ちょっ、エミル。大丈夫?」
エミルがまたハンドル操作を誤り飛行車が蛇行した。おかしい、邪魔になる物は何もなかった筈なのに。疲れているのかな?
「も、申し訳ありません。おぉ、落ち着きますので少し時間をください」
「疲れているならいつでも運転変わるからね?」
「いえ、申し訳ありません。もう大丈夫です。それで、ファーマ様はどうされるのですか?」
「どう?」
「その……お気に召されたら、その後に婚約などは……?」
「いや、1度や2度会ったぐらいで婚約とかありえないから。それに貴族家のお嬢様と僕の気が合うとは思えないし」
まあ、ターニャも貴族家のお嬢様だけど、ターニャはまた特別だ。あっ、そういえば僕も貴族になるんだったな……まあ、先の事はまだ考えなくてもいいか。
「まあ、悪い子じゃなかったら友達くらいにはなれるかも知れないけど、結婚とか婚約とかは考えられないかな? だって僕、まだ9才だよ? 早すぎるよね?」
「そうですか……そうですよね。9才ですものね。出過ぎた事を言って申し訳ありませんでした」
「いや、全然出過ぎた事じゃないよ? 気になる事は遠慮なく言って。僕もエミルに変な気を使われるより何でも話してもらえる方が嬉しいから」
「はい」
『はい』と返事をしてくれたのだけど、エミルの表情はどことなく複雑な感じだった。うーむ、何かおかしな事でも言っちゃったかな?