第14話 ファーマ君、初めての社交界 その1
レビュー頂きました。ありがとうございます。
「じゃあ、行ってくるね」
「いってらっしゃい。次のお休みはレオナとお出掛け忘れないでね?」
「うん、絶対に約束は守るから今日はお留守番宜しくね」
「うん」
「ファーマ様、甘いの、おみや、まてる」
「わかったよ。帰ったらみんなで食べようね」
「あぅ」
「お2人とも、お気をつけて」
「ありがとうアリッサ。行ってきます」
食事会の日の朝。レオナ、コテツ、アリッサに見送られ王都に向かう。エミルは一緒に食事会に出席するので今日は見送られる側。ちょっと新鮮だな。
1時間半ほどで王都に到着し、貴族用の通用門から王都に入れてもらうと
「ここがデザリア王都なのですね。同じ王都でもアイセンの王都とは比べ物になりませんね」
運転しながら街並みに見惚れるようにエミルが声を漏らす。
「そういえば、エミルはアイセンの王都に住んでいたんだったね」
「はい、ここほどではありませんが、綺麗な町でした」
少し昔を懐かしむようにそう言ったエミル。あまり良い暮らしではなかったという話は聞いていたけど、いい思い出も沢山ある町なんだろうな。
連れて行ってあげたいけど、今はキターサ共和国の領土になっている。キターサはろくでもない国という話だから連れて行ってあげる事は出来ない。せめてお母さんを見つけて上げられれば良かったんだけどな。
ゆっくり王都の街並みを見ながらレオナ達へのお土産を買う為に飛行車を下りてお店にも寄った。まだ8時過ぎという事もあって、あまり店は開いていなかったけど、エミルと2人で街を歩くのは初めてだったのが良かったらしく、エミルがとても喜んでくれた。
2人で買い物くらいで喜んでもらえるなら、また一緒に買い物に行こう。いつも頼ってばかりで申し訳ないからね。
約束の9時にエンドール家のお屋敷に到着。
「お待ちしておりましたファーマさん、エミルさん」
僕達を待っていてくれた執事さんに大広間に案内され、中に入ると広間には数十着の服が所狭しと並べられている。
「あの? これはいったい……」
「本日の食事会でお召し頂く服を用意させていただきました。この中から好きな物をお選びください」
用意してくれるとは聞いていたけど、こんなに多いとは思わなかった。こういった服は着た事がないからどれを選べばいいのか分からないよね。
「エミルはどんな感じのドレスにするの? 合わせた方がいいんだよね?」
「そうですね。あまり奇抜にならない落ち着いたもので合わせると良いと思うのですが……これだけ種類が多いと、どれを選んでよいものやら」
うん、こういう時はプロにお任せしよう。
「あの、少し良いですか?」
「はい、何でございましょう?」
「お名前をお聞きしても?」
「これは失礼しました。私はエンドール家で家宰を務めさせて頂いていおりますロウランド・ベンハウアーと申します」
「ロウランドさんとベンハウアーさんどちらでお呼びすれば良いですか?」
「気軽にロウランドとお呼びください」
「はい、ではロウランドさん。僕達はこういった服を着慣れていないので、どの服を着ればいいのかよく分かりません。もし良かったらなんですが、僕達が着る服を選んでもらっても良いですか?」
「おおっ、そうでしたか。では、僭越ではありますが選ばせて頂きます。エミルさんの服は男の私より女が選ぶ方が良いと思いますので、侍女頭のエリザベータに任せても?」
「はい、お気遣いありがとうございます。お願いします」
という事で、ロウランドさんとエリザベータさんに僕達の服を選んでもらい別室で着替えた。一般的な服とは少し仕様が違っていたので1人では着られず、エンドール家の使用人さんに着付けしてもらった。
選んでくれたのは明るい灰色の正装。金糸で派手になり過ぎない程度の刺繍が入っていて襟足とベストが紺色になっている。僕に似合っているかどうかは分からないが、悪くないと思う。
因みに純白は陛下の色なので、陛下が出席する社交界や会食では着てはいけない事になっているらしい。
リビングに戻って暫くすると着替え終えたエミルが戻ってきた。
「ふわぁ……良いね。エミル凄く綺麗だよ」
「えっ? あ、ありがとうございます」
エミルは内側が黄色、その上に透き通るレースの緑色を重ねたような造りのドレスだ。光の当たり具合で色が変化してとても綺麗だ。
それに髪を結い上げてお化粧もしているので、いつもより少し大人の女性といった感じだ。元々美人なエミルが更に美人になったな。でも……
「ちょっと胸元が開き過ぎのような?」
慎ましい胸のエミルが前かがみになったら見えちゃうんじゃないだろうか?
「これくらいは普通ですよ?」
僕が疑問を抱いているとエリザベータさんがそう返事をしてきた。
「そうなんですか? でも、油断したら見られるんじゃないですか?」
「大丈夫です。そうならないように出来ていますから」
「なるほど、それなら安心ですね」
あまり他人に見られるのは嫌だからね。
「ふふっ、ファーマ様になら見られても平気ですよ?」
化粧をしているエミルに悪戯っぽくそう言われると少しドキッとするな。
「あー、うん。僕は見えても気にならないけど、人に見られるのは嫌だからね」
照れ隠しで気にならないとは言ったが、不意に見えちゃうとやっぱりドキッとはするだろう。
「はい、ファーマ様以外に見せるつもりはありませんから」
「コホンッ、仲が良いのは構わないが時と場所を選びなさい」
おっと、いつのまに来たんだ? グラヴァさん。
「失礼しました。いつ部屋に入ってきたんですか?」
「君達がイチャイチャしている時だよ」
イチャイチャしているつもりは無かったんだけど?
「申し訳ありません。こういった服を着る機会はあまりないので少し気分が高揚していました」
「いや、女性なら綺麗な服を着て気分が高揚する事は悪い事ではないよ。うん、2人ともよく似合っている」
「「ありがとうございます」」
おおっ、見事にハモったな。
「紹介しておこう。私の妻のオクタビアだ」
「お初にお目にかかります。オクタビア様。本日は宜しくお願いします」
僕が挨拶をするとエミルが隣に並んで一緒に一礼する。
「初めましてファーマ、それにエミル。貴方達の活躍は主人から聞いています。これからもエンドール家の為に力を貸してくださいね?」
「はい、尽力したいと思います」
「さて、堅苦しい挨拶はこれくらいにして。私にも夫のように気軽に接してね? 内々では様なんて仰々しい呼び方はしなくていいから、私の事も気軽に読んで頂戴」
「はい。お言葉に甘えて、これからはオクタビアさんと呼ばせて頂きます」
グラヴァさんの奥さんだけあって、とても物腰の柔らかい人だ。ほんわかしていて温かさを感じる。きっと優しい人に違いない。
「さて、食事会まであまり時間がないから、そろそろ出発するよ」
グラヴァさんに促され、再び馬車に乗って王宮に移動した。案内されたのは100人以上が余裕で入るくらい広い部屋。天井の高さは5m、いや6mぐらいあるか? どでかいシャンデリアもいくつもぶら下がっていてとても綺麗だ。
因みにシャンデリアの灯りは蝋燭ではなく魔法道具。ガラスの中に火が灯っている。いや、火じゃないな。炎属性の術式には間違いなさそうだけど、発光しているだけだで熱は殆ど出ていない。
たぶん、街の街灯と同じ術式が使われているんだろう。
「ファーマ!」
後方から僕の名前を大きな声で呼びながら背中にポスッとパンチしてきたのはミシェリアーナ様だった。
「2週間ぶりですね。王女殿下、お元気にしていましたか?」
「私の事は名前で呼ぶように言ったはずよ?」
「失礼しました、ミシェリアーナ様。お元気そうでなによりです」
「うん、よろしい」
何が?
「ファーマはミシェリアーナ様とも顔見知りなのかい?」
「はい、セリウス王子殿下の人見知りを緩和するお役目の日にお会いしました」
「ご無沙汰しています。ミシェリアーナ様。ファーマの主家、エンドール家のグラヴァです。覚えていらっしゃいますか?」
「勿論よ。私は人の顔と名前を覚えるのは得意なのです」
どや顔するほどの事ではないと思う。まあ、覚えられない人もいるから良い事ではあるけどね。
「ミシェリアーナ様がここにいるという事はセリウス様もいらっしゃるのですか?」
「セリーお兄様は、こういった場があまり得意ではないから来ないわ」
なるほど、確かに苦手そうだよね。まあ、その苦手を治すために僕と遊んでるんだから、頑張って克服してもらわないとね。
確か遅くても10才から社交界には顔を出すのが王侯貴族の義務だから、それまでにはどうにかできると良いな。
「ワグナード様とアデリアナ様はご一緒ではないのですか?」
ん? セシリア様じゃなくてアデリアナ様? こういう場には第1夫人を連れてくものなんじゃないのかな? ミシェリアーナ様が一緒だからアデリアナ様って事? まあ、どっちでもいいか。
「お父様とお母様は、もう少ししたら来るわ。私はファーマがいると聞いたから先に顔を見に来てあげたのよ」
それは嬉しい事なんだけど、まだ1回しか会った事ないのになんでこんなに懐いているんだ?
それから直ぐにお偉いさん達とそれぞれの同伴者が広間に集まり、ミシェリアーナ様は両親の下に戻って行った。
全員に飲み物が配られたところで王様が王妃様を連れて広間に入ってきた。
「皆の者、遠いところよく集まってくれた。今年は例年に増して有意義な会議が開けた事を心から嬉しく思う──」
王様の挨拶が30分ほど続き最後に「デザリアに栄光と発展を」という王様の締めの言葉で全員がグラスを掲げて同じ言葉を返す。
「さて、ゆっくり食事をしている暇はないよ? ファーマはこれから王太子殿下と政務公爵様、それと各地領主の方々に挨拶回りだ」
え゛っ!? それ本気?
「こらこら、嫌そうな顔をするんじゃない。今日は君が主役みたいなものなんだから当然だろう?」
そんな話は初耳なんですが? 気軽に食事が出来るって言ってたじゃないか。騙された……
拒否できる訳もなく、美味しそうな料理を目の前にしながら食べられないという拷問……さっさと終わってくれるとありがたいんだけどな。