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face to face

それは、さかのぼること一週間前。食事会の日の夜。リザは仙一郎が眠ったのを確認すると二日酔いで目覚めるであろう彼のために諸々準備を整えてから部屋を出た。そのまま隣に居たら寝ている彼を襲ってしまいそうだったし、よしんば何もせず二人で朝を迎えるのはさすがに気まずかったからだ。ホテルを出ると空はすでに薄明るく夜明け前の冷ややかな空気が火照った身体に心地よかった。リザは伸びをし、帰路につこうとしたそのときビルの薄暗がりからアルマが現れた。

「画学生は中か?」

突然のアルマの問いにリザはそっけなく答える。

「そうデスガそれがなにカ?」

「べ、別に。確認しただけじゃ!どうせ奴のことじや何もなかったんじゃろ?」

「いいえ。仙一郎はとっても積極的で押し倒されてしまいましたネ!」

「ウ!ウ!ウ!ウソじゃ!」

アルマが目を見開いて狼狽するのを見てリザは意を決した。

「ここでは何ですカラ取りあえず家にきませんカ?アルマとは積もる話もありますシ。」

「わ…分かった。案内せい!」

こうして二人はリザのマンションへと向かう事になった。


リザの住む高層マンションはホテルから駅をはさんで反対側、歩いて十分とかからない場所にあった。駅に隣接するそのビルの四十階、街が一望できる3LDKは一人暮らしには広すぎる部屋だ。

「大層な家じゃのぉ…」

周りを見回すアルマをリザはダイニングに招いた。中央にアンティーク調のテーブルが置かれ良く片付けられた部屋で、リザは冷蔵庫から赤ワインを取り出すと言った。

「取りあえず座っテ。」

アルマは椅子に座るなり対面のリザに問いただす。

「で、画学生と何があったか詳しく聞かせてもらおうか。返答次第では…」

アルマは睨みつけるが、リザはワイングラスの赤ワインをひと口、ゆっくり流し込んで答える。

「押し倒されて、押し倒しましたケド、残念ながらアルマが想像するようなコトはありませんでしたネ。」

「何を言っておるのじゃ?わかりやすく言わぬか!」

「メンドクサイ子デスネ!セックスはしてないって事デス!中途半端に終わったお陰て身体の疼きが収まらないデスヨ!」

「そ…そうか…」

安堵の表情を浮かべるアルマを見てリザは続けた。

「デモ仙一郎、だいぶ“溜まってる”みたいでしたヨ!アルマは相手してあげてないんデスカ?」

「そんなことは、どうでもよかろう!」

アルマは声を荒げ、テーブル上のワイングラスを一気に飲み干す。リザはその空のグラスにワインを注ぎながら嫌味ったらしく言う。

「食料の品質維持のためにも、あまり溜まってしまうのは良くないんじゃないデスカ?ワタシが相手してもイイんですヨ?」

「また殺されたいのか?」

アルマの目が赤く輝き空気が張り詰める。部屋の照明が消え、仄暗い天井から忽然と無数のコウモリが生え、垂れさがり威嚇するように大きく口を開け牙を見せる。

「人の部屋でコウモリなんか出しテ…」

一通り見まわし、ため息をつくとリザは慌てることなく天井を指さし唱える。

「ヴィカ・テュゼ!」

とたんにすべてのコウモリは真っ白に輝き燃え上がり跡形もなく消え失せ、そして照明が再び灯る。アルマは再びワインを一気に飲み干し一息つくと怒気を含んだ声で言い放つ。

「予の使い魔を燃やすとはいい度胸じゃ!」

そして右手を横に突き出すと次の瞬間、忽然と現れた剣が彼女の手に握られていた。リザはその様子に眉をひそめた。

「フラガラッハなんか持ち出さないでクダサイ!物騒ナ!」

「貴様も猫を被ってないで本性を現したらどうだ!そして存分に殺しあおうではないか!」

アルマは戦う気満々で切っ先をリザに向けるが、彼女はまったく動じない。

「しょうがないネ。それじゃあワタシも切り札を出すとしましょうカ!」

そう言い、ワインと一緒に冷蔵庫から取り出しテーブルの上に置いていた紙袋に手をのばすと不敵な笑みを浮かべる。アルマは神経をとがらせその様子を注視していた。

「これがワタシの切り札デス!」

リザは紙袋から勢いよく取り出した物をテーブルの上に置く。アルマはその置かれた代物に驚愕する。

「そっ!それはっ…」

アルマの目の色が変わり剣を放り投げて身を乗り出し、そして叫ぶ。

「プチっとするプリン・プレミアムっ!」

「ふふふ!アナタと戦う前にリサーチは完璧に済ましてましたネ!アナタの好物のプリン

、しかもこれは数量限定デなかなか手に入らない逸品デース!」

「ええいっ!能書きはイイ!皿とスプーンを用意せんか!」

アルマはテーブル上のプリンをかっさらうと

まくしたてる。プリンに釘づけで口元から少しヨダレを垂らしている彼女からは、すでに戦う意思は微塵も感じられなかった。


「こっこれはっ!プルルンとした弾力になめらかな食感。カラメルの程よい甘さが絶妙なハーモニーを奏でて口一杯に広がる!これぞまさにプレミアムと呼ぶに相応しい至高の逸品!至福のひとときじゃ!」

アルマはプリンをひと口食べると声を弾ませて独り言を叫ぶ。そして一通り余韻にひたると再びスプーンですくい口に運び恍惚とした表情を浮かべる。

「んんん…んんまい!」

感嘆の声を上げ、あっという間にアルマはプリンをペロリと平らげると皿に残ったシロップまでペロペロと舐めとる。その様子をリザは呆れ顔で眺めていた。誇り高い吸血鬼の中でも最古にして最強のひとりに数えられる彼女の頑是なく品格も感じられないその姿は、昔よりさらに磨きがかかっているようで見られたものではなかった。

「おかわりじゃ!」

アルマが嬉々として皿を突き出すのでリザは渋々二つ目を渡す。早速プリンが皿の上で揺れアルマは一心不乱にほおばる。リザはその様子を頬杖をつき眺めていたが唐突に聞いた。

「ねえ?アルマは…仙一郎が好きなんデスカ?」

思いがけない言葉にアルマはプリンを盛大に吹きだし向かいにいたリザはプリンまみれになる。

「きったないですネ!なんデスカ!」

「き!き!き!貴様は何を言っておるのじゃ!「だから仙一郎に恋慕の情をもっているのかッテ?」

リザはプリンまみれの顔を拭きながら再び問いただすと、アルマはテーブルを叩いて立ち上がり目を見開き唾を飛ばして叫んだ。

「そ!そ!そ!そんな訳あるか!アレはただの食料じゃ!ただ血がちょっと旨いだけで、その血が気に入っとるだけじゃ!」

「本当デスカ?人間嫌いのアナタが、いくら血のためとは言え一緒に住むとカおかしくないデスカ?」

リザはニンマリしながら当てつけがましくアルマの顔を覗き込む。

「そうじゃ!予は人間なんか大嫌いじゃ!勘違いするでないぞ!別に画学生のことなんか何とも思ってないんじゃからな!」

言葉に明らかに動揺が見え、慌てふためくアルマの姿に思わずほくそ笑むリザ。

「まったく…メンドクサイうえにスナオジャナイ子デスネ。そんななら仙一郎、ワタシが

奪っちゃいますヨ!」

「じゃから予の食料に手を出すようなら…」

「ハイ!ハイ!分かってますデス!今は彼の眷属になれただけデ満足デスカラ!」

煩わしげに三つ目のプリンを差し出すとアルマは口をへの字に曲げ無言でそれをかっさらい、どかりと椅子に座った。

「で、これからどうするんデスカ?」

三つ目を貪るアルマにリザが聞く。

「貴様が戦う気がないというのなら取りあえず喰い終わったらシャワー浴びて寝る。」

「そんな話をしてる訳じゃありませんネ!仙一郎とケンカしたでしょ?その事デス!」

「知るか!予はまったく悪くないのじゃからな。画学生が土下座して泣いて許しを乞わんかぎり許す気は無い!」

「あれはアルマも悪いデスヨ!アナタのことですから絶対に頭は下げないでしょうが許したらどうデスカ?」

「嫌じゃ!」

「そうは言わず二!」

「嫌じゃ!」

「どうしてモ?」

「い・や・じゃ!」

リザは分かっていたこととは言えあまりの強情さに呆れる。

「でもケンカしたままじゃアパートにも帰れないデショ?他に行くあても無いでしょう二…」「ここに住むから問題ないのじゃ。」

アルマが当たり前のように言うのでリザは目を丸くする。

「はぁ?何を言ってるんデス?」

「これだけ広いのじゃから問題なかろう?」

リザはそれも分かっていたこととは言えあまりの自分勝手さに呆れを通り越して、どうでもよくなった。

「モー疲れましたネ…好きにしてクダサイ…」

こうしてその日からアルマはリザのマンションに居候することとなった。

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