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どうしようもない僕に天使が降りてきた?

夕食後、仙一郎は居間のローテーブルで課題のレポートに取り掛かっていたが、集中できずにいた。食事会の日からアルマはアパートに帰ってこず、すでに一週間。厄介者がいなくなり、大学生らしい本来の生活を取り戻し万々歳なはずなのだが、なぜか気分が晴れなかった。レポートの手を止め、ため息をつくとドッグタグを入れたままになっているジーンズの前ポケットに触れ、独り言をつぶやく。

「ったく!」

「何か不機嫌そうですね。」

不意に背後から声がして慌てて振り返ると、

川相がすぐ後ろに座り込んでいた。さらに仙一郎をうろたえさせたのは彼女のその恰好である。頭にウサギの耳の形のカチューシャ、首に蝶ネクタイ、肩から胸にかけて肌が露出した黒のバニースーツ、パンティーストッキングにパンプスを履いたその姿は、まごうことなきバニーガールであった。どぎまぎしながら彼は問いただした。

「何だよその恰好は!つーか、また勝手に入ってきて!」

「ちゃんとノックしたよ!先輩全然気づかないんだもん!」

「それは…それより、その恰好?」

「これは学園祭の模擬店、うさぎカフェのうさぎの衣装です!」

「うさぎカフェってそういうもんだったっけ?」

「そうですよ!うさぎと触れあって癒されるカフェなのでぜひ来てくださいね!それよりどうです?先輩に見てもらおうと思って着てみたんですけど似合ってます?」

川相は身体をくねらせポーズをとる。

彼のすぐ目の前に胸の谷間がさらけ出され、黒いストッキンの太ももは何ともなまめかしい。彼は内心ドキドキしながら、それをさとられないよう素っ気なく答える。

「似合ってるかどうかと言われれば似合ってるかな。」

「なんですか、その微妙な反応は。」

彼女は頬を膨らませ不機嫌な表情をみせる。

「つーか部屋んなかで靴履くなよ。」

「これは下ろしたてだから大丈夫ですよ!ほら底汚れてないでしょ?」

そう言うと座ったまま片足を上げてパンプスの裏を見せるように足を突き出す。彼はその蠱惑的なポーズに何とか耐えながら極めて興味ありませんよと言った風に、うっとうしげに苦言をていす。

「女の子がはしたない恰好を…」

「あれ?先輩、私のこと女の子と思ってくれてたんだ!」

「一応な。まあ妹みたいな感じだけどな。」

仙一郎が茶化すと彼女は気づいたように言った。

「そう言えばアルマちゃん実家に帰ったんですよね?」

「ああ…」

仙一郎はそっけなく答える。アルマを彼の妹と思っている川相には、そう言って不在を誤魔化していた。彼女は部屋の中を見回しながら彼に訊ねる。

「いなくなって静かになっちやったから、ちょっと寂しいんじゃないですか?」

「まさか、騒がしいのがいなくなってせいせいしてるよ!」

「ふぅーん…」

川相は意味ありげに彼の顔色をうかがうと続けた。

「そうですよね。学校にも行かずに部屋にひきこもって遊んでばかりいる妹なんて邪魔なだけですもんね。先輩も結構苦労してたみたいだし。あんな疫病神いなくなって清々したんじゃないですか?」」

「そこまで言うことないだろ?あれはあれで良いとこも…」

そこまで言って仙一郎は言葉を呑みこむ。見ると川相は彼を見てニヤニヤしている。まんまとカマをかけられたのだ。

「何か、アルマちゃんとケンカでもした?」

女の勘なのか彼女はズバリと確信を突く。仙一郎は黙り込んでしまうが、それは白状しているも同然だった。

「先輩!早く謝って帰って来てもらったらどうです?」

「何で俺が…」

「ケンカの原因とかどちらが悪いとかはどうでも良いんですよ。たぶん先に謝った方が負け、みたいに思ってるんでしょうけど逆です。仲直りした後は謝ってよかったってなるはずなんですから!」

仙一郎も、このモヤモヤと晴れない気持ちの正体に薄々感づいてはいた。出会ってたった数ヶ月ではあったが彼にとってアルマは、すでにずっと昔から一緒にいたように感じる存在となっていたことに。そして、そのことにいなくなって初めて気づかされたのだ。

「わかったよ。」

彼がぽつりとつぶやくと川相は微笑んだ。

「それでこそ先輩です。あ!でも帰ってこなかったら私がかわりに妹として一緒に住んであげますから安心して下さいね!」

「バニーガールを住みこませる気はないぞ。…でも、色々ありがとう。」

仙一郎が礼をのべると彼女は少しはにかんで立ち上がろうとした。

「さて!じゃあ帰るとします…か…」

その時、川相は慣れないパンプスの高いヒールのせいでバランスを崩して倒れそうになる。

「危なっ!」

仙一郎は助けようと身体を伸ばすが支えきれず一緒に倒れこんでしまい二人は抱き合うような格好で床に寝転がる。覆いかぶさる形になった川相の顔が彼のすぐ目の前に。彼はその時まですっかり忘れていたが、艶っぽい唇を間近にして彼女とキスしたときの事を思い出す。吸血鬼に操られていて彼女はその時のことをまったく憶えていないのだが、彼はその柔らかい感触をしっかりと思い出し固まる。

「だ!大丈夫だった?痛くなかった?」

「全然、平気…」

仙一郎は慌てて彼女の無事を確かめる。その時、玄関のドアが軋む音がかすかに聞こえ、見ると誰かがのぞいていた。軽沢だ。彼はドアのすき間から申し訳なさそうに覗いていた。レポート作成を一緒におこなう約束をしていた彼がタイミング悪くやってきたのだ。バニーガール姿の女性が横たわる仙一郎の上に乗っかっているという状況は誤解を招くには十分だった。仙一郎は狼狽して軽沢に声をかける。

「これは!違っ…違うんだ!」

軽沢はうんうんとうなずき小さな声で言う。

「頑張れよ…」

そして静かにドアを閉めた。

「違うんだってばぁ!」

仙一郎は悲痛な叫び声を上げるしかなかった。


その頃、アルマはリザの家でソファに寝転がりスマートフォンでゲームに興じていた。その様子にリザは呆れ顔で言った。

「食事の片づけくらい手伝ったらどうデスカ?遊んでばかりいないデ!」

アルマはゲームに夢中で応えないので、リザもつい愚痴をこぼす。

「まったく!アルマは疫病神デスネ!働きもせず家でゴロゴロと!仙一郎が怒るのもわかりますヨ!」

「このスマホゲームが面白すぎるのが悪いのじゃ!」

ゲームを続けながら反論するアルマにリザはため息をついた。

「買い与えるんじゃなかったデスネ。」

「そう!連絡用に買い与えた其方が悪い!」

「ああ言えばこう言う…」

リザは諦め顔でキッチンへと消えた。

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