夜はふたりで
気づくと仙一郎はトランクス一枚でベッドの上に仰向けになっていた。クラクラする頭でその理由を思い出そうと試みる。.アルマが出ていったあと、ビールをやけ飲みして三本目の大瓶を空けたところまでは覚えていたがその後が思い出せない。彼がぼんやりと天井を眺めていると、覗き込む人影が見えた。
「気づきましたカ?気分はどうデス?」
「リザ…」
「さすがに、ぶっ倒れたときにハびっくりしましたヨ!」
傍らで心配そうな顔を見せる彼女はナイトテーブルの水差しに手をのばした。その腕をつかんで引っ張る仙一郎。チャイナ服の肢体がベッドに倒れこむ。
「仙一郎?」
突然のことに当惑する彼女の腰に手がのびる。
「ひゃう!」
リザは身を震わせ素っ頓狂な声を上げる。
「せっ…仙一郎ぅ…」
彼女の声は届いていないのか仙一郎の手はさらに太ももに、臀部にと這う。
「はぁ…」
リザはなまめかしい声を漏らすが慌てて彼に抗う。
「ちょっ、ちょっと…待ってクダサイ!シャワー…シャワー浴びてきますカラ!ね、それから…」
リザは彼の身体を優しく引き剥がすとバスルームへと消えた。ひとりベッドの上に取り残された彼の朦朧とした意識は再びぷっつりと途切れた。
次に仙一郎が目を覚ましたときには、まだバスルームからシャワーの音が聞こえていた。ゆっくり上体を起こしコップの水を三杯ほど飲み干すと多少、頭がはっきりし始める。身体からほんのりと匂う吐しゃ物の香り。彼はヤケ酒をあおり盛大に嘔吐した挙句、倒れてホテルの部屋に担ぎ込まれたことを薄っすらと思い出す。部屋の豪華さからここはスイートルームらしい。裸なのは汚れた服を脱がされたからだろう。
「その後…」
彼は思い出して真っ青になる。酔った勢いで介抱してくれたリザを押し倒してしまったことに。勢いで、ヤケになってしでかしてしまったことを彼は後悔した。よく逮捕された犯人が、むしゃくしゃしてやった。という気持ちがその時、彼には痛いほど分かった。もう一杯水を飲もうとテーブルに目をやるとドッグタグが乗っていることに気づく。迷子札替わりにアルマに与え、彼女が肌身離さず身に着けていたそれがテーブルランプの光を反射して鈍い光を放っていた。それを見て彼は大きくため息をついた。
「仙一郎…」
声のする方を向くとドアの前にバスタオル一枚はおっただけのリザが立っていた。
「あ!リザ!あの…その…この…どの…」
慌てふためく仙一郎を見てリザは悔しげな表情を浮かべる。
「残念、正気を取り戻したようデスネ。」
「ごめん!俺、そんなつもりじゃ…」
「気にしないでクダサイ!それより、大丈夫デスカ酔いの方は?」
「だいぶ良いよ…」
リザはベッドに腰かける彼の隣に座る。密着した身体から漂う心地よい香りが鼻孔をくすぐり、触れた腕から温もりが伝わる。
「シャワーを浴びたのは失敗でしタ!もう抱く気は無いんデショ?」
「うん、ホントごめん。酔った勢いで…」
「まあしょうがないデス!でも…」
そう言うとリザは彼の肩をつかみ押し倒す。
「ワタシは収まりがつきませんネ!身体の芯に火がついてしまいましタシ!」
「リッ!リザ!」
彼は足掻くが巧みに抑え込まれて逃げられない。
「ダメだって!こんな…」
制止の声を無視して彼女の手が手首を押さえつけ、両足が足に巻き付く。
「仙一郎…」
目と鼻の先にある彼女の顔は紅潮し息もあらく、目はトロンとしている。彼女は身体を押し付け、その凹凸がバスタオル越しに触れる。彼は動揺して声を上げる。
「スッ!ストップ!ストップ!」
「ストップしませんネ!どうしても止めたかったら、命令呪文を唱えたらどうデスカ?」
そして彼女は顔を近づけ仙一郎に口づけしようとしたときの事。
「呪文は使わないよ。」
彼の発したひとことにリザの動きが止まる。
「どうしてデスカ?」
「呪文で無理矢理やめさせるのは結局、酔った勢いで無理矢理押し倒すのとたいして変わらないじゃないか。そんなことしたくないんだ。」
彼の瞳を真っすぐ見つめるリザから目をそらさずに続ける。
「酒の勢いでこんなことしてしまったのは本当に悪いと思ってる。でも、きちんと話せば分かってくれると信じてるから。こんなかたちで、し…してしまうのはリザにも失礼だと思うんだ。俺は友達として君のこと大切に思ってるから。」
それを聞いたリザはキョトンとした顔をする。
「ぷっ…あはははは!」
そして突然、ベッドの上を転げ回って笑い始めた。
「何だよ!リザ!」
仙一郎は何か小馬鹿にされたようで口を尖らす。
「ご…ごめんなさいネ!生真面目と言うか…あまりにも仙一郎らしかったから…」
「悪かったな。」
「でもそこがワタシが惹かれた仙一郎らしさでもあるんですけどネ!」
リザの言葉に彼は赤面して黙ってしまう。
「それじゃあ女をその気にさせておいテ途中で止めた罰デス!」
そしてリザは彼の隣に寝転がり腕を枕に添い寝をするのだった。
「は、はい。わかりました。」
仙一郎はぎこちない返答をするのが精一杯だった。