ホーム・スウィート・ホーム
そしてアルマは駅へ行くと言い出すと新しい夏用ゴスロリ服に着替える。それはストレス発散のために仙一郎に買わせた、ほとんどセパレート水着のような足もお腹も丸出しの熱帯夜にはピッタリの服だったが何でこんなに布面積が少ないのに高価なのかと彼を驚愕させた一品でもあった。
アルマに強引に引っ張られて駅へと向かう仙一郎は彼女が
「予の食料に手を出すな!この泥棒猫が!」
と美咲に喧嘩を売りに行くのかとも思ったが、この時間ならもう彼女は家に帰っているだろうから心配はしていなかった。
ひと気のない駅に着き自動改札をぬけ階段を下りホームにたどり着くと思いがけず美咲はベンチに座っていた。驚いた彼は駆け寄って声をかける。
「まだ帰ってなかったんだ!」
「あ!あははは…」
彼に気づいた美咲は照れ笑いを浮かべる。
「もう終電近いのに。」
「うん!まあそうなんですけどね…」
奥歯に物が挟まったような返答に終始する。
そのやり取りを後で聞いていたアルマが突然声を発した。
「画学生!その小娘の胸を揉め!」
「は?」
あまりのことに仙一郎が振り返るとアルマは腕を組んで意地悪そうにニヤニヤしている。
「いきなり何を言って?」
仙一郎が、あたふたとしているとアルマがせっつく。
「ほら!早くせんか!」
振り返って美咲を見ると、彼女は我が意を得たりといった表情で言う。
「どうぞ!イイですよ!触って下さい!」
まったく意味が分からない展開に仙一郎が固まっているとアルマが楽しそうに追い打ちをかける。
「ほれ!ほれ!その小娘もイイと言っておるんじゃ!ガッと行かんかい!ガッと!其方も乳は好きじゃろ?」
必然、触ってくださいと言わんばかりに身体を反らしている美咲の胸に目が行く。大きいとは言えないまでもセーラー服の上からでも分かる膨らみに生唾を飲み込む。
「予もその小娘も許しておるんじゃ!早く揉まんか!」
そう!アルマに命令され美咲も受け入れてくれてるから揉むのだ。いやらしい気持ちで揉むんじゃない。自分の意思じゃない。仙一郎はそう心の中で自分に言い聞かせる。
「分かったよ!やるって!」
座る美咲の前に片ひざをついて胸に手を伸ばす。
「じゃっ!じゃあ触るよ…」
「ん!」
美咲が目を閉じる。仙一郎の震える手が胸に触れる。確かに触れた。と思った手は何の感触も無く、抵抗も無く胸を突き抜ける。仙一郎は反射的に手を引っ込める。
「は?あ?」
素っ頓狂な声を上げると美咲は申し訳なさそうに言った。
「そういうことなんです。言えずにごめんなさい。私、幽霊なの。」
結局のところ、仙一郎が初め小田美咲に会った時に感じたことは正しかった訳だ。その後、あらためて彼が聞いた話によると彼女は一年近く前、いじめを苦にこの駅で列車に飛び込み地縛霊となったという。アルマと暮らすことで、その手の者が見えやすくなっている仙一郎にはベンチの隣に座る美咲は、まったく普通の人間と見分けがつかず幽霊とは思えなかった。
「それじゃあ、ずっとこの場所に独りでいるんだ。
仙一郎が聞くと美咲はうなずいた。
「ええ。」
「寂しくないの?」
「ちょっと…だから早見さんが気づいてくれたのが嬉しくてつい長話しちゃって本当のこと言えなかったんです。」
二人の話を黙って聞いていたアルマが口を挟む。当然のことながら吸血鬼であるアルマには美咲の姿が、はっきりと見えているし言葉も聞こえていた。
「やはり噂になっておったセーラー服姿で歌う幽霊とは其方のことだったのじゃな?」
「はい。」
美咲が寂しそうに笑うので仙一郎は尋ねた。
「やっぱり未練とかあるの?だから成仏出来ないとか。」
「そんなには無いんですよ。ちょっと妹の…十万里のことは心配ですけど、あの子は私なんかよりしっかりしてるから…それより…」
「それより?」
仙一郎がうながすと彼女は重い口をひらいた。
「実は“しない”と言うより“できない”んです。この場所はちょっと呪われてて、ここで自殺した霊はこの場所に縛られて次の自殺者が変わりに地縛霊になるまで成仏できないみたいなんです。」
ちょうど騒々しい音を響かせて反対ホームに電車が到着し、その様子をぼんやりと眺めていた美咲は話を続けた。
「ホントなら自殺しそうな人の背中を押すのが私の役目だけど、どうしても出来なくてつい助けてしまうんです。ダメな怨霊ですね。」
そう言ってはにかむ彼女の表情は、まったく怨霊のものではなかった。
美咲と別れた帰り道、住宅街の細い道を歩きながら仙一郎は何とか美咲を助けられないものかと思案していた。
「あの小娘を助けようなんて考えるんじゃないぞ!」
すぐ先を歩いていたアルマが振り向いて釘をさす。」
「何とかしたいっていうのは普通だろ?」
「何ともならんから言っておるのじゃ!言っておったろう?誰かが死ななければ彼女は成仏出来んと。それに除霊ってやつも人や場所を救うものではあって必ずしも除霊された霊が救われるものではないからのぉ。」
「でも…」
「デモもストもない!もうかかわるな!今はまだ良いがあのままなら、いずれ悪霊になって其方にも害を及ぼすやもしれん。最後まで責任を持てないならかかわらないのが正解じゃ。
もう一度言うぞ。かかわるな!」
仙一郎は反論できなかった。自分に出来ることは何もないのは分かっていた。それでも、やはり心の奥にモヤモヤしたものを感じた。
街灯が不規則に点滅しその機械音だけが静かな住宅街に響いていた。