ヒテイとコウテイ
仙一郎は公園管理事務所の一室の椅子に座らされていた。テーブルを挟んで反対側には頭の薄い三十代の事務員が渋い顔をして彼を睨んでいた。
何故そんなことになったかと言うと三十分ほど前、リザと別れた仙一郎が本来の目的、風景のスケッチをするのに良い場所はないかと海岸線をうろついていると程なく海水浴場の監視員が現れ不審者として連行されてしまったのだ。たしかに彼の恰好は場にそぐわないものだったし辛気臭い雰囲気でウロウロしていたら不審者と思われても仕方なかったのかもしれない。その結果、事務所で聞き取りをされているという訳だ。
対面の事務員は仙一郎のスマホを片手に彼を追及する。
「だからさぁ!君、盗撮してたんだろ?この保存されてる水着の写真は何?」
「さっきから言ってるじゃないですか!それは友達の自撮りだって!」
リザが自撮りした水着姿の写真を消去せず残していたのがアダになった格好で仙一郎は完全に盗撮魔扱いされていた。
「正直に話した方が良いよ?」
「だからさっきから違うって!」
押し問答が繰り返され睨み合っているとドアをノックする音が聞こえ部屋に男性が入って来る。
「事務長、それじゃあ病院の付き添い行ってきますんで。」
「ああ、よろしく!」
男性がきびすを返して部屋を出ていくと事務長は仙一郎をねめつけぼやく。
「まったく!ここのところ貧血で倒れる人が多くてただでさえi忙しいって言うのに面倒増やさないで欲しいな!」
「だから盗撮なんかしてないって言ってるじゃないですか!」
貧血という言葉に少し引っかかった仙一郎だったが、自分の容姿だけを見て不審者扱いされていることに憤りを感じていた彼はそれほど気にとめなかった。仙一郎が中々認めないことに事務長は業を煮やす。
「画像消して厳重注意するだけで済まそうと思ったけど、あまり強情だと警察呼ぶよ?」
仙一郎は黙ったまま答えない。盗撮を認めれば解放されるのだろうが、してないものをしたって言うのは絶対に嫌だった。リザに連絡すれば誤解も解けると思った。それ以前にリザの吸血鬼の能力があれば事務所に連れて来られたこと自体なかったことにできるだろうがそれもやはり気が引けた。彼は、もう矢でも鉄砲でも持ってこいといった心境だった。
そんな時、再びドアをノックする音がする。
「失礼します!」
そう言って入って来たのが得体の知れない白黒の塊だったので仙一郎はギョッとした。よく見るとそれはペンギンの着ぐるみだった。
「朱夏さん。」
事務長がそう言うとペンギンの着ぐるみは反論する。
「事務長!この恰好の時は、海岸の平和を守る正義のペンギン、ペン子ちゃんだって言ってるじゃないですか!」
コウテイペンギンを模した150センチほどの着ぐるみはパーカーのようになっており、そこからのぞく顔は快活そうな少女のものだった。
「ああ!すまん!すまん!ペン子ちゃん。海岸の巡回ご苦労様でした。で?何の御用で?」
やれやれと言った風に事務長が話を合わせるとペンギン少女は仙一郎に近づき羽状の手で彼の肩をパタパタと叩きながら言った。
「すみません!ご迷惑おかけして!彼、知り合いなんです!今日逢う約束してて。」
「え?な…」
いきなり知らない少女にそんなことを言われ驚く仙一郎の言葉を遮って続ける。
「私が身元を保証しますんで解放して頂けませんか?」
「しかし…」
すると彼女は仙一郎の肩を抱きかかえ二人の親密さをアピールするように渋る事務長に向けてウインクする。
「ああっ…なるほど。分かりました!」
事務長は察したという風に了解し仙一郎は訳が分からぬままペンギン少女に引っ張られて事務所を出ることとなった。
状況が理解出来なかった仙一郎は建物を出ると西日の射し込む路上でペンギン少女の手を引き剥がし立ち止まり問いただす。
「君、誰?」
「せっかく助けてあげたのに第一声がそれってひどくないかい?」
彼女は腰に手を置き顔を突き出して不満を漏らす。
「助けてくれたことは感謝してるよ。とにかくありがとう!でも、ホント意味分からないんで説明してよ!」
「手短に説明すると逆ナンです。」
「手短すぎるって!」
仙一郎がツッコミを入れると彼女は微笑む。
「それもそうか!じゃっ自己紹介から。私は崎森朱夏、二十三。今はこの海岸でライフセーバーをやってるんだ。」
「二十三!」
仙一郎は思わず声を上げてしまう。身長とその童顔から、てっきり自分より年下だと思っていたからだ。
「ああっ!やっぱり私のこと子供かなんかと思ってたんだろう?」
「ごめんなさい!そんな恰好もしてるし…」
「これは海水浴場に来る人に親しみを持ってもらうためなんだから!」
そう言って突然、着ぐるみの胸元のファスナーを下ろすと水着姿の上半身を露にする。
「ほら!中身はこんなイイ女なんだぞ!」
そう言ってポーズをきめる。黄色と赤のツートンカラーのビキニを身に着けた身体は筋肉質で出っ張るところは出っ張り、引っ込むところは引っ込んでいて小麦色の肌がいかにも健康そうに感じられた。少し茶色ががった髪をポニーテールに結んだ頭を上に向け食ってかかる。
「学生証見たけど仙一郎君!私、年上なんだからね!」
「それは本当にごめんなさい。」
「うんうん!素直でよろしい!で、話を元に戻すと海岸の巡回のとき君の事見かけたんだけど、めっちゃタイプでさ!誘うチャンスをうかがってたって訳!だから事務所に連れたかれたときにhビックリしたよ!」
「ああそれで逆ナンってことですか。つまり魂胆があって助けてくれたと。」
仙一郎がそう聞くと朱夏はニヤッとする。
「そっ!だからこれからデートに付き合ってくれないなら、盗撮魔として事務所に逆戻りしてもらうよ!そう!はっきり言って脅迫です!」
「デート付き合いますよ。」
「え?」
仙一郎があっさり受け入れたので朱夏は拍子抜けのしたような顔をする。
「ウソをついてまで助けてくれた恩は返さないと美しくないですからね。」
「ははっ!君、変わってるね!でもそんなとこもイイね!」
朱夏は顔をほころばせて、照れる彼の肩を叩く。
「それじゃあ今晩、ここで花火大会があるんだけどそれに付き合ってもらおうかな!」
「いいですよ。でもまだ時間があるでしょ?」
日が暮れるまでまだあったので仙一郎がそう訊ねると彼女は即答した。
「だからそれまで、近くの水族館行って時間つぶそう!ささっ!」
朱夏はそう促すと手をとって引っ張って行こうとするので彼が慌てて問いかける。
「ちょっと!その恰好で行くつもりですか?」「あっ!」
朱夏はまだ自分がペンギンの着ぐるみなのに気づいて立ち止まる。
「あははっ!テンション上がってて忘れてたよ!事務所戻って着替えてくるから、ちょっとここで待ってて!」
朱夏はそういうとペンギンとは思えない速さで事務所へと走り去った。
ひとり取り残された仙一郎が返却されたスマートフォンでリザに電話すると、つながるなり悲痛な叫びが声が響いた。
「仙一郎ぉ!助けてクダサイ!アッチコッチに連れ回されてもうヘトヘトデスヨ!」
だいぶ十万里に振り回されているらしくリザは彼が話すヒマを与えず延々と愚痴り続け彼は聞き役に徹さざるを得なかった。
「そ…それはお疲れ様。まあ、そうそう会える訳じゃないんだし十万里ちゃんも喜んでるだろうから我慢してやってくれよ。」
「仙一郎がそう言うならそうしますけどぉ…」
話が途切れると仙一郎は彼女をなだめ渋々承諾させると用事が長引きそうなのでそのまま先に帰るように告げたが、さすがにデートの事は言えなかったので少し心が痛んだ。通話を切るとちょうど身支度を終えた朱夏が戻ってきた。
「お待たせ!行こか!」
白のTシャツ、水色のショートパンツに桜色のパーカーを羽織った姿で現れた彼女はいきなり仙一郎の腕に手を回す。
「ちょっ!」
仙一郎は腕に押し付けられた胸の柔らかい感触に慌てふためくが彼女は気にすることなく彼を引っ張って意気揚々と進んでいった。




