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小麦色のバンパイア

数日後、9月初旬にしては暑い昼前、仙一郎は七浦(ななうら)駅前にいた。湾岸都市から少し離れた住宅地は海からの風に運ばれてほのかに潮の香りがした。彼が住む街から電車で一時間半ほどかかるその駅にやって来たのは美咲の妹、十万里の家を訪れるためだった。

美咲が成仏した時に彼の手に握られていた彼女のシュシュ。それはやはり十万里に渡すべきではないかと思ったからだ。仙一郎が、ぎらつく太陽を見上げ大きくため息をつくと背後から声がする。

「やっぱりアルマの事が気になりますカ?」ジーンズにTシャツのラフな格好のリザは仙一郎の顔を覗き込む。駅での一件以来、十万里と連絡を取り合う仲になっていたリザに住所を聞いたところ今朝急について行くと言い出したのだ。

「うん…まあ…」

仙一郎が浮かない顔をするのでリザは言葉をかける。

「アルマには、ちゃんと謝りたいと仙一郎が言ってたって伝えたんですケド聞く耳持たズデ…あれからずっとワタシんちの部屋にこもって出て来ないんで処置無しデスネ。まあ心配することありませんヨ!チョットすねてるだけデスカラ。頭が冷えるまで少し時間を起きましょウ!」

「そうだね、ありがとう。」

そう言うと仙一郎は歩き出した。彼はリザの安否の件で頭がいっぱいになっていてアルマのことを今の今までほったらかしにしていたことに気が咎めていたのだ。

十万里の家に向かう道すがら仙一郎がリザに話しかける。

「ところで何で今日はついて来たがったの?そんなに十万里ちゃんの家に来たかった?」

「いえいえ!ワタシは眷属デスカラ!仙一郎の向かうところリザありなのデースネ!」

「見え透いた感じがする!それにその肩から掛けてる大きなバッグが気になるんだけど!」

仙一郎が並んで歩くリザをジロリと見ながら詰問すると彼女はあっさり白状した。

「実は用事が終わったラ一緒に海岸に遊びに行きたかったのデス。いわゆるデートを…」

「そんなことだろうと思った…」

「アルマの事もありますシ他の女とイチャコラするのは気が引けるかもしれませんガ…バレなきゃ浮気じゃないんですヨ!」

「まあ俺もわざわざ届けに来たのも、ついでに近くの臨海公園でスケッチしたかったってのもあるからイイよ…」

仙一郎は画材の入ったショルダーバッグを叩きながら半分あきれ顔で言うとリザは小躍りしながら喜んだ。そんな話をしながら歩いているとほどなく閑静な住宅街にある十万里の家に到着した。

十万里が用事で不在なのは連絡した時。聞いていたので玄関で彼女の母親にシュシュを渡す。もちろん、自分は美咲の友達でシュシュは忘れ物だというウソを言って渡したのだが、受け取った母親はかしこまってしまい是非上がってお茶でもと言う。長居すればウソのボロが出てしまうので早々に立ち去りたい仙一郎が困っているとリザが助け船をだす。

「申し訳ございませんネ!この後、海でデートなのデおいとまさせて頂きますデス!」

そして半ば強引に逃げるように去ることに成功したのだった。


そこは海浜公園として整備された人工の海水浴場で、バーベキューや潮干狩りも出来る砂浜は休日なのもあってか9月にしては水着姿で遊ぶ人々でそれなりに賑わっていた。仙一郎は場に似つかわしくない普通の恰好 ───ジーンズに半袖シャツ姿で砂浜に立っていた。清んだ青空の下、広々とした海岸線に波頭が白い曲線を描き耳心地良い波音を響かせる。

あまりの気持ち良さに仙一郎が伸びをしていると突然リザに抱き付かれる。

「うぁわわっ!」

バランスを崩した仙一郎は叫び声を上げ尻もちをついてしまう。

「ごめんなさいネ!大丈夫デスカ?」

見るとそこには肌も露わなビキニの水着を着たリザがいた。何か準備があるからと離れていたのは、これに着替えるためだったのかと仙一郎は納得した。

「大丈夫!大丈夫!」

そうは言ったが右手に痛みを感じ、見ると人差し指から出血していた。砂浜に捨てられていた割れた瓶の破片で切ってしまったのだった。

「たっ!大変!」

それを見たリザは真っ青になって彼の手を掴むと赤く染まった指を咥え、傷口を舐め始める。何事かと回りの人々が眺める中、リザは臆することなく、ちゅうちゅうと指を吸う。仙一郎は回りの視線に耐えられず動揺を示す。

「ちょっ…ちょっと…リザ!」

彼女は気にせず、人差し指の血を丁寧に舐めとると吸血鬼の力なのか不思議なことに指の傷は跡形も無く消え去っていた。

「ホントごめんなさいネ!怪我させテ!」

「いやいやリザのせいじゃないし!そ…それより水着持ってきてたんだ。」

仙一郎が慌てて話題を変えるとリザは嬉々として答える。

「そっ!ドーデスカ?似合ってますカ?」

「あ…うん、似合ってると…思う。」

ヌードデッサンの時にリザの裸を見ているとはいえ、今の水着姿にはまた違った艶やかさがあって仙一郎は目をそらしあたふたとしてしまった。それを聞いたリザは一瞬眉をひそめると、いつも以上の笑顔を見せて言う。

「仙一郎?ちょっとスマホ貸してもらえますカ?」

「あ?うん。」

彼が渡すとリザはそのスマホで自撮りを始め姿勢を変え角度を変え何枚も撮り続ける。

「リザ?」

仙一郎が理解できない行動にポカンとしていると彼女は目の前にスマホを突き出した。

「着エロに勝るとも劣らない水着セクシーショットをイッパイ撮っておきましたカラ今晩の“おかず”にでも使ってクダサイネ!」

「ちょっ!何を言って…」

スマホ画面の胸の谷間が露な色っぽい画像を見せながら、リザがとんでもない事を言うので顔を赤らめて狼狽する仙一郎。

「は?ワタシのカラダではシコれないとデモいうんデスカ?」

「ちょっ!何でそうなる…」

「ワカリマセ―ン!」

リザはそっぽを向いてそう言うとスマホを彼のズボンのポケットに押し込み腕を組んでいった。

「ささっ!じゃあ、もうお昼ですカラ何か食べに行きましょうカ!」

「ちょっ!ちょっ!」

リザは、彼にもの言う暇も与えずに強引に引きずって砂浜を歩き去っていった。


正午を少し過ぎ、二人は砂浜から続く公園のベンチに座りフードトラックでテイクアウトしたタコスを食べていた。

「リザ、何か機嫌悪い?」

仙一郎は先ほどからの彼女の様子を不思議に思い訊ねる。リザはどこか刺々しい口ぶりで答える。

「全然そんなコトありまセーン!」

そう言うとタコスを勢いよく頬張り具の太いチョリソーをブチっと噛み切りモグモグ味わう。その様子に、仙一郎もきまり悪そうにタコスを口に運ぶ。

「せっかくこんなカワイイ水着なのに仙一郎ったら反応薄いんだカラ…まあ仙一郎ならしょうがないカ…」

「ん?何か言った?」

「ナンデモありまセーン!」

リザは小声で独り言を漏らしたが彼には聞こえていないようだった。しばらくしてから彼女は思いついたようにスマホを取り出し仙一郎と肩を組むと自撮りした。

「な!何?」

仙一郎が驚いていると彼女はスマホをいじりながら言う。

「せっかくだかラSNSに投稿するデース!彼氏と海でデートナウっト!」

「彼氏とデートって…」

「ワタシは彼氏と思ってますシ、デートのつもりですケド…」

リザが顔を近づけて悪戯っ子っぽくささやく。仙一郎が後ずさりしてたじろいでいると遠くから声がし駆け寄ってくる人影があった。

「リザさーん!」

それは十万里だった。

「母に電話したらこっちに来てるって聞いて…言ってくれればちゃんとおもてなししたのに!」

二人が海に行くのを聞いて捜し歩いていたのか、うっすらと汗を浮かべ肩で息をしながらリザに話しかける。仙一郎は彼女に声をかける。

「やあ!十万里ちゃん!」

「あ、早見さん。シュシュわざわざ届けていただいてありがとうございました!」

ちょっとだけ彼の方を見ると抑揚の無い声で上っ面だけの礼を言うとすぐに向き直りリザと話し続ける。

「それにしてもカワイイ水着ですね!スゴイ!スゴイ!スッゴーく似合ってます!」

十万里が目を輝かせるとリザはやにさがる。

「そーデスカ?そーデスヨネー!」

「ところでリザさん!せっかくだから市街の方に出ませんか?ショッピングストリートのイイお店とか紹介したいし中華街の美味しいとこにも連れてきたいんです!」

突然の十万里の誘いにリザは渋い表情を見せるが十万里はリザにしがみついてなおも押す。

「イイじゃないですか!はるばるこっちまで来てくれたんですから案内しますよ!ね!ね!」

「でもワタシは仙一郎ト…」

困ったリザは助けを求めるような眼で仙一郎を見るが、同じく十万里が彼を睨みつけ、邪魔しないでと言うかのごとく無言の圧力をかけてくる。その威圧感は魔物から感じるそれに勝るとも劣らない迫力で彼はあっさり折れた。

「折角だから行ってあげたら?リザ!」

「じゃあお言葉に甘えて!さっ!、行きましょリザさん!」

仙一郎がそう言うと十万里は声を弾ませリザの腕を強引に掴むと引きずって、あっという間に連れ去ってしまった。

「せっ!仙一郎ォ…仙一郎ォォォ…」

後には拉致されたリザの悲痛な叫び声がいつまでも高い空に響き続けるだけだった。

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