待つ身が辛いかね、待たせる身が辛いかね。
無力感と焦燥感、それらの感情がごちゃ混ぜになって仙一郎の身体中を駆け巡り、どうしようもない脱力感にアパートの部屋で気晴らしに始めたデッサンの手も進まない。
駅での件からすでに一週間たっていたが、いまだにリザの安否は知れない。あのあと仙一郎は警察で一通りの事情を聞かれたが自殺であることが明らかで事件性がなかったこともあって早々に開放された。
昼下がり、仙一郎はひとりアパートにいた。
狭い部屋には不釣り合いな、台座の上に乗った胸像 ───浪人時代、美術予備校の払い下げで安く手に入れたローマ皇帝プブリウス・セプティミウス・ゲタの石膏像。通称でゲタと呼ばれる像を見つめていると、そのパンチパーマの小太りのおっさんのような顔さえ自分を責めているように見えて仙一郎は手に持った木炭を放り投げベットに仰向けに倒れこんだ。
結局、美咲の件では何もできずそれどころかリザに最悪の選択をとらせてしまうという結果を招いた自分の不甲斐なさに食事も喉を通らず、ろくに眠れない日々が続いていた。最近おちいっていた絵のスランプも相まって精神的に最悪な状態。横になっていると不意にお腹が鳴って昨日から何も食べていないことに気づきテーブルに置いてある木炭で汚れた食パン ───木炭デッサンで消しゴムとして使う用具をちぎって口に放り込むと苦い味がいっぱいに広がる。
待っててくれと言っていたリザの音沙汰が一日がたち、それが二日、三日と過ぎても、まったく分からないことで仙一郎の不安も日に日に増し気づけば一週間。今この瞬間、突然玄関のドアが開いて元気な姿を見せてくれるかもしれないと期待する一方で、それが一か月後になるのか一年後、あるいは何十年後になるか分からないのは想像以上に彼をわずらわせ、そもそも本当に生き返るのだろうかという悲観的な考えさえも抱かせた。
リザが住んでいるマンションの場所を教えてくれなかったこともあって ───それはアルマが居候している事を隠すためだったが、街中をあてどなくうろついて探したこともあったが、最近はそんな気力さえなく一日中アパートで寝転がっている事も多かった。
ベッドの上、ぼんやりと天井を眺めていると突然玄関のチャイムが鳴る。彼は飛び起きると玄関に向かう。どうせ新聞の勧誘か何かだろうとは思ったが、もしかしたらと思うと扉を開けずにはいられなかったのだ。
「こんばんわー。朝売新聞の…」
玄関の扉を開けると新聞勧誘の中年男性が立っていたので仙一郎は挨拶も途中で即座に扉を閉めきびすを返しベッドに倒れこむ。程なく再びチャイムが鳴る。先ほどの新聞勧誘員だろうとは思ったが万が一を思うと応答せずにはいられない。案の定、先ほどの男性なのでイラ立って怒鳴り声を上げてしまう。
「新聞とる気はありませんから!洗剤も野球のチケットもいりません!帰れっ!」
扉を思い切り締めるとベッドの上に引き返す。もう何も彼にも嫌になって今日は酒でも飲んで寝ようと思った仙一郎だったが冷蔵庫のビールがきれてることを思い出しコンビニに買い出しに出る事にした。のっそりと起き上がると重い足を引きずって出かける用意をし、玄関を出ると扉の前に人が立っていた。
「スィア!スィア!仙一郎~!」
ニコニコと笑顔で手を振るその人物は紛れもなくリザだった。
「リザ!」
仙一郎は思わず感情があふれ出て彼女を突然抱きしめてしまう。
「よかった無事で!」
彼は腕の中の確かな温もりに本当に彼女がその場にいること感じて泣きそうになった。そんな彼にリザは申し訳なさそに言う。
「熱い抱擁は嬉しいんですケド、まだ傷が癒えてないので少し加減下さいマスカ?」
見るとリザは脂汗を流し笑顔の口元も引きつっていたので仙一郎は慌てて飛びのいた。
「ごめん…でもホント帰って来てくれて嬉しいよ!」
「ご心配オカケしましタ!チョット生き返るのに時間かかってしまいましたネ!」
潤んだ瞳で見つめる仙一郎にリザもグッときたのか二人はしばらく見つめ合う。
「んんっ!おほん!」
その時リザの後ろから咳払いが聞こえ、見るとそこにはアルマがいた。
「あ!アルマ…」
仙一郎がとってつけたように名前を呼ぶとアルマは歩み寄り、出し抜けに仙一郎のむこうずねを思い切り蹴る。
「痛っ!」
仙一郎が声を上げるとアルマは彼を睨みつけ再び何度もすねを蹴りながら怒鳴り散らす。
「画学生!其方が謝罪するというから帰って来てみれば目の前で他の女と乳繰り合いおって!きちんと反省しておるのか?この不埒者が!」
「痛い!痛い!痛いから止めて!」
哀願するが弁慶の泣き所に降り注ぐ足蹴りの連打は止まらない。それどころが激しさを増していく。そしてアルマは顔を真っ赤にして眉間にシワを寄せ大声で叫びながら強烈な蹴りを放つ。
「其方のことなんか、もう知らん!馬鹿っ!」
「いってぇぇぇ!」
最後の一撃は鈍い音を立てて仙一郎のすねに突き刺さり彼はさすがに足を抱えてしゃがみ込んでしまう。アルマはと言えばきびすを返して走り去ってしまった。
「はぁ…ホントにメンドクサイ子デスネ…」
リザは去っていくアルマを見ながらため息まじりに独り言をつぶやいていた。




