trolley problem
二階にある改札を抜けたすぐ外にあるイートインに仙一郎とリザの二人はいた。お腹云々は美咲の元から離れるための口実だったが実際、昼時だったので食事をすることにしたのだ。
仙一郎が、頼んだランチセットに手もつけず黙って物思いにふけっているので、対面に座るリザが同じく頼んだメニュー ───おむすびに厚焼き玉子、お新香に味噌汁のセットのおかずを箸でつつきながら声をかける。
「少し食べた方が良いですヨ!」
「アルマが…」
仙一郎はぼそりとつぶやく。
「アルマが言ってたんだ。最後まで責任を持てないのならかかわるなって。美咲ちゃんが望むなら除霊してやるのが俺のやるべきことなのかな?」
それは目の前のリザに語りかけるというよりも自問に近かった。リザはアルマが自分を仙一郎について行かせたのも彼の性格上こうなることを予見していたのだろうなと思った。
「仙一郎がそう望むならワタシは従いますヨ。一応、除霊的なモノは学んでますカラ。でもさっき言ったように彼女をこの世から完全に消滅させてしまうよな結果になりますケド…」
黙ったままの仙一郎にリザは続ける。
「でも放っておいてもいつか悪霊化して人を殺めて地獄に堕ちるだけですから八方ふさがりデスネ。」
なおも黙ったままの仙一郎の沈痛な表情にいたたまれなくなったリザは提言する。
「とりあえず今すぐどうこうって話じゃないんですカラ結論は一度帰ってゆっくり考えましょネ!ネ?」
仙一郎はうつむいたまま小さくうなずいた。
結局、仙一郎とリザの二人は今日は帰ることにし美咲に一言入れるため一度ホームに戻ることにした。仙一郎もその選択が問題を先送りするだけで何の解決にもならないことは十分理解していたが、もうどうしたらいいのか分からなくなっていたので渋々承諾したのだ。とぼとぼと歩く仙一郎の後ろに付いて歩くリザ。階段を下りる彼の寂しそうに揺れる背中を見ていた彼女は確と立ち止まると少しの間天井を仰ぎ見てから仙一郎を呼び止めた。
「あー仙一郎?今思い出したんですケド、彼女を助ける他の方法があるとしたらワタシにやれせてもらえますカ?」
階段の途中で立ち止まって振り向いた仙一郎の目が輝き身体を乗り出して言った。
「本当に?それが本当なら是非頼むよ!」
「ええ!本当デスヨ!でもコレは仙一郎が凄く辛い思いをするかもしれないんですケド構いませんカ?」」
そう聞くと仙一郎は真一文字に口を結んでうなずいた。
「なら早速始めましょう!行って美咲ちゃんに知らせて上げテ!」
「ありがとうリザ!」
リザの言葉に仙一郎は礼を述べ、喜び勇んで階段を駆け下りていった。
仙一郎が転びそうになりながら慌てて駆け寄って来たので美咲は目をパチクリさせる。
「リザが方法を知ってるんだ!だから大丈夫!美咲ちゃんはちゃんと成仏できるんだよ!」
興奮気味に息を切らせながらしゃべる仙一郎にたじろぎながらも美咲は彼をなるべく落ち着かせようと静かにゆっくりと礼を言う。
「ありがとうございます。」
そして、嬉しそうに目を輝かせている仙一郎の顔色をうかがいながら続ける。
「でも、もしかして…」
そう言いかけたときにリザがスマホで誰かと話しながら二人の元へやって来た。
「それじゃ、よろしくデス!」
そして通話が終わるとリザは、すっかり安心しきった表情で立っている仙一郎と心配そうな顔つきでそのかたわらにいる美咲を交互に眺めた。
「あ…あの…リザさん。もしかしてですけど…」
美咲がおずおずとリザに訊ねるとリザは人差し指を口元にあてて美咲の言葉をさえぎったので美咲はそれ以上何も言わなかった。
{さて…」
リザはホームの端、白線ぎりぎりのところまで歩を進めると腰に手をあて遠く線路の先を眺め言った。
「ちょうどイイみたいデスね!」
何を言っているのか分からなかった仙一郎が
呆けていると背中を向けて立っていたリザは振り返り微笑みを見せて彼に言う。
「仙一郎、てはずは整えておきましたカラ心配しないで待っててクダサイネ!」
静かなホームに遠くから近づく上り特急の警笛の音が聞こえ、その方向をリザが注視する。
仙一郎はその時やっとリザが言う美咲を救う方法に思い至って背筋に冷たいものが走った。美咲を救いたい一心で、その事に気づけなかった自分の愚かさを呪った。
警笛の音を響かせ特急電車は地鳴りとともにホームへ。
「リ…」
助けることはおろか名前を叫ぶ間さえなくリザはホームへ入ってきた特急電車めがけためらうことなく身を投げる。車輪の軋む音に車両に物が打ち付けられる鈍い音が身体を震わせる。
その光景を目の当たりにして彼はその場で呆然と立ち尽くす。確かめるまでもなくリザが即死していることは明白だった。リザが言っていた美咲を助ける手段は単純なことで、彼女が呪縛から解放されるそもそもの条件、新たな投身自殺者が代わりに地縛霊になるという条件をリザが満たすことだった。無論、彼女は不死身の吸血鬼であるから生き返り、この場所の地縛霊は空席となり呪縛の連鎖も断ち切られるという寸法だ。
仙一郎はリザが吸血鬼であることをすっかり失念していて、そんな荒業にでるとは夢にも思っていなかったのだ。電車は緊急停車し駅員が慌ただしく走り回り、少ないながらもホームにいた人達がザワつきスマートフォンを事故現場に向ける。その喧噪の中、美咲が仙一郎の名を呼ぶ。
「早見さん!」
見ると美咲の姿はすでに薄っすらと透けて消えかかっているようだった。
「大丈夫ですよ!リザさんは必ず生き返りますから。安心して!それと本当に色々ありがとうございました!リザさんにも私が感謝してたって言っておいて下さい。」
「美咲ちゃん…」
仙一郎がそう答える頃には笑みを浮かべる彼女の姿はすでにおぼろげとなっており程なくして霧散してしまった。ひとり取り残され複雑な気持ちでぼんやりと美咲のいた場所を眺めていると右手に違和感を感じ、見ると彼女がしていたシュシュが彼の手には握られていた。
遠くから救急車のサイレンの音も聞こえ始め騒然とするホーム上で仙一郎は独りいつまでも立ち尽くすしかなかった。




