正午の奇譚
ホームは静寂を取り戻しリザは振りかえって仙一郎に詫びる。
「ごめんなさいネ仙一郎!ちょっとエキサイトしてしまいマシタ!」
そう言うリザはいつもの様子に戻っていた。
「ホント、荒っぽいのは勘弁してくれよ。」
「ホント反省してマス!」
仙一郎の小言にリザがあまりにもしゅんとしてしまったので彼は続けて言った。
「でもまあリザは眷属だから行動の責任は主である俺にあるって事であまり気にするな。それに…俺もちょっとあの態度にはムカついてたからスッキリした。」
「ケーセネーム!仙一郎!」
リザはそう言うとほっとしたような表情をした。
「あ…あのリザさん!ありがとうございます!」
その時、やっと茫然自失から回復した十万里がリザに話しかけてきた。そしてリザの手を握ると感謝の言葉を矢継ぎ早にかけ続ける。十万里は自分を助け山上をやっつけてくれたリザの事をいたく気に入ったようで、二人はすっかり打ち解け、色々と話が弾んでいるようだった。
仙一郎はそんな二人から離れて美咲のもとへと向かった。あれからずっと立ちつくし禍々しい気配を振りまく彼女に近づくと呼びかける。
「美咲ちゃん!」
彼女はその声に反応しない。よく見るとうつむいた口もとが微かに動いて何かつぶやいているので仙一郎は耳をすます。
「殺す…殺す…殺す…」
念仏のようにブツブツと繰り返す。自分をイジメた張本人、山上の出現が彼女の悪霊化に拍車をかけたようで仙一郎は何とか彼女を正気に戻そうと何度も名前を呼ぶがまったく反応がない。このままの状態が長引くのは非常に危険だと考えた仙一郎は最後の手段に出ることにする。
「十万里ちゃん!ちょっとこっちに来てくれるかな?」
仙一郎がリザと話し込んでいる十万里に声をかけると彼女は何事かとやって来た。
「何ですか?」
「ちょっとここに立っててくれない。」
仙一郎は美咲の前に十万里を立たせるが無論幽霊の美咲のことは十万里には見えないので彼女はその変な要求を不審がる。
「ホント何ですか?」
「お願いしますネ!ちょっとそのママ!」
リザがそう助け船を出したので彼女は渋々従った。そわそわと落ち着きなく周りを見回す十万里を置いて仙一郎はそっと美咲の脇に移動すると小さな声で語りかける。
「美咲ちゃん!分かる?目の前にいるのが誰だか分かる?十万里ちゃんだよ!ほら!妹のためにも正気を取り戻して。」
仙一郎は妹がそばに来れば何か変わるのではと思ったのだが美咲の様子は依然として変わらない。彼は美咲が放つ殺気に目がくらみ胸がむかむかして立っているのもやっとだった。
「お姉ちゃん…」
唐突に十万里が口にする。
「あれ?何で私…」
彼女は何故、自分がそんな言葉を漏らしたのか理解できず当惑そうな色を浮かべる。見ると彼女の頬には涙がつたっていた。
「あれ?あれ?どうして私、泣いて…」
それに気づいた十万里は涙を拭うがぽろぽろと流れ落ちるしずくは収まらない。すっかり混乱している十万里にリザは寄り添い声をかける。
「大丈夫!大丈夫ネ!落ち着いテ!」
姿が見えないとはいえ十万里には何か感じるものがあって思いがあふれたのだろう。結果的に十万里を悲しませてしまった仙一郎は、もう十分だと思い、取りやめようとした時のこと、
「十万里…」
美咲がそう言うのを仙一郎は聞いた。振り返ると彼女は正気を取り戻しているようで、今まで感じていた禍々しい気配も感じられなかった。十万里の声が届いたのだ。どうにかこうにか当面の危機を脱し仙一郎は、ほっと安堵のため息を漏らした。
時刻はすでに正午に近かった。
気持ちが落ち着いてから十万里は時間もあるのでとリザと仙一郎に礼をいうと帰路についた。仙一郎は一連の騒動でどっと疲れが出たのかベンチに腰掛けると大きくため息をついた。その様子を隣に座って見ていた美咲は声をかける。
「色々とごめんなさい早見さん。」
「いや良いよ。それより全然助けになれなくてごめん。」
仙一郎は自嘲気味に答えると美咲が異を唱える。
「そんなことありません!十万里の様子が知れて本当に良かったです!色々と妹に聞いてくれてありがとうございました。逆にそのせいで十万里に早見さんのこと変な人と思わせてしまったみたいですけど…」
「それは良いよ。そもそも変わり者だし何より助けになりたかったから。」
「ホント、仙一郎は変人ですからネ!」
リザが笑みを浮かべて横から口を挟む。
「あー!それを他人に言われるのはなんかヤだな、リザだって普通に人ではないじゃん!」
仙一郎が文句をいうとリザは笑みを浮かべた。
「仲良いですね!」
二人のやり取りに美咲も顔をほころばせたがすぐにうつむいて思いつめたような表情に変ずる。それに気づいた仙一郎が声をかける。
「どうかした?」
「私…ダメな姉ですよね…あんな良い妹を残して自殺するなんて…」
美咲の言葉に彼はムキになって反論する。
「そんなことない!美咲ちゃんは妹想いの良いお姉さんだよ!それは十万里ちゃんを見てれば分かる。自殺したことだって美咲ちゃんは全然悪くない。100%悪くない。そこまで君を追い詰めたヤツらが悪いんだ。」
仙一郎が語気を強めてまくしたてるので美咲も戸惑った表情を見せ、それに気づいた彼はばつが悪そうに黙り込んでしまった。
「本当にありがとうございます早見さん。それで迷惑ついでにもうひとつお願いがあるんですけど…」
仙一郎が顔を向けると彼女は真剣な顔つきで言った。
「私のこと消し去ってもらえませんか?」
「はぁ?」
仙一郎は思わず立ち上がって声を荒げてしまう。
「さっきみたいに怒りで自分が自分じゃないみたいになって誰かを傷つけしまうことが怖いんです。私が人を殺してしまう前に、せめて十万里に誇れる姉のままでいたいんです。だから…」
「そんな…」
「リザさんなら何か方法を知っているんじゃないですか?」
美咲はずっと黙って聞いていたリザに話しをふると彼女は、やれやれといった風に口をひらいた。
「アルマから大体の話は聞いてますケド、除霊はあまりお勧めしませんネ。特に美咲ちゃんは地縛霊ですカラ魂がこの場所にへばり付いている状態で、それを無理矢理引き剥がすようなコトをすれば魂がズタズタになって…」
リザはチラッと仙一郎の方を見ると続けた。
「完全に消滅する可能性が高いデス。それは天に召されず地獄に堕ちることさえ叶わない最悪の展開にしかなりませんネ。」
「それでも…」
美咲がそう言いかけると仙一郎が言葉を遮る。
「ああっと!もうこんな時間かー。どうりでお腹が空いてる訳だー。美咲ちゃん話の途中にゴメン!ちょっとお昼食べてくるから続きは戻って来てから。」
そして彼はリザを引っ張って美咲の元を忙しなく離れたのだった。




