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夢幻の星刻騎士〈スター・ナイト〉  作者: 夢愛
第一章 死して戦う者達
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蘇りし者

 一日の終わりに望遠鏡を覗きたいな、なんて思ったけど今日からはもう家に戻っても何も触れられないんだよね。


 桜姫に連れられて河原にやって来たけど、流石にもう日が暮れて何も見えない。辛うじて視認出来るのは月が映り込む川面くらいだ。

 桜姫は毎日ここに来て川面に揺らめく月に祈るんだって。


「何を祈るの?」


 僕が問うと、桜姫は結んでいた両掌を解き目線だけを向けて来た。せめて顔を向けようよ。


「明日も生き残れるように、だ。お前も祈っておけよ、いつ死ぬか分からないからな」


「あっ、大丈夫」


 コイツでも神様もといお月様にお祈りする事が有るんだなぁ。そんなの絶対にやりたくないタイプかと思ってたけど。


 で、そもそも僕は何で嫌っている桜姫に言われるがままついて来たかと言うと、結構単純明快な理由なんだ。

 「月を見てみたい」って思ったから。

 今まで九割型曇り空しか見たことが無かった事を会話の中で話してみたら、「それなら」とここに連れて来てくれた。


 ここは日が暮れるのがゆっくりで、月を見れるのはほんの数分。神秘的だと言われて、こうして祈る人が増えたらしい。

 それで河原に来ると同時に二つ見れるからオススメなんだって。

 二倍になる訳じゃないと思うけど。効果が。


「桜姫は、何でもう死んでるのに生きようと思うの?」


 こんな質問、正直失礼だろうなぁって分かってるんだけど、知りたかった。

 多分、桜姫は悪い奴じゃないから教えてくれるだろうけど、僕は悪いからなぁ。印象も最悪だろうし。


「妹が生きている。俺は妹を守る為、幽霊騎士(ゴーストナイト)として生き続けるんだ」


「妹かぁ、なら僕が守りたいのは親友と両親だ。一緒だね、守りたい人がいるって」


「まあそうだが、ここに来た人間は全員誰かを守ろうとしてるんだ。だからこそ来れたんだ」


「あ、そうなんだ」


 じゃあルカが言ってた自分でここに来たっていうのは、僕が銀杏達を守りたいと思ったからなのかな。

 それより皆が誰かを守りたいって考えてるなら、ルカは一体誰の事を守りたいって思ってるんだろう。彼氏とかかな? それとも家族? 想像つかないや。


 未だお祈りを続ける桜姫は声に出さず何かを呟いている様だった。妹を守りたいって言ってたし、「妹を守り切れますように」とかかな?


 優しい兄の心を持つ桜姫に影響されたか、僕も祈りを捧げてみようかと手を合わせた。


「ん、隠れたな」


「嘘でしょ」


 遅かったようです。

 結局お祈りは出来なかったけど、そんなものなくても守れるようにならなきゃね。桜姫をバカにしてるんじゃなくて、桜姫も多分気休めになると思ってるんだと思うから。


 風邪引くかも知れないからと帰ったら温まるよう言われた僕は、彼を嫌っている事がアホらしく思えてきた。こんなに良い人なら警戒する必要も無いだろうし。


 「良い人」というフレーズを出してしまった僕は網走先輩を思い出した。

 彼女の為にも、僕がきっと炎神を倒し続けてやる。ここって、寿命とか無いよね? まさかさ。


 永遠に守るという意味では不可能に近いけど、せめて生きてる間は決して死なせないよ。、皆守って、守り切って生き延びてやる。

 僕は炎神のふざけた繁殖法を止めるんだ。


「……ん? 誰か叫んでない?」


「そうだな、誰だ?」


 かなり距離がありそうだけど、僕と桜姫には女の子の呼び声が聞こえてきた。誰を呼んでいるのか、何で呼んでいるのか分からないけど、夜中に叫ぶのはどうかと思う。

 その声は段々と近くに来て、僕は声の主と呼ばれている者が誰か認知出来た。


 叫んでいるのはルカで、ルカが捜しているのは僕だった。

 何故そんなに焦った様に大声を出しているのかはまだ理解出来ないけど、呼ばれてるのだけは確認出来た。


「ちょっと行ってくるね」


「あ、いや俺も気になるから行く」


「分かった。じゃあ行こう」


 僕は桜姫と共に、夜の町に響く呼び声を頼りにしてルカの元へと辿り着いた。

 酷く疲れてる様で、発見した時には汗だくだった。汗だくで、服が身体に張り付いてるけどもしかして下着着けてない?


 中々こちらに気づかないので、名前を呼んで手を挙げてみた。


「ルカ! こっちこっち、どうしたの?」


「ああ良かったそこに居たのか夢奏」


「いや、河原に居たんですけども」


「どうだっていい。とにかく大変だ、早く行くぞ」


「え!?」


 大変ってもしかしてまた炎神が発見されたの!? 今日二度目でしょ? よくあることなのかな。僕初日から二回戦うのかぁ。

 覚悟を決めて拳を握り締めていたら、連れて行かれたのはルカの家だった。


 中へ案内されて行くと、ルカは僕が最初に来たあの和室の扉を開けて立ち止まった。そして僕に振り向き、顎先をクイ、と上げるジェスチャーで中に入らせた。


「え」


 初めて来た僕と同じ様に畳の上で横たわっているのは黒髪の女性で、前髪を整える様に黒いキャップを被っている。

 程良く大きく膨らんだ胸と、短パンから下に見えている肉付きの良い太腿は、確実に見覚えがあった。あったんだけど、僕は何処を見てるんだ。何を記憶してるんだ。


 僕は起こさないよう、足音を立てずに慎重に彼女に寄って行く。

 顔を覗き込むと、感情が昂ぶり思わず涙が溢れ出そうになった。



「ん……ここ、何処? 天国? 地獄? それともこの世?」


 寝惚けた様に目を擦り両脚を曲げて間に右手を置いて座った彼女は、欠伸をした。

 普段は凛として格好良く、優しくも強い瞳を持つ彼女は僕の視界に入ると、硬直して何故か赤面した。


 半袖の首元を両手で覆う彼女の胸が潰れて強調されていることは、言わなくていいよね。

 何でそう恥ずかしがってるのか分からないけどさ。


「い、いやぁ、私もちょっと重症なのかなー? 夢にまで夢奏君出現させちゃうなんて」


 焦りながら僕の顔をちらちら窺う彼女は、一度だけじっと見てその後更に真っ赤に変色した。茹で蛸じゃないんだからさ。


「あの、夢奏君本物? 生きてる?」


 彼女は丸まり恥じらいながら僕に質問してきた。『生きてる?』って失礼じゃないですかね?


「本物ですし、勿論生きてます。先輩、また会えて本当に嬉しいです」


 そう、つい先程までそこに転がっていて何故か僕の生死について直接本人に問いかけて来た少女は、炎神に乗っ取られて死んだ筈の網走先輩だったんだ。


 僕が何が起こってるのかも分からずに感動し再会を喜んでいると、網走先輩は今度は血でも抜かれたかの様に真っ青に変色した。色が変わる玩具じゃないんだから。


「寝顔、見られた……。寝起き、見られた。いつもの起床時の口癖も聞かれた……死のう」


「いやいやいやいや、何言ってんですか先輩」


 女の子はどうして寝顔とか気にするのかな。別に見られたって減るものじゃないじゃん? むしろ女の子の寝顔って見てみたいじゃん? て考えの人が大半だと思うじゃん? 僕今どうしたんだろう。


 僕は先輩の腕を掴み、外へ飛び出そうとしたのを防いだ。何をしようとしたんだろうこの人。それとまさかさっきの言葉、口癖だとは思わなかった。


「これはこれは、くく、中々面白いな」


「まあ、そうだな」


「二人共何言ってんの?」


 楽しげに笑うルカと微笑する桜姫にツッコミを入れたんだけど、本当に何言ってんの? 先輩、死んだからここに来た筈なのにもう一度死のうとしてるんだよ? 何このカオス。


 考えてみると本当に少しだけだけど面白味があるかも知れないね。うん。


「先輩落ち着いて、本当にお願いします」


「あ、う、うん。うん落ち着く。ふぅ……」


 先輩は必死に落ち着こうと深呼吸をするけど、必死になってたら落ち着ける訳無くない? 先輩ってちょっと抜けてるみたいだね。

 ところで僕はルカの顔をじっと見つめた。


「ルカ、どういう事? 何で網走先輩がここに居るの?」


「そんな事私が知る訳ないだろう。考えられるのは、炎神に殺された後に運が良くここへ辿り着いた。そして蘇る事に成功したってとこだな」


「え、私死んだの?」


 腕組みをするルカの仮説に即座に反応した先輩は、一瞬で呼吸が整った。

 確かに衝撃的な台詞を聞くと固まる事が有るだろうけど、まさかそれで落ち着くとは思わなかったよ。先輩凄いね。


 でも何で落ち着けたんだろう、むしろ焦るか狼狽えるか怯えるか、そのいずれかが確立高いと思うんだけどなぁ。

 もしかして、見ず知らずの場所に気が付いたら来ていたって事と合点いっちゃいました?


「そう、なんだね。私死んじゃったんだ……てことはここ、天国? 地獄なの?」


「どっちでも無いが、お前は天国と地獄が好きなのか?」


「いや? そんなこと無いけど」


「そうか」


「なら、ここは何処? 私全く分からないんだけど」


「説明するから待て。たく、お前らはどいつもこいつも」


 舌打ちを鳴らすルカだけど、知らない事は知りたいでしょ、普通さ。そして先輩はいつの間にか僕の右腕にしがみついてるし。

 桜姫はずっとルカの背後で眠そうに目を閉じてるし、僕の時より平和で僕の時より雑だね今回。


 先輩が納得するまでにそんなに時間はかからず、ルカと桜姫はなるべく簡潔に分かりやすく要所の説明をしていく。僕の時より優しめで。

 別にいいし。今僕の右手には優しさが詰め込まれたクッションがあるから。



 幽霊騎士と炎神について一通りの説明が終了すると、網走先輩は僕の右腕から挟むタイプのクッションを退かし、静かに瞳を閉じた。


「私は炎神ってのに殺されて、ここに蘇って来れたんだね? それって運が良いの?」


「事実、前例の無い事だ。それは炎神がお前を救った事になるのでな」


 網走先輩の疑問に、ルカは理由も添えて返した。僕も聞いたけど、死んだ人間の死因は炎神が勝手に作る。

 幽霊騎士になる為蘇ったって事は、炎神は適当にも死因を作らず自らここに魂を送り込んだって事になるらしい。


 人間をウィルスの如く蹂躙し死滅させるのが目的な筈の炎神が、どうしてそんな事を。


「幽霊騎士になって、私を殺した炎神達と戦うか、なんだね」


 お世辞にも元気とは言えない沈み切った口調で呟いた先輩に対し、ルカは小さな胸を張って彼女に人差し指を向けた。


「死にたければ今すぐ私が殺してやろう。居るだけ邪魔なのでな。それとも戦うか? 二度目の死が訪れるまで永遠に」


 意地悪な口調はルカにとっての礼儀でもあるんだと思う。炎神に因る二度の死を味わいたくなければ私が殺してやる、って意味なんだと思う。

 そして、選ぶのは自分自身だって選択肢もくれてる。ルカはやっぱり優しいね。


 網走先輩は黙りこくったまま腕を組み、一瞬目線を僕に向けた。

 どうしたのかは分からないけど、質問には答えよう? 勿論僕は今すぐルカに殺される先輩は見たくないんだけど。


「うん、一つ質問させてもらうね」


 先輩は申し訳無さそうにルカを見下ろした。小さいからね。


「何だ」


「夢奏君もここで戦ってるんだよね? でも何処に住んでるの?」


「ここだが」


「え、あ、そ、そうなんだ?」


「待って先輩何の質問?」


 僕の疑問は軽くスルーされ、先輩は何やらブツブツと心ここに在らずという感じで小さく喋りだした。

 今までずっと尊敬して来て、最早好意すら抱いていた相手が少し怖く思えてきた。呪いとか始めそう。


 先輩は言葉を止める事はないが、よく聞けば同じ台詞しか言っていないようだった。


「ここなら銀杏君も居ないしバイトの女連中も居ない。だからこの機会に急接近して……だとしたら敵は今の所ルカちゃんだけ……」


 少しじゃないです、かなり怖いです。

 先輩、銀杏やバイト先の女の子達嫌いだったんですか? そしてルカは味方です。仲間です。敵じゃないですよ。


 先輩は元気良く「よし」と決心すると、僕や桜姫ではなく、ルカだけに微笑んだ。その微笑みは怖かった。


 呪いの人形とか、使わないよね? 不安なので、先輩の付近にある藁の小包を確保しておいた。


「私も幽霊騎士として戦うよ! それで私を良いように扱ってくれた炎神達に一矢報いてやる!」


「一矢じゃなくて、何本も頼みたいところだな」


 気合を入れた先輩のピースを折り曲げ、ルカは溜め息を吐いた。格好良く決めさせてあげようよ。

 でも、先輩何か違う目的があったりしないよね? 仲間殺しとか絶対にしないよね? 多分思ってるより遥かに仲間少ないからね?


 桜姫にも挨拶を終えた先輩は、普段は見せない様な眩しい程の笑みを僕に向けて来た。だから何か怖いって。


「よろしく夢奏君、これからもよろしくね!」


「はい、よろしくお願いします先輩」


「いつかお風呂とか一緒に入ってそのまま上気せるまで……きゃー!」


「せ、先輩?」


 一人会話からズレ、再びブツブツと小さく喋りだした先輩の顔はまた茹で蛸でとにかく楽しそうではあった。


 桜姫はこの上昇下降が激しいテンションについて行けなかったか、とうとうその場で寝転がってしまった。現実世界では夜中の二時と同じくらいの時刻だそう。


 僕も先輩に倣って笑ってみたけど、心の底から笑えなかった。だって怖いし。


「やれやれ、賑やかな奴が増えたな」


「ここの女の子って皆賑やかそうだよね」


「私は違うだろう」


「いや、含まれる。アヤさんの方が除名されると思うよ」



 あのノリなのに自分を賑やかなんて思ってなかったんだね、ルカは。安心してナナミさんが一番賑やかだと思うから。

 賑やかな女の子達、皆何処か変なんだね。


 僕とルカは一人妄想に浸る先輩にバレぬよう、息を殺して部屋を出た。寝てしまった桜姫を運びながら。




網走先輩でした〜。

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