第八話
街に入ると道はしっかりと石畳が敷かれており綺麗な街並みが続いている。
丘から見えた光は家から漏れる光と石灯籠のように街に点在している光源だった。
夜店の屋台が建ち並ぶ祭りのようなエキゾチックな雰囲気が漂う街に思わず感嘆が漏れる。
「おぉ、いい感じだな」
「うむ、これは綺麗な街だな」
「ところで、従魔ってなんだ?」
「それはだな、まぁ人に使える魔物の総称だ。ラミアやケンタロウスなどは魔物と言うよりは亜人に分類されるものでな。言葉を介さず一般的に意思疎通が困難な魔物がそれに当たる」
「へえ? 別に従えてるわけじゃないけどな」
「注意せねばならんぞ? ルスが人に怪我をさせればそれはお主の咎となるからな」
ルスが意味もなくそんな事をするとは思えないが留意しておこう。
「そう言えば宿の場所がわからないな。聞いておけばよかったか」
「それなら既に聞いておるわい」
「なにぃ!? デュランがいい仕事をしているだと?!」
「ワシを何だとおもっとるんじゃ!」
「ダメ剣聖」
「お主……もういいわい」
そうして案内されたのはウェスタンバーのようなスイングドアを拵えた店だった。入り口の上に吊るされた剣と皿が描かれた何ともミスマッチな看板が音を鳴らしているが、書いてある文字は読めない。
「なんて書いてあるんだ?」
「剣の皿、じゃな。というかお主字が読めんのか」
「まったく読めんな」
「胸を張るな!」
気が付いたらダンジョン内だったんだから許してくれ。
でも文字が読めないといざと言うとき困る事もあるだろうから落ちついたら勉強しないとな…
ドアを押して中に入ると栗色の髪をした可愛らしいお嬢ちゃんが元気に出迎えてくれた。
「いらっしゃいませー! 何名ですか? それわんちゃんですか! 可愛いですね! 触ってもいいですか?」
マシンガントークで畳み掛けてくる。
接客業としては駄目だが子供としては満点だ、花丸を上げよう!
「二人だよ。この子も泊まれるかな? 悪いんだけどこの子は眠っててね。また起きたら遊んであげてくれるかい?」
「あ、はい……私ったらごめんなさい! 残念だけどまた今度にします! 普通は毛がつくからダメですけどこの子なら大丈夫だと思います! 聞いてきますね、適当な席に座って待っててください。おかあさーん!」
うーん。元気いっぱいだ!
月夜は綺麗で風も心地良い。そして元気な子供とくれば足りないものはないな。
店内はしっとりと落ち着いた雰囲気があり木造建築の良さが前面にでている。
丸太を直接加工したテーブルにそのまま丸太をどんと置き、丸みを帯びた店内の雰囲気は実に木と合っている。やや店内は薄暗いがそれは照明に問題があるからだろうがいたる所に燭台が立てられて暖かい光が照らしている。
息を吸い込めば木の匂いに何かしらの食べ物の匂いが混じっておりタイムトラベルでもしたような感覚を覚える。
いつまでも立っていると邪魔になると思い席を探したが六席あるうち三席は既に埋まっており入り口から一番奥の席が開いていたのでそこに座る事にした。
ただでさえ目立つ大鎧が目立つところにいたら営業妨害も良い所だろうからな。
「いい店だな」
「そうじゃな。ワシはあまり来た事がなかったが、こういうのもいいものじゃ」
二人とも各々の世界に浸っている。俺は異世界人として、デュランは過去でも振り返っているのだろう。
そうこうして待っていると少女と大人の女性が一緒にやってきた。
「こちらが?」
「うん!」
「そう、ありがとね。それではお客様、私はここの女将をさせていただいておりますエルラです。この子は娘のリル。ほら、挨拶して」
「リルです! 宜しくお願いします、お兄ちゃんと騎士様!」
「これはご丁寧に。私の名前は……クロードです。この子は従魔のルスです」
「ワシはデュランじゃ」
クロードと言うのはゲームの時に使っていた名前だ。クロウドとクロード。なんともわかりやすいがその分、愛着も沸くってものだ。
「クロード様に、デュラン様ですね。娘が犬も一緒に言いかと言うので確認に来たのですが、それは魔獣ですか?」
また新しい単語だ。魔獣? 魔物と何が違うんだ?
わからないぞ、俺には。助けてデュラン先生!
チラッと視線を送るとやれやれと言った感じでデュランが引き継ぐ。
「そうじゃ。ほれ、従魔証もついておる」
「はい、確かに。ですが、他のお客様の迷惑にはならないようにお願いしますね?」
「大丈夫です。この子は大人しいですから」
「それでは何泊されますか? 一泊銀貨三枚、お食事は朝と夜に一食銅貨四枚となります」
明日にはまず服を買いに行ってその後は家を見に行きたい。良い家があれば一泊で事足りるし、なかったら数日は泊まる事になるだろう。
「三泊で食事は大丈夫です」
可能であればこの世界の食事も楽しみたいのだが残念な事に腹も減らないのでまずはどこかで軽く齧れるものでも口にいれてから挑戦してみたい。
「承りましたでは、これが鍵になります」
そういって女将は鍵を渡すとリルと一緒に戻っていった。
鍵と言われて渡されたの一言で言えば溝の入った棒。閂のようなものだろう、防犯性低そう。
この宿は三階建てになっているようで一回が食事処兼受付、二階と三階が宿になっているようだ。
そそくさと部屋に向かって漸く一息つくことができた。
「人前に出ると結構緊張するな」
「ワシもじゃ!」
わはははは! と笑い合うが、正直俺達は疲れ知らずな上に眠らない。
「で、どうする?」
「知れた事、ギルドに行くぞ!」
やっぱりそうなるよな。
正直金には困っていない。
まだ聖銀貨一九九九枚は程度はあるのだ。宿で銀貨三枚、食事銅貨四枚ならほぼ一生ぐーたら過ごせるだろう。だがそんなのは死人だ。
既に死んでいるのに心まで死んだらそれこそ本当に死人になってしまう。
俺はこの世界を知って色々するために、デュランは俺達の野望を叶えるために。
正直デュラン知識の信憑性は怪しいがエルラにでも聞けばわかることだろう。
あまり今の状態のルスを連れまわしたくないと言う思いはあるが戦いは剣聖に任せておけば何とかなるはずだ。
「よし、行くか」
「応とも!」
俺達は先ほど上がったばかりの階段を下りるとなにやら視線を感じる。
デュランが目だっているせいだ。
エルラさんにギルドってある? と聞くと一瞬きょとんとしたのだが道のりを教えてくれた。
「ありがとうございます」
「いえ、騎士様も一緒なのにギルドに行かれるんですね」
「え? えぇ、まぁ」
「あらやだ、ごめんなさい」
「いえ、気にしないでください」
騎士はギルドに行かないのかと面食らっただけだったのだが余計な詮索をして気分を害したと思ったのか、エルラさんは軽く頭を下げて謝罪をしてきた。
確かに、どう見ても高い地位にいますけど? と言わんばかりのゴツイ鎧を着た騎士(偽)がギルドなんて似合わない。となれば先ほどの視線もやっぱり何事かと見られていたのだろう。
でもあまり気にしない俺達は情緒溢れる美しい夜の街を歩きギルドまで向かう事にした。
ギルドの敷地は大きく、擬洋風建築の役所のような外見をしており夜だと言うのに人気があり、かなり明るい。夜もそれなりに深いはずなのだが、ギルドの中からは陽気な笑い声が漏れ出ている。
ドアを開けて中に入れば受付にはピシッと制服を着た気の強そうな受付嬢が木製のカウンターの奥に背筋を伸ばして座っている。カウンターは五つあるが受付嬢は現在二名しか見受けられない。
恐らく夜勤なのだろう、お勤めお疲れ様です。
受付嬢が待機しているカウンターの一つは腰に剣を佩いた若者と話をしている。が、その顔にはありありと迷惑ですと書いてある。ナンパでもされているのだろうか。
いつまでも入り口に立っているわけにもいかず、俺に続いてデュランがギルドへ入ると一瞬ギルドがザワついた。
やはりお前は目立ち過ぎるぞ? なんとかしなさい。
「デュラン、お前目立ちすぎだろ」
「ワシに言われてもな……」
そんな意味のない問答をし、カウンターへ向かうと若者はこっちに来るんじゃねぇと言う顔をしている。
わかっているとも。人の恋路を邪魔する奴は犬に咬まれて死んでしまうだろうからな。まぁ相手の顔を見てもそれがわからないお前にチャンスはないのだろうが……
俺達はその隣の眠そうな受付嬢のカウンターへ向かった。
「こんばんは。いい夜ですね。冒険者登録と言うのをしたいのですが」
「え? あ、はい。お一人様ですね。」
「いや、後ろの鎧も」
「えっ? 騎士様が?」
「うむ、頼もう」
「え、あ、失礼しました。承ります」
完全に俺はデュランの影に隠れているが直接戦闘能力の低い俺が矢面に立つよりはデュランにがっちりヘイトを稼いでもらったほうがいいので鎧に傷が付いた時だけ言え! 新品同様にしてやる!
羊皮紙を差し出され、俺は初めて見る羊皮紙に興奮しデュランに呆れられた。
当然書いてある事はわからないのでデュラン先生に代筆を頼み、内容を教えてもらったのだが名前と種族と任意でスキルを記載しただけだったようだ。当然俺はデュラン先生が書いた内容を知らない。
素直に書いてくれているのを祈るだけだ。
ギルドはポーションなども取り扱っていると言うのでデュランが記入している間にローブか何かないかと聞くとあると言うのでそれを銀貨八枚で購入した。
宿代より高いとかぼったくりを疑ったが新品の服は高いのが当たり前だとデュランから突っ込まれた。なんにせよ体を隠せるものが買えたのはラッキーだ。
「お待たせしました。こちらがクロード様のギルドカード。こちらがデュラン様のギルドカードとなります。なくされますと再発行に金貨一枚になりますのでご注意下さい。概要を聞かれますか?」
俺とデュランは宜しく頼むと言おうとした矢先、隣から猛り狂った声がそれを遮った。
「ちょっと! あなたさっき私と目があったわよね? なんで助けないのよ! なんでそっち行っちゃうわけ?! 信じらんない。普通このナンパ野郎を押しのけて切れたこいつが決闘だってなるのが定石でしょう?!」
そんな定石聞いた事もないし、したくもない。俺を見てわからなかったのか? さっきまでボロのTシャツにほぼ短パンと化したジーパン。一般人と言うよりは事故にでもあった? となるような格好だったはずだぞ? それに武器もないのにそんな真似できるか!
だが売り言葉に買い言葉ではヒートアップするのは目に見えている。
ここは大人の対応をするべきだ。
「はぁ、すみません」
「すみませんって何よ! 本当に悪いと思ってるわけ?!」
なんてヒステリックでエキセントリックな受付嬢なんだ。さっきの愛想笑いはどうした? 俺にも寄越せ!
「思ってますよ。思ってる思ってる。で、受付嬢さん、概要お願いします」
「全っ然思ってない! 貴方達への説明は私がするわ!」
「ちょっと、先輩。ダメですって……」
俺達は完全に置いてけぼりだ。デュランですら呆れて黙っている。
キーキー騒がしい猿のような受付を放って俺達は可愛そうなナンパ男に軽く会釈をするとその場を立ち去った。
「「はぁ……」」
俺達はギルド内に備え付けられたバーのような食堂スペースで二人して溜息をつく。
とんだ邪魔が入ってしまったせいだ。
何故このスペースに来たかと言うと、気になっていた事もあったからだ。
「なぁ、デュラン?」
「うむ、行ってこい」
それは俺達に向けられた視線。デュランではなく、俺にも、だ。
その視線を送っている主は首に鉄錠を掛けていてこちらをずっと壁際から睨むように見ている女性。
服は襤褸布のようで服と言うよりは情婦のような胸と股間を隠すだけのもの。耳が長く、翡翠色の美しい髪をしている。
綺麗な人なだけに体中についた傷が痛々しく映えている。
死んだような瞳を向ける女性は俺達に何かを訴えたいのだろうか。
俺はその疑問を直接聞く事にした。
「さっきから見てるよね?」
「……」
女性は喋らない。
喋れないのか、それとも喋りたくないだけかはわからない。
返事はなく、何を求めているのかわからない。
俺は神ではないし何でも知っているわけではない。
俺は傷ついた体を癒すことだけしかできないヒーラーだ。
だからその体についた傷を見て見ぬ振りは出来ない。
「ヒール」
ローブに隠れた腕がジュウウと焼けるような痛みを発する。幸い騒がしさで音は聞こえていないだろうがピクリと長く尖った耳が動いたのでこの人には聞こえたかも知れない。
ヒールの回復はよっぽどの深手ではない限りほぼ一瞬だ。見えている部分の傷に手を翳し、全身を滑るように癒していく。
五秒にも満たない早業。見る見るうちに綺麗になった肌は透き通るように白く美しい。
「うん、綺麗になった」
「あなたは、私を苦しめたいのですか……」
何故? と思ったのだが……その意味に気が付いたとき彼女の言葉は俺の頭を叩きつけた。
「あっ……」
「……」
デュランから聞いた情婦と言うもの。この女性に嵌っている鉄錠。体の傷。
「すまない……」
「……残酷です」
その通りだ。もしかしたらさっきの傷は彼女が自ら傷つけたものかも知れない。
自らを護るため、その価値を下げるために。
アンチエイドやアンチヒールを使えば元には戻せるだろう。だが激痛でショック死する可能性もある。
俺が彼女を癒すには、彼女を、同じような境遇の奴隷を解放するしか手はない。
自分の侵した失敗に俺は彼女の顔を見る事が出来なかった。
失敗を許されない失敗をした。
俺達の間にはただの沈黙が続いていたがそれを破ったのはデュランの焦ったような声。
「クロード!」
何事かと振り返ろうとすると突然肩を掴まれて突き飛ばされた。
「痛ってぇ……」
突き飛ばしたのは金髪を撫でつけた軽薄そうな男。その風貌は冒険者と言うよりはお坊ちゃんと言うような仕立ての良さそうな服を着ている。
「おいおい。俺の奴隷に何ちょっかいかけてんだぁ?」
酷く不快だった。
立ち上がってそいつを見れば先ほど俺が癒した女性の肩に手を回し胸を鷲掴みにしている。
女性はその顔を醜く歪め、心底嫌そうだがそれもそうだろう。あんなので喜ぶのは面前でそういう行為を喜ぶ変態と苛められて喜ぶ変態くらいだ。
周りの冒険者達もなんだなんだと興味津々と行った様子で俺達を見ており、かすかに話し声も聞こえてくる。
「げぇ……あいつって金で奴隷を買って金級になったって言う奴隷使いのザガンじゃん。大した実力もないくせに……」
「おい、聞こえるぞ」
いえ、もう聞こえてます。情報ありがとう、しかし奴隷使いって……何とも胸糞悪い奴だ。
しかし今は下手な真似は出来ない。こいつを力ずくで叩き潰すだとかは根本的な解決にならないからだ。
むしろそれは悪手なのかも知れない。
俺はこういう手の問題に疎い。もっと小説読み込んでおけばと思わないでもないが今更だろう。
くそ……
俺がこうしている間にも女性の胸をもにゅもにゅと揉んでいる。ぶち殺してぇ……
「不愉快なものを見せるな……あ、いや」
つい本音が出てしまった。
「はっ。まぁエルフは美人だが亜人だからな。悪かったよ、そろそろこいつにも飽きたし売ろうかと思ってたところだけどな、ぎゃはははははは!」
あぁ、こいつが馬鹿で助かった。
多分飽きた、なんてのは嘘だ。
これは見栄だ。綺麗なった美しい女性を売るなんて事はありえない。
だから到底払えないような額をふっかけて俺が悔しがる姿が見たいだけの下種な考え。
だが今ここで売ってくれるの? はい、買います。と言ってもこいつはジョークだと言って逃げるだろう。
だって本当は売りたくないのだから。
でも俺はさっき聞いた。こいつを気に入らない人間の声を。
だからそいつ等には証人台へと上ってもらう。こいつが『俺に売る』といい、俺が『買った』と言った事を大勢の前で宣誓させる。もしその後に売らないと言えばメンツは丸つぶれ。それをこいつは許せない。
闇の世界で生きてきた人間の恐ろしさを見せてやろう……
「えぇ? 売られてしまうんですか? いやぁ、こんなに美人なのに飽きたなんてザガンさんともなればやはり良い奴隷を揃えてらっしゃるんでしょうねぇ?」
「あ? まぁな。と言うかお前なんで俺の名前知ってるんだ?」
「そりゃ冒険者をしている人間で新進気鋭の金級冒険者のザガンさんを知らない人間なんていませんよ!」
「ほう。俺も売れてきたってことか! ぎゃはははは!」
なんて不愉快な笑い声だ。今すぐにでもネストをぶち込んでやりたい気分にさせられる。
「そんなザガンさんが奴隷を売られるとは、どうなんです? こいつ」
「あーダメダメ。こいつまったく表情動かさないし全然楽しくねーよ。戦闘も変に手を抜きやがるし、奴隷紋使ってもすぐ抵抗して体中傷だらけにしやがるしよぉ!」
そういってザガンとやらは女性の腹に蹴りを入れた。
なんて事をしやがる……俺はバレないようにおっとっとと言いながら支える振りをしてヒールをかける。アフターケアもばっちりだ。
「うーんそれは困りものですねぇ。ザガンさんにならもっとお似合いの奴隷がおられるのでは?」
「まぁな。はぁ……まったく、本当につまんねーやつだ!」
そういって踏みつけるよう蹴り付けるが彼女は表情一つ動かさない。
だが痛みはそれほどないはずだ。依然抱いたままの彼女の肩に手を当て、ローブに手を隠しながら常にヒールを発動しているのだから。おかげで俺の手は既に白骨化しているだろう。
初めての舌戦、それも人なんて規格外の掛け金がかかっている。
ヒールによって受けた痛みと精神的な疲労で脂汗が額から流れそうになるのを必死に堪え、内心を悟られないように表情を作り続けた。
「ザガンさん、そんなに蹴られてはこいつを売る際に価値が落ちてしまいますよ」
「お前さっき見てたけどよぉ。回復魔法使えんだろ? なら買うか? 折角傷を消したんだから欲しいだろ? こいつ。まぁ見た目は良いからちぃっとばかし値が張るがな。ぎゃはははは!」
来た。ここで吹っかけてくるようならばこいつは売るつもりがない。
先ほどと同様に見栄を張りたいだけだしそうでもないならばこいつは本当にこの女性を売る気だ。