第七話
ルスが進化に適応している間に俺はデュラハン改めデュランの常識講座を聞くことにした。
デュラハンが常識を説く事自体非常識だがそれは言っても仕方ないだろう。
あくまでこの常識講座はデュランが生きていた時代、と前置きが付くので話半分に聞くものであった。
しかもボリュームが少ないので何をしたかったのかまったくわからない。
「つまりランクとは冒険者ギルドと言うところが定めた総合的な魔物の危険度じゃ」
「ふんふん」
「そしてそれを狩って素材を売ったりするのを生業にしておるのが冒険者じゃ」
「ふんふん。それで、ここはどこなんだ?」
「ワシが知るわけなかろう! わはははは!」
つ、つかえねー! そんなの街に行けば知れる内容だろ? 何偉そうに俺を非常識呼ばわりして説法してんだよ、浄化すんぞ!
結局何かを聞いても大分昔と変わっているから知らんと返ってくるので俺は早々に諦めルスの進化を眺めていた。
既に夜の帳は下り、心地の良い夜風と月明かりが俺達を照らしている。
「いい月夜だな」
「うむ。久方ぶりに見たがこれは変わらぬ」
「でもルスが光ってるからな。お?」
ピカピカとステージライトのように光っていたのだがそれが止んだ。
進化が終わったと言うことだがルスは意識がないのか形を取ると動かなくなってしまった。
俺は無事に進化が完了しているかを見るために鑑定を行使した。
名称:ルス
種族:不死者
……ウルフどこいった?!
「おい、デュラン。イリーガルソーンとか言うのになってるぞ」
「むむ。聞いた事がない種族じゃ」
いったい可愛いルスはどうなったんだ? いや、どこにも行ってない。
進化が終わったルスは最初に出会った頃よりも少しばかり小さい。サイズ的にはゴーリデンレトリバーを一回り小さくしたくらいだ。
だがデュランの鎧のような漆黒の骨は闇夜に溶け込むように黒い光沢を持ち、まるで金属のような硬質さを感じさせる。
「ルス……」
動かないルスが気になり骨に触ったのだがそのツルスベガッチリ感はまさに強化外骨格。
今らばスパイダーに串刺しにされてもびくともしないしデュランの剣でもそれなりに耐えるかも知れないとすら思える。
俺の不安が伝わったのかルスは少し頭を上げるとまた動かなくなってしまった。
「急速な進化で精神が消耗したのじゃろう。お主は疲れんのか? アレほど魔法を使用しておったろうに」
「まったく疲れないな」
超絶ブラックな設計職と同じく超絶ブラックなヒーラー職を二枚下駄でこなした俺がその程度で疲労するわけないだろう?
だけど魔法を使うと疲れるものなのか?
「なぁ。魔法って無限に使えるものじゃないのか?」
「そんなわけあるかい! まったく、お主はどんな精神構造をしておるんじゃ。いいか? 魔法ってのはな……」
デュラン先生の常識講座第二回、早い開講です!
どうやら魔法と言うのはやはり精神を磨耗させるらしい。つまり俺は超絶ブラックのおかげで常人より高い精神力を持っていると言うことだ。流石ヒーラーだぜ!
そして回復魔法とは傷を直に見て癒すので慣れと耐えなだけであって魂は正直なために普通の魔法よりも消耗が激しく、よくても四回は使えばぶっ倒れるそうだ。
「軟弱だな」
「お主が異常なんじゃ!」
そんな事言われてもな。ヒーラーってのは修羅の道よ。
「まぁまぁ。いいじゃん、俺は一日中ヒールを連発しながら歩いてても疲弊しないからさ!」
「化け物め」
おい、お前と一緒にするなよ剣聖。俺は斬られれば昇天する……かも知れないか弱いゾンビだぞ? ただ次の瞬間にはヒールでケロッとしてるかも知れないが。
「それじゃああの小さく見える光まで行こうぜ。多分あれは街だろ?」
「恐らくな。ここにおっても仕方ないか。よいか? 変な事はするなよ? 絶対じゃぞ? 約束せい!」
「わかったわかった。てか変な事ってなんだよ」
「何もするなということじゃ」
「へいへい」
まぁ傷ついてる人がいたら癒しちゃうけどね? 相手が威圧的だったら癒さないよ。
俺はもう自由なヒーラーライフを満喫するんだ。敵は癒さない。
ただし、訳がありそうだったり可愛い生物だったら癒しちゃうけどな。
ルスを優しく抱き上げると丘から見える光へと歩き始める。
「夜なのに結構見えるものだな」
「お主はアンデッドなのだから当然じゃろ」
「当然なのか。知らなかったよ」
「はぁ…不安じゃ…」
そんなに不安がるなよ、伝播するだろうが。
月夜の闇を一人のゾンビと骨と大鎧が行軍する。
「それでさ、デュランは俺達と何がしたい?俺は他の種族とも仲良く出来たらって思うんだよね」
「お主は面白い事を申すな。亜人や獣人ともか?」
「それだけじゃなくて、もっといないのか?魔物とか。ケンタロウスと友達になって草原を掛けるとかラミアの美女のスベスベ蛇足を枕にして寝るとかさ、したいじゃん?」
「はぁ…お主は本当に頭のネジが飛んでおるな…」
「じゃなかったらお前に勝ててないだろ」
「それもそうか!わはははは!」
「声がでかい!ルスが起きるだろうが!それで、いないのか?ケンタロウスとかラミア」
「おぉ…すまん。おるぞ、勿論な」
「マジかよ!ひょおおお!やったぜ!俺の目標はそう言った奴等と楽しく生きることだな!」
「まぁ…お主はアンデッドじゃから人間よりは奴等に受け入れられるじゃろうが…」
「歯切れが悪いな、どうした?」
「怒るなよ?」
何を怒ると言うのだろうか。
もしやケンタロウスなのに凄まじい肥満体でまともに走れないとかラミアなのにブサイクだとかか?!それは怒るわ!ブチ切れるに決まってるだろ!
「なんだ…」
「亜人や獣人、知性ある魔物ってのは…その…人間に迫害されておった。ワシのいた時代は、だが」
「ヒー」
「待て待て!ワシはしてない!してないから!ワシは反対派だったんじゃ!本当じゃぞ?!」
真偽の程は定かではないが嘘ではないんだろう。デュランのような快活者がそんな陰湿な真似をしていたら何も信じれなくなってしまう。
「はぁ…なんて愚かな…」
「ワシも似たような考えだったよ。くく…いや、しかし面白いの。お主もケンタロウスに乗ってみたいか」
「乗りたいに決まってるだろ。意思を持つ馬人だぞ?めちゃ興味あるわ!」
「くくく…わははははは!いいな、いいぞ。もし今でもそのような事になっておったらワシ等が世界を変えてやろう。今度こそな!」
「あぁ。俺達の野望だな!」
ルフを片手で抱え、手の甲をお互いぶつけあう。
ガンッと凄まじい力でぶつけられ手の皮が剥げた。
痛ってぇな!アンチヒール。
「何するんだ。痛いだろ」
「すまんすまん。つい嬉しくてな」
ふっ…夢を共有できるってのはいいものだ。
できればそうであっては欲しくない。辛い思いをしている人は少ない分だけいいじゃないか。
「しかし、迫害って何をしてたんだ?家がぼろいとかか?」
「お主は発想が貧困じゃな。奴隷じゃよ」
「…奴隷?どんな事するんだ?」
「エルフは長寿で非常に美しい。それは小さく若いエルフから大人のエルフまでじゃ…わかるな?性奴というやつじゃ…獣人は力があるので死ぬまで過酷な労働をさせ、ドワーフは武器の製造を無休じゃ」
「俺はドワーフや獣人の辛さがわかるぜ…しかし、悪魔の所業だな。業の生物だな人間は」
「ん?お主の所には奴隷はおらんかったのか?」
植民地とかそんなようなものか?でも俺が産まれた時にはもうなかったしな。
強いていうなら俺が社会の奴隷だったってことか?
「いや…居なかったな。平和な国だったよ。毎日皆汗水たらして働いてたくらいだ」
「そうか、良い国なんじゃな」
「そう、なのかもな」
戻りたいだとかそんな気持ちはない。
俺には可愛いルスがいて、夢を共有するデュランがいる。
そして回復魔法があり人の声を直に聞ける自由がある。
お互い痛い部分には触れないようにしながらも色々な話をして歩いていると時間はあっという間に過ぎていく。
「もう街が見えてきたか。早いな」
「じゃな、独りじゃないと言うのはやはり良い」
「俺もルスが居たから頑張れたようなもんだ」
くくっと笑いあって街の入り口まで近寄ると鎧を着た兵士が眠たそうに槍を構えて立っている。
「こんばんは。入れますか?」
「っ!大丈夫ですが、その手のは魔物ですか?」
「そうじゃ。この御仁の従魔じゃ」
おい、従魔ってなんだ?とデュランに聞くと後で話すと返されてしまった。
「そうですか。でしたらこちらの従魔証を付けて下さい。二人で銀貨四枚、従魔銀貨一枚計銀貨五枚となります」
「はい、金貨一枚。使えます?」
「えぇ、大丈夫ですよ」
よかった、デュランは大丈夫だと言っていたが使えなかったらと少し心配だったんだ。
「ではお返しが銀貨九五枚になります」
じゃらじゃらと鳴る袋を渡されたが俺はそのままマジックバッグに放り込んだ。
「お確かめにならないので?」
「これマジックバッグなので」
「おぉ…それが…初めてみましたよ。なら問題はなさそうですか?」
「えぇ、九五枚ありました」
「そうですか。それではようこそ、サーゼルス辺境伯領前線の街エルガントへ」