第三話
懐かしいような光景だ、と少しだけ胸がざわついたがあの時と違うのはこれがゲームではなく現実で、多勢に無勢だと言う事。
だが自然と恐ろしいと思う事はない。むしろ少しわくわくしているくらいだ。
その原因は何だろうか。キレる味方が居ないからか?それとも現実だからか?
いや、きっとそうではない。
自由に戦場を動き回り、使命感で行うのではなく心の赴くままに動けるからだ。
いかにルスが速くとも数で押し切られてしまえば元も子もないのでまずは敵の数を減らす。
「ポイズン! あれぇ?!」
勢い良く魔法を叫びゴブリン達に毒を掛けたのだが、ゴブリンはピンピンしている。
何故?!
即効性がないのか? いやいや、ルスの攻撃では死ぬまでに時間はかかっていたが効果はすぐに出ていた。そうなればやはり魔法が正常に掛かっていないのが原因だろう。
では何故魔法が掛からないのだろうか。距離か?
俺とゴブリンの距離は相当離れている。それが原因だとしたらもっと近づく必要があるのだが、出来ればそれは避けたい。
防具や武器があるならまだしも俺は素手で防具どころかTシャツとジーパンしか身に纏っていないのに突っ込むのは自殺行為すぎる。
だが有効距離を探って置かなければ以降魔法の行使に支障が出るのも間違いはない。
半ばヤケクソになり突っ込む覚悟を決める。
「行くぞ……俺は既に逝ったんだ。今更怖い事があるかよ!」
ふぅ、と深呼吸を繰り返し、前を見据えるとゴブリンもこちらに向けて歩き出している。
「結局ぶつかるならどっちも一緒だ!」
ゴブリンに向けて走りだし、常に魔法を行使する事で効果が届く距離を測った。
「ポイズン! ポイズン! ポイズン!」
されど一向に効果が見える気配は無い。
何故だ! ヤバイ、ヤバ過ぎる。もうぶつかる!
すると先頭を歩いていたゴブリンの一匹が苦しみ始めた。
やっと効いたか?!
だけど、距離短すぎるだろ。
ポイズンの直接有効距離はほぼ近接戦闘の距離。つまり殆ど近くに居ないと駄目だと言うことだ。
それもそうか。と一人で納得したがもし長距離で使用できるなら恐ろしい脅威を振るうことになる。
遠くから毒を巻き、後は待つだけなんて都合の良い事はないと言うことだ。
しかも効いたのは一匹だけ。単体魔法とか……
「いや、待てよ?」
アンチピュリフィケイション――それは俺達に居心地の悪い場所を快適空間へとビフォーアフターする魔法。
だがその本当の効果は空間を汚染し、不浄をばら撒くこと。
俺の予想が正しければ……
「アンチピュリフィケイション! 続いてポイズン!」
もわぁっと粘つく空気が溢れ、空間を汚染していく。
生者がどのように感じているかはわからないが俺からすれば先ほどのゴブリン臭の方が不快なので今ならばここに住んでもいいかとすら思える空間へと早変わりをした。
そこは言ってしまえば感染力の低い病巣、不浄であると言う事はそれだけで感染力を爆発的に高める。
俺の狙いは今まで単体に向けて使用していたポイズンの指定を不浄空間へと定め、パンデミックを引き起こす事。
俺は百八十度体を返すとその場からトンズラをこいた。
全力で遁走し、遠くからゴブリンを見るとそこには苦しみ悶える姿がある。
「グゲェ!」
「ゲゲェ!」
「うわ、汚ねぇ」
悲鳴を零す度に口からは吐瀉物を撒き散らし、そのプールで踊るゴブリン達に俺は自分の所業を棚に上げそんな事を言っていた。
すると離れたところからコーン! と軽い何かをぶつけた音がした。
「ルス!」
視線を移すとそこには棍棒で殴られたルスがいた。骨に罅が入ったせいで上手く立てないのかプルプルと震えている。
「俺にいいいいいい! 治させろおおおおおおおお!」
俺の中のヒーラー魂が叫びをあげる。産まれたての子鹿のように震えるマイフレンドを癒す。これ以上の何が必要だろうか。
俺達は部屋の端と端で戦っていたが部屋と言っても広大だ。だが今の俺は疲れ知らず。前のように途中でペースダウンをすることがない。
全力で部屋を駆け抜けながら俺は魔法を行使し続ける。
「アンチヒール! アンチヒール! アンチイイイイヒイイイイイイイイルッ!」
ヒールはゲームの時もそうだったがそれなりに距離があっても効果を示すようだ。
豆粒のようであったルスの姿が拳大になる程度まで近づけばルスの体は黒い光に包まれ、キリッとした姿で立ち上がるのが見える。
「やっちまえ!」
こちらを見て軽く頷いたように見えたのは気のせいだろうか?その姿はとても頼もしく見えた。
「さて、それじゃあこっちも片付けますかね!」
魔法の実験がてら一つずつゴブリンに魔法を掛けていく。
アンチヒール系は味方に掛ける場合は遠くでも昨日するが敵に掛ける場合はポイズンと同様で近づく必要があった。この敵味方の境界線は何を以ってしているのかは不明だが今は気にしても仕方ない。恐らく俺の認識か何かだと思っておく。
アシッドは本当に皮膚を軽く溶かすだけなのだがmこれが中々グロテスクだ。
俺の体から白い靄が立ち上りゴブリンを包むとその体がちょっとずつ溶けている。
倒す魔法と言うよりは苦痛を与えて足止めをするのがメインだと考えたほうがいい。
第三魔法はかなり効果が高い。バンシーは先頭で群がっている狭い範囲に有効で効果は絶大だった。
風鈴のように澄んだ音色が響いたと思うと白目を剥いてガクガクと震え出し糞尿を垂れ流して戦意を失ったのが八割、二割は死んでいた。死因はショック死だろう。冥福を祈る。
ペインヒールもほぼ接敵していないと効果はでなかったのだがこれまたエグい。
俺の手が黒い光を帯び、それをゴブリンに触れさせると光は吸い込まれていった。
最初はこれだけ?と思ったのだがヒールの逆再生のように体に傷が入っていき、指の関節から、体の間接までがバックリと裂け、絶命した。
俺の感想はうわぁ……痛そう。と子供のようなものだったが、それほどまでに恐ろしい魔法だと言うことだ。
敵に使うのは極力避けたい魔法である。
そしてゴブリンを殲滅せしめた最強の魔法、ネスト。
これは……筆舌に尽くしがたい極悪魔法だった。
巣? と思っていたがこれは病巣だ。無味無臭で殆ど抵抗できないと言っても良い。
意気込んでネスト!と言った時は少々恥ずかしい思いをしたが効果は早く現れ、全身が腫れ上がったのかと思うほどの膿胞を作り出し絶命させた。ネストじゃなくてペストじゃねーかふざけんなと思ったがこれは人に使って良い魔法じゃない。
アンチピュリフィケイションで拡大しなければ一体のみで完結する感染しない魔法ではあるようだが残酷すぎるので大嫌いな奴にしか使わないと誓おう。
そんなこんなで俺はあっという間に処理を終え、ルスの加勢に向かった。
「大丈夫かルス!」
俺達は丁度五十匹くらいで分かれて戦っていたがルスは慎重派だ。
一撃離脱を繰り返して戦っているので未だ三十匹は残っている。
ここで茶々を入れるのはルスの為にもならない。
これはルスが始めた戦いでもあるのだ。ならば俺は残りをサポートするのみ。
「ルス、いけるな?」
当然返事はない。
だが俺を見たその眼球のない眼窩は任せろと雄弁に物語っているように見えた。
「なら、やってやれ」
ぶんぶんと振られる尻尾は舵のようで、獲物を品定めするレーダーのようであった。
舞うように戦うルスの姿は見事と言う他ない。俺のようにバタバタと走り回る泥臭いものではない。
野生、と言うのに相応しい荒々しさを残しながらも命に喰らい付く美しさがそこにある。
爪で動脈を切り裂き、腿に喰らい付き、首を引きちぎる。
飛び散る鮮血はルビーのように輝いて、床を彩っていく。
「危ない!」
俺はその光景に見とれて居たが死に際のゴブリンが破れかぶれに振り回した棍棒がルスの尻尾を砕いた。
「ペインヒール!」
だが俺が見ている前で欠損はさせない。無くなった次の瞬間には元通りだ。ふはははは!
何度砕かれても一瞬で元通りだ。お前達は骨を砕くが俺達は戦うものの心を砕く。
何度ダメージを与えられても瞬時に回復するゾンビ。それがヒーラーと言う職なのだあああ!
したり顔をしていたのだがそれを見ていたルスはやれやれ、と言わんばかりに頭を振っている。
そんな事を繰り返し、ゴブリンの殲滅は程なくして完了した。
「大量だな、ルス。それにしても戦えたんだな?」
くぅぅ~んという幻聴を聞きながら頭を摺り寄せて来るスベスベな頭蓋骨を撫でる。
「でもなんで急に戦おうと思ったんだ? びっくりするだろ?」
当然返事はない。だが俺はルスの知能はかなり高いのではないかと思っている。
もしかしたら初めて会った時反撃しなかったのは俺が居るのを察知して巻き込まないように誘導していたからだったのかもしれない。結局はやられてしまい、俺が驚いた事でおじゃんにしてしまったのだが。
そんな事を考えているとルスはゴブリンの胸元と弄繰り回していた。
「こら、そんなばっちい物を食べるな」
しかしやめない。なんだろうかと覗いてみればその胸を食い破り、胸の中をほじくり返している。
本当に何がしたいのかと観察していると胸の中に頭を突っ込み何かを咥えて俺の前までやってきたではないか。
「これをどうしろって?」
しかしルスはお座りをして骨をカラカラと鳴らすとまた他のゴブリンの胸を漁りに行く。
目の前に置かれたのは真っ赤な小石。何かの破片程度の大きさしかない。
それにしても……うーん、綺麗な石だ。宝石か?
これを売れって事なのだろうか。
調べるために鑑定、と呟く。
名称:小魔石
魔石って何をするんだ? ルスよ、教えておくれ。
花咲爺さんのような気分だが何をしたいのか今一ピンとこない。
しばらく俺はルスが満足するまでその作業を眺め、次々と運ばれる小魔石は山積みとなっていく。
うーん。それにしてもルスは何をしたいのか。
最後の一匹と思われるゴブリンの胸から小魔石を加えたルスが戻ってくる。
「満足したか?」
頭を撫でてルスに聞くが尻尾を振るだけだった。
本当にどうしてしまったのだろうか。じっと見つめているとルスは小魔石の山に突っ込み……喰った。
「おいルス! そんな変なもの食べるな! 吐き出しなさい!」
そう言って背骨を叩くが口の中には何も無い。
食べたのではなく、吸収したのか?
「大丈夫……なのか?」
ルスは嬉しそうに俺を見上げて尻尾を振っている。
まぁ俺も戦ったがルスが見つけた獲物だし好きにしたらいい。
多分腹が減っており、魔物の食事はこの魔石なのだろうと解釈する事にした。
「俺の事は気にしなくてもいいぞ」
するとルスはお預けを喰らっていただけのようで、バクバクと小魔石を平らげて行く。
こんなにも腹を空かせてたんだな。気が付かなくてごめんよ。
俺はゴリゴリスベスベした背骨を優しく撫でる。
マッサージ機のようで少し癖になりそうだ。
「よしよし、しっかり食べろよ。喉に詰まらせるなよ?」
勿論喉なんてないのだが、こういうのは気分だ。俺は犬も猫もその他の動物が大好きなので楽しんでいる。
こんな気分になったのはいつ以来だろうか。
俺がヒーラーじゃなかったらルスを助けれなかっただろう。ありがとうヒーラー!
そうして甘い一時を過ごし、ルスは食事を終えていた。
「もう腹いっぱいか?」
ぶんぶんと尻尾が振られているので満足したと言うことだろう。
「じゃあ行くか」
立ち上がってルスに声を掛けたのだがルスの反応が悪い。と言うより小刻みに震えている。
「ルス! やっぱり小魔石って毒だったのか? くそ、ゴブリンめ。アンチデトックス!」
逆恨みも甚だしいがそんな事を言っている場合ではない。
アンデッドでも毒になるのか?と思い毒魔法を掛けてみるが効果は見えない。
「ルス! しっかりしろ。ルス、ルス!」
心配は募るばかりだ。既に俺達は戦友。背を預けれる仲なのだ、こんなところで失っていいわけがない。
だがそんな心配もよそにルスは骨の体をカラカラと崩してしまった。
「嘘、だろ?ルス……ルスウウウウウウウウウウ!」
俺は泣いた。
犬の生は短い。人の五分の一程度しかない。だがアンデッドならば同じ時間を歩めるとも思っていた。それなのにルスは何がいけなかったのか天に召されてしまったようだ。
うおおお! と男泣きをしているとルスは骨を組み上げて何事もなかったかのように立ち上がる。
「脅かしやがって! びっくりしたじゃねーか!」
こいつ、アンデッドジョークをかましてきやがった。冗談か本当かわからないのはやめてくれ!
でも良かった……ぎゅっと抱きしめるとちょっとした違和感を感じる。
ツルスベの頭蓋骨は更に研磨されたように照り輝き、骨太になっている気がする。
気持ち大きくなったような気もするし、そうじゃない気もする。
俺はルスを鑑定する事にした。
名前:ルス
種族不死者
おやぁ? 前はボーンウルフだったが今はスカルウルフとなっている。
「お前ひょっとして進化、した?」
勢い良く振られる尻尾はそうだと言っている。
「そうならそうと言えよ! 驚くだろ!」
無茶な事を言っているのはわかっているがこのとき初めてルスの考えを理解した。
恐らく今の弱いままではダンジョンに置いて行かれると思ったルスは進化して強くなり俺と一緒に来ようよしていたのだ。
なんて健気で可愛い奴なんだ! もうお前を置いて行くなんて言わない!
「ルスゥーお前可愛い奴だなぁ!」
毛はないがツルスベの頭蓋骨を抱きかかえて頬ずりをするがルスは大人しくお座りをして尻尾を振っている。
十分に堪能し、俺達はまた歩き続ける。