第二話
俺は道の脇にどかりと腰を掛けて自らの自傷行為に耽る。
正確には治療行為なのだが今の俺には毒でしかない為だ。
そしてその脇には犬の白骨死体…と言うのは誤りだ。
「おいで、ルス」
そう声を掛けると骨はカラカラと音を立てて組みあがり、その尻尾を鳴らしながら歩いてくる。
この骨犬の名前はルス。
出会いは少し前に遡る。
俺は相も変わらず眠らず休まず歩き続けていると俺は遂に生物と遭遇する事になる。
そいつ等は見慣れたゴブリンと言う魔物だった。
ゴブリンとは雑魚の尖兵、雑魚中の雑魚。
だが必ずしもそうであるとは限らない。上位種と呼ばれるハイや王種と言われるキングはその名に恥じぬ化け物級の能力を兼ね備えているからだ。
だから無闇に飛び出さず、じっくりと観察する事にした。
ゴブリン達はグギャグギャと不快な笑い声をあげながら楽しそうに何かをしているじゃあないか。
何をしているんだ?
俺は気づかれないように意味もなく匍匐しながら近づくと奴等は骨を追い立てていた。
その骨に鑑定を掛けて見れば追いかけられていたのは毛皮があれば可愛らしさ倍増だろう中型犬サイズの魔物―ボーンウルフ。
名前:未設定
種族:不死者
見た事が無い魔物だったがゴブリンに追い立てられるくらいだから弱いのだろう。
そいつは抵抗する事もなくただ逃げに徹していた。
何してるんだ。やられてしまうぞ、反撃しろ! そこ、今だ。いてまえええええ!
俺はボーンウルフを心の中で応援していたが笑い声をあげるゴブリンのボロボロの短剣が骨を削り、棍棒が足を砕く。
「ああっ!」
カランコロンと下駄を転がすような音を立ててボーンウルフは崩れてしまい、俺はその光景に思わず声を漏らし、標的は肉のある俺へと変更され追い回される結果となった。
反転魔法を使って抵抗しても良かったのだがその時は驚いてしまってすっかり頭から抜け落ちていた。
そして俺とゴブリンの逃走劇が繰り広げられ、見事逃げ切った俺は来た道を戻りボーンウルフ―ルスとの邂逅を果たした。
ルスはすっかり弱りきり、こんな調子では生き残れないぞ? 優しいのは結構だけどな。などと話し掛けながらそのツルツルに漂白された頭蓋骨を撫でつつ反転魔法のペインヒールで砕けた足を癒した。
「じゃあな。もう危ない事はするなよ?」
治療が終わると立ち去ったのだが、ルスはこっそりと俺の後を付いて来ていた。
そして寂しさもあった俺は晴れてボーンウルフにルスと名前をつけて友達になったわけだ。
声帯器官が無いので吠えたりだとか、荒い息遣いは聞こえてこない。だがその尻尾の振られようを見れば彼? 彼女? が喜んでいるのは伝わってくる。
「すまんすまん。さっきの事だけど俺とルスの出会いを思い出してたんだよ」
頭を撫でれば尻尾の骨がぶぅんぶぅんと勢い良く振られる。なんとも可愛い奴だろう?
「だけど、いつまでも一緒には居られないかも知れない。俺は外を目指してるし、ルスが外でも大丈夫だとは限らないもんな」
ダンジョンの中でしか生きられない生物、あるいは某不死者ヨロシク太陽光を浴びれば体が灰になってしまうなんてこともありえる。その場合は俺も仲良くお陀仏なのだがその時はその時だ。
そんな俺の言葉にルスはシュンと項垂れてしまい、どうしたものかと悩んでいるとルスは思い出したように頭を上げた。
「どうした?」
ルスは尻尾を振るだけで応えない。
「あ、おい!」
ルスは俺を置いて走り去ってしまう。何かあるのか?
俺はルスを追いかけたのだが流石は犬の骨だ。体が軽いので速度は中々速く追いつけない。
「待てって! どうしたんだよルス!」
その遠ざかる背に声を掛けるがルスは一定の距離を保ち、俺を誘うように走り続ける。
しばらく走っていて気づいた事がある。俺は前だけを見て歩いていたので気が付かなかったがこのダンジョンは蟻の巣のようになっており振り返れば隠れるように分岐路がある。その道を導かれ、走り続けた。
ふいに立ち止まり、やっと追いつけた俺は問いかけようとしたのだがルスは身を伏せ、隠れるようにして何かを見ていた。
それに倣い俺も陰からそっと覗くとそこに居たのは大量の―ゴブリン。
ざっと百匹近くは居るだろうか、鼻が曲がりそうなすえた体臭を漂わせひしめき合って広場のような空間を埋め尽くしている。
「おい、ルス……こんなところに来て何するつもりだ? 逃げるぞ」
剥き出しの肋骨を掴み引っ張るがルスは動くまいと踏ん張っている。
本当にどうしたんだ? 反撃をしなかったルスがゴブリンなんかに何の用があるのだろうか。
俺にはその考えが読めなかった。
ふと、手の力を抜いた瞬間するりと抜け出してゴブリンへと駆け出すルス。
「あ、おい!」
相手は何十匹と居るゴブリンだぞ?! 雑魚とは言え数は力だ。それを一匹でなんて!
「あーもう!」
ルスが傷つくのは見たくは無い。
俺も覚悟を決めるべきなのだろう。
ヒーラーだからと戦わないなんて選択は許されない。
ならば俺は俺の戦いをするだけだ。
俺は少し考えていた事を実行する。
詳細鑑定には記載されていなかった毒魔法の死者への使用。
恐らく、使えるはずだ。
「ポイズン!」
手から黒い淡雪がふわふわと飛んで行き、ルスの爪へと吸い込まれると苔でも生えたように緑に染まった。
やはり記載されなくても使い方次第で可能性は無数に分岐する。これは書いてある事だけではなく様々な効果があると見るべきだろう。
相手が襲ってくるのならば容赦するつもりはない。
味方が傷つくのを見ているのはヒーラーの名が廃るってものだ!
「ルス、やるぞ!」
そう声を掛けるとチラッとこちらを見たルスは速度を更に加速させ、ゴブリンを緑に染まった爪で引っかいた。
しかし骨の体は軽い。体重が乗っておらず、爪も短いために威力が弱くゴブリンの皮膚を軽く裂くだけ。
だがそれは本来ならば、だ。
俺の魔法に因って染まった爪は毒だ。貧弱だとでも笑っていたであろう傷を付けられたゴブリンはすぐさま嘔吐を繰り返しぴくぴくと痙攣を起こすとしばらくして血を吐いて動かなくなった。
他の笑っていたゴブリン達はその光景を見て固まっている。
いける!
「やれるぞルス! 俺達が揃えば無敵だ!」
威力は無いが素早く、毒を撒き散らすルス。
ダメージを負えばすぐさま回復し、コンディションを巻き戻す俺。
既に死に、疲れを知らない俺達はいつまでも戦い続けることが出来る。
その上ダメージを回復する様はまさに不死者。
魅せてやろうルス。アンデッドと、そのヒーラーの戦いを!