第一話
ピチャンピチャンと水滴が地面を穿つ音がする。
なんだ? 俺はトラックに引かれたはずだが……疲れすぎてリアルな夢でも見てたのか?
やけに重たく感じる体に鞭打ち、意識を覚まそうともがく。
次第に意識が追いつき始める。体を包む布団の温もりはなく体を動かせばベッドが軋む代わりにザリッと土を擦る音がした。
「なんだ……?」
暗闇に目が慣れるとそこは洞窟のように四方が土で作られた道のど真ん中。
「まだ夢でも見てるのか? それともゲームか? こんなMAPなかったと思うが」
疲れすぎで区別が付かなくなっているのだろうか?
何となくポケットを探るが所持品は何も無い。財布すらない。
それなのに服装は出かけた当時のままで黒無地のTシャツにジーパンだ。
少なくともこれが現実であるとは到底思えない、それほどまでにあのトラックに潰された痛みはリアルだった。
とりあえずじっとしているわけには行かないし、これがゲームならば魔法や鑑定が使えるはずだ。
多少混乱はしているが何も試さないよりはずっといい。
期待と不安が入り混じり、恐る恐る使い慣れないワードを口にする。
「か、鑑定」
特に何かを指定してはいなかったが立体図のように目の前に文字が浮かび上がる。
そこに書かれていたのは簡潔な情報だった。
属性:ダンジョン
名称:壁
「はは……鑑定、使えちゃったよ……しかもダンジョンって」
やっていたゲームにはダンジョンなんてものは存在しない。
小説でそういった情報は得ているが、これは転移って奴なのだろうか? それともまだ夢を見ているのか。何もわからずにいるのは危険すぎる。
鑑定が使えるとわかったのだから自分の事を知っておくべきだろう。
自分を調べる、と意識を向けてワードを唱えるとまたしても文字が浮き上がり、しっかりとそこには情報が乗っていた。
名前:未設定
種族;不死者
スキル;第一回復魔法 第一反転魔法 痛覚耐性 疲労無効
やったぜ! 念願の疲労しない体を手に入れた!
って喜べるかよ! しかもゾンビかよ、やっぱり死んでるじゃねーか!
拳を壁にゴツッとぶつけると皮膚が裂けて血が出てきたがそれほど痛くは無い。だがまったく痛くはない所が耐性と言う事なのだろう。
しかし、痛いな……
じんわりとした痛みよりもザックリ行った方が諦めもついて気持ち痛みが引くのが早い気がするんだが。
古典的ではあるが痛みがあって、目が覚めないと言う事は現実なのだろう。
俺はこの現実を受け入れよう。スキルの欄に回復魔法があるからだ。
だが問題はそこじゃない。
「確かアンデッドって回復魔法でダメージだよな……」
痛みは薄いと言っても痛くないわけじゃない。ぶっちゃけ怖い。大好きな魔法を使って自滅したらどうしようか、と。
だが恐れていてはいけない。いつも俺は危険に飛び込んで行ったじゃないか!
やるぞ! やってやる!
俺はゲームをやっていたときの初期魔法の名を唱える。
「え、エイド……! あんぎゃああああ!」
俺の腕は、天に召されるようにジュと音を立てて皮膚が剥げ、痛みが襲いかかってきた。
「クソ! やっぱりか! いってえええええええええ!」
すぐにやめたからいいものの俺の回復魔法は封じられてしまった。
これではこの状況を諸手を挙げて喜べないだろ!なんでアンデッドにしてくれたんだ!
いや、俺が死に際に願ったのが原因なのか……?
それだとしたら間抜けすぎるだろ俺。
ゲームをしていた時に聞いた話や知識を総動員する。
「待てよ? そういえばエルダーリッチとかは耐性持ってるって聞いた事あるな。って事は俺も頑張れば……」
ゴクリ、と唾を飲む。
痛みによる恐れを克服し、耐性を手に入れればヒーラー生が舞い戻ってくるのだ。
ならば俺は死ぬ程の……いや、死んだ程の痛みを味わった男。やってやろうじゃねーか!
とその前に確認作業を済ますことにする。
この鑑定と言うスキルは人に使った場合スキル構成まではわからないし、詳しい情報を得る事も出来ない。
だが自分に使用すると使用できる魔法や効果を確認することが出来る。
そしてゲームでは魔法はほぼ無制限だったがこの現実ではどれくらい使用できるのか確認しておく必要がある。
そして疑問だった反転魔法と言うもの。俺はこれをゲームで聞いた事が無い。
いったいどう言うものかすら想像が付かないものだ。
「鑑定:回復魔法 反転魔法」
回復魔法:生者に対して怪我の治療、解毒、再生を行う魔法
反転魔法:死者に対しての医療魔法
んん? 死者に対しての医療魔法? そんなものは聞いた事がない。そもそも死者に医療って。
「詳細:反転魔法」
反転魔法:詳細
第一過剰回復魔法ペインエイド(死者の傷を少量癒す。生者は小さな傷を開く)
第一毒魔法アンチデトックス(生者を病気にする)
第一汚染魔法アンチピュリフィケイション(死者の領域を作成する。生者には毒の領域を作成する)
なるほど。反転ってのは回復魔法の反転って事か。
まぁ死者も癒すことが出来るのは結構な事だが生きてるものに対しては結構えげつない効果だな。
一応攻撃手段としても使えるみたいだからこちらも育てて行きたい所だ。
何段階まで成長するかはわからないがスキルを育てるのは中々に癖になるものがあるからな。
選り好みはせず、育てられるなら何でも育てるのが俺流だ。
勿論回復魔法も鑑定だ。
詳細:回復魔法
第一回復魔法エイド(生者の傷を少量癒す。死者に少量のダメージを与える)
第一解毒魔法デトックス(生者の弱毒を解毒する)
第一浄化魔法ピュリフィケイション(汚染物を浄化する)
相変わらず浄化魔法は謎が多い。汚染物と言うのは何から何までを指定しているのだろうか?
一応知っている魔法名が入っているが次からも同じとは限らない。魔法が増えたら鑑定するように心がけよう。
しかしやっぱり回復魔法はダメージを受けるという事実に少しへこんでしまう。
「言ってても仕方ないか探索を進めよう」
ここはダンジョン。
小説とかではダンジョンマスターが居たり居なかったりする場所で魔物を生み出す場所だ。その通りかどうかはわからないがそうだと仮定して行動するならば魔物を相手に二つの魔法を使って熟練度稼ぎをするのがいいだろう。残酷かも知れないが襲いかかってきた場合はそうさせてもらおう。
既に洞窟の暗さには目が慣れた。
後はどちらに進むべきかだが……こればっかりは神に祈って進むしかない。
ダンジョンなんてのは現実世界にも無かったし攻略方法なんて知らないからな。
靴を立て、倒れた方向に進み始めたが未だ魔物と言う存在どころか人間にすら遭遇していない。
出来れば人間とは遭遇したくないので好都合なのだが少々不安が募っている。
「あ、そうか。魔法を使いながら歩けばいいのか」
こうしている時間も勿体無い。
これはいい案じゃないか?
残念だが出口を探しながら怪我をするほどの豪の者ではないので使うのは反転魔法だ。
アンチピュリフィケイションを使用するとサワサワと新緑の森に吹く一陣の風の如く爽やか空間が広がった。
「あれ? 毒の領域って……そうか。俺アンデッドだったか。なるほど、これは快適だな」
歩きやすいだとかではなく、アロマの匂いに包まれるような、そんな心地良い空間が作られている。これが死者の空間だと言うことだろう。
俺は歩くところ歩くところ全てを汚染して回ったのだが魔法が使えなくなる事はなかった。
これは果たして低位の魔法だからなのか、それとも無制限なのかはまだまだ実験が必要なところだ。
思わぬところで足元を掬われる事もあるので実験は必要だ。
それからも歩き続けたが時間はわからず、日が昇ったのか、それとも沈んだのかもわからない。
飽きる事無くスキルを教育し続け、気が付けば汚染魔法はそれなりになったのではないだろうか。
「詳細:汚染魔法」
第二過剰回復魔法アンチヒール(死者の傷を癒し、生者の傷を多数開く)
第二毒魔法ポイズン(生者に中毒を与える、致死性は中程度)
第二汚染魔法アシッド(作物を枯らし、水を汚染する。生者を溶かすが酸性は弱い)
第三過剰回復魔法ペインヒール(死者の欠損を修復する。生者が過去に受けた傷すら開く)
第三毒魔法ネスト(生者に様々な病巣を植え付ける。解毒は困難)
第三汚染魔法バンシー(生者の精神を恐怖で汚染する。心が弱い者はショック死する)
遂に目論見どおり自己修復術を手に入れる事が出来た。これで準備は整った。
腕が回復魔法で溶けようとも自分で癒し、傷つける事で耐性を手に入れる!
さぁ、始めようか。地獄の特訓を!