プロローグ
三作目になります。
拙者拙作では御座いますがお楽しみ頂けたら幸いです。
宜しくお願い致します。
目を開ければ眼窩に飛び込んできたのは広大な草原に布陣を敷いた大群。
頭に耳を生やした人間は剣を佩き、耳の長い人間は弓を構え、杖を持った人間は手から幾何学模様の入った円を回転させ、筋骨隆々の小人は身の丈よりも大きな斧で地面を砕き、ローブを羽織った全身白骨死体が手から黒い靄を飛ばす。
その他にも下半身が蛇の美女、足が馬のイケメン等々様々な種類の人間が溢れている。
その全ての者が視線を向けるその先には全身が緑な小さな小人―ゴブリン。
その騎馬にされている真っ黒で大きな犬―シャドウウルフ
背に大きな籠を背負い運搬をし、手には巨木の棍棒を携えた―トロル
大きく膨れ上がった筋肉が最強の盾であり矛である―サイクロプス
それらを率いる―キング
そして―ドラゴン
緊張が場を支配していく……
法螺が鳴って先に動いたのはどちらか。
気が付けば両者入り乱れ、黒煙が上がり爆音と罵声が俺を包む。
『おい、ヒーラー! 仕事がおせぇ!』
「すみません!」
『てめぇ! ヒールが遅せぇ!』
「すみません!」
『聖域維持しろって言ってんだろ!』
「すみません!」
『何シャドウウルフなんか回復して遊んでんだ! ぶっ殺すぞ!』
「だって痛そうに呻いてるだろ!」
『おい! ヒーラー復活かけろ。何遊んでんだ! ゲームは遊びじゃねぇんだよ!!』
そう、これは実際の戦場ではない。
大規模多人数同時参加型ゲームの一コンテンツだ。
俺、相野玄人は普段は設計士として朝5時に出社し、夜の2時に帰宅するという超絶ブラックな職場で日々精神を削っている。
だが今日は休みだ。少ししかない睡眠時間を削りに削りゲームをプレイしていた。
このゲームのシステムは非常に単純で、深く考えなくてもいいので俺はのめり込んだ。
ステータスや数値などごちゃごちゃしたデータは一切無く、あるのは職によるスキルと呼ばれる技能と、プレイヤーによる操作技術のみ。
そして俺の職はヒーラー。回復をメインとした職だ、と言うか回復くらいしかできない。
副次的なものとして鑑定と言う自分を含めた状態や物の詳細を知る能力があるくらいだ。
リアル格闘家や喧嘩番町なんかは己の操作技術で剣士であるのにも関わらず、何故か剣を捨ててステゴロで戦っていたりする。
強力な魔法を使える魔法使いなのに初期魔法の炎弾をブースター代わりに突進してマウントを取ったりする変態は俺の大好物だ。
そして先ほどのやり取りでわかるようにヒーラーの仕事も超絶ブラック。
考えなしに突っ込み勝手に死にかけた癖にヒーラーに支援を寄越せと怒鳴り、中途半端にダメージを与えて放置しているせいで苦しんでいる敵対勢力の魔物を癒せば余計な事をするなと怒鳴る。広域に展開しているのに端から端まで掛けて来いとキレる。必死に駆けつけたのにも関わらず、回復するのが遅いとキレる。
そして、そんな理不尽な罵声も俺もキレそうになり自然とメイスを握る手に力が入る。
現実の職もゲームでの職も超絶ブラックだが俺はヒーラーをやめない。
ヒーラーの良さとは、味方の命は俺の匙加減一つなのだ……という魔王的なものではない。
『回復ありがとうな。無茶しちゃったぜ』
『遠いところ、走って来てくれてありがとう』
こう言った優しい奴等もいる。これを聞いて疲れが吹っ飛ばない奴は生粋のヒーラーではないと思っている。
そして俺はこれだけの為にヒーラーをしていると言っても過言ではない。
しかもこのゲームは味方だけでなく敵方も回復でき、たまにではあるが回復した犬形の魔物や巨人の魔物が攻撃をしてこなくなったり後を付いてくるようになったりと可愛い要素もある。これも俺の心を掴んで離さない理由の一つ。
それを可能にした革新技術VGE――Virtual Graphic Effect。
ヘッドギアタイプのモニターを用い、現実に居ながら仮想空間に没入出来る。
開発会社の力の凝り具合によっては専用コントローラを導入しており雰囲気を出すためにコントローラから匂いを出したり、ダメージを負った際にコントローラから微弱な電流を流すことで擬似的な死を再現する。
俺がやっているのはそんな臨場感溢れるゲーム『Grand Fall』。
悪に堕ちた種族、通称魔族とそれと戦う人族と言う次世代機器ながらに設定はコテコテの王道を行く。これが思いの他アツく、趣向も合って熱も入るってもんだ。
だが、逆にその作り込みと過酷さ故にヒーラー職に光を見て参入したのに、数日後には見栄えの良い前衛職や強力な魔法をぶっ放して敵を吹き飛ばす職になっていってしまっているなど日常茶飯事。
既にヒーラーは何十万人と言う人間が一同に介するこのゲームで二桁に届かないと言われるほどだ。
思い返せばこの職に惹かれたのは殆ど現実と同じ理由だった気がする。
人の為になる仕事がしたくて設計士になったのだが俺達は人の声を直接聞く機会が少ない。
営業にクライアントの様子どうだった? と聞いて初めてフィードバックを受けるのだが、少し物足りないと感じていた。
そんなときであったのがこのゲームとヒーラーと言う職だったわけだ。
別にMっ気があるわけではない。むしろ怒鳴ったりキレたりする奴等の頭をメイスでかち割りたいとすら考えている。コントローラをミシミシと唸らせた事も一度や二度では足りない。
ただただ、ありがとう。その俗物的な言葉が欲しくてやっているだけなので出来れば優しくしてほしいと常々思っている。
そんな絶滅危惧種故にいつの間にかヒーラーでトップを張っていた俺は二つ名を持っている。
それは、社畜。
……強ち間違ってはいない。
会社から体を引きずって帰ってきては死にかけの状態でゲームを始め、誰もが辛いと逃げていく職でありながら、ダメージを負って倒れては何度も立ち上がって負傷者に吸い込まれるように近寄るとヒールをかまし、ふらふらと去っていくその姿はまさにヒーラーだろう。
俺はその名に誇りすら感じる。
だが出来れば思ったようにのんびりとプレイし、和気藹々とヒーラーの仕事をしたいものだ……
しかし現実はそんなに優しくない。
『おい! 社畜! さっさと回復しろ!』
『社畜! MAP端までダッシュ!』
『社畜!』
社畜、社畜、社畜、俺を呼ぶ声が飛び交う。
待ってろ、お前達のヒーラーが今いくぞ!
軽い現実逃避と言う思考の海から助けを求める声に応じて再び仮想現実へとやって来た俺は視点を動かすと近場の声へと向かった。
――先は、地獄の釜の入り口だった。
今回の戦争設定は眠りに就いていた古のゴブリンキングがそのカリスマスキルを余す事無く活用し、大軍を率いて人の世界を蹂躙するのを連合軍が阻む、と言うもの。
勿論、王道ファンタジー御用達のドラゴンも登場している。
このゲーム、何故かここに関しては設定が甘い。間違いなくドラゴン大好きな設計者がファンタジーにはドラゴンが必要だとゴネたに違いないとすら思える程だ。
ゲームの世界設定ではドラゴンは伝説の魔物だと載っているのだが、こうした大きな戦場には必ず参加し、敵味方関係なく襲ってくる。
参加してくる理由もドラゴンは長命で暇だから、面白そうなことには首を突っ込む習性がある、とご丁寧に書いてあるが、いい迷惑だ。
兎も角、そんなよく現れるなんちゃって伝説生物だが強さはまさに伝説級。
どんな攻撃でも一撃貰えば即死する。それこそ、ドラゴンが歯に挟まった肉を爪で弾いたら弾き飛ばされた肉がプレイヤーに当たり、即死ダメージを負う。みたいな軽い一撃すらドラゴンが元となれば即死だ。
そんな激ヤバドラゴンはヘイトを稼ぐ達人なので、当然良いところを邪魔されたプレイヤーは奴を目の敵にしている。
目の前に押し寄せる敵を全無視してまで倒すと言って空を悠々と泳ぐドラゴンの尻を追い掛け回す変態もいるが、倒せたと言う話は聞いた事が無い。
そんなドラゴンが現れ、手の届かない空中から敵もろともブレスで焼き尽くして行ったのだ。
「俺を……呼んでいた連中が……!」
もがくように歪み、煤と成り果てながらも未だ助けを求めるように天へと伸ばされた手。コントローラーから漏れ出て鼻腔を擽る煤の香り。
思わずヘッドギアモニタの下の顔が歪んだ。
「クソが……俺の獲物を奪いやがって……」
ダメージを負わせるのはいい。だが即死はいただけない。
ヒーラーと言う非戦闘職の俺のヘイトまでしっかりと稼いだドラゴンさんには頭が上がらない。
頭を上げれば俺もその尻を追いかけたくなるからな……
蘇生魔法は一応あるがこれは決戦兵器に近い物で、対象は一人。再使用時間は一時間も掛かる。つまりゴミだ。
だからベストは瀕死ギリギリ。後一撃食らえば退場になるが、何とか持ち応えている所に颯爽と現れ回復していく。それなのに焼け焦げたダークマターを作り上げたドラゴンには不快感しかない。
「折角来たってのに、回復対象が居なくなっちゃ……あ」
はぁ、と溜息を吐いて項垂れた俺の耳に、ヒュルルルルと嫌な音が聞こえる。
それに気が付いたときにはもう手遅れだった。
眼前に迫る大岩は視界を遮り、グシャッと音を鳴らして握ったコントローラから渋い痛みが指先を刺激した。
「ぐあああああああ!」
『社畜うううううううう!』
その刺激に驚いて叫び声を上げたとき、同じように獲物を探してやってきたのだろう、味方の声が木霊した。
煤の中で一人、白いローブを纏った後衛がウロウロしていたら非常に目立つ。
ヒーラーからただの的と成り下がり、トロルが砲弾のように投げ込んできた岩に体を砕かれ死亡した俺はリスポーンまで三十分程度待機しなければならない。
この時間が待ち遠しい。今にも俺を呼ぶ声が待っているんだ!
気持ちばかりが逸るがそう言っても時は早く進まない。なんてもどかしいのだろうか……
こんな、常に時間に追われているような俺を人は社畜などと呼ぶがそれは正しく、正しくない。
言うならば、『好き』に殉じている男だと言って欲しい。
欲しい物は?と聞かれたら大抵の社会人は趣味に割く時間や、暇が欲しいと言うだろう。だが俺はそれを欲しない。暇を貰い、ゲームをする時間が増えたとしても世の中こうしてどこかで隙間の時間が出来てしまう。
そうしたとき、俺は何をしたら良いかがわからない。突然丸一日暇を貰ったら俺は暇で廃人となるだろう。
だから俺は常に予定がパンク間際まで入っている方が落ち着く。最早洗脳されていると言われても気付かなければ、気付いていても体をそう作り変えられていたらどうしようもないのだ……
これが、社会……もといブラックカンパニーの恐ろしいところだ。
しかし、そう焦っても時間は早く回らない。
携帯のタイマーを三十分にセットすると飲み物を買いに近くの自販機まで出る事にした。
ずっと座っていたからだろうか? それとも疲労か? 椅子から立ち上がると軽い立ちくらみに見舞われた。
「はぁ~疲れてるのかな……疲れない体、欲しいなぁなんてな」
疲れない体があったらどれほど便利なのだろうか。全力フルパワーで仕事をこなし、ヒーラーが出来る。
疲れない体と回復魔法。でも天秤に掛けるなら回復魔法一択かな……なんて事を考えていると既に数分経っていた。
「おっと、早く行かないと」
考え事をしていてリスポーンに一秒でも遅れるわけにはいかない。その一秒が味方の命を左右するのだ。
ふらつく体に鞭打ち、マンションの玄関を出ると秋口の少し冷えた風が心地良く肌を撫でた。
先ほどまでの戦闘で火照った体が冷やされていくのを感じる。
夜中の街は死んだように静まり返り、月明かりと少ない街灯が疎らに照らした道を一人歩くと現実世界でもゾンビみたいだ。
誰も見てはいないが、だからこそ注意をしなければならない。
赤信号で止まり、視線を延ばせば自動販売機がチカチカと光っている。
「ふあぁ……」
欠伸を噛み殺し、信号が青に変わると誘蛾灯に誘われる蛾の如く覚束ない足取りで横断歩道へと足を踏み出した。
何にしようかな、スポーツドリンク? 炭酸飲料か? でもカフェインを摂取すると頭の血管切れそうだしなぁ。
考え事をしていたからだろうか。接近してくるものに気がつけなかった。いや、気が付いてもどうする事もできなかっただろう。
相手は無灯火の大型トラック。
暗かったが、ちらっと見えた運転手は眠ってうつらうつらと船を漕いでいた。
「マジかよ……」
走馬灯が駆け抜けたがどれも俺はヒーラーとして駆けずり回っていた。
「こんな時でもそれかよ」
我ながら呆れてしまう内容ではあったが、俺が生まれ変わることがあればまたヒーラーをやりたいと思う。そうであって欲しいと願う。
今度は自由にヒーラー生を送りたいと願うばかりだ。
そんな一瞬の思考も、ゆっくりと迫って来ていたトラックが体に触れた途端、急速に現実に引き戻された。
トラックの巨体が体に触れ、全身を砕く音が耳に響く。
痛みが凄まじい速度で体の状況を伝えてくる。
くそ……! まだ即死じゃない……! 俺がリアルヒーラーだったら……
そんな事を考えながら、意識は闇に飲まれた。
主人公以外の心理描写をどう挟むか…
話内に仕切りを設けて視点を変えたり専用の話を組むなどありますが私は専用の話を組む派なのである程度話が進んだときに箸休め、話の振り返り的にその人物視点で書こうと思います。
お時間が御座いましたら活動報告などに文の構築方法へのアドバイスや感想などを頂けると飛び跳ねて喜びます。
精進して参りますのでこれからも宜しくお願い致します。