婚約破棄、そして
「エルメシール•アルデイン、お前との婚約を破棄して、アリエラ•ルーファス嬢と婚約することを宣言する」
あらまあ、やっぱりそうなりましたか。
ああ、私はエルメシールと申します。アルデイン侯爵家の娘で、今婚約破棄を宣言されたばかりです。
婚約破棄を宣言なさったのはこの国の第一王子殿下、ラニエル様ですわね。
それにしても、貴族の婚約は王家が認めた家同士のもの。こんな場所で一方的に破棄を宣言されるのはどうかと思います。
今は王立学園の卒業パーティーの最中。
婚約破棄なら少なくとも国王陛下がお認めになられて、私の父に話されるべきですね。
「エルメシール、声も出ないか、アリエラに対する数々の苛めや嫌がらせ、知らんとは言わせんぞ」
あら、そんなこと全然知りませんわね。
大体、婚約破棄なら喜んでお受けしますわ。
第一王子の婚約者なんて、まあ、大変なものでしたから。
厳しい未来の王妃教育の数々を思い出しておりましたら、更に言いつのられます。
「アリエラに全部聞いたぞ。取り巻きを扇動して悪口を流し、教科書や制服を切り裂き、水を浴びせ掛け、先日はとうとう階段から突き落としたそうだな」
まあ、驚きました。
そんなくだらないことを、私がするわけがありません。
アリエラ様はラニエル様の腕にすがって泣いていらっしゃいますが、周りには怖い顔をした方たちが沢山。
宰相の息子、騎士団長の息子、王宮魔道士の息子をはじめ、伯爵家や侯爵家のご子息ばかりですが、皆様アリエラ様に夢中のご様子。
アリエラ様はルーファス男爵の庶子という身分ですし、皆様婚約者がいらっしゃるのに、大丈夫なのかしら?
「知らんと言うのか。白々しい」
他人様の心配より、まずは私のことですね。
こんな面倒なことは早く済ませましょう。
「ラニエル様、申し上げますが、まず取り巻きを扇動したことなどございません。アリエラ様が、婚約者のいる方々と親しくされていらっしゃいますと、苦言なさる方もおりましょう」
「つまらぬ言い訳か」
「教科書や制服を切り裂き、水を浴びせたり、階段から突き落としたなどは、身に覚えの無いことばかりですわ。いつのことなのかお分かりになりますか?」
「つくづく白々しい。卑劣にも人目の無い放課後にことに及んだそうだな」
はい、アウト。
「それでは、私ではありません。殿下はご存知無いのですか?私は毎日授業が終わるとすぐに、王宮に行っておりました」
「ふん、王宮に行く前にでもやったんだろう。アリエラが嘘をつくはずが無い」
「殿下、学園長室から王宮への魔法陣はご存知でしょう。記録された時間をお調べになれば私に時間の余裕など無いことが」
「くだらない、アリエラが言うのだから間違い無い」
ラニエル様も皆様も睨んでおられます。
あら、駄目ですわ。
皆様救いようがありません。
こんな茶番はもう付き合いきれません。
さっさと終わらせましょうか。
「学園長に記録を提出していただきましょう。それと、婚約破棄は確かに承りました。これ以上のことは陛下と父上にお任せ致しますわ。私は失礼させていただきます。皆様ごきげんよう」
お忍びでいらした国王陛下と王妃様が、何か言いたそうですが、退出させていただきます。
ふう、あれだけの人目の中で、恥をかかされたことは些か不満ですけど、これで自由になれるなら安いものです。
私、エルメシール•アルデインは侯爵家の次女で、兄と姉と弟がいます。
つまり、私がこれから好きに生きても侯爵家は問題無いということです。
あれは、確か10歳くらいの頃、突然熱を出して5日も寝込んで、気がついたらエルメシールとしての記憶以外に、どうやら前世の記憶があることが分かり、悩みました。
エルメシールの記憶もあるので、混乱は静かなものでしたけど、誰かに言えば、頭がおかしくなったと思われそうで、勿論黙っていました。
その頃にはもう、ラニエル殿下との婚約が成立しており、前世の記憶からすると、自由の無い窮屈な生活を送ることに苦しみました。
王妃になりたくないか?
とんでもない。
貴族の娘でさえ、華やかに見えても、領民の税金で生活しているのです。
家の格に応じたもの以上の贅沢など、してはいけないことです。
自分の手で稼ぐ者の方が、堅実で自由です。
兄弟や姉は、公爵家や侯爵家と婚約を結んでいます。
彼らは自覚を持って、貴族として生きていますから、不幸ではありません。
私は前世の記憶があるため、窮屈でした。
15歳で王立学園に入学する前から、少しずつ王妃教育が始まり、13歳からは王妃様や公爵夫人のお茶会にも呼ばれ、奥方の政治の一端を知ることになりました。
他の貴族令嬢にお友達ができたのは、この頃からです。
そして、王立学園の3年間。
王妃教育に、お茶会、夜会と忙しくしながらも、お友達が沢山できました。
本当の意味でのお友達も。
学園内でのお茶会で、意外にも前世の記憶がある方にお会いしました。
それも1人ではなく、3人も。
最初に話しかけてくださったのは、隣国から留学中のレオン第五王子殿下。
レオン様は、その時すでに、後2人の記憶持ち。いわく転生者を知っていました。
からかわれているのかと思いましたが、本当のことでした。
何でも、この世界は、前世の乙女ゲームの世界だとか。
私は本来我儘で横暴、王妃教育をサボり、アリエラ様に執拗な苛めや嫌がらせを続けた挙句に、婚約破棄され家族からも見捨てられ追放されるはずだったそうです。
私の前世は普通の事務員から平凡な主婦になって、いつの間にか転生したようで、ゲームはほとんどしたことがありません。
転生してからは、この世界の家族を大切に思い、それなりに生活してきたわけです。
それが、前世のゲームを知る人たちには、信じられないエルメシールの姿だったので、転生者だと確信されたそうです。
ゲームの主人公、ヒロインはアリエラ様で、レオン様の話では、やはり転生者だそうです。
ヒロインは、攻略対象者となる男性の好感度を上げて、恋愛を楽しむゲームですが、レオン様も攻略対象者の1人でした。
学園の卒業パーティーで私が婚約破棄されるのも決まったことで、ゲームの世界は卒業パーティーまでです。
その後については、簡単なエンディングがあり、ああ、そうなったか程度の推測だけだそうです。
つまり、卒業後にどうなるかは、本人次第。
私たち、転生者はこれからです。
ということで、お先に失礼した私の屋敷に、卒業パーティーが終わって、レオン様たち転生者3人が集まりました。
「エルシィ、お疲れ様」
「レオン様たちも、お疲れ様でした」
エルシィというのは、ごく親しい方が呼んでくださる私の愛称です。
「アリエラ様は、やはり私たちと共には歩まれませんか」
「エルシィ、前にも言っただろう。俺を攻略しようとして、転生者だと言ってやったのに喜んで誘惑しようとしたくらいだ」
「そうですね。今日の様子でも沢山の方の愛をお望みのようでした」
「あれはちょっと、今後が大変だよ」
「そうね、逆ハーエンドなんて、その後を考えなさ過ぎよ」
「カイト様もマリエール様もお疲れ様でしたね。お茶の用意をしますから」
特に親しいお友達なので、軽食やお菓子を選び、お茶もたっぷり用意しました。
暫くはお茶を楽しみ、寛いだところで、レオン様の進める計画の話になります。
「まず、エルシィは、前世風に普通に話してくれ。様も無しだ」
「長年の癖ですけど、何とかします」
「で、みんなで蓄えた資金で、会社を立ち上げるつもりだ。会社という言葉は無いか」
「商業ギルドに申請して商会かな」
「レオンは元経営者でしょ、カイトは医者だし私は弁護士。なんでも屋かな」
「私はただの事務員でした」
「エルシィ、事務員がいないと困るよ」
「それにエルシィが作るお菓子と料理は絶対に必要よ」
「それは賛成。でもさ、この国少し荒れるから、レオンの国に行かない?」
「荒れそう?」
「うーん、アリエラさあ、多分妊娠中だよ」
「うわあ、凄い爆弾抱えてる」
「レオンの国って、大学みたいな学校あるよね」
「そこでこの世界を学びながら稼ぐか」
「入学はレオン、よろしくな」
「それじゃ王族から抜けられないだろ」
みんな、やっとストーリーの力から自由になり、嬉しそうです。
私も勿論嬉しいですよ。
ただ、あまり役に立てない気がして不安がありますが。
「エルシィは設定では、魔法の能力が凄いはずだけど、どう?」
「一応治癒系と他にも火と水と風が上級まで使えます」
「凄いね、設定の悪役は治癒は使えないのに頑張ったんだ」
「皆さんも魔法、使えますよね」
「それなりにな」
「じゃあ、色々できそうで楽しみね」
「俺の国なら、父や兄にちょいちょい助言してきたから、信用はある」
そんな感じで、私たち転生者は、レオン様の国で学び、事業を興すことになりました。
新たな入学まで慌ただしく、アリエラ様のその後は暫く知りませんでしたが、次期王位は第二王子になり、ラニエル様は騎士団の騎士になる代わりに婚約が認められたそうです。
王妃になれないならと、他の方々と関係を続けたアリエラ様は、妊娠が発覚して、かなりな修羅場になったとか。
その後、新たな転生者を見つけたりして、レオン様と私たちは、隣国で事業を興し、好きなことを仕事にする幸せを知りましたが、それはまた、別のお話。
ゲームの世界を知らなかった私は、幸せだったのでしょうね。