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猫被りなお嬢さまとお猫さま  作者: 岩月クロ
第四章 お嬢さまとお猫さまは背中合わせ
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(3)自覚と無自覚、忘却と回想

 結局、鞄から発掘したソレを捨てることもできないまま、再び鞄にしまい込むこととなった。我ながら、どうする気なのか。女々しい、女々し過ぎる……!

 気になるなら訊けば良い、と思う。

 しかしあれだけガードされていると、訊く隙が無い、とも思う。


 私は決して、あの二人の関係を詳しく知りたいわけではない。知りたいのは、もっと別の――私と国永のことだ。ならば、それこそ直球で訊けば良いだけの話、なのかもしれない。だがしかし、どうして急に私に挨拶すらしてくれなくなったのか、というのを面前で詰め寄るのは――なんというか、ちょっと……恋人でも友人でもないのに、おかしい気がする。

 というか、改めて考えて、私と国永はいったいどういう関係なのだろう。仮に文字でおこすとしたら、契約恋人? いや、そんな甘ったるいものではない。

 これまであえて曖昧にしてきたことが、よもやこのような形で自分の首を絞めてくるとは、考えもしなかった。


 はあ、とため息を吐く。今日も今日とて、国永の姿は無い。


「おはよう、結海さん」

「おはようございます、橋渡さま」

「大きなため息だったね、悩みごと?」

 俺でよければ話を聞くよ、と橋渡は自身の胸をぽんぽんと叩いた。生憎、彼に相談する気にはならない。

 それにしても、朝から教室でため息を吐いてしまうとは。『古比奈結海』らしくない。

 私は、にっこりと笑顔を作った。

「ありがとうございます。お気持ちだけで、元気を頂けた気がしますわ」

「なら良かった。でも、少し顔色が悪くない?」

「そう、でしょうか……?」

 体調が良い、と主張する根拠は生憎持ち合わせていないが、特別体調が悪いわけでもない。『言われてみれたら、頭痛がするような気もする』というレベルだ。


「保健室行って、熱だけでも測ってもらったら? 万が一にも倒れたら、大変だよ」

 倒れる。その単語で、自身の前科が蘇った。あの時も一切自覚が無かった。あるいは熱で判断力が鈍っていた。では、今回も……?

 迷っている間に、橋渡が私の手を引いた。

「さ、行こ」

「あの、行くなら一人で行けます」

「念のためだよ。急にふら~っと倒れても大変だ」

「はぁ……」

 大変、なのだろうけど。

 ちらっと橋渡を見る。彼は微笑んでいる。その顔に『心配』など欠片も見当たらない。

 釈然としないところはあるが、仕方なく従う。しきりに首を捻る私を見て、橋渡は「どうしたの?」と不思議そうにしている。……私の、考え過ぎなのだろうか。

 保健室へ向かう道すがら、校舎の至るところに響く笑い声が、やけに遠いものに感じた。



 結論から言わせてもらえば、私の懸念は、杞憂などとは程遠く、むしろど真ん中を射抜いていた。



「失礼しまーす」

 ガラガラガラ、と開く扉。

 その真正面で抱き合う二人。……どの二人か、などは愚問だろう。

 がきん、と固まる私に向かって、国枝はくす、と笑ってみせた。

「古比奈……? どうしたの」

 従姉妹の身体を押しやりながら、国永が私の方へ駆け寄ってくる。

 どうもこうもあるか。反射的に怒鳴りそうになった。

「顔色が悪かったから連れてきたんだけど、タイミングが悪かったなあ」

 橋渡が私の代わりに答える。タイミング、悪かったんじゃなくて、図ったんでしょう。これが偶然だっていうなら、鼻で笑う。……ただ、私と国永の間に入り込んでくれた一点については感謝しよう。正直、気まずい。

「別に、」

「瑛士くん!」

 国永の言葉を遮って、国枝が彼の腕を引く。

「もう行こ? ここ、使うみたいだし」

「あら、お構いなく。熱を測りにきただけですので」

 きっぱり言い切って、奥へ進む。先生、ちょうどいないのか。体温計、どこだろう。勝手に探して良いのだろうか。他人様(ひとさま)の物に許可なく触れるのは、気が引ける。

 中途半端に手を宙に浮かせた私に、橋渡と国枝は「この子、どうして固まっているの?」とばかりに首を捻っている。国永は――さっさと保健室の棚を開け放ち、がさごそと物色し始めた。


 ――って、相変わらず、なんの遠慮もなく……!


 制止する前に早々に目的の物を見つけたらしい。「ん」と口を開かず声を出すと、国永は無造作に私へ向かって体温計を投げた。ほ、保健室の備品――っ!

 ぱしっと受け止める。何考えてんのよ! と文句を言う代わりに、微笑む。

「国永さま、物は大事にしなくてはなりませんわ」

「割と大事にしてる」

 どこが!?

「そんなことより、熱、測れば」

「…………」

 マイペース、という言葉では生温い、相変わらずのゴーイング・マイウェイ。

 口を尖らせながら椅子に座り、体温計を脇に挟む。国永はその間、まるで監視するかの如く、じっと私を見ていた。やりにくい。

「ねえ、瑛士くん、もう行こうよぉ……」

「無理。病人優先」

 病人って。

「結海さんのこと?」

 どうして私を連れてきた張本人が、不思議そうにしているのだろうか。

 国永は橋渡を一瞥し、そのまま無視した。


 ピピピピ、と高い機械音が響いた。脇から体温計を引っこ抜き、液晶画面を見た途端、口の端から、う、という唸り声が漏れた。これはなかったことにして、もう一度測り直そ……う?

「……古比奈」

 私の手にあったはずの体温計が、国永の手に瞬間移動していた。低い声が聞こえて、びく、と肩を揺らす。

「三十七度八分」

「あら……?」

「…………」

「…………」

「…………」

「……きっと測るのに失敗したのね。もう一度」

「もう一度? 測ったら何か変わるの?」

「変わ、りません」

「そうだよね」

 なんでそんなドスを利かせてくるの。

 妙な迫力に身を竦めている間に、国永は、呆然とした面持ちで突っ立っていた二人をじろりと見る。

「みのり、教室行って、この子の荷物を持ってきて。場所はわかるよね。中は見ないで。鞄だけで良いから。そこのあんたは、職員室にいる先生誰でもいいから呼んできて」

「え、でも」

「……なに?」

 国永の声が一段と低くなった。空気が凍った錯覚。


「今この状況で、まだその茶番を続ける気なの?」


「茶番?」

「古比奈は黙ってじっとしてて」

 不機嫌そうに睨まれてすぐさま黙る。迫力負けだった。



 ばたばたと慌ただしく出て行った二人を見送ってから――監視、ともいう――、国永は私の前に膝をついた。ちょうど、椅子に座る私と目線が合う位置だ。

「古比奈って、ほんと体力お嬢さまだよね」

「馬鹿にしてますよね、それ」

「うん、全力で」

「全力で!?」

 自分の声が脳内で反響して、きいーん、と頭が痛んだ。うぐ、と鈍い声を上げて頭を抱え込むと、「ほら」としたり顔をする国永。意地悪だ。一緒にしてごめん、橋渡。あなたとこの人じゃ、別次元だったよ、性格の悪さ。


「横になってた方が楽?」

「うーん」

 こめかみを押さえながら、小首を傾げる。正直、わからない。でも、あまり変わらない気もする。なにしろ先程まで()したる自覚症状も無かったくらいだ。精々が頭痛くらいで。

 それらを私の表情から正確に読み取ったのだろう。国永は「ならこのままで。そう待たないだろうから」と言った。それきり彼は黙る。黙るくせに、目はずっとこちらを向いている。ふいっと視線を外しても、まだ見られている感覚が残っている。というか、見られている。

「……やっぱ、横になりたいかも」

 居心地の悪さに負けて小さく呟くと、「わかった」と短い言葉が返ってきた。

 次いで襲ってきたのは、浮遊感だった。それが国永に横抱きにされたことによるものだと、遅れて理解する。

「ちょっ」

「叫ぶとまた頭痛くなるよ」

「…………」

 ここで叫ぼうものなら、ほらだから言ったでしょ古比奈は本当に馬鹿だね学習能力がないんだね、などと嫌味のオンパレードになりそうな予感がしたので、渋々口を閉じる。


 予想外にゆっくりと、まるで壊れ物を扱うかのような丁寧さで備え付けのベッドへ降ろされる。横になると、急速に自分の体調の悪さを自覚するはめになった。身体がいつもより重く、マットにずっしりと沈んでいるような感覚。重たくて、怠くて、指先ひとつ動かすことが億劫だ。

 ふうううう、と大きく息を吐いた。全身の力が抜けていく。

「――ごめん。結局、巻き込んだ」

「うん……?」

 なんの話だろう。

「みのりのこと」

「あー。ほんと、なんで私、巻き込まれてんの」

「ごめん」

「国永が素直に謝るなんて」

 変な感じだ。天変地異でも起こるのでは。そう言えば、「悪かったね」とむすっとした声が返ってくる。

 そうだ、返ってきている。ここ最近、返ってこなかったものが。

 一人だと思っていた校舎裏。一人じゃなかった校舎裏。一人ぼっちの校舎裏。

 雨がじんわりと蘇る。でも以前とは違う。あの時は、冷たくて、哀しくて。でも今は、温かい。熱い。とても。……ああ、だからだ。視界が歪むのは、きっとその熱の所為だ。


 ぽつん、と言葉が零れた。


「国永と喋れないの、寂しいなぁ……」

 口にして、ようやく自認する。おもしろくない、よりも、もっと自分の心に沿った言葉。もっと単純で、本質的な感情。

「あー……なんだ、私って、寂しかったのか」

 今日、久々にたくさん話をすることができたから、余計にそう感じたのかもしれない。

 はたして、それらをどこまで口にしていたのか。混濁した意識が、現実と夢の境目を曖昧にして、沈んでいく。

 下へ、下へ、ずっと下へ。

 私の意識を追うように、国永の声が落ちてくる。

「なんで毎回、熱がある時はそんな素直なの」

 呆れたような声なのに、どことなく嬉しそうな色を乗せて、私の耳に届く。

「ま、明日になったら前みたいに一人だけ、忘れるんだろうけど」

 なんて失礼なやつ。そう簡単に、忘れたりしないのに。




「――忘れたかったああぁ……っ」

 翌朝、私は頭を抱えていた。残念ながら、頭痛がするからではない。体調は万全だ。我ながら、回復力が半端ない。今はそれが恨めしい。いっそまだ微熱でもあれば、大事を取って、という大義名分のもとで学校を休めたのに。

 そうしたら、昨日晒した自身の痴態に悶え苦しみながら登校するなんて事態を避けられたのに。枕をしわしわになるくらいぎゅうううっと抱き締めながら、私は「いやああああ!」と奇声を上げベッドの上でもんどりを打った。

 大体、前みたいに、って何! 前っていつ!! あの時か、倒れた時か! 何言ったの私!! なんで中途半端に記憶残ってるのよおおおぉ――っ!

 ばんばんばんばんばんばん。

 枕にぼふんっと頭をのめり込ませながら、何度も何度もシートを殴りつける。

 やがてそれらをする気力すら失せて、私は急に静まり返った部屋で、ふうううううぅ……と深く、深く息を吐いた。

 むくりと起き上がる。



 ……それでも結局、学校には行かねばならないのだ。






根が真面目な古比奈さん。

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