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猫被りなお嬢さまとお猫さま  作者: 岩月クロ
第二章 お嬢さまは体力消耗中
15/31

(6)無作為な反撃も、時には

「瑛士さま、人間やってますか~?」

 休憩終了五分前。

 碓井が両手にフランクフルトを数本持ち、ほにゃほにゃした満足げな笑顔を携えてやってきた。

「なんとかね。研が俺のパンが入った鞄を奪っていかなければ、もっと大丈夫だったよ」

「えー? あははは」

 確信した。こいつ、国永が猫になることを知っている。あと、国永以上に性格が歪んでいる……。私はぐったりして、窓枠に凭れ掛かった。

「あれ、古比奈さま、窓際の席に移ったんですね」

「疲れたんだってさ」

 そりゃ疲れもするだろ。逆になんでお前は元気になっているんだ。機嫌まで直ってるし。わけわかんない。ふざけんな。ちょっとはこっちの心労を思い知ればいいのに。

 怨嗟を込めてじっとり睨む。

「……ごめんね?」

 この、事情はわからないけどとりあえず謝っておこう、という姿勢が気に食わない。


「ところで瑛士さま、これ、食べますか?」

「食べる」即答かい。さっきのドライフードは、国永にとってはただの応急処置だったようだ。

 フランクフルト二本を左手で受け取った国永は、もう片方の手でお手拭きを受け取る。右手と左手を交互に見た彼は、少し考えた後、歯を使ってお手拭きの袋を破ろうとした。やめろ。

 彼の手からお手拭きを奪い取り、袋を破って中身を取り出す。

「どうぞ」

「ありがと」

 国永は、驚いたようにぱちぱちと瞬きしている。

「……なんかお二人、恋人通り過ぎて夫婦みたいですね」

 何言ってんだ、こいつ。

「……研、もう席に戻ったら?」

 国永も、なんで照れてるの。そこで照れるなら、手から直接の餌やり行為にも何かしら動揺すればいいのに。私だけなんて不公平だ。


 釈然としないまま、再び窓に凭れる。

「古比奈」

「……なんでしょう」

「手、出して」

 手? 眉を寄せる。言われてその通りにするのは、なんだか癪だ。何をする気か、とそのままじいっと見ていると、国永がため息を吐いた。

「古比奈、猫みたい」

 猫はお前だ。突っ込みたいが、そろそろ集合時間が近くなり、人の目がある。

 国永はかぷりとフランクフルトを一本咥えると、右手と、左手の空いた指を器用に使って、私の右手を捕らえた。……先程、猫のハイに餌をあげた方の手だ。それを彼はお手拭きで丁寧に拭う。猫の舌とは違う、滑らかな質感が、妙にくすぐったく感じた。

 使用済みのそれをごみ袋に入れた国永は、咥えていたフランクフルトを一口かじる。もぐもぐごっくんと飲み込んでから唇を舐める挙動は、ハイを思わせた。断面から滲んで零れ落ちそうな肉汁を舐めながら、彼は左手に持っていた手つかずの一本を私へ差し出す。


「はい、古比奈の分」

「え?」

「要らない?」

「……要ります」


 正直、ちょっと美味しそうだった。

 私は『古比奈結海』なので、自分から購入して食べることはできない。でも、人様から貰ったなら、話は別だろう。断る方が失礼だ。うん。そうやって納得させる。

 もぐもぐ食べていると、彼は再び手を伸ばして、私の右手をつつく。

「さっきはやな態度取ってごめん。助けてくれてありがと」

「……や」やっぱり、碓井よりも国永の方が性格悪いかもしれない。人が一番気にしていたことを、的確に突いてくるなんて。私は親の仇を睨むかの如く、フランクフルトをじっと見つめた。「約束、したこと、ですから」

 羞恥心にふるふる震えていると、隣から忍び笑いが聞こえてくる。

「古比奈、素直じゃないね。顔、真っ赤だよ」

 煩い、と怒鳴りたい。ああ、ここがバスでなければ良かったのに。言われっぱなしが腹立たしいのに、言い返せない。

 ますます俯く私に顔を近付け、国永は耳元で囁いた。

「可愛い」

「…………ぅあ」

 耳を擽る生温かい息に、心臓が、ばくん、と大きく動く。

 何するのよ! と反射的に睨みつけようとしたが、国永の目がやけに妖しく光っていて、文句よりも先に、ひう、というなんとも情けない声が口の端から漏れた。

 だって、こんなの、今まで見たことがない種類の、なんていうか……えーと、……アレなんです。うん。

 慌てる私をよそに、国永の顔がゆっくり近づく。



「古比奈」

 ――名前を呼ばれた瞬間、脳内がショートしたかのように、バチリと弾けて、真っ白になる。



 ちょうどその時、志乃が戻ってきた。

「あ、ちょっと眼鏡、あなたどうしてお二人の邪魔をしているの!」

「邪魔っていうか、僕、瑛士さまの従者なので」

 もはやお約束のような言い争いの最中、私はばっと立ち上がった。何事かと集まる視線から逃げるように俯きながら、私は言葉を絞り出す。


「――碓井さま」


「は、はい?」

「車酔い、もう大丈夫そうなので、席、戻しましょう」

「え、あー……」

 返事を待たずに、私は元の席に戻る。慌てて後ろをついてきた志乃が、「古比奈さま、どうされましたの?」と心配そうに私の顔を覗き込む。私はつい、ふいっと顔を背けてしまった。これはお嬢さまらしくない。なんでもないように微笑まないといけないのに。

 耳の先まで熱くって、隠し通す自信が、全く湧いてこない。

 せっかくのフランクフルトは、味がわからなかった。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 ハイキング翌日の放課後、私は特別棟の校舎裏で膝を抱えていた。

 ……ここはオアシスだったはずなのに。帰りたい。可能なら、今すぐ帰りたい。

 今の私の心境を表すならば、『気まずい』――この一言に尽きる。

 どうせ国永のことだから、あの一連の流れは全て私を揶揄うためにしたことなのだろうけれど、それにいちいち反応してしまった自分に腹が立って、恥ずかしくて、この場から消えてしまいたい。

 けれど、それを気にして校舎裏に来なくなった、と国永に思われるのも嫌だった。


 いろいろ、複雑なのである。


 はあああ、と深くため息を吐き、私はぽすんと頭を沈ませた。

「スカートであぐらも駄目だけど」頭上から、声がした。猫ではなく、人間の。「膝を抱えるポーズも、よくないと思うよ?」

 ……なんでよりにもよって、今日は人間の方なの。

 国永が人間の姿でここに来るのは、これで二度目だ。その二度目が、どうして今日なのか。明日でも明後日でもいいでしょう?……いや、それも嫌だけれど。

 顔を上げずにじっとしていると、国永は私の隣に腰を下ろした。

「……言っとくけど、猫缶しかないからね」

「うん、いいよ。今日は買ってきたから」すっと心が冷える――その前に、国永が手にもった物を私へ突き出した。がさっと音が鳴る。「交換しようよ」

「交換?」

「うん、交換。大丈夫、古比奈の好きなものばっかだから」


 差し出されているのは、お菓子の類いのようだ。少し興味をそそられたが、顔を上げることは我慢する。お菓子につられる女、だなんてレッテル貼られるのは屈辱だ。……もうだいぶそんな感じではあるけど。

 私はくぐもった声のまま、言い返す。

「なにその自信。どっから湧いてきてるの」

「半年以上ほぼ毎日続けてる、放課後デートの経験から」

「で、デートじゃないわよ!!」

「あ、顔あげた」

 国永は嬉しそうに笑った。あまりにも他意の無さそうな顔に鼻白む。

「じゃ、交換」

 言われるままに、猫缶を差し出すと、国永はむむっと眉を寄せた。

「それじゃない。俺、猫缶食べないし」

 なら、どれ? 困り顔を作っている間に、鞄の横に置いていたミニバッグを盗まれる。中には本日のおやつが入っている。

「これと交換。今日は二人でお菓子を食べる会にするから」

 するから、と言われましても。

 私に拒否権は無いのか。


「俺さぁ」国永は私の持っていた菓子を無造作に掴むと、びっと袋を破る。ぽいぽいと大きな口に丸い形をした菓子を放り込みながら、笑った。「この時間、好き。前よりももっと好き」

 だから、と彼は続ける。

「猫缶にしたって、……自分ばっか与えられるのは嫌だ。いくら猫でも男だしね」

 好きとか、なんとか、そういう予想外のワードが国永の口から出てきたことで、かちこちに固まっていた私に向かって、彼はにんまりと口角を上げる。


「それか、言い方を変えようか?――これ、口止め料だから、古比奈は受け取らないと駄目」


 びく、と肩を震わせる。私はつい、眉を八の字にした。

「それ、怒ってたんじゃないの?」

「ん? 何を?」国永が、予想外のパンチを喰らったような顔をした。

「だから、口止め料って言ったこと!」

「……なんで俺がそれで怒るの?」

 本心から不思議そうな声色で言われ、私もパンチを喰らった気分になる。え、どういうこと?

「でもあの時、機嫌悪そうで……」

「あれは古比奈がっ」今度は思い当たることがあったのか、口調を荒げる。しかし全てを言い切る前に我に返ったのだろう、そっと視線を外した。「……や、なんでもない」

「そこまで言ったなら、言ってよ。私が、なに?」

「なんでもないよ。少なくとも古比奈の所為じゃないから、気にしないで。……あ、このお菓子美味しい」

 非常にわかりやすい話の逸らし方である。


 じっとり睨んでいると、国永は肩を竦めた。

「あー、……うーん、まあ……そうだなあ、研にしてやられたって思っただけだよ」

 絶対嘘だ。今、思いっきり考えていたじゃないか。第一それじゃ、「古比奈が」というワードから繋がらない。誤魔化すにしても、もう少しやりようがあるだろう。

 ひょっとして、国永は嘘を吐くのが壊滅的に下手なのではないだろうか。

 変わらず鋭いままの私の視線に気付いた国永は、慌てた顔で「ほんとだよ」と言い募る。

「おかげで、猫になっちゃったし」

「……ん? どういうこと?」

 首を捻った私に、国永はほっとした顔をした。……しまった、会話に乗ってしまった。


 気まずいと思っていたはずなのに、気付けばいつも通り話をしてしまっている。そのことに対しても戸惑う。しかしその戸惑いすらも流しつくして、国永との会話は続いていく。


「研発案の罰ゲームみたいな感じ。俺が猫になっても、古比奈がどうにかすると思ったんじゃないかな。ばれて困るのは研も同じだから」

 なんだその他力本願感。国永の罰ゲームなのに、どうして私が巻き込まれること前提で話が進んでいるのだろうか。

「というか、なんの罰?」

「俺が勝手に飛び跳ねたから。あれすると、急速に空腹感が進むんだよね。あと単純に目立つし。黙ってたらばれないかなとも思ったんだけど、ばれた」

 どうやら碓井の役割は、従者というよりも監視役と呼んだ方が正しいようだ。監視が必要と判断されているところが、国永らしいけど。

 というか、そんな罰があるのなら――


「なんでやったのよ……!?」


「古比奈が何のためにそんなに頑張ってるのか、気になったから」

 国永の回答は、単純明快だった。そんなことのために? と私が唖然とする程に。

 あとその罰ゲーム、やっぱり私に対する罰でもあったのではなかろうか。だとしたら、解せぬ。私、別に、国永に跳んでくれと頼んでないのに。好き好んであんな人工ジェットコースターをしたいなんて、誰が思うものか。

「でも、パフェ美味しかったから、いいよね。ね、共犯者さん?」

「な、な……っ!?」

 パフェは美味しかったけれども。私はそれを、国永のおかげで食べることができたんだけれども。

 ……どこかでこういう話を聞いたことがあるような気がする。この、悪徳業者まがいのやり口。先に報酬を渡しておいて、共犯者に仕立てる悪どい方法。


 あがあがあがと口を動かす私の横で、国永はじっと私を見た。

「古比奈は素直で可愛いね」

「かわ……!?」何を言っているんだ、こいつは。私は目を白黒させた。

 大体、昨日と言っていることが違う。

「素直じゃないって言ったのに!」

「うん」

 うん、って。

「どっちも可愛い」

「…………」

 駄目だ。話が通じない。なんなの。なんなの?

 相手の理解不能な言動に、ここ最近で最大級の硬直具合を披露した私に向かって、国永はふはっと笑った。そこでようやく気付く。この男、人の反応を見て遊んでいるだけだ。深く受け取ると、ドツボに嵌るやつだ。

 国永は、未だに可笑しそうに笑っている。


 私は彼が買ってきたお菓子に思いっきり噛みついて、むしゃむしゃと食べた。そうして最後の一欠けらまで全て口に詰め込むと、鞄を手に立ち上がる。

 また逃げるのか、と訊ねられたら、私は大きく頷くだろう。

 逃げられるのなら、逃げた方が良いに決まっている。逃げるが勝ちって言葉もあるじゃないか。特にこの件に関しては、逃げるくらいでちょうどいいだろう。この、ザ・マイペースな国永に、口で勝とうとする方がそもそもの間違いだったのだ。

 ただ、最後に小さな反撃のひとつくらい、許されたっていいはずだ。去り際に攻撃するのは多少卑怯かもしれないが。

「……国永も」

「うん?」

 急に名前を呼ばれた彼が、不思議そうに首を傾げる。その顔に、真正面から向き直る。

「ちょっと、かっこよかったよ」

 何が、と問われると少々困ってしまうので(正直思いつかない。散々な目にしか遭っていないような気がする)、早々に逃げることにする。



 走って立ち去った私は、残された彼がどんな顔をしていたのかなんて、当然ながら知る由もなかった。





以上で、第二章閉幕となります。

読んで頂きありがとうございます。


現在、執筆活動休止中の為、次章公開がいつになるやらわかりませんが、なるべく早く復活したいと思います。

これが公開される頃に、また状況が変わっていると良いなぁ。


こんな具合ですが、次章もお付き合い頂ければ嬉しいです。


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