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猫被りなお嬢さまとお猫さま  作者: 岩月クロ
第二章 お嬢さまは体力消耗中
13/31

(4)分厚い虚勢

「ねえ」国永はじっとパフェを見つめ、ぺろ、と唇を舐めた。猫のハイ(つまりはこれも国永)がやっていた動作と同じだ。「もう一口いい?」

「いい、ですけど……」

「敬語だ。お嬢さまだ。悲鳴は古比奈なのに」

 くすくす笑いながら(いったい何がそんなに可笑しいのか)、国永は自分の物にしてしまったスプーンで、パフェをもう一口食べる。パフェを食べたいのか、私を苛めたいのか、笑顔の真意はどちらだろう。

「甘くて美味しい」

 それは同意するけれども。

 国永は、ありがと、と短く礼を述べながらスプーンを自分の皿に置く。……皿にどどんと鎮座していたはずのトーストとサラダが無い。もしかして、もしかしなくとも、足りなかったのか。


「食べないの?」

 私が動かなかったからだろう、再びスプーンに伸び掛けた手を見て、慌ててパフェをつつくことを再開させた。これ以上取られてなるものか! これを食べるために登ってきたのに!――最終的にパフェを食べる時間が取れたのは、国永のおかげであるという事実に関しては、この際捨て置く――。

 必死に食べ始めた私を前に、おもむろに国永が立ち上がる。

「ど、どこに行かれるのですか?」

「トイレ。ついてくる?」

「なっ……そんなわけないでしょ!」

「だよね」

 当然。と言わんばかりに大きく頷き、国永はすたすたと店の入り口の方向へ歩いていった。



 一人になってから、ふう、と息を吐く。完全に国永のペースに巻き込まれている。彼が突き抜けてマイペースな性格であるのが敗因だ。それはもう、私にはどうしようもない。彼を前にして自分のペースを保てるのは、国永級のマイペース人間だけだ。生憎と私は常識人なのである。



 もぐもぐとパフェを食べているうちに、国永が戻ってきた。

 未だに口を動かしている私を見て、「古比奈は相変わらずゆっくりだね」と言う。

「相変わらず、って」言える程、長く行動していないはずだが。

「いつもお菓子食べる速度、ゆっくりだから」

「味わって食べてるんですー」

「それはいいことだけど、時間、深刻だよ?」

「……あ!?」

 集合時間!

 忘れていたことにショックを受けると同時に、時計を見て焦る私と正反対に、国永は余裕そうだ。頬杖を突いて飄々としている。

「さっき店員さんに訊いたら、あと十分で麓まで行くバスが出発するそうだから、それに乗れたら大丈夫だよ。もし間に合わなかったら、行きと同じ方法で戻ればいい」


 行きと同じ方法、ですって?


 私は青褪めた。絶対に嫌だ。時間が経って思い出せば出す程、あの密着度はそうそう親しくもない男女間でどうかと思うし、腰と足を触られたし、それに今あんな風に上下に思いきり揺さぶられたらパフェをリバースしそうで怖い。

「パフェ、残す?」

「速攻で食べます」

 先程の発言を撤回し、私は器の底に残ったクリームを胃へ掻き込んだ。



 スプーンを置き、ふう、と一息吐いた私は、「ごちそうさまです」と手を合わせた。時計を見て焦る。国永が言っていたバスの出発時刻、あと二分くらいじゃないか?

 慌ただしくレジに向かった私の腕を、国永が強い力で掴んだ。何するの、と抗議する私を無視して、彼は店員に「ごちそうさまでした」と軽く頭を下げて、私をぐいぐいと引っ張って店を出てしまう。

「ちょっと、お会計!」

「大丈夫。気にしないで」

「気にするよ!」

 無銭飲食、絶対ダメ。

 腕を外そうともがく私を一瞥した国永が、小さく息を吐いた。

「……払ったから、大丈夫」

「え」

 固まる私の目の前を、小型のバスが通過した。少し行ったところで、停車する。

「乗るよね?」

「もちろん」ほぼ条件反射で、頷いた。リバースは嫌だ。





 ふかふかの背凭れに身体を預けた私は、ゆっくりと身体の力を抜いた。どうにか集合時間は守れそうだ。良かった。

 私たちを含めた数名を乗せ、バスは動き始めた。同じ学校の生徒は私たちだけのようだ。動き始めてからしばらく、私ははっと我に返った。

「国永、お金、いくら」

「いい」明確な拒絶に、愕然とする。いい、って。

「奢られる理由が無いんだけど」

 睨むと、「あるでしょ?」と反論される。それは諭すというよりも、なんで忘れているのか、詰るようでもあった。しかし本当に思い当たることがない。何?

 くっと眉間に皺と作った私に、国永は口を尖らせた。

「二口貰ったし。あと、いつも猫缶代、全部出してもらってるから、このくらいは」

 言った後に、ますます目を吊り上げる。元々吊り目だから、妙な迫力があった。


「ていうか、猫缶も、良いよ。自分で買うから」


 突き放すような物言いに、私は肩を強張らせた。最初に感じたのは驚きで、次に感じたのは……怒りか、悲しみか。とにかく、負の感情であったことは確かだ。

 別に仲が良いわけではないし、恋人関係でもなければ、ましてや友人関係でもない。それでもお互いの秘密を共有することで、心のどこかで、相手を特別視していることは事実だったのだ。少なくとも、無理に着飾らずに誰かと一緒にいられることは、私にとって特別だった。

 だからこそ私は、彼から引かれた線にショックを受けていた。猫缶を買うことは、ある意味私にとって都合の良い『口実』でもあったのだ。それを取り上げられそうで、私は恐怖していた。

 しかしその時の私は、それを素直に認めることができず、誤魔化しの言葉を吐き出した。口実を正当化しようとした。怒ったように目を吊り上げて。


「共犯者への口止め料だから。口約束だけじゃ不安でしょ?」


 彼は私の心の底を覗くように、私の目をじっと見た。全てを見透かしているような瞳に、思わず動揺して目を逸らしてしまいそうになる。そこをなんとか固定して応戦する。

「……ふうん」彼は、つ、と視線を外した。私はそっと息を吐く。

「なら、いいや。でもせめてさっきのは払わせて」

 それきり、彼はむっつりした顔で黙り込んだ。国永が口を開かなければ、私から彼に話し掛ける用事は無い。私は膝の上で揃えた手に力を込めた。





「古比奈さまあ~~~~っ!!」

 麓に着くと、既に志乃たちが下で待っていた。

「わたくしたちが最後ですか? お待たせして申し訳ありません」

「いいえ、いいえっ! それよりも……お二人は無事、絆を深められたのですね!」

 私はちらっと国永を見た。視線が絡むことはない。どちらかというと、元々浅かった上に、更に離れた気がする。

「ええと……なぜ、そのような?」

「あら、だって、あのバスで戻って来られるということは、お二人で山頂に行かれたのではないのですか?」

「そうですけれど」それがどうしたというのだろう。

 私の返事にきゃあっと悲鳴を上げる志乃に向かって、首を捻る。気付かぬ間に志乃の隣から国永の隣に移動していた碓井が、意外そうに片眉を上げる。

「古比奈さま、ご存じないんですね。あそこ、デートスポットですよ。なんでも頂上で手を繋ぎながら鐘を鳴らすと、永久の愛を誓えるとかなんとか」そこから先を、碓井は少しばかり声を潜めて続けた。「この学校で山頂まで行ける体力ある人、ほとんどいないんで。そもそもみんな、挑戦すらしないんですよ。だからより一層レア度が高くなって、盛り上がるみたいですよ」

 呑気で平和的ですよねぇ、と碓井はへらへら笑う。無害そうに見えて、毒が垣間見えた。


 いや、それよりも。その話が本当なら、私と国永は不用意に目立ってしまったということだ。道理でハイキング中、他の生徒を見ないと思った。

 けど、手なんて繋いでいないし、鐘だって鳴らしていない。もしも鐘の音が聞こえたのだとしたら、それは他の誰かが鳴らしたものか、あるいは幻聴だ。


 愕然としている私に向かって、国永がぼそっと言った。

「だから俺、どっちで戻るか訊いたでしょ」

 どうやら知っていたらしい。

「その時に詳細もお教え頂きたかったですわ。そうしたらわたくし、」


「――教えたら、同じ方法でここまで戻ったの?」


 国永は、私の言葉を遮り、冷たく言い放った。ぐっと言葉を詰まらせる。あれをもう一度体験する気は起こらない、けど。

「それとも、そもそも山頂にも登らなかった?」

 そうかもしれない。

 ふ、とそんなことを考えた。しかしそれを素直に口にできる雰囲気ではなく、答えに窮して黙る。すると彼は黙り込んだ私から、言葉にはならない回答を受け取ったのか、ますます目を鋭くした。吊り目の怒り目って本当に『怒ってます!』と主張してくるのね、なんてふざけたことを考え自分を和ませようとしたが、あえなく失敗する。辛うじて浮かべることができたのは、半笑いだ。

 思った以上に、彼の怒りは深いらしい。先程の私の発言は、余程彼の神経を逆撫でしてしまったようだ。

「あれ、瑛士さま、珍しく機嫌悪いですね」

「別に」

 従者の一言に、ふいっと顔を背ける。碓井は、お、と声を上げた。碓井の言う通り、ここまでわかりやすく周りに当たる国永は初めて見た。いつもは飄々として他人を揶揄っているのに。

 不穏な空気を察した志乃がおろおろしている。私は、彼になんと声を掛けるべきなのか困り、口を噤んだ。元を正せば私の所為だ。伝えたいことは他にあったのに、わざわざ尖ったことを言ってしまった。


『共犯者への口止め料だから。口約束だけじゃ不安でしょ?』

 ……国永のことが信用ならない。だから物を与えているのだ、と。

 そういう意味になる。なってしまう。

 事実、心から信用しているわけではない。でも、それとこれとは話が別だ。少なくともこれまでの期間、彼はなんだかんだ言いつつも約束を守ってくれていた。その彼に対して、いくら疑っているからといって投げ付けて良い言葉ではなかった。

 そもそも、そう口にしてしまった理由は、彼への疑いが強まったからではなく、私自身の問題だ。

 それは、甘えだ。彼に対する甘え。お門違いの甘え。だって彼は、恋人でも、友人でも、なんでもないのだから。ただ偶々、校舎裏に居合わせてしまっただけの存在。それだけで特別視している方がおかしい。

 ――だから、さっさと謝ってしまえ。

 それが正しいと思うのに、上手くできない。謝るってどうするんだっけ?

「集合時間ですよ。バスに乗りなさい」

「あ、はい。ただいま参りますわ」

 こんな時でも、仮面を被ることはできるのに。どうして。




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