第一話 蜥蜴はVRMMOの夢を見るか
視界を淡く点滅する緑色の光球が埋め尽くす。
かつて一斉を風靡したVRMMO『story』のログイン時のエフェクト。
話によると、この緑色の光球が仮想現実とプレイヤーの神経を擬似的につなげる効果をもたらすらしい。
正直、詳しい理論はわからんけれども。
実に7年ぶりにログインする身としては、こんな些細なことの一つ一つが懐かしく感じてしまう。
そして、光球は弾けるように消滅。
一瞬暗闇になったかと思うが、次の瞬間風が吹き抜けたような感触とともに視野が一気に開ける。
広がるのはどこまでも澄んだ青空と、大理石でできた建物で構成された町の光景。
『始まりの町・アーリス』
初めてログインした人間が最初に転送されるスタート地点だ。
ログインゲートが小高い丘の上にある神殿に設置されているので、町並みが一望できる。
「……変わってないなぁ、この町は」
よく見ると一部の店が新しくなっていたりするが、基本的な雰囲気は初めてこの世界にログインしていたときと大きく変わることはない。
そして、俺自身の体も。
服装は薄茶色のぼろ布を組み合わせたようなローブ。頭には同じ色のターバン。
ふと下に目を見やれば黒い鱗に覆われている自分の手の甲。
鏡を持ち合わせていないが、顔も鱗におおわれた黒トカゲの顔にちゃんとなっているのだろう。
これがこの世界での俺、『ドウ=マ=ダイジ』の姿だ。
まあ、変な名前であるのは認める。
こう、なんか異国のキャラクターっぽい感じを出したかったんだよ。
一応、ドウが名字で、ダイジが名前の設定。マは忘れた。聞くな。
で、種族は【リザードマン】。直立する黒トカゲを想像してもらうのがわかりやすい。
二足歩行するトカゲの種族で頑強な鱗で防御し、その鍛え抜かれた筋力で敵を打ち払う。
その種族の特性から前衛にたち味方をかばう戦い方をすることが多い。
だが、どうもひねくれていた当時の俺は特殊な歌を奏で味方を鼓舞し、戦闘をサポートする後衛職の【吟遊詩人】を選んでいた。
なので、現在背中にはどこか禍々しい形状の鉄製のギターを背負っている。
基本は後衛でサポートに回りつつ、いざとなればリザードマンの頑強な体で前衛としても戦う。
肉体言語で語り合おうとする吟遊詩人というのが戦闘の際の立ち回りだったな。
とはいえ今回七年ぶりにログインした目的は戦闘ではないので、そのあたりは特に気にする必要はないと思ってる。
そのため、今ある装備などを特に新調する予定もない。
目的である昔の仲間に出会えさえすればいい話なのだ。
とりあえず、まずは現状を把握するためふところを探り、一枚の金属製のカードを取り出す。
プレイヤーズカードと書かれたそのカードには自分のプロフィールが描かれていた。
名前:ドウ=マ=ダイジ
種族:リザードマン
職業:吟遊詩人
レベル:42
所属ギルド:なし
たった、これだけが書かれたシンプルな構成だ。
そして、これが俺が知りうる数少ない自分自身の情報でもある。
このゲーム『story』には他のゲームにおけるステータス画面に該当するものが存在しない。
各キャラクターの攻撃力やら、防御力、HPに該当するものはゲーム上にしっかり存在するようなのだが、それらの情報がプレイヤーにオープンされていないのだ。
運営曰く
「そっちのほうが、リアルでしょ?」
とのこと。
ただそれだと、さすがに成長している感覚がつかめないということで、現在の自身のレベルだけはこのプレイヤーカードに表示されることになっている。
そして、
「所属ギルドなしかぁ……」
その現実に俺は思わずため息がてる。
このゲームでギルドはプレイヤーが所属できる互助グループのことを指す。
同じ目的のプレイヤーは複数でかたまり、うまく連携したほうが効率がよく、そのために用意されたものになる。
ソロプレイヤーはソロプレイヤーでうまみもあるのだが、基本的にほとんどのプレイヤーがなにかしらのギルドに入っている。
もちろん、俺も以前まではギルドに所属していたのだが、それが現在は所属なしとなっている。
考えられる可能性は二つ。
・ギルド自体が解散した
・ギルド長による強制退団処理が行われた
のどちらかなのだろう。
長期間の未ログインによる強制退団処理はこのゲームにおいて、よく見られることなのだ。
まあ、こればかりは仕方がない。
ある程度覚悟は決めていたことだ。
ため息をついた理由は他にある。
「やっぱり、人力で探すのか……」
実はこのゲーム、ファンタジー世界のリアルさを追及していった結果なにかと不便なのである。
特に連絡に関しては本当に不便だ。
基本的にプレイヤー同士で連絡を取り合おうとする際は、手紙をしたため、それを配達する伝書竜にあずけて、配達してもらう。利用の際は細かい約束ごとがあるうえ、いかんせん時間がかかり、しかもその伝書竜が一度顔をあわせたことがある相手でなければダメと来た。
一応プレイヤーカードが一つの電話機能を持っているのだが、同じギルドメンバーのみにしかそれは使えない。
ということは、現在どこのギルドにも所属していない俺は誰とも連絡をとることができないわけだ。
七年の時を経てここに一匹のぼっち蜥蜴が爆誕した、泣けるね。
さて、そうなってくると、まずはこの世界の現状を把握するところからはじめよう。
無闇やたらに探していればあっという間に3ヶ月が経ってしまう。
いかんせん、この世界は広いのだ。しかも、俺がいなかった七年間でさらに広大になっている可能性がある。
とりあえず、いくべき場所は……
◆◆◆
目の前にはログハウス風の建物が立っている。
二階建ての非常に質素な作りだ。
ここは、始まりの町アーリスの中心部から少し外れた場所にある、とあるギルドの拠点兼訓練所。
ギルドの名は『初心者互助ギルド 青鱗団』。
その名が示すごとく、右も左もわからない『story』初心者にベテランのプレイヤーたちがわかりやすく、このゲームの楽しみかたを教えてくれる有志で構成されたギルドだ。
かくいう、俺も短い間だったが、このギルドにお世話になっていたのだ。
なので、ここならば昔の知り合いがいるかもしれない。
いなくても親身になって話を聞いてもらえるかもしれないと、そんな淡い期待を持ち、訪れたわけだ。
「ごめんくださーい」
とりあえず、俺は入口のドアをノックする。
「はーい、ちょっと待ってくださいねー」
中から聞こえたのは、どこか間延びした女性の声。
そして……
「ようこそー、青鱗団へー!!」
でてきたのは、垂れたエルフ耳が特徴の女性だった。
「おお!! リザードマンの初心者さんですか!! なかなか通好みな種族選択ですね!! いいですよー、お姉さんがびっしり、がっつり、とことん、このゲームのことお教えしますよー」
そう一気に捲し立て、彼女は胸を張る。
なんか、すごいやる気満々のようなので初心者ではないと明かすのが非常に申し訳なくなってきた。
とはいえ、明かさなければ話は進まない。
「いや、すまない。やる気に水をさすようだが、実は俺は初心者としてここに来たわけじゃないんだ」
告げた瞬間、彼女はすごい泣きそうな顔になり、垂れたエルフ耳がさらに垂れる。
表情がころころ変わり面白い娘だ。
「で、ですよねー……やっぱり、ゲーム終了3ヶ月前から始める初心者なんてそういないですよねー……」
たしかに彼女の言うとおりなんだろうけれども、可哀想なことをした気持ちになってくる。
「どうも期待させてしまったようだ、申し訳ない」
「い、いえいえ、そんな、私が早とちりしてしまったのがいけないんです。こちらこそ、ごめんなさい!! ……で、ご用件は?」
「あー。俺は以前ここでお世話になった『ドウ』というものなんだが、いま昔であった人に挨拶回りをしていてね。今日はギルド長さんはいるかい?」
そうすると彼女は、眉尻をさげ、やや困ったような表情をみせ。
「えーと、ですね。実はまず、この青鱗団は私、『フラーメ・ミストニア』が三代目ギルド長を勤めさせていただいてます。おそらく、ドウさんがお探しなのは、初代か二代目かと思うのですが……」
なんと。
七年間の間で二回もギルド長が代替わりしていたということか。
そうすると……
「俺がお世話になったのは、ブルーというリザードマンになるのだが……」
「初代ギルド長ですねー。もう、引退されてかなり経ちますよー。私がこのギルドに入った直後くらいなので、六年前ぐらいでしょうか。今でもたまに顔を出してくれますけどー。」
俺にとって、嵐のように過ぎ去っていた七年間だったが、普通に考えれば入学したばかりの小学生が中学生になってしまうほどの年月だ。そりゃあ、ギルド長も入れ替わる。引退するプレイヤーもでてくるだろう。
「あ、でも……」
話を聞いているうちに、あらためて年月の経過という現実を思い知り、徐々にナーバスになってきた俺を慮るように、フラーメは話を続ける。
「今日ですね、偶然二代目ギルド長がここに顔を出してるんですよ。二代目でしたら、もしかしたらドウさんのことご存知かもしれないですね。よかったら、ちょっと呼んで来ましょうか、というか呼んできますね。少々お待ちをー」
ああ、おねがいしてもいいかな、と、こちらが返答する間もなくフラーメはバタバタと建物に戻っていった。
あの娘、間延びしたしゃべり方をするわりには、なにかと慌てん坊だなー。
現在、ここのギルド長やっているらしいが、あれで大丈夫なのだろうか、いろいろと。
……なにはともあれ、二代目が知っている人であればいいなと淡い期待を抱こうとするが、そこでふとなにか記憶に引っかかるものがある。
知り合いとなれば、俺がここでお世話になっていたときに顔を合わせたプレイヤーだ。
だが、このギルドは初心者のためのギルドである。
なので、初心者卒業がこのギルドからの卒業とほぼイコールなのだ。
だから、おそらく俺と同タイミングで入った同期の人たちが今もこのギルドに残っていることはないだろう。
では、俺が顔を知っている人間でこのギルドに今も残っている人たちとは、初心者を教える立場である教官と呼ばれたベテランプレイヤーたちに他ならないのだが……
……すごい嫌な予感がしてきた。
あの当時教官は何人かいたが、初代ギルド長であるブルーさんが引退するにあたってギルド長の職務を預けるだろう最も信頼していた教官といえば思い当たるのは一人しかいない。
ドアノブが回される音がする。思わず息を飲む。
ゆっくりと開く扉の向こう側、たたずむのは桃色の髪をし、場違いなフリルのドレス身を包んだ、それはそれは貴族のような優雅な女性。
「久しぶり、元気にしてた? 黒蜥蜴くん。 」
「……ええ、お久しぶりです、ミハルさん」