アタチュルク廟
この世の全てと無関係です。
アタチュルク廟について作者はイメージで書いており、実際とは違います。
ザワザワと騒がしい空港で、私、高瀬栄子は人を待っていた。
親切な土井夫婦からの紹介で、ヘレーネさんというトルコ系ドイツ人の女性が空港からアタチュルク廟まで車で送ってくれることになったからである。
スケッチブックに目印の日本国旗とトルコ国旗とドイツ国旗を書いて持つ。
絵心が無くとも書きやすい国旗で良かったなんて考えていたら誰かに呼ばれてそちらに身体を向けた。
ケータイの画像よりも輝いて見えるパンツスーツスタイルの女性。
その美しい人は片手をあげながら口を開く。
「ようこそ、トゥルキィエ(トルコ語で、トルコ)へ。貴女がタケオの言っていたエーコ・タカセね。」
……タケオって誰?いや、まずその流暢な日本語に着目すべきなのだろうか。
首を傾げつつ私も挨拶を返す。
「はじめまして、エイコ・タカセと申します。」
「ヘレーネよ。タケオとミツエの友人で、今はフリーのジャーナリストをしているわ。」
ああ、タケオって旦那様のお名前か。
ミツエは奥様。
…って、ヘレーネさんはジャーナリスト!
あまりいいイメージがないけれど、彼女からはそんな負のイメージは感じられない。
その不思議な雰囲気に、自然と握手していたことに自分で驚いた。
さらに驚くのはその感触だ。
その手は温かく、硬い。
…硬いのである。
いや、男性的な固さではなくまるで以前触らせていただいた海自のウェーブ(女性自衛官)さんのような手だ。
「さ、話しは道中で。行くわよエーコ。」
父さんのところは遠いからね。
そうクールに笑う人に頷いた。
「それにしても、貴女みたいな日本のお嬢さんが行くなんて珍しいわね」
「そうかもしれませんね。でも、私の旅の目標はアタチュルク廟…もとい、ムスタファ・ケマル・アタチュルクその人なので。」
「論文テーマかしら」
「いいえ。」
論文のテーマは違う気がする。
確かに知りたいとは思うけど、それをまとめて発表したいなんて考えてはいない。
ちょっと間を置いてからヘレーネさんに告げる。
言葉遊びのような言葉に、顔が熱くなる。
「私は、ただ初恋の人に会いたいのです。」
「あら、情熱的ね」
本気か冗談か、よくわからない表情で微笑んでから彼女は一台のドイツ車を指差した。
「あれが私の車よ、助手席に乗ってね。」
「はい。」
車に乗り込む。
(ここまでくるうちにお土産屋さんとかはあったが某アジア人がいっぱいだったのでスルーだ。)
私がシートベルトをしたことを確認し、車は滑らかに動きだす。
背もたれの角度も滑らかで、幼いころから親しんだオペルのアストラに乗っているようだ。
つい気が抜けてゆく。
「まだ長いから寝てていいわよ?」
「いえ、今はヘレーネさんとお話がしたいので。」
「奇遇ね、私もちょっと話したかったの。」私と?
首を傾げる。
「ジャーナリストのアンテナとでもいうのかしらね?貴女からは特ダネの予感がするのよ」
艶やかな微笑みにたじろぐ。
「そうなんですか?」
「ええ、そうなの。はっきりとは言えないけどね」
「…」
「まあ、他人に話したくないこともあるだろうし…まず私のことを話すわね」そう言って彼女は片手で自分の髪の毛をいじる。
「私がトルコ系ドイツ人なのはタケオから聞いているわね?」
「…はい。」
少しだけ躊躇しつつ返事をした。
今も昔もドイツにはトルコからの移民が多い。
地理的な関係からだ。
そしてトルコの人間から見ると、ヨーロッパはさながらアメリカンドリーム。
そこにいけば、努力すれば必ずそれが報われて幸せになれる新世界。
現実は…どうであれ。
「私の母親は夢を見てトルコからドイツに移民したの。でも、結局は夢叶わずどこかのドイツ人の子供を産んだ。」
それが、ヘレーネさん?
彼女は少しだけ車を進めてから口を開く。
「私は二つの祖国を持ちながらどちらにも属し得ない立場だった。母親からはうまくいかないのはアンタのせいだって否定されながら生きてきたせいか、一度反発してからは、色々な無茶もしたわ。」
「…」
否定されながら生きてきた。
その言葉が、胸に痛い。
でも。
続く言葉を告げた彼女は晴れやかな顔をしていた。
「だからこそ、その無茶のおかげで私は私になったのよ。」
その言葉を私はこの旅で、この旅の後で言えるようになれるのだろうか。
そんなことをふと考えた。
ヘレーネさんの話をきっかけに私も日本でのことを話す。
すると彼女もまた自分のことを話した。
交互に自分たちのことを話していくうちに実は土居夫婦が日本の富裕層だということや、ヘレーネさんが元軍人ということまで知った。
ヘレーネさんは私のあのきっかけについて特に何を言うわけでもなく、ただ頷いてくれたことは救いだ。
車を走らせているというよりも動かしていると言ったほうが適切だと思える時間は、話しているうちに過ぎ去り私は今、遺跡にも見えるあの建物の前にいた。
ここを設計した建築家は、かの英雄を尊敬していたという。
ドキドキと鼓動が耳に響く。
ヘレーネさんが強い感情の波に飲み込まれて車から降りれない私を引っ張りだしてくれた。
「さ、着いたわよ。」
アタチュルク廟、かの英雄の眠る場所。
震える手で握りしめていたのは、あのオヤのついたハンカチだった。
(ヘレーネさんの無茶)
「ちなみにヘレーネさん、無茶って?」
「あら、知りたい?」
「もちろんです!」
「そうねぇ、…例えばある時とある国の男性スパイと一緒にとある組織を壊滅させたんだけどあの時ばかりは死ぬかと思ったわ」
「そ、それって!?」
「彼ったら、自分だけ犠牲になって任務を果たそうとするものだから説教しちゃったのよ。」
「えええ!?」
「そうしたらね、プロポーズされちゃった。」
「ええええええ!?」
「でも振ったわ、だって刺激的な恋は夢のようなものなんですもの。だけどしつこくって」
「え?」
「まだ諦められてなくてたまに会いに来るのよ、ほら、あそこの車に…」
「えええ!?ど、どこですか!?」
「…ふふふ」
「え?」
「なーんて、ね?」
「まさか…」
「冗談よ、冗談っ。」
「で、ですよね!」
「だって彼が会いに来る時は車の椅子シートの下からだもの」
「……ジョウダンデスヨネ?」
「さあ、どっちかしら?」
ヘレーネさん、フルネーム不詳のトルコ系ドイツ人。
元軍人でフリーのジャーナリスト。
しかしまだまだ何か秘密がありそうな美女である




