渡り人
この世の全てと関係ありません。
また、高瀬さんがたぎりますご注意くださいませ。
私は高瀬栄子。
目の前の現実からつい今までのことを思い出していた。
介護福祉士として三年間働いた施設を利用者さんの言葉がきっかけで辞め、幼い頃からの心引かれる国…トルコに旅立つことになったことを。
その旅路の出発地点、成田空港でとあるきっかけがあり知り合った親切なご夫妻が土井さんだ。
定年を機会に、忙しくて行けなかった新婚旅行の代わりを楽しむためにツアーでトルコへ行くという。
外資系の会社にお勤めだった旦那様と、その奥様は語学堪能で海外事情にも詳しく機内では色々なお話を聞かせて下さった。
そしてトルコに到着するなり旦那様はトルコでの知り合いというジャーナリストのヘレーネさんを私に紹介してくれたのだ。ご夫妻と再会を約束し、別々の旅路をゆくはずだったのだけれども…。
アタチュルク廟でお参りをしていたら何故か異世界に迷いこんで、しかも最初の出会いが大好きな英雄の犬猿のライバル、エンヴェルだった。
ひたすら怒り続ける彼を宥めてくれたのは、彼とは時代はともかく年齢差がずれている英雄の恩師の山田寅次郎で…。
混乱する私に説明すると笑いかけて来たのは英雄の養女で世界初の女性戦闘機乗りのサビハ・ギョクチェン。
彼女に手を引かれ訪れた屋敷で地図を見ながら説明を受けた。
とりあえずこの世界がホームという名前で、偉人の魂が集まり安くここには異世界を旅する超能力者がいることがわかったこと。私にも、その力が微かにあったということも。
しかし、その力は消えた。
サビハさんが私の後ろを見ながら「久しぶり」と呼び掛ける。
振り返ると…土井ご夫妻!?
長々と回想しちゃうぐらいには驚いている今の私は多分、ひどい顔をしている。
意味が分からない。
いや、分かるんだけど分からないというか。
呆然としたまま、口を開いた。
「まさか…ご夫妻は、渡り人なのですか?」
「ごめんなさい栄子さん…」
悲しそうな奥様はうつむいた顔を上げる。
その目に光るものを見つけて慌てた。
わたわたしていたらスマートに旦那様がハンカチをうつむいた奥様に渡して肩を抱き、私に謝罪の言葉を言う。
「私たちは栄子君を騙したり、こちらへ飛ばそうなど考えていなかった。信じてもらえないかもしれないが…申し訳ない」
「奥様、旦那様っ、顔を上げてください!」
ご夫妻の声とうつむく姿に息が苦しくなる。利用者さんの言葉や、仕事で疲れて傷ついて固まった故障品みたいな私にあたたかい言葉をかけて下さったご夫妻は心の恩人だ。
「頭を上げてください!ご夫妻は恩人ですっ、それにこちら…ホームに来たのは私のなかにも渡り人の血が流れているからとも考えられる。ですよね、ギョクチェンさん?」
「サビハでいいよ。そうさ、エーコには渡り人の血が流れている。タケオやミツエに会わなくてもこうなったかもね。」
「それは推測だ。」
キッと旦那様がサビハさんを見た。
あれ、仲が悪いのかな?
私の話題を、不思議な微笑を浮かべたサビハさんと真剣な旦那様に挟まれて私は聞く。
え、なにこれ何の拷問?
助けてくれそうな奥様は私の言葉にありがとうと言ったきりハンカチに顔を埋めている。
えー。
高身長なお二方を見上げる。
遠いふるさとの家族よ友人たちよ、今私は遥かな異世界で美女と美中年に挟まれているよ。
ヘルプミー。
現実逃避気味な私を置いてきぼりに話は進んでいく。
旦那様が真剣な顔のまま口を開いた。
「そもそも何故彼女は産まれ生きてきた日本ではなく、この地で力が覚醒したのかが疑問だ。血が薄い渡り人は導き手という力のサポーター、そして運命を歪めるほどの揺るがぬ意志、行きたい世界の物が無ければ覚醒は促せない。この方法ですら覚醒はまれだ。」
へー、ソウナノデスカ。
「いやぁ、たまたまさ?過労死寸前なババのために何か出来ないかと料理をしたりしたんだけど気に入らなかったみたいでね、癒しを探しに夢渡りをしたら旅を求める可愛いお嬢さんに出会ってね。しかもそのお嬢さん、ババが好きだという。だから私はハンカチを渡して賭けをしたのさ」
…んん?
頭を傾げた。
傾げた私の頭をサビハさんが撫で、囁くように告げる。
「大丈夫、これは運命なのさ」
「昔から彼女はああやって他人を振り回す。全く、空という意味の名字があれほど似合うのは他にいないだろう。」
「えと、ご夫妻とサビハさんって」
「幼馴染みなの。渡り人として互いに幼い頃から交流しあって異世界渡りの仲間やライバルとして関わってきたわ。ヘレーネも渡り人だけど彼女とは幼馴染みじゃないのよ。」
「ヘレーネさんも渡り人!?」
「ただし彼女は秘密主義で、あまり何を考えているか何をしているのかは知らないがね。」
「そうだったのですか」
ちょっと待っててと言われてご夫妻と私だけになると旦那様はソファに座りながら頭を押さえた。
あ、色っぽい←
奥様は私と一緒にお茶を飲んでいるけど泣いたせいか仕草が妙に可愛い。
…精神的に疲れているせいか、萌えに走っている思考回路は色々終わっているなぁ。
あとチャイ美味しい。
なんだか色々ありすぎて、後は何がおこっても驚かないような気がする。
今なら悟れるよ。
なんて考えていたから?
無防備になっていた私は、背後から近づくあの方の足音に気づかないでいた。
「君が、サビハのアルカダシか」「は、いっ…!」
息を、呼吸なんてわからなくなるぐらい胸がドキドキして…。
振り返りつつ返事をしたことを悔いた。
霜がおりたような髪、鋭い狼みたいな瞳。
彼に手をとられて目を見開いた。
「はじめまして、私はムスタファ・ケマル・アタチュルクだ。ケマルと呼んでくれて構わない」
「は、はいっ。高瀬栄子ですっ、ケマル様、よろしくお願いいたします!」
「様はいらないさエーコ。私の娘が巻き込んだらしいね、すまない。」
「いえいえっ、えっと…ケマル先生?」
「久しぶりにそう呼ばれたな」
謝罪はいいですいいですから手を離して欲しいいやでも力強くても少し冷えているから子ども体温な私の手で温まって欲しいああでも手汗かいたら恥ずかしいよどうすればいいのあばばばばっ。
「お久しぶりですケマル。」
「ご無沙汰しておりました。」「タケオにミツエか。そうだな、こちらで最近でも君たちにとっては久しぶりだね」
そっかそっか時間の流れが違うんだうんうん新事実だよ、って、何故ニギニギしているのですか揉まないで揉まないで揉まないで私の贅肉ああでも気持ちいいなら心行くまでどうぞなのですよおおお!「ねぇ、ババ?」
「ケマルさん?」
「ケマル氏?」
「…なんだ?」
あばばばば、そういえば疲れた顔が少し緩んでいるようなあああ冷たい印象すらあるのにまさかぷにぷにかぷにぷにの力なのか父親の呪いと思ってきたこの贅肉つきやすい体質にはじめて感謝かもしれないっていうか今指でなぞってあああゾクッとしたおおお。
たぎりすぎている私を生暖かい目と温かい目と穏やかな目が見ている。
結局ニギニギから解放されたのは旦那様がふらふらしてきた私に気づいて、止めてくれた時だった。
(その頃のヘレーネ、単独行動)
「あら、久しぶりに椅子の下以外からこんにちは。」
「あえて言うが、君がバイクごと突っ込んできたのは私の目の錯覚かい?」
「うふふ、だってここの警備がね…わかるでしょう。」
「………」
「さ、ここに来たのは貴方と雑談するためでも警備を笑うためでもないの。」
「求婚かな?」
「うふふふふふ」
「ははは、相変わらず情熱的だね。でも機関銃より君のキスが欲しいな」
「うふふ」
「…わかっているさ、情報だったね」
「話が早いわ。そうよ、私の可愛い子猫ちゃんのために情報をちょうだい?」
「ご褒美とその子猫ちゃんについて詳しく話したい」
「うふふ、いつかね?」
「さ、次はどこの国に貰いに行こうかしら?」




