第91話~飴と鞭、足とヒレ~
下半身はほぼイルカだな。背ビレは無く、スイムフィンのような尾ビレが付いている。背ビレが無いならスナメリか?鱗も無い。
尾ビレの色はグレーが多いようで、見える範囲では鮮やかな赤や青等は見当たらない。せいぜい白や黒が居るくらいで、某童話アニメみたいなカラフルさは無いようだ。イルカの獣人って事ならピンクくらいは居てもいいんだけどな。そういう訳でもないんだろうか?
上半身はほぼ人間だ。少々大柄な感じはするが、エラがあるとか鼻が頭の上についてるとかは無い。歯並びも人間と変わらないように見えるし、魚顔でもない。
特に美形という訳でもなく、ごく普通の一般人の顔だ。なんとなく人魚=美形ってイメージがあったんだけど、よくよく考えたらそんな訳ないんだよな。これもアニメやラノベの影響か?
全員ホルターネックのムームーのようなワンピースで胸から腰までを覆っている。フラダンスの衣装でよく見かけるあれ。一応、肌を隠す文化はあるようだ。単に防寒対策かもしれないけど。
色や柄は人それぞれっぽい。ストライプや格子柄もいるが、生成りっぽいベージュの人が多いかな?男?も女も。
そう、男?の人魚が居るのだ。
俺に話しかけてきたのは長い黒髪で緋色のムームーを着た10代後半から20代前半くらいに見える女性の人魚なのだが、その周りを固めているのは4~5人の男?の人魚だ。年齢は年寄りから青年までまちまち。
何故疑問形かというと皆同じようなムームーを着ているからで、外見から判断するのが躊躇われるからだ。なんとなく女性しかいない種族みたいなイメージもあるし。ゴブリンの逆って事だな。
髪が短くてゴリマッチョの女性がそうそういるとは思わないけど…ムームーがなぁ。ホルターネックの隙間から見える大胸筋の逞しさからは男としか思えないんだが。男であってほしいんだが。
ムームーを着ているのは多分民族衣装だからなんだろうけど…新宿2丁目辺りにいるオネェサン達みたいな人だったらどうしよう?誘惑されても応えられないよ?
総じて、魔族というより亜人に近い感じがする。言葉も通じるし、服を着る文化もある。ゴブリンとはえらい違いだ。あいつら基本的にFull-Teenだしな。もっと大人になれ。
先制攻撃をされたが、あれは単なる威嚇だろう。駆け引きが出来る程度の知性があるって事だ。魔族と言うと問答無用で襲い掛かってくる奴らばかりだし、やっぱ亜人として対応した方がいいような気がする。
≪どうした、引かないなら攻撃するぞ!?…どうしたのかしら、反応が無いわね?もしかして聞こえてないの?爺、どう思う?≫
≪左様ですなぁ、あの面妖な乗り物は水も通さぬようですし、その可能性はございますなぁ。≫
≪えっ、それじゃどうしたらいいのよ?問答無用で撃ち落とす?≫
≪さて、困りましたなぁ。アレは我らの魔法で傷つけられる程脆いようにも見えませぬし。はてさて、如何したものやら。≫
まぁ、マイク平面とカメラでばっちり聞こえてるし見えてるわけだけど。
それよりも、さっき『爺』って言ってたな。やっぱ男の人魚なのか。ムームーだが。まぁ、禿で仙人髭なのに女だったら、この世界を作った神様を説教せねばなるまい。小一時間正座させた上での足ツボもみほぐしまでセットで。
あの程度の攻撃なら別に怖くないけど、取り敢えず返事しとくか。不可視のスピーカー平面をふたり(2匹?2尾?)の目の前に作り出す。
≪あー、ちゃんと聞こえてるから心配ないよ。攻撃されたら反撃しなきゃならないから、手を出すのは控えてもらいたいな。≫
≪ひゃっ!?な、何?何処から声が!?≫
≪うぬっ!?怪しげな術を!!姫様、我らの中央に!≫
おっと、驚かせてしまったか。女性人魚が可愛い悲鳴を上げる。素顔は普通の女の子っぽい。
一方、爺人魚の目つきは瞬時に険しくなった。やっぱ年の功かな。それなりの場数を踏んでいるだろう事が容易に想像できる目つきだ。その爺人魚の号令で、女性人魚を中心に男人魚達が円陣を組んで周囲を警戒する。なかなかに迅速な対応だ。よく訓練されているっぽい。
それよりも、今『姫様』って言ったよな?まさかマジモンの人魚姫!?メジャーリーガーどころかホームランキングやん!本物が見られるとはツイてる!ラッキー!!
≪ああっと、ゴメンゴメン。これは魔法で声を届けてるんだ。そっちの声もこっちに聞こえるから、普通に話していいよ。≫
思わぬ幸運に多少声が上擦ってしまうのは許してほしい。いやぁ、良い物見れた。
≪魔法…風の魔法かしら?『ヒレ無し』の魔法使いは珍しいって聞いたけど、あちらにはそれなりの使い手が居る様ね。≫
≪あの乗り物も魔法か。姫様、油断召さるな。魔法使いが居るなら、いつ攻撃を受けるか分かりませぬぞ。≫
姫様人魚は興味津々、爺人魚はより警戒を強めたようだ。腰?を落とし、いつでも動けるように身構えている。
その身体は練り上げられた青い魔力で覆われている。かなり濃いめの青だ。高位の魔法使いっぽい。人魚だし、おそらく水魔法の使い手だろう。
そして、それは爺人魚だけではない。気配察知で視える範囲の人魚全員が練り上げられた青い魔力で包まれている。まさか全員魔法使い!?人魚すげぇ!!
≪相手がそのつもりなら既に攻撃されてるわ。いつぞやの蛮人のときみたいにね。とはいえ、油断はしないで。≫
≪≪≪≪≪はっ!≫≫≫≫≫
姫様人魚がその場をまとめる。なるほど、それなりのカリスマはあるようだ。姫様だけな事はある。
≪我らの要求は此処から即座に去る事、それのみだ!従わぬなら攻撃も辞さない!≫
改めて姫様人魚がこちらに要求を突き付けてくる。まぁ、これだけ魔法使いが居れば、戦力的には圧倒的に優位だと思うだろう。高圧的な態度に出るのも当然だ。
「なんですの、ビート様に対してあの居丈高なモノ言いは!少し懲らしめて差し上げる必要がありますわね!」
俺の後ろではクリステラがちょっと過激な発言をしている。いやいや、ちょっと落ち着き給えよ。
「まぁまぁ、彼女達にしてみれば、自分の家の庭に、突然招かれざる客が来たようなものでしょ?追い払おうとする気持ちは分からないでもないんだよね。」
「あー、確かにな。それやったらしゃあないわ。うちもホウキ振り回すぐらいの事はするかもしれんし。」
「むー、ビート様がそうおっしゃるのでしたら…。しかし、警告も無しで魔法を使ってきたのは看過できませんわ。然るべき報復は行うべきです。魔族相手に弱腰は付け入られますわ。」
クリステラはちょっと強硬だな。やっぱ元貴族だから、プライドとか建前とかを平民よりも大事にするんだろう。社交界なんて、舐められたら終わりな世界って感じがするしな。
それよりも、クリステラの中ではやっぱ人魚は魔族なのか。獣人扱いじゃないんだな。
「人魚って、やっぱ魔族なの?魚系の獣人じゃないんだ?」
「互いに子を成す事が出来ないなら人とは言えませんわ。あれは魔族、あるいは単なる魔物ですわ。」
「でも言葉喋ってるし、服も着てるよ?」
「それを言うなら、レイスやバンシーなんかのアンデッドも獣人になってしまいますわ。アラクネやスキュラという魔物も、上半身は人間そっくりで言葉をしゃべるとも聞いています。服を着ている事も喋る事も、獣人の証とはなり得ませんわ。」
ふむ、なるほどなぁ。ファンタジーだし、前世での生物学的分類はそれほど役に立たなさそうだ。そもそもネコ系やイヌ系の獣人が居る事自体、生物学ではありえなさそうだし。
イルカがほ乳類だと認められたところで、それが人魚を獣人に認定する根拠にはならないってことか。
それと、人類種の定義は『互いに子を成せるかどうか』なんだな。ゴブリンはメスが居ないから『互いに』とはならないので魔族という事か。なるほど。
そういう意味では、確かに人魚は魔族か魔物だろう。どうやって交尾するのか想像も出来ない。…まさか産んだ卵に精子をかけるとかじゃないだろうな?魚類じゃないとは思うんだけど、ファンタジーだから無いとは言い切れないところが怖い。
「まぁ、別に害があったわけじゃなし、こちらが舐められない程度に応対して退散しようか。…そっちの要求はわかった。こっちも争う気はないし、目的も達成したから離れることにするよ。さっきの攻撃は貸しひとつって事でよろしく。」
≪っ!ヒレ無し風情が貸しだと!?何様のつもりだ!!」≫
≪よせ!やめろ!!≫
なんか逆上した若い男人魚のひとりが水魔法をぶっ放してきた。姫様人魚が止めるが間に合わない。
放たれた魔力は海上に直径5m程の渦を作り、その中心から螺旋を描く水の柱を生み出した。太さ直径1m程のその水の柱は、海上10m程の高さに停泊している潜水艦もどき目がけて伸びてくる。おお、水の攻撃魔法!かっけぇっ!!
水の柱は潜水艦もどきに直撃し…水飛沫となって消えた。潜水艦もどきはビクともしなかった。ノーダメージだ。実際にはそれなりに耐久度を削られたが、単発攻撃だったから即時回復して元通りだ。イワシ程怖くはない。
≪な、無傷だと!?≫
≪馬鹿な、『螺旋龍』の直撃だぞ!?≫
攻撃した青年人魚も、止めようとした姫様人魚も、それ以外の周囲にいる人魚達も、全員が驚いた顔をしている。さっきのは結構強めの魔法だったんだろうか。まぁ、大爪熊の一撃くらいの威力はあったかな。
≪…貸しふたつね。≫
≪なっ!?調子に乗るな!!≫
俺が何事も無かったかのように負債追加を宣言すると、さらに激昂した先程の青年人魚がまた魔力を練り始めた。今度はさっきよりも強い魔法を撃つつもりの様だ。
それに同調するように、何人かの人魚も魔力を練り始める。あんまり魔法を使うのに慣れてないのか?練り上げるのがちょっと遅い気がする。普通はこんなものなんだろうか?
でも、これをまともに食らうと流石にきついかもしれない。壊れないまでも、かなり耐久度が削られそうだ。ちょっと牽制しとくか。
心持ち多めに練った魔力に本気の殺気を混ぜて、ジワリと周囲に放出する。
≪ひっ!?≫
≪あ…あぁ…≫
≪ぐぅっ!?≫
魔力を練っていた人魚達が痙攣しながら硬直する。呼吸すら満足に出来なくなり、練っていた魔力も霧散してしまう。気を失ったのだろう、やがて腹を上に向けてプカプカと波間を漂い始めた。
こういうの、たまにニュースでやってたよな。工場排水の流れ込んだ河とか。…まさか溺れたりしてないよな?人魚だし、大丈夫だよな?
姫様人魚とその周囲の護衛人魚達はなんとか震えながらも耐えている。護衛だけあって精鋭っぽい。姫様人魚が耐えてるのは凄いな。素直に称賛だ。人魚の王族は一本芯が通ってるのかもしれない。
≪な、なんて禍々しい魔力っ…ヒレ無しがこれほどの魔力をっ!?≫
≪こ、これは勝てん…くっ、もはやこれまでか。せめて姫様だけでも!≫
なんか爺人魚が悲壮な覚悟を決めた顔をしている。いや、脅しだからね?本気で狩るつもりはないからね?オッチャン何もせぇへんでぇ。
≪これ以上借りを作るのは本意じゃないでしょ?そっちが手を出してこないなら、こっちから何かする気は無いからさ。穏便にいこうよ。≫
殺気を消し、努めて友好的に話しかける俺。恫喝と協調、外交の基本だな。俺も腹黒くなったものだ。もう8歳だし!
≪はぁはぁ…わかった。非礼をお詫びする。…寛大な申し出に感謝する。≫
殺気から解放された姫様人魚が、荒い呼吸を整えつつ苦々し気に言葉を絞り出す。うむ、この辺が落としどころだろう。別に人魚をどうこうしようという気もないし。
この結果ならクリステラも納得してくれるかな?と思って振り返ると、座り込んで涙目で震えていた。あれ?あー、後ろにも殺気が漏れてたか。いかんいかん。どうも広範囲に魔力を放出すると、範囲外にまで多少の余波が及んでしまうようだ。まだ制御に問題アリだな。
見ると、ルカとデイジーは気を失って倒れているし、そのふたりを抱えるように座り込んでいるキッカとアーニャも腰が抜けているようだ。
サマンサも涙目で座り込んでいるが…お尻の下に温かそうな液体が溜まっている。…見なかった事にするのが優しさというものだろう。ごめん。
そして、俺の足元ではウーちゃんがお腹を見せて降参のポーズをとっていた。キュンキュン鳴きながら。
…とりあえず撫でとくか。やれやれ。








