第84話~逃げても追いかけて来る運命なら、迎え撃つのみ~
「これを…こう…こうか?ああっ、これか!これが魔力!!」
風呂上がりにリビングで豆茶を飲みながらまったりしていると、不意にサマンサが声を上げた。どうやら魔力を掴んだみたいだ。結構時間がかかったかな?いや、多分普通の人ならこんなもんじゃないかな。他の皆が優秀すぎるだけだと思う。幼いころから指導を受けている貴族ですら、魔法を使えないものが大半なんだからな。
気配察知でサマンサを視ると、幾分濃くなった紫の光が丹田のあたりから右手の先に移動していくのが分かる。まだまだ滑らかではないが、ちゃんと魔力を操れるようになったようだ。
「おめでとう!頑張った甲斐があったね!」
俺に続いて皆がサマンサにお祝いの言葉を投げる。サマンサも嬉しそうだ。
「それで、魔力操作が出来るようになったご褒美は何がいい?」
「えっ?えーっと…特にない…かな?」
「えっ?無いの?」
「じゃあ、ギンアジにするみゃ!またみんなで食べるみゃ!」
あら?訓練を始めた時はそれなりにやる気だったはずなんだけど。ご褒美は要らなかったって事?なんて無欲な。
そしてアーニャの食いしん坊発言はフツーにスルーする。
「いや、ホントはアレを強請るつもりだったんだけどよ、王都土産で買ってきてもらっちまったからな…。」
そう言ってサマンサは、リビングの隅の方を顎で示した。ああ、なるほど。王都までの護衛依頼の際に、依頼主で商人のトネリコさんに頼んで買い付けてもらったアレ。結構大型の機織り機。
この国では、紡績は手作業な部分がまだまだ多い。そのため布の流通量も多くなく、値段もそこそこする。
種類も少なく、ほとんどが生成りか単色だ。趣味が裁縫なサマンサにはこれが耐えがたかったようで、よく愚痴をこぼしていたのだ。可愛い服が作れないと。
口調は蓮っ葉なサマンサだが、意外にと言うと失礼かもしれないが、結構可愛い物好きだ。与えられた自室は、白とピンクを基調にしたフリルの王国だったりするくらいに。
それで俺は、いつものように『無いなら作っちゃえばいいじゃない?』と思ってしまったわけだ。『草木染の糸自体は出回っているから、それで布を織ってしまえばいいじゃない?』と。
そもそもサマンサが作るのは俺達の服だし、そのための出費なら必要経費だ。大型機械だけあってそこそこ値は張ったが、趣味と実益を兼ねると思えば惜しくはない。趣味というのはこだわるものだからな。
そんな理由で買ってきたのが件の機織り機だったのだが、そうか、ご褒美に欲しかったのはアレだったか。これは困ったな。
「うーん、アレは僕らにも益のあるものだったからなぁ。他に欲しい物とかないの?」
「いや、アタイだけそんな良くしてもらうのは筋が通らねぇよ。」
「そうは言ってもなぁ…物じゃなくても、してもらいたい事でもいいよ?僕に出来る事ならね。」
ここで『なんでも』とか言わないあたり、俺は汚い大人だな。ちょっと自分の腹黒さに落ち込む。これだから大人って…。
「うーん…してもらいたい事ねぇ…、っ!…坊ちゃんに出来る事なら、いいのかい?」
サマンサの表情から緩さが消える。何やら相当に難しい事らしい。これは俺も気合いを入れて聞いた方が良さそうだ。
「…いいよ、言ってみて。」
言葉を選ぶように、絞り出すようにサマンサが口にする。
「…アタイは…アタイは、オヤジとオフクロの仇を討ちたい。」
「サミーッ!?」
サマンサの言葉に、ルカが思わず声を上げる。ふむ、敵討ち、ね。
「それはノランの海賊を討伐したいって事?それともそれを焚き付けたジャーキンの首脳部まで滅ぼしたいって事?」
「アタイには難しい事はわかんねぇ。でもよ、あの海賊共の上にまだ親玉がいるってんなら、そいつにも痛い目を見せてやりてぇ。…このままじゃオヤジとオフクロが可哀想過ぎる。浮かばれねぇよ。アタイらがいったい何をしたって言うんだよ!」
「サミー、あなた…。」
サマンサの目には涙が浮かんでいる。そりゃそうだよな。これまでの理不尽な境遇を考えれば、その原因を作った奴らへは相当な怒りがあって当然だ。
ルカもサマンサの様子を見て、俺に目で訴えかけてくる。自分はまだ魔力操作を覚えてないから、希望を口には出せないとか思ってそうだ。やっぱり姉妹だな、こういう義理堅い所はよく似てる。
「ビートはん、ウチからも頼むわ!ウチの直接的な仇はビートはんが討ってくれたけど、まだ親玉が残っとんのやろ?そいつがウチとサマンサとルカはんのホンマの仇なんやろ!?それやったらウチにとっても他人事やないわ!」
キッカがサマンサの援護に回る。そうなんだよな、ジャーキンはキッカの仇でもある。キッカの村を襲った盗賊を送り込んできたのはジャーキンだからな。
「そういう事でしたら、わたくしも他人事ではありませんわね。ジャーキンがあの田舎娘を唆さなければ、わたくしが奴隷に落ちる事も無かったのですから。もっとも、ビート様と巡り合う切っ掛けを作って頂いたという点だけは感謝しておりますけど。ああ、ビート様とはどのような状況でも巡り合う運命でしたから、やはり恨みしかありませんわね!」
なんだその運命。相変わらずのクリステラ節だな。しかし、クリステラも被害者なのは間違いない。
「アタシはどっちでもいいみゃ。みんなで楽しくやって行ければ文句ないみゃ。」
「…同じく。」
アーニャとデイジーは積極的賛成ではないようだが、遠回しに後押ししてる感じだな。皆、仲が良くて結構な事だ。これは仕方ないな。
「…分かった、ノラン、そしてジャーキンをやっつけに行こう。」
「っ!坊ちゃん!」
「ビート様!」
「ビートはん!」
「流石ビート様!分かっておられますわ!」
皆に抱き着かれてもみくちゃにされた。どさくさ紛れにあちこち触られたけど、怒るに怒れない。
よく分かってないウーちゃんも俺達の周りをグルグルと走り回ってた。やっぱウーちゃんは可愛い。君だけが俺の心の糧だ。君が居れば俺は頑張れる。
しかし、まぁ、やれやれ、結局こうなったか。なんだか無理矢理そういう方向に状況を動かされてる気がして、どうにも気持ち悪い感じがしてたんだよな。まるで見えない手に操られているかのような気持ち悪さ。だからちょっと前線から距離を置いて、勝手に話が進むのを見てるつもりだったんだけど…。
まぁいいか、いざとなったらその手すらも切り捨ててやれば。もし運命を操ろうとする奴が居たとしても、そいつの思い通りにはさせないし。俺の、いや、俺達の自由を脅かす者は誰であろうと叩き伏せるだけだ。
そして誰だ、どさくさ紛れに服を脱がそうとするのは!怒るよ!








