第82話~冒険者らしく、子供らしく~
初詣は超混んでた。法と商売の神は関係する人が多いからな。農民や漁師でも、それぞれの神様に御参りした後この神殿へ御参りに来るらしいし。
正直、ちょっと辟易としたけど、立ち並ぶ露店は楽しかった。法と商売の神だけあって、露店の数はかなり多かった。売ってる物も多種多様で、中には今戦争中のジャーキンから輸入されたという桃のような果物もあった。いいのか?大っぴらに売ってて。まぁ美味しかったけど。見た目通り、味は桃だった。ちょっと固かったけど。
ビンセントさんもダンテス焼きの屋台を出していた。かなり繁盛してたため、遠間から手を振るぐらいしか出来なかったけど。そう言えば、俺はもう奴隷じゃなくなったから、あの焼き串がいくら売れても分け前はもらえなくなったんだよな。ちょっと残念。
この神様の総本山は王都の近くにあるそうで、その賑わいはこの程度ではないらしい。広大な境内には露店どころか、雑技団のテントや見世物小屋、奴隷市まで出来るそうだ。気配察知が使い辛くなるから人混みは苦手だけど、そこまでの賑わいなら一度見に行ってみるのもいいかもな。
◇
御参りを終えてギルドにやって来た。
皆がお金を預ける手続きをしている間、俺は情報の収集だ。ほぼ専属受付になっているタマラさんとの談笑とも言う。というか、彼女以外の職員は俺を怖がって話が出来ない。いつまでこの状態が続くのやら。もしかしてジョーさんの呪いか?神殿でお祓いしてもらうべきだったか?
「そうねぇ。最近は盗賊の被害も出てないしぃ、海賊も出てないわねぇ。」
彼女の間延びして眠そうな喋り方は、慣れない人にはイライラするかもしれないが、俺はキャラが立ってていいと思う。関西人気質が残っているからそう感じるのかもしれん。味付けは薄目、キャラは濃いめ。それが関西人の好み。ただし粉モンを除く。どろソースは正義。
「戦争はどうなってるか分かる?あいつらも尖兵だったわけだし。」
「西部の戦線は膠着してるみたいよぉ。ダンテス様が敵を国境まで押し返したみたいぃ。今は国境の河を挟んで対峙してるそうよぉ。」
ふむ、村長も頑張ってるみたいだな。しかし河を挟んで対峙しているとなると、しばらくは膠着状態が続きそうだ。渡河作戦は難しいだろうしな。
「北部方面はあんまり良くないみたいぃ。相手の方がリュート海に慣れてるからぁ、撃退は出来ても侵攻は出来ないらしいわぁ。」
迎え撃つ事は出来ても攻め込む事が出来ないでいるって事だな。それなら陸から攻めて拠点を落とせばいいんじゃないかと思わないでもないけど、きっとそれが出来ない理由があるんだろう。魔境があるとか。
「ふーん、その情報っていつぐらいの話?馬や船だと10日以上かかるよね?」
「2日前よぉ。ギルドには通信の魔道具があるのぉ。魔石の消費が激しいからぁ、5日に一回の定期連絡と緊急事態にしか使えないけどねぇ。」
ほほう、そんな魔道具があるのか。そういえば塩の一件でもボーダーセッツと素早いやり取りをしてたな。あれもその魔道具のおかげか。
「凄いね、その魔道具!それって僕でも買える?」
「残念だけどそれは無理ねぇ。王家が生産を管理してるんだけどぉ、冒険者ギルドと上級貴族にしか販売されてないのよぉ。それにとっても高いのぉ。」
むぅ、残念。上級貴族というと領地持ちか。しかもかなり高価だとすると、実質伯爵以上じゃないと買えないって事だな。冒険者ランクを上げて子爵になっても、貧乏領地だと手も足も出ない。なかなかハードルが高いな、便利そうなのに。うぬぅ。
「終わりましたわ、ビート様。お待たせしました。」
そんな話をしていると、預け入れを終えたクリステラ達がやって来た。それじゃ帰るとしますか。正月早々、依頼を受ける気も無いし。
「それじゃ、タマラさん、また!」
「あぁ、待ってぇ、ビート君~。」
挨拶して帰ろうとしたら、タマラさんに呼び止められた。なんだろう、指名依頼か?
「実はぁ、そんなに急ぎじゃないんだけどぉ、受けてもらいたい依頼があるのぉ。指名依頼じゃないんだけどぉ、中級以上じゃないと受けられなくてぇ。いまこの街に居る中級冒険者はぁ、ビート君の外はアンナちゃん達だけなんだけどぉ、アンナちゃん達には向かない仕事なのよぉ。」
アンナさん達は主に護衛で星を稼いでいる。3つ星だ。調達はふたつ星、討伐も俺達との盗賊退治でやっとふたつ星になったと言っていた。そんな彼女達には頼めない依頼という事は、討伐系か?
「実はぁ、さっきの魔道具の話なんだけどぉ、最近緊急の通信が多くて魔石が心許無いのぉ。あの魔道具の魔石はぁ、最低でも半スー(約1.5cm)の大きさが無いと使えないからぁ、大森林の魔物じゃないと持ってないのよぉ。アンナちゃん達には頼めないしぃ、受けてもらえないかしらぁ?」
なるほど、討伐が必要な調達系依頼ということか。どちらも苦手なアンナさん達には難しい依頼だな。俺は討伐が4つ星だから、こういう依頼には向いている。これは俺が受けるべき依頼だろう。
それに、もし俺が受けなかったらアンナさん達がやらなくてはならない。慣れない依頼でアンナさん達に何かあったら、俺は後悔してもしきれない思いをするに違いない。この依頼は俺が受けなくちゃ駄目だ。
等とそれらしい理由をつけてみたが、実のところ既にかなり乗り気だったりする。なにしろ魔物討伐依頼だ。冒険者の本業と言ってもいい。ここしばらくは盗賊やら海賊やら軍人やら、人間退治の仕事ばかりでつまらないと思っていたのだ。俺は警官じゃねぇ。最後に魔物と戦ったのって、ウーちゃんの餌獲りだしな。大物は狩らなかったから、魔石もそんなに大きくなかったし。
それに皆の訓練にもなる。魔力操作からの身体強化を覚えたと言っても、まともに大森林の魔物と戦った経験があるのはクリステラだけだ。実際の戦闘でちゃんと使えるか確認しておきたい。いずれ奥地まで探検しに行くつもりだしな。大森林の魔物に慣れておくいい機会だ。
ルカとサマンサはまだ魔力操作を使えるようにはなってないけど、魔物との戦闘の雰囲気を知ってもらうだけでも勉強になるだろう。
「いいよ。それじゃ、詳しく依頼内容を教えてくれる?」
むふーっ、久しぶりの冒険者らしい依頼にワクワクが止まりません!
◇
依頼内容は魔石の調達。期限は来月中で、個数は10個以上。ただし魔石の大きさは半スー(1.5cm)以上に限る。報酬は出来高制で、魔石1個につき金貨7枚。ただし、1スーを超える物は1個大金貨2枚。魔石10個を納入した時点で依頼は完了だが、来月いっぱいは30個までを上限に買い取りを継続する。
以上が依頼の詳細だ。つまり、30個納入すれば完全達成って事だな。その場合の報酬は大金貨21枚以上だ。7人で依頼を受けても、ひとりあたり大金貨3枚以上になる。ひとりひと月で大金貨1.5枚以上、約150万円相当を稼げるわけだ。これは美味しい。
「指名依頼じゃないという所が狡いですわね。」
クリステラが依頼書の写しを見ながらこぼした。ほほう、流石クリステラ、そこに気付いたか。
場所は既に自宅のリビングに移っている。皆でテーブルを囲んで座り、ルカの淹れてくれた豆茶が全員の前に置かれている。ウーちゃんだけは残念ながら床の上で水だが。
「どういうことかみゃ?」
「そもそもこの依頼、中級向けではなくて上級向けですわ。」
冒険者ギルドの依頼には、難易度の目安としてランク付けがされている。初級・中級・上級の3段階だ。しかし、これは目安であって制限ではない。初級冒険者が上級依頼を受ける事も、上級冒険者が初級依頼を受ける事もできるのだ。もし上級冒険者が上級の依頼しか受けられないとなると、数の少ない上級依頼が無くなった途端、上級冒険者が街から居なくなってしまう。仕事が無ければ生活できないのだから当然だ。ただ初級依頼は報酬も安いので、上級冒険者が手を出す事は少ない。
そして、この依頼書の写しにも上級のハンコが押されている。つまり、中級冒険者向けではないという事だ。大森林の魔物は、英雄と言われている村長でも梃子摺るくらいだからな。中級な訳が無い。そんな事は承知の上だ。
「指名依頼はギルドの判断で出されますわ。つまり、その依頼を確実にこなせる実力があるとギルドが判断したという事ですの。」
指名依頼で失敗されると、ギルドは管理能力の欠如を疑われてしまう。冒険者の力量を把握しきれていないと看做されてしまうのだ。そうなると管理職は査定の対象になり、良くて減俸、悪ければ左遷も有り得る。タマラさんは受付だから影響はないだろうが、イメルダさんは査定対象になるだろう。
思えば、駆け出しの俺にいくつも指名依頼をしてきたイメルダさんは、なかなかの肝の太さだと言える。まぁ、どの依頼もかなり緊急だったから、藁にも縋る思いだったんだろう。実際、塩の時にそう言ってたしな。
今回はかなり難易度の高い依頼で、緊急性は低い。並の中級冒険者では失敗の可能性が高い内容だ。だから通常依頼なのだ。失敗してもギルドが責任を取らなくて済むように。ギルド側の保身だな。
これを卑怯だと言うつもりは無い。なにしろ、この依頼の発注元はおそらく王家だ。通信の魔道具に関する一切を握っているのが王家なのだから間違いない。冒険者ギルドは国家組織だから、国家の最上層である王家からの通達は絶対だ。人手が無くてもこの依頼は引き受けざるを得ない。それでギルド側の取った精一杯の保身策が、この通常依頼だったというわけだ。お役所も苦労してるんだな。
そこまで説明すると、クリステラ以外の皆は目を丸くして俺を見つめてきた。クリステラはフフンという感じで偉そうにしている。どうしたんだ?
「たった一枚の依頼書からそこまで読み取れるものなんですか…。」
「アタイ、頭は良くないけど、坊ちゃんが賢い事は分かったぜ。」
「アタシは難しくてよく分からなかったみゃ!ボスは難しい事知ってて凄いみゃ!」
「…やっぱり若で正解。」
「おほほほっ!当然ですわ!なぜならビート様ですから!!」
あ、しまった、俺まだ7歳、いや8歳になったばっかりだった。ちょっとは子供らしくしとかないと。もう手遅れかもしれないけど。
「じゃ、じゃあ、3が日はゆっくり休んで、2~3日身体をほぐしたら調達に行こうか。」
慌てて誤魔化すが、誤魔化されてくれてないんだろうなぁ。
子供らしさってどんな感じだったっけ?オッサンには遠い過去過ぎて思い出せませぬ。カムバーック!マイメモリー!
え?上書き消去されてる?そうですか。これだからデジタルは!








