第81話~戦略の崩壊~
「なにっ!陽動部隊が壊滅、炎陣殿が捕らえられた!?」
そんな馬鹿な、あのロレンス先生がむざむざと敵の捕虜になるなんて!
先生の剣は帝国でも一・二を競う腕前で、その上高い攻撃力を持つ火魔法の使い手だ。その炎を纏った剣技がまるで演武のように美しいという事から炎の殺陣、『炎陣』のふたつ名を陛下から直々に与えられた程の武人だ。僕の剣の先生でもある。
軍略にも通じていて、今回の侵攻作戦でも陽動部隊の重要性を理解し、地味な役回りを自ら志願してくれた程だ。数年後には大将軍間違いなしの、まさに文武両道、僕がこの世界で唯一尊敬している人だ。
その先生が為す術もなく圧倒されたなんて信じられない!
最近ようやく板について来た、精一杯の偉そうな態度で報告の兵に続きを促す。
「許す、詳しく話せ。」
「はっ、帰還した残存兵の報告によりますと、敵は夜陰に乗じて武器弾薬をほぼ全て奪取。おそらくその際、子爵閣下も寝込みを襲われて捕らえられたものと思われます。その夜明けに強襲を受け、指揮官不在の我が軍は為す術もなく蹴散らされたとの事です。」
「なんと!銃と弾薬まで奪われたじゃと!?それも全部か!?」
僕の右に座っていた初老の右将軍が椅子から立ち上がって驚いている。無理もない、今回の作戦では陽動部隊に火力の高さを示してもらう必要があった。そのために虎の子の銃を、総数の約半分も預けていたのだ。それが丸ごと奪取されたとなると、こちらの兵力的な優位が無くなってしまう。大誤算だ。
先生なら、最悪でも銃を破壊、あるいは全ての弾薬を処分して銃を只の棒同然に出来るはずだった。それを全て奪われる事になるとは、敵方には相当の手練れが居るみたいだな。
「してやられたわい、流石は旋風ダンテスと言ったところかの。これでクーデターまで失敗しておったら目も当てられんところじゃったわい。」
右将軍が自慢の白く長い顎髭を撫でながら椅子に座り込む。長テーブルの向こうで一礼した兵が去っていく。
そうだ、まだ終わりじゃない。この作戦は、王国の馬鹿王子がクーデターを起こした時点で成功したも同然だ。すぐに停戦命令が出て捕虜と武器は返還される。僕らの勝ちは揺るがない。
ここは帝都テイルロードの中心、帝城の外郭にある戦略閣議の間だ。帝国の武力行使に関する決議の一切はこの部屋で決定される。だから、この部屋に入る者は決して醜態を晒せない。常に冷静沈着な態度が要求される。しかし、今回の報告はその心構えをしていても、衝撃が大きかった。
それにしても王国の英雄ダンテス、聞いていた以上に出来る男みたいだな。ボーダーセッツ周辺を荒らすように命じていた傭兵団を潰してくれたのもこいつだったはず。辺境で開拓村の村長をしていたと報告にあったけど、まだまだ現役で通用するみたいだ。
「王国に兵無しと聞いていたが、彼奴はやるようだな。王国攻略の最大の障害になるやもしれん。」
「御意。悪い芽は早めに摘むに限ります。」
それまで沈黙していた、僕の左側に座る左将軍が口を開く。叩き上げの右将軍と違って、左将軍は暗部、つまり諜報出身だ。40代で将軍職に就けたのも、その根回しと裏工作の手腕によるものだと言われている。良くない噂もあるけど証拠もないし、今のところ僕に害があるような事はしていないみたいなので傍に置いている。ちょっと怖いけど、多分大丈夫だと思う。
「左将軍、何か策はあるか?」
「残念ながら今は何も。只今手の者を使って身辺を探らせております。追って知らせが入り次第…。」
そこにひとりのローブを着た男?がやってきて、左将軍に何やら耳打ちする。
「…何?…そうか、わかった。下がれ。殿下、悪い知らせにございます。王国南部に派遣していた海賊と傭兵が捕らえられました。」
「ふむ、所詮食い詰め者とノランの蛮人、調子に乗って引き際を見誤ったか。」
「おそらくは。どちらも冒険者を名乗るならず者に敗れたようにございます。」
後方攪乱と流通の破壊。戦争だと常套手段なんだけど、今回は兵の質が悪かったかな。まぁ、どうせ使い捨てだと思ってた奴らだ。大して痛くはない。
「それと、セントラルの草より緊急通信にございます。『王子死亡、革命失敗』と。』
「「なに!?」」
右将軍も僕も驚いて声を上げる。意味が分からない!クーデターは成功し、敵対分子は全て排除されたはずだ。協力者の内部工作も万全だったはず。それが何故!?
「どういうことじゃ、詳しく申せ!」
右将軍がテーブルに両手を突いて身を乗り出し、左将軍に詰め寄る。今回の作戦の成否を決定する部分だ。その重要さは海賊等の比ではない。
「詳細は未だ不明にございますが、王子死亡は間違いないようです。田舎娘も捕らえられて地下牢へ、その親へは捕縛命令が出たそうにございます。草と協力者は安全の為、この報告の後しばらく活動を控えるそうにございます。」
「な、何という事じゃ…。」
右将軍が力なく椅子に沈み込む。
やられた。9割勝っていた勝負の盤面をひっくり返された。しかも的確過ぎる程のピンポイントでこちらの急所を突かれてしまった。
油断はしていなかった。そのための宮中工作であり、協力者だったから。もはや王都に敵はいないはずだった。忌々しい程堅牢なあの城は、馬鹿王子にとっても安全な防壁だったはずなのに、それなのに!一体誰が?どうやって?
「殿下!急報にございます!」
伝令兵がドアを勢いよく開いて飛び込んでくる。またか!これ以上何があるっていうんだ!
「…申せ。」
「はっ!セントラルへ向かっていた本隊が王国軍の襲撃を受け輜重隊を損失、武器弾薬と食料のほとんどを強奪された模様です!進軍不可能と判断した大将軍は撤退を決定し、現在退却中との事にございます!」
「っ!?何故だ!輜重隊には護衛の精鋭騎馬隊を就けていたはずだ!それが何故!?」
「それが、王国兵は銃を使用したそうにございます。騎馬隊はその砲火の前に為すすべなく…。」
「銃!とするとダンテスか!ええい、奪った我らの武器を使ってくるとは、何と忌々しい奴じゃ!!」
右将軍が両手の拳をテーブルに叩きつける。
鹵獲した銃を即座に戦術に組み込んでくるとは、軍略家としても一流ということか。手強いな。それにしても、騎馬に銃を充ててくるとは、まるで長篠の戦い…まさか!?
「右将軍、1万の兵を率いて撤退の援護にあたれ。左将軍は王国の情報収集をこれまで以上に強化せよ。特にダンテス・ワイズマンの動きには注意しろ。」
「「ははっ!」」
「ダンテス・ワイズマン…今回は勝ちを譲ってやる。しかし二度目はないぞ。」
もっと早く気付くべきだった。ダンジョン攻略に辺境の開拓、銃の的確な運用。前世の記憶持ちならやりそうな事ばかりじゃないか。僕がそうであったように。そしておそらく王子の殺害も…。
ダンテス・ワイズマン、ジャーキン帝国皇太子クロイス・サン・テイルロードは君を不倶戴天の敵と看做す。同じ転生者か転移者かは知らないけど、僕の邪魔をする奴は許さない。絶対に。








