第77話~早目早目の対策が効果的です~
村長達王国軍がジャーキン軍を散々に蹴散らす様を眼下に見ながら、俺とアーニャは王都への帰路に就いた。あの様子なら心配なさそうだ。
こっちはこっちで、任された仕事を済ませるとしよう。その内容はクーデターの阻止、すなわち第2王子ブランドンの排除とアンジェリカの捕獲だ。
◇
来た時のルートをほぼ逆行し、王都へと帰り着いたのは昼前だった。
たった1日空けただけなのに、王都の様子はガラッと変わっていた。いや、俺にとってはいつもの風景と言うべきか。街の通りに人影は少なく、ゴーストタウンのようになっている。俺が行く街はこんなのばっかりだ。
時折、揃いの鎧を着た兵士が周囲を威嚇する様に隊列を組んで通っていく。アレが第2騎士団か?どうやら戒厳令のようなものが発令されてるみたいだな。
目を付けられないように、物陰に隠れながら宿へと向かう。俺はもちろん、ネコ系獣人のアーニャもその辺は得意だ。気配察知も駆使して、裏通りと暗がりを縫うように移動し、無事に宿へと帰り着く。
宿の周囲に変な気配などは無い。まだ俺に対する追及の手は伸びていないようだ。先ずはひと安心。
「ただいグフゥ!?」
宿の最上階のスイートの扉を開け、帰還の挨拶をしながら部屋に入ろうとしたところ、飛びついてきたクリステラのタックルを食らった俺のセリフだ。頭がモロに鳩尾に入った。無事帰還したことで油断してたから、避けられなかった。
「ああっ、ビート様!ビート様!!よくぞ御無事でっ!!」
「ぐぅ、クリステラ、わかった、わかったから!ギブ、ギブ!」
そのまま仰向けに押し倒され、腰のあたりにベアハッグをされながら鳩尾に頭をグリグリ押し付けられる。これは効く。クリステラの肩をタップするが、一向に離れる気配が無い。意識が飛びそう。
「クリステラさん、ビート様が苦しがってますよ。少し手を緩めて下さいな。」
「…はっ!わ、わたくしとした事が!も、申し訳ありません、ビート様!」
ようやく手を放してくれた。まぁ、いつも通りのクリステラだ。特に心配する事もなかったか。
それからキッカ、ルカにも帰還のハグをされたが、ルカのハグでまた死にかけた。身長差のせいで頭が丁度胸の谷間に嵌ってしまい、パフパフ状態になってしまったのだ。なんというラッキースケベ!しかし、そのまま抱きしめられたので呼吸も身動きも取れず、苦しいやら気持ちいいやら。まさか胸に溺れて死にかけるとは思わなかった。
◇
「まあっ!まさかそんな事が起こっていたなんて!」
ようやく落ち着いて話せるという事で、皆に現状の説明をしたところだ。王都組の話も聞いた。
昨日の朝早く、騎士たちが国王と王太子の崩御を王都中に触れて回ったそうだ。あまりに突然の話だったため、王都は騒然となったそうだ。その混乱による治安悪化を防ぐという名目で、騎士団の連中が王都を巡回しているのだという。
てか、ブランドンは既に国王と王太子を手に掛けてしまったのか。もう後には引けないな。
「僕としては王様が誰だろうとどうでもいいんだけど、問題はジャーキンなんだよね。事が一段落したら、絶対報復されるから。」
「ではどうなさいますの?エンデに逃亡します?」
ああ、そういう選択肢もあったか。王国では英雄の村長と魔法使いの俺やクリステラ達。亡命を受け入れる可能性は十分あるな。でも、それは問題の先送りでしかない。ジャーキンは大陸全土を支配するつもりだし、エンデもいずれ侵略されるだろう。そうなればまた逃亡だ。逃亡に次ぐ逃亡の果てに幸せがあるとはとても思えない。第一、俺はこの人生は自由に生きると決めたのだ。それを脅かす者を許す事は出来ない。逃げちゃ駄目だ。
「いや、クーデターを更にひっくり返す。そうしないといつまでも逃げ続けなきゃいけなくなるからね。」
「そ、それは王族を手に掛けるっちゅう事かいな。無茶しよんな。」
キッカが心配そうだ。謀反人とは言え、血筋は歴とした王族であるブランドンを手に掛けると宣言したのだ、ビビるのも無理はない。それが普通の反応だ。キッカは意外に常識人だからな。お金と商売の事以外は。
「しょうがないよ、僕は僕と皆の生活が大事だからね。王家だろうが帝国だろうが、障害になるなら排除するまでだよ。」
早期にブランドンを排除できれば、このクーデターは失敗に終わる。多少の混乱はあるだろうが、それは今更だ。クーデター直後のこの混乱に比べれば些細な事でしかない。小火は燃え広がらないうちに消す。火元を狙って。火事は初期消火が大事です。
俺の決意を聞いて、皆の目から不安が消えた。うむ、リーダーがどっしりと構えて方向を決めないと、部下は不安になってついてこられないからな。
「それで、これから具体的にどうしますの?王城に潜入します?」
「いや、ここで全部片付けるよ。わざわざ危険を冒す必要なんてないからね。」
「「「は?」」」
クリステラとルカ、キッカは疑問の声を上げる。いやいや、潜入なんかしたら顔を見られるかもしれないじゃん?もし素性を知られて王族や貴族に目を付けられたら、厄介な事になるのは火を見るより明らかだ。あくまで事は秘密裏に。
唯一声を上げなかったアーニャだが、案の定お昼寝中だった。相変わらずよく寝る娘だ。ああ、寝子だったな、そう言えば。
◇
「ここ?」
「ええ、そうですわ。その正面の大扉の奥が謁見の間で、その奥の緞帳の裏に国王陛下の控室がありますの。」
クリステラに案内してもらいながらカメラを動かす。クリステラは元侯爵令嬢だけあって、王城にも何度か登城の経験があった。その経験を活かして案内をしてもらっているのだ。ふたりでモニターを覗き込みながら。
俺達が居る場所は宿のスイートの一室、リビングの様にソファの置かれた一角だ。この宿はギリギリ王城まで2km圏内にある。俺が平面を操れる限界距離である2km圏内だ。つまり、ここから平面を操って全てを終わらせようというわけだ。これなら、もし王城で騒ぎがあったとしても俺達に嫌疑が掛かる事は無い。先程もルームサービスを呼んで簡単な軽食とお茶を持ってきてもらったから、アリバイも完璧。安全対策はばっちりだ。
カメラを進めると、太い柱が並んだ大きな広間の先に7~8段くらいの階段があり、その上に豪華な椅子が一脚置かれていた。所謂玉座って奴か、初めて見た。入口の大扉からその玉座まで、金の装飾で縁どりされた赤い絨毯が真っ直ぐに続いている。本物のレッドカーペットだ。
「ブランドンが居ますわね。アンジェも。」
玉座にはひとりの男が座っている。金髪長髪でややツリ目、体つきは少し大柄で良い肉付きをしている。それなりに鍛えているんだろう。まあまあのイケメンと言っていいかもしれない。ギリギリのラインだが。
豪華な金糸の刺繍の入った白い軍服っぽい服を着ているが、少々若い事もあって威厳は無い。服に着られている感たっぷりだ。こいつがブランドンか。
その左後ろに立っている若い女がアンジェリータのようだ。
ややウェーブのかかった金髪を肩の下あたりまで伸ばしている。少々小柄で少し丸顔、ややタレ気味の目という事で、全体的には純朴な田舎少女っぽい印象を受ける。ギリギリ美少女と言ってもいいかもしれない。
しかし、その眼には周囲の反応を伺うような小狡い光が宿っている。キャラを作っている事が見え見えだ。人生経験の浅い若造なら簡単に誑かされてしまうだろうが、俺には『キャバクラで働き始めたばかりの田舎出身の勘違い少女』にしか見えない。典型的な小悪党だな。良い様に使われて、最後はキリ捨てられるタイプ。
「……という状況です。既に停戦命令の使者は北部方面と西部方面へ送り出しておりますので、3日程で終戦協定を結ぶ手筈となっております。報告は以上です。」
「うむ、ご苦労。下がって良い。」
「はっ。」
ブランドンになにやら報告をしていた若い騎士が立ち上がり、謁見の間の横にある出入り口から出ていく。ブランドンに背を向けた瞬間、忌々し気な表情を浮かべていたのを俺は見逃さない。これがブランドンに向けられたものなのか、アンジェリカに向けられたものなのか、それとも両方なのか。クーデター政権も一枚岩ではなさそうだ。
騎士が出ていくと、謁見の間にはブランドンとアンジェリータだけになった。
「…フッ、フフフッ、フハハハハハッ!」
おおう、いきなり三段笑いですか。しかし残念ながら、全然身についてない。どこの雑魚キャラかって感じだな。
「まぁ、どうなされましたの、殿下?いえ、陛下?」
「アンジェ、今この国を動かしているのは誰だ?」
「それは当然陛下ですわ。この国でもっとも優秀で、歴代で最も偉大な国王ですわ。」
ありゃりゃ、何か痛い事言い出したよ。のぞき見してる俺が言えた義理じゃないけど、ちょっとは恥ずかしいとか思わないのかね? それに、このレベルの低い追従。全く心が籠ってない、うわべだけのおべんちゃらって言うのが丸わかりなんだけど。最初に殿下から陛下に言い直したのも計算しての事だろうけど、こんな低レベルの唆しでクーデターとか起こしちゃったわけ?おつむの程度が低すぎ。馬鹿な上役を持つと下が苦労するんだよね。こんなのが国王とか、民衆が不幸過ぎる。
「そうだ、俺が最も有能なのだ!俺こそ王にふさわしい!古い因習はもう必要ない!俺が新しい王国の歴史を作っていくのだ!」
「素晴らしいですわ陛下。ワタクシも微力ながらお手伝いさせていただきます。」
「うむ、これからもよろしく頼むぞ、アンジェ。」
そのまま玉座のブランドンと傍らのアンジェリータは顔を近づけて口づけをする。
なんていうか、これはもうダメだ。色々と手遅れだ。ここまで馬鹿を拗らせた奴を見るのは初めてかもしれない。
馬鹿には主に2種類あると俺は思っている。自分が馬鹿だと知っている馬鹿と、自分を利口だと思っている馬鹿だ。
前者は良いのだ。利口になるように努力したり、自分の領分をわきまえて一歩引いたりするのでとても好ましい。こちらも出来る限り手助けをしたくなる、かわいい馬鹿だ。関西弁でいう所の『アホ』という奴かな。皆が可愛がってくれる。
だが後者はダメだ。自分を優秀だと思っているから、周りの迷惑も顧みずに勝手な事ばかりする。しかも馬鹿だから、やることなす事的外れなのだ。はっきり言って害悪でしかない。こちらは関西弁でも『バカ』だな。皆からつまはじきにされるタイプだ。
そしてこのブランドンは紛う事無き後者だ。いくら悪女に誑かされてると言っても、こんなのが国王じゃ確実に国が亡ぶ。1秒でも早く排除しなければ。
「クリステラ、コレ殺っちゃっていい?もう手遅れだ。」
「もちろんですわ。こんなのと婚約者だったなんて、わたくしの人生最大の汚点ですわ!早く始末して下さいまし!」
クリステラも遠慮が無い。『愛情は無いにしても多少の感傷くらいはあるかも?』とか思っていたのだが、隣でモニターを見つめるクリステラの顔には、本気で汚物を見るような表情しか浮かんでなかった。ちょっとだけこんなのが哀れに思えた。ほんのちょっとだけ。
長い口づけを交わしたふたりが、その余韻を味わうように微笑みながら見つめ合っている。ほんのちょっと感じた哀れさの分、ブランドンには慈悲を与えてやろう。
鋭く素早く平面を動かし、ブランドンの首を刈り取る。痛みはほぼ無かったはずだ。幸せの余韻を抱いたまま逝け。
ブランドンの首筋に赤い線が横一文字に走り、笑顔のまま首がコロンと転がり落ちる。
「…え?」
間抜けな声を上げたアンジェリータの顔に、ブランドンの首から噴き出た血しぶきが盛大に降りかかる。
「きっ、きゃあぁーっ!??」
上半身を真っ赤にしてアンジェリータが叫ぶ。それを聞きつけた騎士達が謁見の間に駆け付け、玉座の惨状を目にする。騎士の先頭は先程報告していた男だ。そこそこの地位にあるっぽい。
「なっ、陛下!?」
「アンジェリータ様、これはいったいどういうことですか!? 誰が陛下を!?」
「し、知らないわ!急に陛下の首が!」
「しかし、この謁見の間には貴女と陛下しか居られなかった!つまり、陛下を殺害出来たのは貴女だけだ!」
必死に弁明するアンジェリータと、それに詰め寄る騎士達。一瞬騎士達が悪い顔で目くばせしているのが見えた。どうやら売女も馬鹿も、両方とも嫌われていたらしい。
「違う、アタシじゃない!アタシじゃない!」
「詳しい話は詰め所で聞かせてもらう!この女を連行しろ!」
アンジェリータの口調が変わっている。こっちが素か。やっぱキャラを作ってたんだな。ギャンギャン喚きながら、騎士たちに腕を固められて連行されていった。
「ソレを片付けたら誰か公爵閣下をお連れしろ!もう正当な王家の血を引く方は閣下しか居られん!閣下には次期国王陛下となって頂かねばならん!」
王の血統がこれで途絶えたかと思ったが、どうやら公爵(前国王の弟)が居たようだ。これで一件落着だな。ジャーキンの策略もここまでだ。
しかし、仮にも王族の遺体をソレ扱いとは。相当嫌われてたみたいだな、アレ。
同情なんてしないけど。








