第75話~神出鬼没の大泥棒、それがこの俺!なんつって!~
作戦は簡単だ。
ジャーキン軍の後方約1kmにある、ちょっとした丘陵地から穴を掘り、天幕の下まで繋げる。地下から運び出してしまおうというわけだ。定番だな。
ここで男のロマン、平面製のドリルが大活躍!と言いたいところだったが、ドリルは掘削音が大きすぎて気付かれる危険があったので諦めた。男のロマンは時に無力だ。
普通に極薄平面で切り込みを入れるように掘り出し、出た土砂は適当に積み上げる。ちょっとした小山になったが、元々丘陵地なので目立たない。
平面魔法の優秀さに疑念の余地は無いが、それでも1kmものトンネルを掘るにはそれなりの時間が必要だった。4つの天幕の下まで穴を掘り終えた頃には、太陽は大分西に傾いていた。
ここからはちょっとタイミングを計らなければならない。おそらく夕方頃に見張りの交代がある。その時に点検があるかもしれない。運び出すのはその直後だ。次の交代は朝だろうから、それまで発覚を遅らせることが出来る。
待ち時間の間に、誰か偉そうな奴が居ないかチェックしておこう。お話を聞かないといけないからな。もしかしたら、肉体的な痛みを伴うかもしれないお話。悲しいけど、これってs(以下略)。
銃弾の保管されている天幕のほど近くに、如何にもな天幕があった。周囲の天幕よりひと回り大きく、やはり入り口に見張りがふたり就いている。将官、もしかしたら司令官の天幕かもしれない。
カメラと集音平面を送り込むと、黒髪をオールバックにした30代後半と思われる偉丈夫がモニター平面に映し出された。綺麗に整えられた口髭がダンディだ。
む、黒髪という事は転移者か!?と一瞬思ったのだが、顔立ちはヨーロッパ風というか、ラテン系だ。日本人じゃない。いや、転移者や転生者が日本人とは限らないか。確率的には中国人やインド人が一番有り得るわけだし、ラテン系の転移者が居てもおかしくない。先入観はナシだ。
男は毛皮の上に座り、文机で何やら執筆中のようだ。インク壺と羽根ペン。カメラを寄せると『食料と水の確保が困難である』とか、『戦線は予定通り膠着状態にある』とか書かれてる。割と達者な筆運びだ。どうやら報告書のようだな。やはり将官クラスらしい。とりあえずこの報告書はテクスチャ化して保存しておこう。
書き終わった報告書を丸め、傍らの燭台で炙った蜜蝋で封をし、左手中指の指輪を抜いて押し当てる。封蝋ってやつだ。初めて見た。
涼し気な音色のベルを数度鳴らすと、表の兵士のひとりが入ってきた。
≪お呼びですか、閣下。≫
≪ああ、報告書だ。本国へ頼む。≫
≪はっ!かしこまりました!≫
30代前半と思しき兵士は、居住まいを正して敬礼した後、報告書を恭しく両手で受け取って天幕から出ていった。今『閣下』って言ったな。もしかしてジャーキンの貴族か?だとすると重要な情報を握ってる可能性がある。これは是非ともお招きしてお話を聞かねば。
一瞬報告書を奪おうか迷ったが、特に問題無しと判断して放っておく事にした。重要な情報は本人に聞けばいいしな。
◇
予想通り、夕方になって見張りの兵士が交代をした。ただし、簡単な申し送りはしていたが点検は無いようだ。取り越し苦労だったな。
天幕の床に穴を空けて、銃と弾薬を運び出す。平面に載せて軽々輸送だ。まるで見えないベルトコンベアのようだな。我が事ながら不思議な能力だ。
輸送開始の時に気付いたのだが、この銃、元込め式のカートリッジ方式だった。単発だが前込め式ですらないとは、ちょっと進化の仕方がおかしい。色々すっ飛ばし過ぎてる。やはり転生者か転移者が居るのは間違いないようだ。メンドクサイ事になりそうだな。
運び出した銃と弾薬は、取り敢えず岩にカムフラージュした平面で囲んで隠しておく。次はお客さんを迎えに行かなければならないからな。
◇
「こんにちは。いや、もうこんばんはかな?」
天幕の入り口から堂々と現れた俺を見て、その将官は驚いた表情を見せつつも、傍らの片手剣を素早く手に取った。ふむ、なかなかの動きだ。そこそこ鍛えてるっぽい。ってか、その剣の拵えって、もしかして?
「…今日は来客の予定は無かったと思うんだが、どちら様かな?」
油断なく剣の柄に右手を添えながら、それでも余裕を持って質問してくる。しかし、俺が子供だからといって油断している様子も無い。文官上がりじゃないな、生粋の武官だ。それなりの場数を踏んでるっぽい。
「確かに訪問の予定は伝えてなかったかな?でも、今日は訪問じゃなくてお招きに伺ったんで。どうです?ちょっと海辺の街まで観光でも。」
「…ふん、表にうちの者が居たはずだが?彼らはどうした?」
俄かに殺気が膨れ上がる。ほほう、思いの外、部下思いのようだ。いい上官だな。今まで会ったジャーキンの関係者は碌な奴が居なかったけど、こいつはなかなか筋が通ってそうだ。好印象。でも敵だけど。
「器用な人達だね、立ったまま寝てたよ。疲れてるのかもね。ちょっと働かせすぎなんじゃない?」
もちろん俺が寝かしつけたんだけど。物理的に。平面で支えてるから、遠目にはちゃんと仕事してるように見えるはず。
それを聞いた将官は、口元に微かな笑みを浮かべる。なかなかニヒルな表情だ。
「そうだな、明日から人数を増やして、負担を減らすように命令しておこう。」
「そうだね、でもその命令は観光から帰ってから出してほしいかな?」
将官は会話しながらもジリジリと文机から横へ移動している。飛び越える分の隙を作りたくないんだろう。俺は入り口の前に立ったままだ。まだ剣の間合いには入っていない。
「招待を受けるにも、俺はまだそちらの名前を聞いていないんだが、何処のどちら様かな?」
既に俺と将官の間に障害物は無い。剣の間合いまであと数歩だ。俺の間合いには更にもう一歩。
「これは失礼。僕は王国の南、ドルトンの街の冒険者、ビートだよ。」
「そうか、俺はジャーキン神聖帝国第3師団第2大隊長、ロレンス・クレイ子爵だっ!」
名乗りと共に間合いを詰めて来る子爵。なかなか速い。
だが、あと一歩で剣の間合い、というところで、柄を握っていた右手を離し、俺に向かって手を広げる。
「炎よ!」
その手からソフトボール大の火の玉が放たれ、俺の顔面へと迫る。おお、これが火の魔法か!
子爵は右手を剣の柄に戻し、そのまま抜き打ちに俺の胴を薙ぎに来た。火の玉は当たっても当たらなくてもいい目くらまし、本命は抜き打ちか。なかなかいい連携だ。魔法と剣技の組み合わせのお手本みたいな見事さだな。迷いも無い。殺る気満々だ。
ぺしっ。
ギイィンッ!
「何っ!?」
子爵の目が驚きで見開かれる。別に変わった事をしたわけじゃない。
子爵が魔法を使える事は、気配察知でわかっていた。全身を濃い赤の魔力が包んでいたからな。その魔力が徐々に右手に集まっていたから、そこから魔法が飛んでくるのだろうと予測していたのだ。
だから、予想通り飛んできた火の玉を平面でコーティングした左手で払い、刀は右手で抜いた鉈で受け止めた。それだけだ。
そして、そう、刀だ。拵えと細さからそうじゃないかと思ったが、こうして刀身を見れば間違えようが無い。刃渡り80cm弱の、緩やかな反りを持つ日本刀だ。
これは決定的だな、ジャーキンの背後に日本人がいる。それも、おそらく20世紀以降の知識を持つ日本人が。
必殺の連携があっさり防がれた子爵は一瞬の驚愕の後、すぐさま後ろへバックステップして間合いを離そうとする。仕切り直したいんだろうが、しかし、その動きは悪手だ。
俺は鉈を戻しつつ、バックステップで下がる子爵以上の速さでダッシュし、子爵の足が地面に着くその瞬間、その両足首を掴んで引き倒す。
「うがっ!?」
受け身を取る事も出来ずに、派手に後頭部を地面に打ち付けた子爵は、あっさりと意識を手放して大の字に伸びてしまった。ピクリとも動かない。
…死んでないよな?
◇
「うぐ…むぅ…。」
「あ、気が付いたみたいだよ、村長。」
「そうか、では始めるとしよう。」
クレイ子爵は木製の椅子に座らされ、両足首と胴をその椅子に括り付けられている。両手も後ろ手に縛られ、首から上以外は自由に動かせない状態だ。
場所は例のスイートだ。これから村長と子爵の会談…まぁ、取り繕う意味も無いからぶっちゃけてしまうと、尋問が始まる。拷問になるかどうかは子爵次第だ。
「まず最初に言っておく。魔法は封じさせてもらった。」
子爵の首には革製の首輪が嵌っている。これが魔道具のひとつで『魔封じの首輪』だそうだ。まんまやな。この首輪を着けられると魔力を上手く操れなくなり、魔法が使えなくなるそうだ。ただし外そうと思えば自分で外せてしまうため、拘束した状態でないと意味が無いのだとか。微妙に使い勝手が悪いな。
「初めまして、かな。オレはウエストミッドランド王国北部方面防衛軍臨時司令官、ダンテス・ワイズマンだ。ああ、自己紹介は要らん。ジャーキン神聖帝国の『炎陣ロレンス』殿であろう?」
子爵を連れ帰って村長に引き渡し、子爵の名前を告げたところ、村長に大そう驚かれた。どうやらこの子爵、かなりの有名人だったらしい。
なんでも高レベルで知られるジャーキンの武術大会で、出場すれば常に優勝争いに絡む剣豪なのだとか。近年は年齢を理由に出場していないが、優勝回数では歴代トップとの事だった。王国が要注意としてリストアップしている人物のひとりだそうだ。
「ああ、初めまして『旋風』殿。このような恰好で失礼だとは思うが、そこのせっかちな子供に着替える間もなく連れてこられたものでね。ご容赦願いたい。」
俺は肩を軽く竦めて受け流す。そんな嫌味よりも目の前の美味の方が大事だ。
俺は、いや、俺とアーニャは食事中だ。時刻は既に夜中なのだが、俺はずっと働いていたから食事出来なかった。アーニャも俺の帰りをずっと待っていたとかで、食事はまだだった。食いしん坊なのに無理すんなよな。ちょっと嬉しかったけど。
そんなわけで、子爵が起きるのを待つ間に夕食、いやもう晩飯か、を摂る事にしたのだ。せっかくなので、この大きな宿の食事を、村長のおごりで。
「さて、不本意な初顔合わせで申し訳ないと思うが、子爵殿にはいろいろとお聞きしたい事があるのだが、よろしいかな?」
「ああ、何でも聞きたまえよ。ただし、答えるとは思わないでほしいがね。」
ふむ、やはりな。こういう武人タイプは痛みに強いし、拷問は効果が薄い。なかなか面倒な事になりそうだ。
「こちらとしては素直に答えてほしいのだが…やむをえん、舌の滑りが良くなるように、少々説得させてもらうか。」
村長が脅すが、子爵は眉毛すらピクリとも動かさない。相当の自信があるようだ。村長がこちらを見る。あ、やな予感。
「これは厄介そうだ。ビート、何か良い案は無いか?」
むう、やっぱり。まぁ、手が無いわけじゃないけども。塩とニンニク、唐辛子の利いた魚介パスタを食べながら答える。このパスタうめぇ。帰ったらルカに作ってもらおうっと。
「優しくて時間がかかるのと、エグくて早いのと、どっちがいい?」
「ふむ、出来れば早い方が良いが…ちなみに優しい方はどんな手だ?」
「小動物を使うんだよ。」
「小動物?」
村長が不思議そうに俺に訊ねる。そして子爵が小さく身じろぎしたのを俺は見逃さない。
「うん、ずばり、その人は動物好きだよ。それも小さくて弱い生き物に庇護欲をそそられるタイプ。」
「なな、なにをそんな、こっ、根拠のない事を!?」
焦った声で子爵が否定するが、俺にはお見通しだ。
「子爵の根付(財布に付ける飾り兼落下防止の小物)、随分可愛いね?それ仔狗?」
皆の、いや、食事に夢中のアーニャ以外の視線が子爵の腰の根付に注がれる。可愛い2匹の子供の狼がじゃれてる構図の根付だ。
「こっ、これはっ、貰い物…そう、貰い物だ!だから仕方なく…」
子爵が身体をひねって隠そうとするが、椅子に縛り付けられているためにどうにもならない。奇妙な踊りを踊っているだけだ。MPは減らない。
「文机のインク壺、あれは仔ウサギだったよね。4羽の仔ウサギが壺の中を覗き込んでるの。それに衣装行李の中に入ってたハンカチの刺繍も仔狗だったよね。その行李の奥に頭が出てたのは小熊の…」
「やめろぉーっ!!」
子爵が大声で叫んだ。まだ途中なのに。
「頼む…なんでも話す…だからもうやめてくれ…。」
子爵がポロポロと涙を流しながら許しを請う。あれ、いじめ過ぎちゃったかな?っていうか、まだ拷問もとい、尋問を始めてもいないんだけど?
「武人のプライドがズタズタだみゃ。」
「うむ。これは酷い。」
黙々とご飯を食べていたアーニャがボソッと言う。一応ちゃんと聞いてたのね。そして村長が引いている。むう、俺が悪いのか?
「優しい方でこれか…ちなみに、エグイ方はどんな内容だったんだ?」
「えーとね…。」
村長の耳元でボソボソと内容を話す。聞き終わった村長は顔を青くして半歩身を引いた。
「そ、それは人としてどうなんだ?何処でそんな事覚えた?お前、旅に出て性格悪くなったんじゃないか?」
ドン引きだ。そんなにひどいかな?これくらい、BL漫画なら普通にあったと思うんだけど。
村長が子爵の肩をポンッと叩き、
「良かったな、話す気になって。人としての尊厳を失わずに済んで、本当に良かった。」
「そ、それほどなのか?」
「ああ、こちらが女神の微笑みに思えるくらい、酷い内容だった。良い選択をしたな。」
村長が慈愛に満ちた目で子爵を称える。逆に、子爵は顔面蒼白で俺を見る。なにその絶望の淵を覗き込んだような目。俺か?俺が絶望か?
「鬼だみゃ。食欲無くなったみゃ。」
獣人特有の聴覚で聞きとったんだろう、フォークを置き、口元を押さえたアーニャがボソッと言った。
あれぇ?








