第67話~たぶん、女性の扱いが難しいのはいずこも同じ~
秋が過ぎて季節は初冬に入った。空を斑に雲が覆い、風が北から強く吹き付けてくる。
とはいえ、温暖なこの地方ではそこまで冷え込む事は無い。朝晩は多少冷え込むが、霜が降りたり雪が降るような事は無い。その代わり雨が降る。雨季の到来だ。
雨に濡れると体温を奪われるので、魔境の魔物も一部を除いてこの時期は活動が穏やかになる。食欲旺盛な猪人ですら巣に籠る時間が多くなるという。なので辺境の冒険者にとっても休息期間…と言いたいところだが、なかなか冒険者の仕事は無くならない。雨季には雨季の仕事があるし、厄介事というものは時も場所も選ばずやってくるからだ。
◇
「海賊?」
「そうなのぉ。お陰で物流が滞っちゃってぇ、色んなものの値段が上がっちゃってるのぉ。」
ギルドにてタマラさんと雑談…もとい、情報収集中である。
魔物の被害が少なくなるこの時期は、人間、特に商人にとっては稼ぎ時だ。魔物の活性が落ちるという事は、比較的安全に旅が出来るという事だからだ。無論人間の盗賊は出没するが、ここドルトン近辺に限って言えばその危険は少ない。俺が狩ったからな。
なので、雨季には隊商が多く行き交い、経済は活発になる。この国の南部域では、ここドルトンとボーダーセッツを中心に、辺境の村々へと行商人達が遠路足を運ぶ事になる。
物流の中心であるこのふたつの街へは大量の物資が集まる事になるのだが、その手段は海運が一手に担っている。大型船による大量輸送が物流の主役なのは、どこの世界でも同じなのかもしれない。
しかし、この世界には魔物がいる。とりわけ海には大型で凶暴な魔物がうようよいる。そのため海運で小型・中型の船が使用される事はない。
海賊が大型の船を持っていてもドックが無いし、中型以下の船では魔物に沈められてしまう。したがって、海賊はリュート海の様な内海にしか居ないはずなのだ。それなのに、居ないはずの海賊がこのドルトン周辺の外海に出没しているのだとタマラさんは言う。
「どうして海賊がこの近辺に…っ!まさか僕のせい!?」
本来居ないはずの海賊が現れた理由。それはもしかしたら『脅威となる魔物が居なくなった』からかもしれない。つまり、俺がジョーさんを退治しちゃったから?
やべぇ、またやっちゃった?
「ううん、違うわぁ。だってぇ、その海賊は大型船を使ってたらしいものぉ。」
ほっ。俺のせいじゃなかったか。内心冷や冷やだ。
「ふうん。でも、海賊が大型船なんてどうやって…って、まさかまたジャーキン!?」
「やっぱりそう思うぅ?可能性はあるわねぇ。乗ってるのはノラン人かもしれないけどぉ。」
今は戦争中だ、大いにありうる。物流封鎖は非常に効果的な戦略だからな。しかし、ジャーキンもあの手この手で色々と仕掛けて来るもんだ。まるで超限戦だな。
超限戦というのは、20世紀末に中国が提唱した戦争スタイルで、直接のドンパチだけじゃなく、メディアや経済、通信やテロ等、ありとあらゆる手段で攻撃を仕掛けるというものだ。弱小国家ならいざしらず、中国のような大国にこれをやられると洒落にならない。国力は大きいし、中国人は何処にでもいる。世界中に潜在的テロリストがいるようなモノだ。
この海賊行為も、ジャーキンやノランによる超限戦の一環かもしれない。ジャーキンはなかなかの大国らしいし、超限戦を仕掛ける国力は十分あるだろう。これは結構手強いかもしれない。村長は大丈夫かな?
「それでぇ、普段はないんだけどぉ、今は船の護衛依頼が結構あるのぉ。どれか引き受けてくれないぃ?」
「うーん、何処行き?」
「そうねぇ、ボーダーセッツか王都かしらぁ?海賊被害が多いのは王都行きだからぁ、ギルドとしては王都行きの護衛をしてほしいかもぉ。」
依頼を受けるのは問題ない。まだルカとサマンサが魔力操作を会得してないが、船旅なら荷運びや野営をしなくていいからな。護衛ポイントを稼ぐチャンスでもある。ただ、王都となると…。
「わたくしの事でしたら問題ありませんわ。今のわたくしはビート様の奴隷になれて誇らしく思っているくらいですもの。」
チラッとクリステラを見ると、微笑みながらそのような事を言われた。俺に気を使ったわけではなく、本心からの言葉のようだ。ちょっと照れくさい。
クリステラは王都出身で上級貴族の生まれだ。商船関係での知り合いは居ないかもしれないが、街に入れば知り合いに偶然出くわす事もあるかもしれない。その時に辛い思いをするかもしれないと思ったのだが…うん、その時は俺が庇えばいいだけだ。クリステラを買った時にもめ事は覚悟してたしな。何を今更って事だ。
「わかった。タマラさん、王都行きの商船護衛依頼を受けるよ。いつ出発?」
「ありがとう~。そうねぇ、この依頼でいいかしらぁ?明日面接で5日後出航よぉ。」
その依頼を受ける事にした。初の本格的護衛依頼だ。実はちょっと楽しみだったりするのは内緒だ。
◇
「…無念。」
「ちっ、しゃあねぇか。」
なんの話かと言うと、留守番の話である。
今回は王都までの往復15日間の護衛依頼だ。往路と復路でそれぞれ5日、王都での荷降ろしと積み込みに5日という予定になっている。
長期の船旅にウーちゃんを連れては行けないので、その間の世話をする人が必要になる。ひとり残すのも可哀想なのでふたりを残す事にしたのだが、くじ引きの結果、デイジーとサマンサのふたりが残る事になったのだ。奇しくも年少3人組のうちのふたりである。俺は除く。
「ごめんね、陸路の旅ならみんなで行けたんだけど。」
「仕方ねぇよ、アタイはまだ魔力操作を覚えられてねぇしな。留守番ならじっくり訓練出来るってもんさ。」
「お詫びに何かおみやげ買ってくるから。何か欲しい物はある?」
ちゃんとフォローも忘れない。女性は『別に気にしてないわ』と言いつつも、内心では滅茶苦茶怒ってたりするし。前世でも部下の女の子のご機嫌取りは大変だった…給料の1割以上を彼女でもない女の子の為に使ってたからな。主に昼ご飯とスイーツ。そして『チーフのせいで太っちゃったじゃないですか!どうしてくれるんです!?』と言って怒られるという。理不尽だ。
「ホントか!?だったらアタイは布がいい!王都なら最新の織物が集まるだろうしな!」
「…あたしは野菜の種。庭で育てたい。」
なるほど、サマンサは納得だ。服作りは布が無いと始まらないからな。そういう事ならアレも買ってくるか。きっと王都になら売ってるだろう。ちょっと嵩張るが、船便なら何とかなるだろう。
デイジーの要望はちょっと意外だ。実は土いじりが好きだったんだな。そういう事なら道具も買って帰るか。
「分かった、楽しみにしてて。」
「あらあら、ビート様、あんまり甘やかさないで下さいね。」
ルカに注意された。甘やかしてるつもりは無いんだが、そもそも奴隷の扱いなんて知らないんだからしょうがない。これが俺のやり方って事で納得してもらおう。
「といっても、わたし達にとってはありがたい事です。増長しないように気を付けますから、ビート様は思うようになさってくださいね。」
どうやら俺も相当甘やかされてるみたいだ。気を付けないと。
◇
商船主との面接が終わり、護衛として採用が決まった。商船主は50歳くらいの小太り口髭男性だった。某国民的RPGの商人によく似ている。おでこはかなり広くなっていたが。
商船主は俺の顔を見た途端『く、首狩りネズミ!?』と言って顔を青くし、終始ビビりっぱなしだった。商人にも知れ渡ってるのか、かなわんなぁ。
こちらの質問や要望にも、額に脂汗を掻きながらはいはいと全部応えてくれた。もはやどちらが面接してるのかわからない。
俺が子供だから断られるかと心配していたのだが、どうやら杞憂に終わったようだ。あんまり嬉しくないが。
船旅の間の食料はあちら持ち、寝泊りは狭いながらもひと部屋与えられ、夜番も水夫達と交代という事になった。予想以上の好待遇だ。これが二つ名の効果だと思うと素直に喜べないが、恩恵なら素直に享受しておこう。そのくらいの役得がなければ納得出来ん。
◇
それから出発までの4日間、俺がしばしの別れとなるウーちゃんと遊びまくったのは言うまでもない。








