第66話~ちょっとした気づきがブレイクスルー~
海底から拾ってきた貝殻や白化した珊瑚を、綺麗に洗って平面製のミキサーに放り込む。パウダーシュガー並の細かさまで砕いたら、森芋を磨り潰して抽出したでんぷんと水を加える。分量は結構適当だ。紙粘土くらいの固さに練ったら鍋に入れ、極弱火で焦げない様にかき混ぜながら30分くらい加熱する。冷めないうちに直径約1cm、長さ約10cmの円筒形に成形する。平面魔法で作った型に押し込んで量産だ。今回は50本くらい出来た。後は日陰でゆっくり冷ましながら乾燥させるだけだ。
何を作っているのかというと、勉強会で使うチョークである。
デイジーの希望で勉強会が始まったのだが、何はさておき、文字と数字を読み書きできなければ勉強にならない。そして、文字と数字を覚えるには反復練習しかない。とにかく書いて書いて書きまくる事が重要だ。
反復練習と黒板・チョークは実に相性がいい。書いては消し、また書くという事を延々と繰り返すことが出来る。紙は表裏を使ってしまえばそれで終わりだからな。
そんなわけで、A4サイズの黒板とチョークを作った。過去形。もうすでに作って皆に渡してある。今回作ったチョークは補充分だ。
読み書きが全く出来ないのはデイジーだけだが、アーニャも漢字が少し怪しい。なので一応人数分作って皆に渡してある。出来るだけ公平に扱わないといけないからな。『全ての奴隷を公平に扱わなければならない』なんて法律も規則も無いのだが、現代教育を受けた身としては、可能な限り公平を期したいと思ってしまうわけだ。
勉強会では簡単なメモ書きとして使っている他、クリステラは皆の伝言板として、サマンサは服の簡単なデザイン用として使ってたりする。意外に使い道は多い。
俺は色々なモノを平面魔法で作り出しているが、社会に影響を与えるような技術を公表したりはしていない。今後もするつもりは無い。
あまりに急激な変化はそれまでの既得権益を破壊し、世情の混乱を招きかねないからだ。
例えば、俺が電池と電球を売り出したとしよう。理系出身の俺が平面魔法を利用すれば、左程難しい事ではない。
電池を外せば電球の灯りは消える。今の付きっぱなしの魔石式ランプに比べれば格段の進歩だ。おそらく大ヒットするだろう。そして魔石式ランプは売れなくなり、その製造販売に関わっている人達が失職する。失業率が上がると社会が不安定になり、治安が悪化するかもしれない。
このように、俺には取るに足らないと思える事でも、下手をすれば社会が崩壊しかねないのだ。そう考えると迂闊に技術の公開は出来ない。
ケチャップやBBQの製法をビンセントさんに売ったが、あれは味付けのバリエーションを増やしただけで、技術的には何ひとつ新しい物は無い。だからビンセントさんも直ぐに商売に出来た。
今回のチョークと黒板であるが、これは公開してもいいかと思っている。原材料や製法はこの世界にも当たり前にあるものだ。誰でも作れる。
黒板にしても、黒い岩から四角く切り出しただけだ。石工なら誰にでも作れる。もっとも俺の場合、平面魔法で切り出した石の表面があまりにも滑らか過ぎて、チョークを全く寄せ付けなかったという失敗もしているが。わざわざ表面を細かく傷つけて、書けるようにしなければならなかった。まあ、俺だからこそ起こり得る事なので、普通の石工ならその心配は無いだろう。
◇
「これを…こうやな?おお?これか!これが魔力操作っちゅうやつか!」
キッカが魔力操作を覚えたようだ。エルフなら生まれた時から出来そうじゃね?とか思わないでもなかったが、それは偏見だろう。聞けば寿命も人間と変わらないようだし、この世界のエルフはそれほどファンタジーではないらしい。耳が長いだけの人間だ。
魔力操作を覚えたご褒美について聞いてみると、
「ああ、それな。うちはルカはんとクリステラはんと同じもんが欲しいねん。せやから、みんなが魔力操作覚えた時に一緒にもらう事にするわ。」
との事だった。一緒にか。何が欲しいのか分かってれば準備しておくんだけど。まぁいい、その時になれば分かるし、3人一緒なら手間も省ける。
「ほんで、これを…こうして…手に持っていって…『水の球』!」
キッカが右掌に魔力を集めて叫ぶと、そこには金柑くらいだが、確かに水の球が出現し、少し放物線を描いて床へと落ちた。
うっそ、マジ水魔法!?
「すごい!キッカ、それ、水の魔法だよね!?」
「せや!うちもいきなり出来るとは思わんかったけど、思たより上手い事出来たわ!これでうちも一端の海エルフや!ビートはん、クリステラはん、おおきに!」
驚いた。いきなり属性魔法を使うだなんて、やっぱりエルフはエルフなのかもしれない。何言ってるか自分でも意味不明だけど、それくらい驚いた。
実のところ、俺はキッカが魔法を使えるとしたら風の魔法ではないかと思っていたのだ。と言うのも、キッカを気配察知で視ると、ボーダーセッツの領主で風の魔法使い・ブルヘッド伯爵と同じ、青い魔力が見えるからだ。俺はこの色が魔法に対する適性なのだと思っていた。
魔力の色であるが、俺とクリステラ、デイジーが無色透明で、キッカとアーニャが青、ルカが赤でサマンサが紫だ。紫はかなりレアで、今まで見た中ではサマンサしか居ない。ウーちゃんは黄色だ。
通常、人族の魔力は色が薄く、魔物は暗くて濁っている。しかし魔法使いの魔力は色が濃い。俺とクリステラもそうだ。無色透明が濃いというのも変な話だが、例えるなら水と空気の違いだろうか。俺やクリステラが水で、デイジーは空気。どちらも透明だが、その密度には明確な差がある。おそらく、持っている魔力の量で色の濃さが変わるのだろう。ブルヘッド伯爵は結構濃い青だった。
そう、キッカの魔力の色も、伯爵程ではないが青いのだ。でも風魔法ではなく水魔法を使った。同じ魔力の色なのに異なる属性魔法を使ったのだ。これで色が属性を表しているという仮説が崩れてしまった。また最初から検証しなおしか。
しかし、水の魔法使いが居るというのは良い事だ。冒険で遠征しても、飲み水の確保に困らない。生きていくために一番重要な物だからな。
俺の平面魔法のあの機能が解放されればそれも補えるだろうが…いや、あれは所詮疑似的に作り出してるだけだ。本物じゃない。水魔法や風魔法っぽく使う事は出来るだろうが。
…ん?んん?水?風?あれ?…ああっ!?もしかして、まさか、そういうこと!?
なんで俺は水と風が別属性だなんて思ってたんだ!!
「クリステラ、風の魔法使いは風を吹かせるんだよね!?」
「は、はい、それが風の魔法ですから。一体どうなさいましたの?」
「キッカ、水の魔法使いは何が出来るの?」
「えっ?そらぁ、水を出したり水を操ったりやな。オカンが言うてたわ。」
俺の突然の興奮にクリステラもキッカもあっけにとられているが、この際それはどうでもいい。
「クリステラ、以前雨が降る仕組みの話をしたよね?」
「ええ、海や川の水が蒸発して上に昇り、寒い空で冷やされて雲になり、それが集まって雨になって落ちてくるのでしたわね?」
「そう、それで、蒸発したら粒が小さすぎて見えないから空気と同じになるって言ったよね。」
「そうですわね。お湯を沸かして実演して下さったから覚えてますわ。」
物質の三態ってやつだな。液体も気体も、運動量が違うだけで同じ物質だ。つまり、『風も水も実は同じ属性』と言えるのではないだろうか?
俺が生前使用していた3DCGツールには『パーティクル』という機能が付いていた。これは小さな粒子の物理的運動を演算する機能だ。粒子に様々なパラメーターを与える事で、水や雲、炎等を再現する事が出来る便利機能だ。エフェクトや落下物のアニメーションを作る際によくお世話になった。
この機能を使うと、実は水も空気も同じ『流体』だという事が分かる。方向性を与えれば流れるし、物にぶつかればはじけ飛ぶ。重さや密度が違うだけで、同じように扱う事が出来るのだ。
「キッカ、今の話はわかった?」
「ああ、その話はうちもクリステラはんから聞いたわ。実際、鍋にお湯沸かして見せてもろたしな。」
「だったら、今度は『空気の中にある水をそのまま』動かしてみて。」
「っ!そうか、そういうことか!よっしゃ、これをこうして…『風』!」
思った以上に勢いのある風が、キッカのかざした右手から迸った。リビングの窓に掛けられたカーテンを、外に向かって大きく揺らす。うむ、思った通りだ。
「ほ、ほんまに出来た…。」
「風の魔法…に、2属性の魔法を使う魔法使いだなんて、聞いた事が有りませんわ!」
「いや、今のも水の魔法だよ。空気の中にある水を操ってもらったんだ。使い方が違うだけだよ。」
今は水を操ってもらったが、水魔法と風魔法の本質はおそらくベクトルコントロール、つまり流体を操る魔法だ。より理解が進めば、水分が無い所でも風を操る事が出来るようになるだろう。ゆくゆくは重力すら操れるかもしれない。まぁ、重力は速度じゃなくて加速度だからちょっと違うんだけど。
全く、どうやら俺も相当ファンタジー脳になっていたらしい。属性なんて言葉を聞いて、それを当たり前のように受け入れていたんだからな。現代科学教育を受けてるのに、恥ずかしい限りだ。一度認識をリセットしないと。
魔法以外は極めて現実的なこの世界だ。科学の入り込む余地はある。前世の知識が十分生かせるはずだ。俺はその知識と魔法で、この二度目の人生を謳歌する。
いや、『俺達は』だな。
皆で楽しく!だ。








