第55話~知る権利の乱用は社会を壊す~
冒険者ギルドの入口、両開きの扉を押し開けると、酒場独特の喧騒と酒の匂いが溢れ出してきた。ギルド備え付けのバーは営業中のようだ。
しかし、その喧騒は一瞬で止まり、ギルド内は静寂で満たされた。何事?
壁際のカウンターやテーブル席に座った冒険者達が、こちらを向いたまま動きを止めている。後ろに誰か居るのかと思って振り向いてみるが、ウーちゃんと愉快な仲間たち、連行された盗賊共しかいない。冒険者達の視線を追ってみると、どうやら見ているのは俺で間違いないようだ。はて?
そのうちボソボソと話し声が聞こえてきたので、そちらへ聞き耳を立ててみる。
「あれが『旋風』の秘蔵っ子…若いな。」
「まだ子供じゃねぇか、マジなのか?」
「アタシは塀の上から見てたからね、間違いないよ。あれが『首狩りネズミ』さ。命が惜しければ手を出すんじゃないよ。」
なにそれ!?首狩りネズミって俺の事!?もしかして『ふたつ名』付けられちゃった!?
「ビート様、どうかなさいまして?」
「…いや、なんでもない。」
多分、ちっちゃくて髪が灰色だからネズミなんだろうな。もっとカッコいいふたつ名が良かったよ。でも自分で名乗るのも痛すぎるし…うぬう、納得できるけど納得いかん!まだ『小旋風』の方が良かった!
項垂れながらカウンターに向かう。
冒険者ギルドは基本的に24時間営業だ。夜中にしか出来ない依頼があるし、緊急性の高い依頼もあるだろうからな。昨日のゴブリンみたいな。
開いているカウンターには、初日に会ったネコ耳お姉さんが座っていた。
「あらぁ、ごめんなさいねぇ。まだ査定は終わってないのぉ。明日のお昼頃にまた来てくれるぅ?」
「いや、今日はその件じゃなくて、盗賊を捕まえたから連れてきたんだよ。」
ネコ耳お姉さんの目が一瞬きらりと光った気がした。
「まぁ、そうなのぉ?それはご苦労様ぁ。じゃあ、こっちに連れてきてくれるぅ?」
盗賊共を繋いだロープを引っ張って、待合スペース奥の通路へ向かう。途中で何回か左右に曲がり、一度階段を下りて頑丈そうな扉をくぐると、そこは地下牢だった。位置的にはカウンターの真下だな。石造りに太い木製の格子が嵌った、時代劇の座敷牢を彷彿させる牢屋が、左右に4部屋ずつ並んでいる。一部屋の広さは10畳くらいで、毛布と毛皮が数枚置かれている。数人で使用する牢のようだ。カビと汚物が混じったような臭いがする。部屋の隅に置かれている大きな壺はトイレだろう。
「じゃあ、この中に放り込んどいてくれるぅ?首のロープは取っておいてねぇ。」
あれ?取り調べとかせずにいきなり放り込んじゃうの?ネコ耳お姉さんに促されて、言われた通り一番奥の牢屋に盗賊共を放り込む。
「ここは留置所よぉ。明日には出られるから心配しないでぇ。もっとも行先は神殿でぇ、奴隷化するために連れていくんだけどねぇ。」
なるほど、聴取は奴隷化してからね。そういえばボーダーセッツでもそうだったな。
牢に放り込まれた盗賊達に向かって、にやぁっと笑いながら話しかけるネコ耳お姉さん。やっぱネコだな。獲物をいたぶってらっしゃる。ちょっと怖い。
盗賊共は顔を青くしていたが、特に騒ぐ事も無かった。ギルドに連れてこられた時点で、いろいろ諦めてたんだろう。
「それじゃあビート君~、お話を聞きたいからぁ、二階の応接室まで付き合ってねぇ。」
◇
「すると、センナの村は壊滅したのか!くっ、なんて事だ!!」
イメルダさんがテーブルに右拳を叩きつけると、ネコ耳お姉さんが持ってきてくれたお茶の入ったカップがコトリと音を立てた。木のカップなので大きな音は出ない。
イメルダさんと俺は、テーブルを挟んで向かい合って座っている。俺の隣にはキッカが座っているが、他の仲間は俺の後ろに並んで立っている。立場的には奴隷だからという事で、クリステラが一緒に座る事を固辞したからだ。キッカはまだ奴隷じゃないし、今回の証人だからな。ウーちゃんは俺の足元で、いつものように丸くなってる。大きな毛玉みたいで癒されるわぁ。
「いつ討伐に向かうんですか?」
「…今は無理だ。」
「なんでやの!?盗賊討伐はギルドの仕事とちゃうのん!?」
俺の質問に、イメルダさんが苦し気に答える。その答えにキッカが逆上して吠え掛かった。
「私だって今すぐに討伐隊を派遣したい!しかし、昨日のゴブリン襲撃で物資が尽きているし、そもそも冒険者が足りんのだ!」
「そういえばそんな話を昨日も聞いた気がします。高ランクの冒険者が居ないって。何故なんですか?」
気がするどころではなく、イメルダさんとギルド職員の会話を盗ちょ…いや、小耳にはさんだのだけれど。
「戦争だ。この街を治める子爵はギルドの支配人を兼ねているのだが、今回の戦争へ冒険者を集めて連れて行ってしまったのだ。」
イメルダさんは声を荒らげるでもなく、淡々と事情を説明してくれた。なるほど、それで副支配人のイメルダさんが取り仕切ってるのか。
「冒険者やったら、下の酒場でクダ巻いてるのがようけおったやん!あいつら連れてったらええんちゃうのん!?」
キッカはまだ納得いかないらしく、イメルダさんに噛み付く。まぁ、そう思うよな、普通は。でも、気配察知の使える俺と、多分クリステラも天秤魔法を使って事情を理解している。彼らは連れていけない。
「今この街にいる冒険者はランクの低い者ばかりだ。討伐依頼に連れていけば戦力にならないばかりか、高い確率で足手まといになるだろう。」
「そんな…。」
そう、酒場に居た冒険者達はあまり強くないのだ。気配から察するに、俺が余裕で捕まえてきた盗賊共にも及ばない。まぁ、あいつら本当は傭兵だしな。
そもそも、昨日から変だとは思っていたのだ。冒険者なのにやけに女性比率が高いし、男も年寄りか若造しかいない。ダントツで若造な俺が言えた義理ではないが。
「でも、討伐しないともっとたくさんの村が無くなりますよ?普通の盗賊じゃないですから。」
「!…ビート君、君は何を知っている?」
イメルダさんの目つきがきつくなる。威圧感が増して、気圧されたキッカやルカ達が息を飲む気配が伝わってくる。残念ながら村長ほどじゃないから、俺は余裕で受け流すけど。クリステラも動じていない。ウーちゃんは寝たままだが、耳がピクピクと忙しなく周囲を窺っている。可愛いなぁ。
「多分、イメルダさんが知っている事と同じくらいの事は。ああ、うちの仲間は大丈夫です。口は堅いですから。キッカも明日には僕の仲間になってくれる予定ですから、ここでの話は外に漏れませんよ。」
イメルダさんはしばらく俺を睨み続けたが、俺に全く動じる様子が無いからだろう、諦めたようにため息を吐いて目を逸らせた。
「全く、本当に冒険者なり立ての7歳児なのか?旋風殿は手放したのではなく、扱い切れなくて放り出したのではないのか?」
ひどい!村長は快く送り出してくれたのに!…でも扱い切れないって言われたような気もする。あれ?俺、厄介払いされたの?
「事情を知っているなら話は早い。奴らはジャーキンあるいはノランから送り込まれた後方攪乱要員だ。我が国の世情を不安定にし、物資の供給を滞らせるのが目的のな。」
「なっ、それほんまやの!?」
「うん、多分間違いないよ。今日捕まえた奴らも、カマ掛けたらそう答えてたからね。ここだけじゃなくて、ボーダーセッツやエンデの方にも送り込んでるらしいよ。」
「そんな!うちらなんも聞いてへんで!みんなに知らせて警戒したほうがええんちゃうのん!?」
キッカの意見は、一見もっともだが、策としてはよろしくない。
「それはダメだよ。知らせても何も変わらないか、むしろ状況が悪くなるからね。」
「え?」
「『盗賊が増えてるから気を付けてください』っていうのと、『盗賊を装った敵国の兵士が村を襲ってるので気を付けて下さい』っていうの、村としては防備を固めるっていう事に変わりはないでしょ?」
「…せやな。」
「でも、相手が盗賊じゃなくて他の国の兵士だった場合、取り入ろうとする奴が出てきちゃうんだよ。『盗賊みたいな無法者じゃないから話せばわかる』ってね。それで村を襲う手引きをして、自分だけ生き残ろうとする。結局、村が襲われて無くなっちゃったり、最悪だと村ごと敵国の隠れ蓑になっちゃったりする。だから、今は知らせないのが一番なんだよ。」
「む、むう、なるほどなぁ。」
キッカも納得してくれたようだ。しかし、実はこれは理由のひとつに過ぎない。一番まずいのは、反戦主義者の増大だ。
反戦主義者はどんな時代、どんな国にもいる。戦争の一環として国内が荒らされていると知れ渡れば、反戦主義者は停戦を声高に主張し始めるだろう。それが事実上の敗北だという事を考えもしないで。そして、大きな声に容易く民衆は流されてしまう。国が揺れてしまう。
戦争に負ければ全てが失われる。
かつてのソビエト連邦は、東西冷戦という戦争に負けた結果、国自体が無くなってしまった。各地で内戦が勃発し、いくつもの国に分裂してしまった。人材が、資源が、核兵器すらも国外へ流出してしまう事態になった。東欧では小国が乱立し、無能な国主によって塗炭の苦しみを味わった人々も少なくない。
戦争に負けるとは、そういう事なのだ。全てを奪われ、踏みにじられるという事に他ならない。戦争は負けてはダメなのだ。
もう戦争は始まっている。しかも向こうから攻めてきているのだ。停戦提案などしたら、敗戦国扱いで一切合切を持っていかれてしまう。それを避けるためにも反戦主義者の増大は避けねばならない。
反戦主義それ自体は悪くない。平和を尊ぶその思想は崇高なモノだ。ただ、それは戦争が始まるまでの話であって、既に戦端が開かれている今はまずい。国が乱れてしまう。だから今は後方攪乱要員の存在を隠しておいた方がいい。
「とはいえ、何も手を打たないわけにはいかない。我々はその為の冒険者ギルドなのだからな。」
イメルダさんが俺をじっと見つめてきた。先程の威圧感を纏った視線ではないが、熱の籠り様はさっき以上だ。なんか嫌な予感が。
「ビート君、指名依頼を受けてほしい。依頼内容はセンナ村を襲った盗賊の殲滅だ。」
やっぱりか!そんな気がしてたよ、この部屋に呼ばれた時から!
「僕も討伐ランクは無星の新人なんですけど?」
「昨日ゴブリン共を蹂躙してみせた、あの腕前があるなら十分だ。それにそのゴブリン討伐の功績で、君の討伐ランクを4つ星にする事が既に決定している。おめでとう、史上最速、最年少での4つ星到達だよ。」
あー、そりゃそうなるか。昨日はちょっとだけ本気出したからな。まぁ、出来ない依頼じゃないから、受けるのはやぶさかではない。キッカの敵討ちでもあるしな。
「報酬はいかほどですか?ただ働きは一冒険者として許容できませんので。」
「本当に君はしっかりしているな。当然妥当な額を用意させてもらう。前金で大金貨1枚、成功報酬としてさらに大金貨2枚。それとは別に、生け捕りにした盗賊ひとりにつき金貨1枚出そう。無論、盗賊共の貯め込んだお宝は君たちのモノだ。」
ふむ、報酬自体は悪くないと思う。ボーダーセッツの時は計12人の盗賊で大金貨2枚だったからな。今回は人数が多い事を考慮しても報酬がいい。さらに、お宝が手に入るというのがいい。前の時は伯爵のお願いで、金銭以外は無償で提供しちゃったからな。村長としては貸しが作れて良かっただろうけど。今回はそれが丸々手に入る。家を買うという目標へ一歩近付けそうだ。
「いいでしょう。その依頼、御受け致します。」
「感謝する。必要な物があれば言ってくれ。こちらで用意する。」
「では拘束用のロープを、多めに見積もって20人分。それと明日の朝で良いので、護送用の台車と人員をお願いします。」
もしかしたら拠点に仲間を残してるかもしれないからな。それに、捕らえた盗賊を運ぶのは結構な手間だ。今日実感した。馬車か荷車が無いと、移動に時間がかかって仕方がない。魔法を使えばすぐだけど、知られるのは避けたいしな。
「あと、討伐には僕とクリステラのふたりで向かいます。依頼もふたりで受けた事にしてください。」
「いいのか?下の連中の中にも、少しなら腕の立つ者もいるぞ?」
「いえ、結構です。邪魔なので。」
「そ、そうか。分かった。」
ズバッと切り捨てる。他人が居ると魔法が使いづらい。情報も足りない今の状況で足枷を付けたくない。
「他に何か必要な物はないか?出来る限りの援助はするぞ?」
「そうですね、あとは…」
必要な物を考えていると、後ろから『クゥ~ッ』という音が聞こえてきた。見ると、アーニャが情けなさそうな顔で腹を押さえ、目で俺に訴えている。俺は苦笑しながらイメルダさんにお願いする。
「夕食を人数分用意してもらえますか?皆まだ食べてないもので。」
腹が減っては戦は出来ぬと言うしな。








