第54話~ストリートパフォーマーってこんな感じ?~
「うち、天涯孤独になってしもたやろ?村は盗賊に襲われて男衆は殺されてもうたし、立て直すんはもう無理やろうから帰るとこも無いねん。手持ちの金も全然ないし、今日の晩御飯の分も無い。街で仕事するにしても、身元の知れん海エルフを雇ってくれるとこなんかそうそう無いやろ。うちはまだ魔法も使えんしな。そしたらうちに残されてるんは、身体売るか奴隷に落ちるぐらいしか無いやん?まぁ、自慢やないけど、うち結構可愛いから引く手数多やとは思う。けど、誰とも知れん男に身体触られるんは死んでも嫌やねん!初めては自分で相手決めたいねん!それでな?ビート君は冒険者やろ?しかも将来有望そうやん?冒険者は分け前で揉めんように仲間を奴隷で固めるって聞いた事あるし、自分やったらうちの初めてをやってもええと思うし。なあ、どない?うちを買うてくれへん?こう見えてうち、尽す女やし。奴隷には持ってこいやと思うで?」
…めっちゃ良う喋るわ、この姉ちゃん。しかも何気に『初めて』とかの赤裸々な発言が混じってるし、マジで関西人ちゃうのん?
「普通そこは、まず『お金貸して』じゃないの?」
「ああ、あかんあかん。返すアテも無いのにお金借りるとか、アホのする事やわ。それやったら最初から奴隷になった方がええ。無駄に返済額上がってまうし。」
むう。確かに、無計画な借り入れは破綻にしか繋がらない。なかなか経済観念はしっかりしてる様だ。
「でもなぁ…今日4人、奴隷買ったばっかりなんだよね。」
「なっ!?4人って、自分絶倫やな!そんなん、身体持つのん?」
「7歳児捕まえて何言ってんの!?そんな事の為に買ったわけじゃないからね!?冒険の仲間として買ったんだからね!それに元々ひとり居たから、全部で奴隷は5人だよ。」
「5人!そら凄いな!!けどそれやったら、5人が6人でも大した差は無いわ。うちもその中に入れてぇな。あ、今の『入れて』はアレの話やないで?まぁ、いずれは入れてくれてもええけど、優しゅうな?」
「やめてよ、そういう生々しい話をするのは!僕まだ子供だって言ってるでしょ!」
「そんなん言うてるけど、ちゃんと何の事か分かってるやん?おませやなぁ。」
ニマニマと笑いながら下ネタを振ってくるキッカ。前言撤回、こいつは関西人じゃない、関西オカンだ。勝負服はヒョウ柄スパッツに違いない。髪が白いのは、紫に染めるために脱色したからだ。きっとそうに違いない。
総じて、女の子の方が早熟で性への関心も強いとは聞くけれど、キッカはちょっとレベルが違う気がする。これが個人の性格によるものなのか、それとも海エルフの種族的なモノなのか。まさか、10歳前後で結婚する事もあるこの国では普通の事なのか?
「とりあえず、皆にも話をして、決めるのはそれからでいい?」
「おっ、それはみんなを説得出来たら、うちの初めてを貰ろてくれるっちゅう事やな?良し、任せときぃっ!」
「なんか目的変わってるよね!?仲間にするかどうかって話だよね!?」
見た目は可愛いのに、何で中身はこんなに残念なんだ?というか、クリステラもそうだが、この世界では見た目が可愛い娘は中身が残念になってしまうのか?そんな馬鹿なっ!
そうこうしてるうちにドルトン北門が見えてきた。やれやれ、とんでもない散歩になってしまった。ウーちゃんが楽しそうなのが唯一の救いだ。
◇
「そうですね。わたし達も今日買われてきたばかりですし、ひとり増えたところで特に問題はありません。」
「ボスはモテモテだみゃー。流石だみゃー。」
「あたいは別にどうでもいいかな。」
「…耳長い。」
宿の前に皆を呼び出して意見を聞いたところだ。今日仲間になった4人は概ね肯定的なようだ。約一名は関係ない意見だったが。
「わたくしは反対ですわ。」
クリステラだけは反対のようだ。当然だな。俺の奴隷になるというのは、秘密を共有するという事だ。秘密を知る者が増えれば、それだけバレやすくなる。リスクを考えれば、必要以上に増やす事は得策ではない。
「貴女、本当に奴隷に、冒険者になる覚悟はお有りですの?冒険者は命の危機が身近にある危険な仕事ですわ。生半可な覚悟じゃ務まりませんのよ?わたくしには、貴女にその覚悟が有るようには見えませんわ。ビート様の恩情に甘えているだけではございませんこと?奴隷に落ちて他の選択肢が無くなったのならともかく、貴女はまだそうではないでしょう?お金が無いのならこれを差し上げます。返して頂かなくて結構ですから、それでしばらく身の振り方をお考えになられた方がよろしいですわ。」
そう言ってクリステラはジャケットの内ポケットから巾着を取り出し、キッカに差し出した。あれはボーダーセッツで薬草採取の依頼を熟したときの報酬か。奴隷だから1割分しか渡せなかったが、ついでに倒した牙ネズミの素材代と合わせて銀貨5枚くらいあったはずだ。使う機会はなかっただろうから、丸々残ってるに違いない。それだけあれば安宿に2~3日は泊まれる。
それにしても、普段の残念な言動は一体何だと思うくらい、クリステラがまともだ。この姿を見れば元侯爵令嬢というのも納得できる。やれば出来る子なのね。
「バカにすんなやっ!」
クリステラの差し出した巾着をキッカがはたき落とす。落ちた拍子に中の銀貨が一枚零れ出て、チャリンという金属質な音を立てた。
「同情や施しなんかいらんわっ!うちに覚悟が無いやて?ふざけんなっ!考えて考えて、考えつく全部を考え尽して決めたんやっ!アンタにわかるか!?オトンもオカンも知り合いも、みんな盗賊に殺されて全部無くしたモンの気持ちが!それやのに敵討ちすらできん、自分の無力さに絶望するこの気持ちが!今のうちは虫けらや!大事なもんを守る事もできん虫けらや!このままやったら、いずれ誰かに踏み潰されてまう!そんなん嫌や!うちは力が欲しいんや!もう何も失くしとうないんや!」
キッカが肩を震わせ、大粒の涙をボロボロと零しながらも、クリステラを正面から睨みつけながら叫んだ。どうやら貯め込んで隠していたものが決壊してしまったようだ。
そして肩を落とし、俯いて続ける。
「…甘えてるんは分かっとる。けど、仕方ないやんか。うちには眩しかったんや。うちが必死で逃げる事しかできんかった盗賊を、軽々と鼻歌交じりに熨してしもたビート君が、めっちゃカッコ良う見えたんや。」
いや、鼻歌は無いよ?空気を読んで突っ込まないけど。
「まだコマいのにこんな強いんや。将来はもっと強うなるやろ。そんな冒険者と一緒に居ればきっとうちも強うなれる、そう思たんや。甘えと打算はアリアリや。せやからその分うちは尽くす。絶対に恩は返すし、絶対に裏切ったりせん。その証に奴隷になるんや。」
言い終えたキッカは、涙を袖で拭ってクリステラをキッと睨みつける。クリステラもじっとキッカを見つめる。数秒ほど互いに見つめ合った後、クリステラがため息を吐きながらこう言った。
「合格ですわ。」
「えっ?」
「謝りますわ、試すような真似をして。貴女の本音を知りたかったんですの。」
「ほ、ほんなら!?」
「ええ、これからよろしくお願いしますわ。わたくしは奴隷頭のクリステラ。」
「うちはキッカ、よろしゅう!」
ふたりは互いに右手を差し出し、握手する。演技なんて面倒な事しなくても、打算や下心を持ってる事くらい分かってたのに。誰もが聖人君子じゃないんだから。
クリステラはちょっと潔癖過ぎるかもしれないな。まぁ、それも俺の事を思っての事だろうから、咎める様な事はしないけど。むしろありがたい事だ。お礼にちょっとフォロー入れとくか。
「ちなみに、ルカとサマンサもノランに故郷を焼かれて両親も死んでる。」
「え?」
キッカはふたりの顔を見る。ふたりは黙ってうなずく。
「クリステラは親に捨てられて奴隷に売られた。」
「ほ、ほんまに?」
落ちた銀貨を拾っていたクリステラは、寂しそうな笑顔を浮かべた。
「さっきキッカが叩き落とした銀貨は、クリステラが初依頼で稼いだお金だよ。思い出だからって、ギルドに預けないでいつも自分で持ち歩いてたんだ。」
「あああああ」
「ちなみに僕も元奴隷だよ。皆程辛い目にはあってないけどね。」
「うち、うち、めっちゃ恥ずかしい!自分だけ不幸な気になって、クリステラはんに当たり散らしてしもた!穴があったら埋めてまいたい!」
キッカは赤い顔を隠すように、頭を抱えてしゃがみ込んでしまった。そして穴に『入りたい』じゃないんだ。
「不幸だったのは間違いないよ。だから叫びたくなるのも当然だと思う。でも、その気持ちを理解してくれる人が近くにいる事は知っておいて。」
「そうですわ。辛い事があったらみんなを頼っていいんですのよ。わたくし達、もう仲間なのですもの。」
「クリステラはん…」
そう言ってクリステラがまた手を差し出し、キッカの手を引いて立ち上がらせる。
その瞬間、周囲から拍手が沸いた。何事!?
「ちきしょう、いい話じゃねぇか!目から汗が止まらねぇぜ!」
「ほんと、優しい仲間が出来てよかったねぇ。これから頑張るんだよ!」
等と、いつの間にか出来ていた人垣から声が掛けられる。中には目元をハンカチで押さえてる人も居る。なにこれ?
そう言えば忘れてたけど、ここは宿屋の前の通りだった!もう大分暗くなってるけど、酒を出す屋台などはこれからが本番で人通りも少なからずある。不意に始まった騒動に、周囲の人が集まってきてしまったようだ。めっちゃ目立ってるやん!?
「と、取り敢えずギルドに行こう!急ぐよ!」
皆を急かして逃げる様に、人垣を掻き分けてその場を立ち去る。実際逃げてるんだけど。
ウーちゃんが盗賊共を繋いだロープを引っ張ってきてくれる。そのロープを受け取って、盗賊共を急がせる。見ると、盗賊共は目元を赤くしていた。
なんでお前らが貰い泣きしてんねん!








