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第43話~寒いのは嫌だけど冷たいのはいい~

「な、何でここに草原狼の子供が!危ないですわ、ビート様!早くこちらへ!!」


「ウゥ~…」


 泉のほとりに戻ると、クリステラが魔物の子を見て細剣の剣先をこちらへ向けてきた。正確には魔物の子の方へ、だ。魔物の子の方も騒ぐクリステラに驚いたのか、俺の後ろに回って威嚇している。


「へー、草原狼っていうのか。あ、この子今日から一緒だから。仲良くしてね。」


「…え?」


 安心させるために、魔物の子の頭を撫でてやる。落ち着いたのか、その場に座って尻尾を振りながら目を瞑っている。俺のモフリスキルにかかればこのくらいは朝飯前だ。

 クリステラもその様子を見て剣先を降ろす。まだちょっと納得出来てない感じだが。

 両手で耳の下あたりをモフモフしていると気持ち良くなってきたのか、寝転がりお腹を見せて仰向けになってしまった。信頼してくれてるのは嬉しいが、いいのかそれで?野生は何処に置いてきた?


「どういう事ですの?まさかビート様、魅了の固有魔法までお持ちでしたの!?」


「まさか。単に遊んでやって餌やったら懐いてくれただけだよ。」


「そんな、でも、この短時間でそこまで懐くなんて…。」


 白い毛の生えたお腹を丁寧に撫でてやりながら答える。お、メスだったのか。胸からお腹に掛けて優しく撫でてやる度に、両方の後足がピーンと伸びる。ちょっと面白い。


 ここまで懐いてくれたのは、俺がマスターモフリストだからとしか言いようがない。犬は犬好きが分かると言うしな。圧倒的犬派の俺になら、圧倒的信頼を寄せてくれてもおかしくない。いや、犬じゃないんだが。


 ちなみに、この魔物の見た目は毛足の少し短いコリーに似ている。色は明るいブラウンで、四肢の先とお腹の毛が白い。サイズも成犬のコリーくらいだ。幼体でこれだから、成長したらグレートデンくらいになるんじゃなかろうか?あ、グレートデンというのはめっちゃデカい犬で、体高100cm以上になる犬種だ。エサ代がかかりそうだが、幸いにも大森林には餌となる魔物が沢山居る。飢えさせる心配は無いだろう。


「うーん、ひょっとしたら僕の魔力を感じてるのかもね。群れるタイプの魔物みたいだし、強い者には従う習性なのかも?」


「ああ、それでしたら納得ですわ。変に小利口な猪人やゴブリンより本能に忠実なのですわね。」


 それで漸く納得したのか、クリステラは細剣を鞘に戻した。

 俺の魔力量だが、クリステラの天秤魔法によると『見たことのない桁』らしい。この世界では一般人は1000単位まで、貴族や王族でも万単位の数字までしか使わないとの事で、それ以上の単位は知らないそうだ。つまり、俺の魔力は億単位以上という事になる。文字通り桁が違う。いつの間にか一般人じゃなくなってたようだ。まあ、多くて困るモノじゃないし、足りないよりはいいだろう。


「それにしても、ビート様は本当に多才ですわね。魔物を調教(テイム)する方はたまにおられますけれど、大体は騎乗用の大人しい魔物ですわ。それも産まれた直後から手間暇かけて育てて、なんとか命令を聞かせているという話ですのに。それを子供とは言え、会ったばかりの野生の魔物をこの短時間で手懐けてしまわれるなんて!」


「運と相性が良かったんだよ、きっと。」


 クリステラは相変わらずのキラキラした目で俺を見つめてくる。そのうち手を合わせて拝んできそうな勢いだ。慕ってくれるのはいいけど、神格化されるのは勘弁願いたい。本物の神様が居る世界で神様を名乗るとか怖すぎる。天罰覿面だ。


 草原狼の仔は仰向けのまま、俺に脇腹を掻かれている。右の脇腹を掻くと右後足で、左の脇腹を掻くと左後ろ足で宙を掻く。両脇腹を掻くと両後足で宙を掻くのかと思ったら、お腹を撫でたときと同じように両脚ともピーンと伸びた。面白い。


「それで、その草原狼の名前はどうするんですの?お付けになられるのでしょう?」


「うーん、そうだな…草原…狼…ウルフ…それじゃ、『ウーちゃん』にしよう!お前は今日からウーちゃんね!」


「ワフッ!」


「ウーちゃん、可愛らしい名前ですわね!これからよろしくお願いしますわ!でもビート様の一番はわたくしですわよ!」


 ウーちゃんは俺の言う事を理解出来たのか、短く一回だけ鳴いた。仰向けのまま。そしてクリステラ、何を張り合っているんだ。


「ふたり(?)とも仲良くね。じゃ、今日はここで野営しようか。この林にはもう強い魔物は居ないみたいだし。」


 林の中だから分かり辛いが、もう夕方だ。陽が沈むまでにはまだ時間があるが、暗くなる前に野営と夕食の準備をしなければならない。倒した魔物の解体もしなきゃならないしな。幸いにも、泉の畔はそこそこの広さの平地になっている。周囲の動物や魔物が訪れることで踏み均されたのかもしれない。


「分かりましたわ。でもその前に、ビート様とウーちゃんにひとつ言っておかなければならない事がありますわ!」


「ん、何?」


 クリステラが真剣な顔で俺とウーちゃんを睨む。何かやっちゃったかな?ウーちゃんも起きて俺の後ろに回る。


「物凄く獣臭いです!すぐに水浴びしてきてくださいまし!」


 おお、確かに犬臭い。俺とウーちゃんは全力で小川に駆け出していった。



 犬は水が好きか嫌いか、はっきり好みが分かれる。好きな犬は水浴びも海水浴も大喜びだが、嫌いな犬は水辺から先にはどうやっても進めない。経験的には、水遊びが好きか嫌いかの割合は半々というところだ。

 ウーちゃんはどうやら大好きだったようで、俺が小川で水浴びを始めると大喜びで飛び込んできた。手間が掛からない良い子だ。存分に遊びつつ綺麗に洗ってやった。


 水浴びが終わったら、次は装備の手入れだ。

 剣鉈は湿らせた布で丁寧に拭って、よく乾かしたら鞘に戻す。結構使い込んでるが、まだ研ぐほどではない。頑丈なのも剣鉈の特長のひとつだからな。

 着ていたジャケットは、同じく湿らせた布で丁寧に拭う。返り血なんかはほぼ無いのだが、ウーちゃんと遊んだ時に匂いと土埃がかなり付いている。盛大にじゃれ合ったからな、仕方ない。拭った後は陰干しだ。木の枝に掛けて風を通す。隣にはクリステラの装備も干されている。これ見よがしに下着も干されているが、この世界の下着は男女共トランクスっぽいパンツとノースリーブのシャツなので、微妙にそそらない。俺の下着その他も水洗いして干す。見事に大きさしか違いが無い。とても残念な気分だ。萎えるわぁ。


 俺が体やウーちゃんや下着等を洗っている間、クリステラには獲物の解体をしてもらっていた。今まで全くそういう経験は無かっただろうが、これから冒険者をしていくなら避けては通れない。村に居る時に解体を実演して見せた事があるから、何とか出来るはずだ。言動に残念なところはあるが、基本的にクリステラは有能で優秀だからな。

 水浴びから戻ると案の定、クリステラは3体の猪人を解体し終えていた。少し皮の剥ぎ方が甘いが、初めてにしては上出来だ。そもそもクリステラが切りまくってた奴だから、最初から傷だらけだったんだが。


「お疲れさま。なかなか上手に出来てるね。ありがとう。」


「いえ、これも奴隷の役目のひとつですわ。まだ残っていますし。ようやくコツを掴んだ所ですの。もう少しお待ちくださいませ、すぐに終わらせますわ。」


「いや、残りは明日にして、今日は夕飯の準備にしよう。もう大分薄暗くなってきたしね。」


 まだ頑張ろうとするクリステラを止める。残りを捌いてたら完全に陽が暮れてしまう。


「でも、一晩置くと腐ってしまう物も出てきますわ。秋とは言え、まだ暖かい日が続いてますし…。」


「大丈夫、魔法で何とかするから。」


 こんな事もあろうかと、実は平面魔法であるものを作っておいたのだ。それは『冷蔵庫』。

 理論的にはそう難しくない。空気を圧縮すると熱い液体になる。それを放熱させた後に気体へ戻すと放熱した分、元の気体より温度が下がっているというものだ。ボイルシャルルの法則、中学校の理科だな。

 俺の平面魔法は実に精密な設計が出来る。パッキン(隙間埋め材)を使わなくても隙間ゼロのポンプが作れてしまうくらいだ。しかも強度はいくらでも上げられる。幸いな事に、今は冷たい湧き水も近くにある。水冷にすれば放熱も捗るだろう。


 高さ20cm、幅500cm、奥行き500cmの平面魔法で作った平たい水槽に泉の水を満たす。これを5段、少し隙間を開けて縦に重ね、平面魔法で周りを囲って密封する。冷気を入れる上端と、流入した分の空気を逃がすための下端に、やはり平面魔法で作ったチューブを繋ぐ。両方のチューブは泉の中央に作ったポンプへと繋がっている。下端から出た冷気を再度利用することで、効率的に冷却しようということだ。周囲に水が無い時は空冷用にファンを付けるつもりだったが、今はこれで十分だろう。冷蔵庫、いや冷凍庫の完成だ。


「じゃ、試運転開始!」


 ポンプを動かすと、シューという音と共に空気が流れ始める。駆動系が一切ないので静かなものだ。


「これで本当に氷が出来るんですの?全然冷たくありませんわよ?」


「今はまだ動かし始めたばかりだからね。それに、その管も棚も二重になってるから触ってもわからないよ。」


「はあ、そうなんですの?」


断熱対策に、各パーツは二重構造になっており、その間には何も入っていない。真空だ。空気すら入っていないので、断熱効果は抜群!のはず。


「そうそう。じゃ、この間に夕飯にしようか。」


 半信半疑のクリステラを促して、夕飯の準備を始める。と言っても、解体した肉に塩と香辛料を付けて焼くだけだけど。



 ウーちゃんに『待て』を教えながら夕飯を食べ、片付けを終える。1時間くらい経っただろうか。陽はもう沈んで、残照があるのみだ。東の空には星が見えている。


 冷凍庫だが、思ったより冷えてはいなかった。どうもポンプの冷却が弱いようだ。それならポンプの数を増やして形状も細長くしよう。水に触れる面積が増えればそれだけ冷えやすくなるはずだからな。


 計算通り、それで一気に製氷が進んだ。2時間後には全ての水槽が氷になった。

 なぜ直接肉を冷やすのではなく氷を作っているかと言うと、平面魔法の冷凍庫は俺が寝ると消えてしまうからだ。その点、氷なら俺が寝ても消える事が無い。一晩くらいなら十分持つはずだ。なので氷室を作り肉を冷やす事にしたのだ。


 というわけで、次は氷を切り出して氷室を作る。周囲はもう真っ暗だが、スポットライトを上空に作ったので作業に問題はない。

 すると、俺のライトを初めて見たクリステラが、


「熱くない…こ、これはまさか、伝説の光の魔法?創世神話に伝えられる創造神様以外には使える者が居ないと言われるあの…まさか本当にビート様は…。」


 とか言い出して跪いてきたから、脳天にチョップ食らわしといた。拝むな危険。主に俺の身が、宗教的に。


「神様は馬車も冷凍庫も作らないの!僕の魔法が便利なだけ!わかったら氷を組み上げるよ!」


「は、はい!畏まりましたわ!」


 微妙にまだ扱いが恭しい気がするが、気にしない事にする。


 簡単な箱型に氷を組んで、その中に肉と解体していない獲物を放り込み、最後に大きな氷の板で蓋をして完成だ。底面は何か所か穴を開けてあるから、氷が解けても水浸しという事にはならないだろう。明日の朝いちで解体して、干し肉にするのは移動しながらかな。俺の馬車は揺れないから、中で作業するのも難しくないし。じゃ、今日はもう寝ますか。


 これこれ、ウーちゃん。冷たくて気持ちいいからって、舐め融かしたらいかんよ?

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