第41話~マッピング不要なのはありがたい~
俺とクリステラは、大森林を左手に見ながら西に向かう馬車に揺られていた。目的地は冒険者の街『ドルトン』だ。
勅使が到着した翌日の朝、村長が出征していった。従者として2人の男の独身奴隷がついていった。
俺が頼まれてた村人の訓練であるが、最終的に父ちゃんと母ちゃんを含めて12人が魔力を認識できるようになった。身体強化にまで至っているのはまだ父ちゃんと母ちゃんだけだが、いずれ皆使えるようになるだろう。村長が居なくても村の守りに不安は無い。
そんなわけで村に居る理由も無くなり、かねてより目的地のひとつに考えていたドルトンに向かう事にしたのだ。
しかしいざ旅立ちという段になって、クリステラが頑なに飛行機を使う事を拒んできた。クリステラの高所恐怖症はかなりの重症なようだ。仕方なく陸路を馬車で揺られていく事にした。いや、実のところ、正確には馬車ではないし揺られてもいないのだが。
ゴテゴテと鎧で全身を覆った重装馬に曳かれる漆黒の箱馬車。一見すると貴族の所有する高級馬車に見えるが、この馬も箱馬車も、全て俺の平面魔法で作ったものだ。鎧の隙間から馬の目玉や皮膚が見えるが、それすらも魔法で作ったもので、外から見える部分だけしかない。実際には空っぽだ。中の人など居ない。
馬車に付いた大きな車輪は軽快にクルクルと回っているが、実はどの車輪も地面に接してはいない。地面から3cmくらい浮いており、走っているように見せかけるために回しているだけだ。ダミーである。
優秀すぎるくらい優秀な俺の平面魔法だが、いまだにソフトバインド(柔らかい変形をさせるための機能)が使えない。そのためバネや関節を再現できず、サスペンションや馬の身体を作り出す事ができなかったのだ。苦肉の策としての鎧であり、ダミーの車輪だった。もっとも、車体を浮かせる事で揺れが無くなり、快適な乗り心地になったのは嬉しい誤算だったが。
そんなわけで、引いているのは馬ではないし車輪も単なる飾りなので、厳密には馬車ではなく、揺られてもいないというわけだ。
ここまでして如何にも馬車であるかのように見せかけている理由、それはひとえに魔法を隠すためだ。偽装である。魔法使いである事がバレて貴族や国からの横槍が入るのを防ぐため、目立たないようにカモフラージュしているのだ。重装馬の箱馬車が目立たないかと問われると返答に窮してしまうが、如何にも魔法という手段よりはマシだろう。
全て魔法で動かしているため御者は必要ないのだが、せっかくの旅を満喫したかった俺は御者席に座っている。手綱は無いので、見た目は本当にただ座っているだけだ。クリステラも隣に座りたがっていたが、馬車の中で身体強化の訓練をさせている。大分滑らかに魔力を操作できるようになってきたが、まだ無駄が多い。これから俺と一緒に冒険するなら、もう少し強くなってもらわないと。
一見ただ座っているだけの俺だが、実はこうしている間も平面魔法の新機能を検証していたりする。
新たに解放された機能、それは『カメラビュー』である。これは仮想のカメラを作り出し、その視点から見える映像を自分の視界に映し出す機能だ。どんな3DCGツールでも極当たり前にある機能で、基本中の基本どころか、無ければ欠陥ツールと言われても反論出来ないくらいの機能である。今まで使えなかったのが不思議なくらいだ。本当に基本的な機能なので、平面魔法を使えるようになったばかりの乳児期に試した事があったのだが、その時は使う事が出来なかった。だからこのままずっと使えないんだろうと思っていたのだが、気が付くと出来るようになっていたのだ。一体何が解放条件だったんだろうか?全く分からない。
このカメラは俺の意思で移動が可能で、かなりの遠距離まで移動させられる。今のところ大体2km先くらいまでだろうか。また、このカメラは不可視で物理的には存在しておらず、壁や岩などをすり抜けていく。人体や魔物の身体は突き抜けない。生の内臓なんて見たくないし、これは問題ない。おそらく、魔素の濃い所はすり抜けられないという事なんだろう。木の板はすり抜けたが立ち木はすり抜けなかったから、間違いないと思う。
ぶっちゃけると、覗きし放題のヤバい機能だ。しないけど。したいけど。
今、そのカメラは俺の真上約1000m上空から俺を見下ろしている。この距離だと、もはや俺などゴマ粒程にも見えない。人間ってちっぽけだ。見えるのは約2km四方の地形だけだ。まるでグーグ○アースのような…ん?グーグ○?ひょっとして、地図作れるんじゃね?
俺の平面魔法には、視界に入っている映像を切り取って保存する『スナップショット』機能がある。切り取られた映像はライブラリにテクスチャとして保存されるのだが、このカメラと組み合わせれば平面…いや、巨大な球に張り付けることで、正にグーグ○アースが再現可能なのではないだろうか?いや、アースじゃないけど。球ですらないかもしれないけど。お盆を象が支えてたらどうしよう?
試してみると、何の差障りもなくスナップショットが撮れた…おおう、またヤバい能力が増えたやんけ!
この世界の文明レベルを考えると、おそらく地図というのは軍事機密にあたるだろう。重要拠点や街道、生産拠点などの位置情報は決して他国に知られてはならないし、地形情報を知られれば行軍ルートを予測されてしまう。実際、元の世界でも近代までは地図を一般に公開していなかった。しかも、俺のスナップショットは精度が尋常じゃなく高い。これで作られる地図は、まさに最重要軍事機密だ。この事が国に知られたら、良くて監禁拘束、悪けりゃ奴隷化されて地図作製マシーンだ。ヤバすぎる。
それでなくても諜報し放題の千里眼だ。これは便利だが、絶対に知られるわけにはいかない。とはいえ、流石にクリステラにまで隠すつもりは無い。仲間に能力を知っておいてもらわないと、いざという時に危険かもしれないからな。しかし、秘密の強制が出来ない普通の冒険者を仲間に入れた場合は無理だ。リスクが高すぎる。これからも仲間を増やすときは奴隷一択になりそうだ。仕方ない。
ちなみに、このカメラの視点で見ているときは、本来の視界は塞がれている。DVDやBDの視点切り替えみたいな感じだ。盛大によそ見をしているようなもので、本当なら馬車の運転中にすることではない。現に、10cm程地面から飛び出した石に右前の車輪が接触し、盛大に跳ねてしまった。壊れたり横転したりという事はなかったが、後ろからクリステラの悲鳴が聞こえた。反省して視点を元に戻す。
「な、何かありましたの!?」
慌てたクリステラが馬車の中から訊ねてくる。ちょっと驚かせてしまったようだ。反省。
「いや、ちょっとよそ見してて石に乗り上げただけだよ。ごめんごめん。」
「そうでしたの。わたくし、てっきり魔物でも襲ってきたのかと思いましたわ。」
「ああ、それはこれからだよ。」
「え?」
「ほら、そこまで猪人が来てるでしょ?」
馬車の左手、約200m程のところに猪人が3匹、こちらに向かって駆けてくるのが見える。
「ど、どうするんですの!?た、戦うなら微力ながらお手伝い致しますわ!」
クリステラは随分と慌てている。ちょっと速度上げて逃げるか?いや、そういえばクリステラは実戦経験がまだ無かったな。男だと童貞と言われるが、女の場合はやはり処女だろうか?丁度いい、この猪人には初めての相手になってもらおう。元お嬢様と猪人。『クッ、殺せ』ではなく『クックックッ、殺すぜ』の『クッコロ』だ。
「じゃあ、身体強化の訓練の成果を見せてもらおうかな。2匹は僕が相手するから、残った1匹を頼むね。」
「わ、分かりましたわ!お任せ下さいませ!」
ゆっくり馬車を止め、猪人達を迎え撃つ準備に入る。馬車から降りた俺達はそれぞれの武器を抜き、近寄ってくるのを待つ。俺は剣鉈を右手に持ち、ダラリと下げている。クリステラは右手で細剣を抜き、半身に構えてやや膝を曲げている。訓練の時と同じ構えだが、やや動きが固い。初の実戦という事で、やはり緊張しているのだろう。
「大丈夫だよ。訓練の通りにやれば。父ちゃんほど速くも鋭くもないから。」
リアルチートな父ちゃんは、身体強化を覚えて本当に強くなった。大爪熊くらいならひとりで互角以上に戦えるくらいだ。それも真っ向から。クリステラは村に居る間その父ちゃんと訓練していたのだから、猪人程度なら十分戦えるはずだ。
「そ、そうですわね。とりあえず落ち着いて…そうですわ、先ずは天秤魔法でしたわね!」
身体強化と父ちゃんとの訓練で、クリステラの魔力はかなり増えていた。多分、初めて会った時の1.5倍くらいにはなっている。使用効率も上がったようで、魔力切れになる事もほとんど無くなった。そこで本格的な戦闘の訓練として、先ずは最初に天秤魔法で相手の強さを調べる癖をつけさせる事にしたのだ。相手の強さが分かれば、多少は戦闘が有利に進められる。
「…筋力に比べて体重が重すぎですわね。義父様より魔力も低いですし。」
「でしょ?油断しなければ大丈夫だから、落ち着いて対処してね。」
「はい!お任せ下さいな!」
そうこうしてるうちに、猪人達はもう20m程のところまで近付いてきていた。3匹とも大きな丸太を削った棍棒を持っているのが分かる。意図したのかどうか、縦一列になって向かって来ている。単に足の速さが違うだけかもしれないが。じゃあ、こちらも動きますか。
「先頭の奴を頼むね!後ろの2匹は任せて!」
そう言って俺は正面から突っ込んでいく。身体強化を使って全力疾走だ。あっという間に彼我の距離が無くなる。
俺の速さに先頭の猪人は少し焦った様だが、タイミングを合わせて棍棒を上から振り下ろしてくる。なかなかの判断と反応の速さだ。
俺は棍棒が当たらないギリギリの距離で急制動を掛ける。すぐ目の前を棍棒の先が通り過ぎ、そのまま地面へと叩きつけられる。その棍棒を左足で踏み、さらに猪人の鼻面を右足で踏んで飛び越える。
「ブギィッ!?」
踏みつけられた猪人が鳴き声を上げる。『お、オレを踏み台にしたっ!?』といったところか。
高く宙を飛ぶ俺を、2匹目の猪人が驚いた顔で見上げる。全くの無防備だ。
逆手に両手で持ち直した剣鉈を、落下の勢いを利用し、思いっきりその間抜け面の真ん中、眉間へ突き刺す。先ずは1匹。
崩れ落ちる猪人の両肩を踏んで剣鉈を引き抜きつつ、今度は左へと飛ぶ。俺が一瞬前まで居た空間を、最後尾に居た猪人の棍棒が通り過ぎていく。なかなかの速度だ。当たれば致命傷だったかもしれない。当たらないけど。
着地して少し距離を稼いだ俺は、横目にクリステラの様子を確認する。
半身に構えたクリステラは、決して止まることなく前後左右に動き続けている。少し踏み出して猪人の攻撃を誘発させ、空振りさせた隙を剣先で突き、あるいは切り付ける。それを繰り返して、少しずつダメージを積み重ねている。弱点を突けばすぐに片が付くだろうが、そこまでの技術はまだ無いので仕方ない。時間は掛かってもいい。勝てばいいのだ。
身体強化もスムーズに行えている。訓練の時より良いくらいだ。クリステラは実戦で伸びるタイプのようだな。どうやら問題なさそうだ。
意識をもう一匹の猪人に戻すと、俺に向かって棍棒を振り下ろしているところだった。バックステップで距離を取り躱す。危ない危ない。
クリステラを援護する余裕が欲しいので、こいつにもサクッと沈んでもらう事にする。
空振りで地面を叩いた棍棒を踏みつけ、それを握る右手(前足?)を剣鉈で切り飛ばす。
「ブゴオオォォッ!?」
猪人は痛みに悲鳴を上げ、のたうち回る。無防備な延髄に剣鉈を叩き込んで終わりだ。あっけない。
じゃ、クリステラを見守るとしますか。どれ、オッチャンにちょっと見してみ。
それから約5分、もうそろそろ決着のようだ。クリステラの相手をしている猪人は、全身血だらけになっている。かなりの血を失ったのだろう、動きがかなり鈍い。足元もふらついている。最初に比べれば明らかに遅くなった棍棒の振り下ろしをクリステラは余裕を持って避け、とどめの一撃を首に突き入れる。おそらくは延髄にまで達したその一撃で、猪人はゆっくりと倒れこんで動かなくなった。
「や、やりましたわ!わたくしひとりで魔物を倒せましたわ!」
初めての経験に、クリステラは喜びも露に飛び跳ねる。うん、可愛いんだろう、血まみれで刃物を持っていなければ。とりあえず水場を探さないとな。