第38話~主役っぽいよね、それ~
クリステラの手を曳き、逃げるように受付カウンターへと進む。視線はついてくるが、後を追ってくる者は居ない。てか、マジ勘弁してほしい。
カウンターの列はそれ程待つ事も無く進み、程なく俺達はミーシャさんの前に辿り着いた。もちろん狙ってこの列に並んだのだ。この列だけ回転が速い事に、テーブルから見ている時に気付いていたから。ミーシャさんは有能な受付嬢らしい。
「その歳で女の子を泣かせるなんて、お姉さん、ビート君の将来が不安だわ。」
ニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべて話しかけてくるミーシャさん。悪いけど、相手にはしない。心の余裕無いねん。怖いねん、あのテーブルの人達。
「ミーシャさん、薬草とか毒草とかの採取依頼ってない?」
「あら、構ってくれないのね。残念。薬草採取のはあるわよ。常時募集依頼だから、現物をあっちの納品カウンターに持っていってくれたらいいわ。」
「そうなんだ、ありがとう。それじゃあさ、薬草の現物もあっちに行ったら見せてもらえる?どんなのを取ってくればいいか知りたいからさ。」
「ええ、多分あると思うわ。薬草はいつも不足してるの。頑張って取ってきてね。」
そう言ってミーシャさんは笑顔で送り出してくれた。男共の怨念に晒された心が、少しだけ癒された気がする。
納品カウンターに行くと、受付は恰幅のいいおばちゃんだった。
「いらっしゃい!何の用だい、坊や!」
おばちゃんは横幅だけでなく、声もデカかった。
「こんにちは。薬草採取の依頼を受けたいんだけど、薬草の現物って見せてもらえる?」
「ああ、もちろんさ!たしか、昨日遅くに納品されたのが…あったあった、これだよ!」
そう言って見せてくれたのはシダ植物だった。葉は開いている。葉の大きさはゼンマイっぽいけど、シダ植物はあまり詳しくないのではっきりとした事は言えない。まあ、実のところ、詳しい種類なんてわからなくてもいいんだけど。
「ふーん、これが薬草か。この辺だと何処に生えてるの?」
「そうだね、河を少し下った先の、河原近くの森かね!たまに牙ネズミが出るから、行くなら気を付けるんだよ!」
牙ネズミは、地球で言うところのカピバラのような大型のネズミだ。ただし、あんなヌボーっとした生き物ではなく、非常に攻撃的で動きも速い。雑食で、時にはゴブリンすら襲って食べるという、かなり凶暴な魔物だ。とはいえ、大森林の魔物に比べたら可愛いものだ。何十匹居ようが俺の敵じゃない。
「うん、わかった。それで、コレ一本いくらで買い取ってくれるの?」
「根っこごと引き抜いて持ってくれば1本大銅貨2枚、根がないなら1本大銅貨1枚だね!」
根が付いてるだけで倍の値段になるのか。根にまで薬効があるのかね?1本あたりの価格は安いけど、数を揃えられたらソコソコ稼げそうだ。現状、お金には困ってないが、稼げるのなら稼いでおいた方が良い。あって困る物じゃないからな。
「そっか、ありがとう。じゃあ、行ってくる!」
「ああ、行っておいで!それと、意地悪して女の子を泣かせるんじゃないよ!」
「しないよ!」
おばちゃん、あんたもか!
◇
ボーダーセッツから西へ、河に並行して走る街道を1時間ほど進むと、確かに森に突き当たった。街道はここから森を南へ迂回している。俺達の用はこの森にあるので、迂回せずに森の中に突っ込む事にする。
どうやら割と頻繁に人が入るらしく、獣道よりはっきりした道が出来ている。その道をしばらく進むと、次第に起伏が大きくなってきた。単なる森ではなく、丘陵地帯に出来た森のようだ。そういえば、シダ植物は斜面に生えてるイメージがある。この近くに生えてるかもしれない。日本の森林の多くが山にあるから、そういうイメージがあるだけかもしれないけど。
付近を探索すると案の定、シダ植物が群生しているのを見つけた。しかし1種類ではなく、複数の種類が群生しているようだ。この中に薬草があるのかどうか、見分けるのは大変だ、普通なら。今回は訓練なので、俺達にとっては都合がいい。
「さて、じゃあ訓練…いや、実験を始めるよ。」
「はい、ビート様!…実験ですの?訓練ではなくて?」
胸の前で両手を握りしめ、気合いの入っているクリステラ。すぐ後に怪訝そうな顔で質問してくる。
「まあ、半分はね。だから、今回は上手くいかなくても問題ないから、気楽に行こう。じゃあまず、この中から薬草を見分けられる?」
「わかりました、やってみますわ!」
シダを見ながら天秤を使うクリステラ。こうして発動の様子を見ていると、目の辺りに魔力が集まっているのが分かる。何かを飛ばしてる感じではないから、気配に敏感な魔物にも使えそうだ。使ったら気付かれるという事は無いだろう。
「…申し訳ありません、長さや重さが分かるばかりで見分けがつきませんわ。」
暫くしてクリステラがギブアップを宣言してきた。シューンという描き文字が見えそうなくらい萎れている。まあ、普通の方法だと難しいかもしれない。
「じゃあさ、草むらをひとつの塊として、大銅貨何枚分の価値があるか調べてみて。」
「!!」
今回は前回魔力量を量った時の応用、『独自の価値基準の適用』と『効率的な魔法の使い方』だ。
ギルドで魔力量を量った時のケースだと、対象になった冒険者はちゃんと魔力を保有していた。それを量るものさしが無かったから、勝手に作って計量しただけだ。
今回はそれとはちょっと違う。当然ながら、薬草に銅貨が実ってるわけではない。薬草自体は自然の摂理に従って生えてるに過ぎない。そこに金銭的価値という『人が勝手に決めた価値基準』のものさしを当てはめるというのが、今回の訓練…いや、実験の趣旨だ。実験なので、失敗してもいい。
効率的な魔法の使い方は、今後機会があるであろう、選別や集団の評価という用途を見越したものだ。いつぞやのイナゴの群れの様なモノ相手に、いちいち個別に使っていたのでは魔力がいくらあっても足りるものではない。
「で、できました!出来ましたわ、ビート様!!その草むらの金額は大銅貨42枚、21本の薬草が生えてますわ!」
「おお、凄い!やったね、クリステラ!!」
クリステラが喜色満面で報告してくる。予想はしていたが、こういう使い方が出来るとかなり冒険者生活に有効だ。いや、冒険者じゃなくても生活の役に立つ。
たとえば、食材の目利きだ。鮮度の良い美味しいモノの値段を基準にして、その値段に近いモノを買えばハズレが無いし、腐った物は値段がつかないから間違って食べることもない。
また、盗賊のアジトを制圧した時も、金銭的価値がある物を優先して回収できる。これに関しては過去の経験もあるし、その辺の重要性は身に染みている。
俺がクリステラの魔法に見ている可能性、それは異世界転生モノ3大チートのひとつ(と俺が勝手に決めつけている)、『鑑定』だ。
物の価値や効果、相手の強さが分かるというのは非常に強力な切り札だ。駆け引きやはったりが全くの無意味になるのだから。それ故に多くのラノベで主人公がこのスキルを持っている。中にはこのスキルだけで成り上がる話もあるくらいだ。
残念ながら俺にそれは無かったが、自分に無いなら持ってる人を仲間にすればいい。チームでひとつの仕事をするようなものだ。俺が素材を作ってプログラマーに動かしてもらい、営業さんに売り込んでもらう。それで目的が達成できるなら問題ない。社会人なら普通の事だ。
ちなみに、俺が考える3大チートの残りふたつは『スキル強奪』と『アイテムボックス』だ。アイテムボックスが無い事は既に確認しているし、そもそもスキルというものが無いこの世界ではスキル強奪も無いだろう。
そうなると、疑似的とはいえ鑑定の使えるクリステラは、世界でただひとりのチート持ちという事になる。
…そういうのは普通、転生者の俺ちゃうのん?なんかオカシィない?おれ主役ちゃうん?
そういえばクリステラは婚約破棄令嬢だ。恋愛系Web小説の定番主人公。もしかして、この世界の主役ってクリステラ?
いやいや!自分の人生の主役はいつも自分や!世界にひとつだけの花やで!!
「ビート様、どうかなさいまして?」
俺がブンブン首を振っていると、心配そうな顔でクリステラがのぞき込んできた。うん、いい娘だ。美少女だし。悔しいが、この娘なら主役でも納得できる。もしも返り咲きストーリーが始まってしまったら、出来る限りのサポートをしてあげよう。まあ、ゲームじゃないんだから、そういう事は無いだろうとは思うけど。
「ううん、なんでもないよ。じゃあ、薬草を取って帰ろうか。魔力が切れたら俺が背負って運ぶから、バンバン魔法使っていいよ。」
「ビート様がわたくしを背負って…わ、わかりましたわ!お任せ下さいませ!!」
顔を赤くしてクリステラが胸を叩く。顔の赤い理由は察するけど、その時は自分は意識が無いって分かってんのかね?意識じゃなくて事実の有無が大事ですか、そうですか。
薬草の選別は魔法を使わなくても出来る。薬草が何本あるかは分かってるのだから、それと同じ本数ある草を選んで抜けばいいのだ。
魔法を使うのは今回だけだな。すぐに俺でも薬草が見分けられるようになるだろう。訓練だから、今日は限界まで魔法を使ってもらうけど。
それから126本の薬草を採ったところで、クリステラが魔力切れになった。心なしか、やりきった感たっぷりの男前な顔で眠ってしまっているのは気のせいだろうか?
天秤は魔力がいくらあってもいい魔法だから、しばらくは魔力量を増やす事を重点的に訓練するとしよう。そしていずれはチート化だ!
…俺も主人公っぽい事したいなぁ