第384話〜美味しいは禁忌?〜
三日掛けて大森林を縦断し、ようやく竜哭山脈の麓へ到着した。
と言っても、まだ森林限界には達していないから周囲の様子はあんまり変化がない。『ちょっとだけ傾斜してるかな?』ってくらいだ。
それでも、麓から見上げる山脈はさすがの偉容で、頂上付近は遙か先に霞んで見えない。あの何処かに竜がいるんだよなぁ。
今日はこの麓で一泊して、明日から過酷な登山だ。英気を養わなければ。
というわけで、周辺探索兼安全確保兼食料確保兼お散歩だ。ウーちゃんに運動させてあげないとな。
大型犬は一日二回、一回三キロ以上、つまり毎日六キロ以上の散歩が推奨されるんだけど、健康な成犬なら十キロ以上の散歩が必要だ。
今日はもう三十キロ以上歩いてると思うけど、散歩と伴走は別物。甘いものが別腹なのと同じで、自由な散歩ならいくらでも走れる。それがワンコだ。
「ということで、お散歩に行ってくるね。ついでに何か獲物を取ってくるよ。宿営準備は任せた」
皆に一言断ってから森に向かって歩き出す。
ウーちゃんは『お散歩』の言葉だけで、もう尻尾をバサバサ振っている。そうだよね、別腹だもんね。
ここまでついてきたクロは、我関せずで宿営地近くの木に登っていて、その尻尾はダラ~ンと垂れている。うん、行く気無いね。
「お待ち下さいビート様! アーニャさん、同行をお願い致しますわ! 分かってますわよね?」
「承知みゃ! 新しい魔物を捕まえてこないように見張るみゃ!」
クリステラが声を掛けると、アーニャがビシッと敬礼して応える。
皆の信頼(?)が厚い。
まぁ、もう大森林では捕まえないと思うけどね。毎日のように入り浸って、仲良くなったのはクロだけだし。
いや、でも、ここは普段入らない奥地で竜哭山脈の入口だしな。珍しい魔物がいるかもしれない。鹿とかカモシカとか。
でも草食動物は警戒心が高いからなぁ。見慣れない生き物が居たら逃げていくはず。
ただし奈良公園の鹿は除く。あいつら煎餅強盗だからな。特に春日大社近くの奴らは手ごと噛みついて奪っていくから要注意だ。
そう言えば、この大森林にも大角牛っていう草食動物が居たな。あいつらも人を見かけたら走ってくる。角で突き刺すために。
んー、こうしてみると例外って結構多いな。あんまり多いと一般っていう括りが無意味になるから困る。例外はほんの少しでいいんだ。この森に奈良公園の鹿が居ないことを祈る。
どうやらこの付近には例外は居ないみたいだ。小型の魔物は俺たちが近付くと逃げていくし、大型の魔物は肉食、だと思う。これも蛇だし。
「蛇はいいよね。肉が鳥っぽくて」
「アタシはちょっと臭みが気になるみゃ。ニンニクを擦り込んで唐揚げがいいみゃ」
「猿が居たら良かったんだけどねー。この辺には居ないみたいだね」
「アレは美味しかったみゃ! 熊より美味しかったみゃ!」
ついさっき穫れたのは全長二十メートルくらいある大蛇だ。胴回りは五十センチくらいある。丸々と肥えた大物だ。ウーちゃんが首に噛みついて仕留めた。
こいつ、こんな大きな図体をしているくせに毒蛇らしい。普通、大きな蛇は巻き付いて絞め殺すタイプが多いんだけどな。
マクガフィン先生によると
樹林大縞蛇
緑と黒のリング状の縞模様を持つ大森林固有の蛇。
毒蛇としては例外的に大型化する種で、全長三十メートルに至る個体もいる。
非常に強い神経毒を持ち、口内の毒腺から獲物に吹き付ける。
毒が粘膜等から体内に侵入すると、数分で呼吸困難からの窒息に至る。
ということらしい。
うむ、さすが大森林だ。草食動物じゃないけど例外だった。例外とは?
まぁ、これくらいの大物なら今日の夕飯のオカズとして十分だろう。麓へ来るまでに狩った熊の肉もまだ残ってるしな。
一昨日は大猿の群れに襲われたんだけど、その猿の肉は美味しかった。
猿肉ってなんか臭そうなイメージがあったんだけど、意外にも臭みはほとんど無く、牛肉と言われたら分からないくらい上品な味だった。
多分あれだな。人に似てるから、食べたくならないようにする本能が働いているだけなんだと思う。同族喰いは生物としての禁忌だから。
その割に、大猿は人を襲って食べるんだよな。理不尽だ。
でも俺たちは大猿が美味いことを知ってしまったから、これからも狩って食べることだろう。禁忌とは、一度踏み越えると抑止力が失くなるものなのだ。人間の業は深い。
「おっ、蛇の肝発見!」
「おー、金持ちに高く売れるやつだみゃ!」
蛇の肝臓、正確にはそれに付随している胆嚢だな。滋養強壮に効果があるってことで、貴族や大商人に人気の品だ。
生のほうが効果が高いらしいんだけど、保存の関係で干したものを売ることになる。生だと日持ちしないからな。
俺たちにはまだ必要ないけど、いずれ必要になるのかなぁ? その日は遠いほうがいいなぁ。
なんて考えてたんだけど、意外と早く使うことになった。
「……ご領主様、申し訳ありません」
「いやいや、丁度良かったってことで」
キャンプ地に戻ったら、ツアー参加者の何人かがダウンしていた。どうやら過労っぽい。
俺たちは身体強化があるから平気なんだけど、常人にはこの密林を何日も走り抜けるというのは、少々ではなく過酷だったみたいだ。
ふむぅ、これは要改善項目かもしれない。
そうだよな、中級冒険者って、若くて二十代後半、大半は三十代から四十代だ。中年にジャングル行軍は辛いよな。
もう少しペースを落とすか? いや、森の中に道を作って走りやすくする? 何にせよ、改善が必要だ。
今回は仕方がないから、夕食前に蛇の肝を擂り潰したものを少しだけ舐めてもらった。
金持ちに高く売れると言っても、俺の稼ぎからしたら微々たるものだ。惜しくはない。
明日はその蛇パワーで頑張ってくれ。
そしてこのツアーを大成功で終わらせるのだ! 俺の評判のために!








