第383話〜森のクマさんとネコさん〜
ツアー参加者の皆さんが拠点の街の発展具合に驚くところまでが予定調和。さらっと流して一泊してもらい、翌朝には竜哭山脈へ向かって出発だ。
「ビート様?」
「半リー(約一・五キロ)くらい先に大爪熊と大角牛がいるね。狩りかなぁ?」
大爪熊が大角牛を襲ったんだろう。なかなか派手なバトルを繰り広げてるっぽい。
「ビート様?」
「お? 大角牛が勝ったみたい。熊がこっちに逃げてくるよ」
大角牛も大爪熊に負けず劣らず凶暴だからな。図体もデカいし。今回は大角牛に軍配が上がったってことだろう。
問題は、負けた大爪熊がこっちに逃げてきてるってことだな。このまま進むと俺たちと鉢合わせになりそうだ。
「ビート様、誤魔化すのはおやめくださいまし。その闇黒豹は何処で拾ってきましたの?」
「うっ……」
クリステラが、俺に身体を擦り寄せながら歩いているでっかい黒ニャンコを指差して言う。反対側では対抗意識を燃やしたウーちゃんもピッタリ張り付いている。歩き難いことこの上ない。
黒ニャンコの体長は一メートル半くらい、体高は一メートル無いくらい。元の世界の豹よりちょっと大きいかな? 体毛は艷やかな漆黒なんだけど、よく見るとチャコールで豹柄が入ってる。
うん、黒豹だな。紛うことなき黒豹だ。
「ひ、拾ってないよ? たまたま森に入ったらクロがいて、モフモフしたら仲良くなっただけだよ?」
「もう名前付けとんのかーい! しかも黒いからクロって、安直過ぎやろがーい!」
キッカにツッコまれた。うむ、いつもながら良いツッコミだ。
でもさ、ノワールだとちょっとお洒落すぎだし、ブラッキーだと黄色い模様が入ってそうじゃん? 闇から取ってダクネスだとドMっぽいし。クロが一番無難だったんだよね。
最初は、ウーちゃんやタロジロと朝の散歩で大森林に入ったら木の上に居たから、捕まえてモフり倒したんだよね。そしたら懐かれた。
以後は、朝の大森林散歩の時に時々顔を見せるくらいで、別に餌をやったりは……何回かあげたな。狩った獲物をササッと血抜き解体した時に、要らない内臓をお裾分けしてやった。がっつり餌付けしてたわ。
まぁ、連れ帰ってはいないし? 飼ってるわけじゃないからセーフだよ。半野良だ。半野良の豹。
普通は野生か動物園で飼われているんだろうけど、ここは異世界だし、半野良の豹がいてもいいと思うんだ。ダメ?
「はぁ、これからは朝の散歩にも同行しなければいけませんわね」
「せやなぁ。いつの間にか屋敷の庭に岩亀もおったしなぁ」
「ああ、あの二匹な。庭石が毎朝違う場所に動かされてるから、何事かと思ったぜ?」
「あらあら、あの子たちは大人しくて可愛いわよ? うふふ」
「……ちゃんと雑草だけを食べ分けてる。賢い」
「アイツラは動きがなくてつまらないみゃ。もっと速く動く奴がいいみゃ!」
速く走る亀か。それはなかなかに哲学的だな。アキレスのパラドックスも居眠りウサギも成り立たなくなりそうだ。
ドルトンの屋敷の庭にいるのは、正確には『偽岩亀』と呼ばれている亀の魔物だ。ダンテスの町の近くの荒野に生息している、草食の大人しい魔物で、普段は岩に擬態している。
なんだか呑気で、ひっくり返すとジタバタするのが可愛くて、街道工事をしている最中に見つけたやつを思わず連れ帰ってしまった。名前は亀吉と亀代。
時々ウーちゃんやタロジロがスンスン臭いを嗅いでるのが、なんだか微笑ましくて和む。
「……これが上級冒険者か。闇黒豹がネコ扱いだぜ?」
「俺、昔アイツに追いかけられたことがあってよぉ。たまたま持ってた唐辛子の粉をぶつけて逃げ切ったけど、それ以来大森林に入るのが怖くてよぉ……今回は唐辛子、三袋しか持ってきてねぇんだけど、生きて帰れるかなぁ?」
へぇ、唐辛子ね。
確かに、辛味の主成分であるカプサイシンは、熊撃退スプレーや暴漢撃退スプレーにも使われている。効果はありそうだ。
ドルトンでも普通に手に入る香辛料だし値段も高くない。そういう使い方もアリだな。
俺たちは魔法の力によるゴリ押しで上級冒険者になった感じだから、経験はそれほど多くない。冒険者になってほんの数年しか経っていないしな。
けど、普通の中級冒険者たちは、そのほとんどが十年以上冒険者をやっているベテランばかりだ。俺たちの知らない経験をガンガン積んでいると思われる。
そういうつもりは無かったんだけど、このツアーはそのノウハウを知ることができるいい機会かもしれない。燻っていた中級冒険者のためだけじゃなく、俺たちの知見を広げる役にも立つかも。
うん、企画して良かった。
あ。
「さっき言ってた熊が来たよ。迎撃準備ね」
「「「っ! はいっ!」」」
女性陣がそれぞれの武器を抜いて身構え、ボブさんたちも前方を警戒する。
ウーちゃんは俺の左隣で身を低くし、クロはススッと音もなく木の上に登っている。あそこから奇襲をするつもり……いや、面倒だから避難しただけかもな。ニャンコだし。
あー、今は山から吹き下ろしの風が吹いてるのか。こっちが風下なんだな。
だから熊は俺たちに気付かなかったらしい。真っ直ぐこっちに向かってきている。
いや、気付いていても逃げないか。大森林では、人間なんて単なる餌でしかないんだし。
でも残念。もう五年以上前から、大森林の大爪熊は俺の獲物なんだよ。
前方の茂みから、ガサガサと何かが接近してくる音が聞こえる。バキバキと灌木を圧し折る音も聞こえる。
そして、藪を割って体長五メートル近い大熊が現れる。体毛が黒く、前足の爪が長い。大爪熊だ。
左後ろ足をやや引き摺っている。見れば、腿の辺りが血に濡れて赤黒くなっている。大角牛にやられたんだろう。
俺たちに気付いた大爪熊が立ち上がり、威嚇の咆哮を上げる。中級冒険者たちの腰が、目に見えて引けている。
大丈夫、俺たちは狩り慣れてるからね。ここは任せて。
「速攻で仕留めるよ! 散開!!」
「「「はいっ!」」」
合図と共に、女性陣が熊を囲むように散開する。
俺は正面で惹きつける役だ。熊の眼の前で左右にステップを踏んで注意を引く。ウーちゃんは低い唸り声を上げる。
熊が俺に気を取られている隙に、左へ回り込んだキッカが初手の矢を放つ。矢は熊の頚椎近くに刺さったけど、まだ致命傷にはなっていない。熊は痛みの咆哮を上げながら、首元の矢を抜こうと前足を振り回す。
その隙にキッカの反対側からアーニャが走り込んできて、熊の左膝の裏を剣で斬りつけ、そのまま走り抜ける。上手く筋を斬れたみたいで、立てなくなった熊が両前足を地面に突く。
苦悶の鳴き声を上げる熊に追い打ちをかけるように、クリステラの細剣とサマンサの槍の突きが下がった熊の頭に左右から突き刺さる。
サマンサの槍がいい所に届いたみたいで、熊は一瞬硬直した後、そのまま倒れ込んで動かなくなってしまった。
あっけないもんだ。全員で掛かる必要はなかったな。
「……出番無し」
「あらあら。仕方ないわね、解体だけでもしましょうか。ビート様、お願いします」
「はいはい。吊り下げておくね」
狩った熊の後ろ足に平面を貼り付けて持ち上げ、逆さまに吊るす。その真下に直径五十センチ深さ一メートルくらいの穴を掘る。
ルカがカトラスで熊の首を斬り落とし血抜きする。まだ心臓が止まって間もないから、ドバドバと穴に血が流れ出していく。
血が抜けて体温が下がった熊の体から、憑いていたダニがポロポロと落ちて逃げ出し始める。
うう、いつ見ても気持ち悪いなぁ。アレなんて一センチくらいあるよ? 見ているだけで体が痒くなる。
血が抜けきるまですることのないデイジーが、その落ちたダニを両手棍の先でプチプチと潰している……楽しい? 後でちゃんと洗っておくようにね?
「すげぇ……大爪熊が瞬殺だぜ」
「これが上級冒険者か……やべぇ、滅茶苦茶やべぇな。俺たちとは格が違うぜ」
ツアー参加者の皆さんにも満足いただけたようだ。
でも、格が違うなんて言って萎縮されるのは困る。君たちにもこのくらいはできるようになって貰わないといけないんだからね。
そうじゃないと、拠点を開放した意味がない。ガンガン大森林を探索して魔物を狩って、領にお金を落としてもらわないと。
「今回は僕たちで対処したけど、次からは希望者にも参加してもらうからね。大丈夫、ちゃんと補助するから」
俺がそう言うと、参加者からは『えぇ?』と『おぉ!』が半々くらいの割合で聞こえてきた。
まぁ、半分でもやる気のある人がいるなら御の字かな? ゼロじゃなけりゃ次に繋がるさ。きっと。








