第381話〜夢を捨てなかった者にだけチャンスは訪れる〜
「というわけで、冒険者学校の校長を引き受けてくれないかな、ボブさん?」
「何が『というわけ』なのか、分からないのですが?」
冒険者ギルドの俺の執務室へボブさんを呼び出して、校長就任への打診をする。
ボブさんは、以前仕事……いや、厄介事の時、依頼を受けてもらった冒険者だ。ユミナ侯爵の野望を粉砕したときに協力してもらった。凄腕の斥候で、冒険者としては上級一歩手前の中級冒険者だ。
その縁で、たまに領内の仕事を手伝ってもらったり冒険者学校の斥候関係の実技教官をしてもらったりしている。
斥候というのは周囲の気配に敏感じゃないと務まらない役割だ。人の心の機微にも敏感だったりするから、こういう人間関係が絡む仕事は適任なんじゃないかと思う。生徒からのウケも悪くないし、適任なんじゃないかな?
「うーん。ありがたい話ですし、もうそろそろ引退も考えてはいたんですが……私に務まりますかね?」
「大丈夫。ボブさんとは一緒に仕事をして、実直な人柄なのは理解してるから。多分向いてると思うよ、校長先生」
もう四十歳くらいかな? 確かに引退を考える年齢だ。
人間、中年を迎えたら一気に体力が落ちるからなぁ。しかも気付かないうちに。
冒険者というのは過酷な仕事だからな。体が資本、体力が無ければ務まらない。
……駅までのほんの三百メートルが走れなくなるんだよな。イレギュラーが起きて終電ギリギリ、走らなきゃ間に合わないって時になって初めて気付くんだよ。
別に全力疾走ってわけでもないのに、息が切れて走れなくなるんだよなぁ。まだまだイケるって思ってたのに。あれには愕然としたね。
サラリーマンならそれでも騙し騙し仕事を続けていけるんだけど、冒険者はそうはいかない。体力の低下は即、命の危機に繋がる。走れなくなったら強い魔物から逃げ切れない。
だから、中年を超えると現役冒険者の数はガクンと少なくなる。壮年以上の冒険者なんて、全体の五パーセントもいないんじゃなかろうか?
村長と王様? あの人達は別。元気過ぎ。十代よりも体力があるんじゃなかろうか?
「ふむぅ……悪くない話だとは思うんですが、少し考えさせてもらえますか? もう少しだけ現役でやってみたいんですよ」
「ん? 何か心残りでも?」
「いや、大したことじゃないんですが、冒険者としてやり残したことがありまして」
ボブさんが、些か気恥ずかしそうに頭を掻く。
「へぇ。聞いても?」
「いや、本当に大したことじゃないんですけどね。その、あそこに行ってみたいんですよ」
そう言うと、ボブさんは執務室の南に開いた窓へと顔を向けた。その先には長く続く街の外壁、その向こうに大森林の木々――そして竜哭山脈が望いていた。
◇
「ということで、『ドキドキ! 竜哭山脈までドラゴンを見に行こう! ポロリもあるよ?』ツアーを開催します!」
「いや、何が『ということ』なんか分からんし、ポロリってなんやのん?」
うむ。ここ数日、何人かに同じようなツッコミをもらったけど、やはり関西弁のツッコミは一味違う。本物って感じがする? やはりキッカはうちに不可欠な人材だ。
「ボブさんがね、引退する前に一回でいいからドラゴンを間近で見てみたいんだって。僕も竜哭山脈のドラゴンは見てみたかったし、丁度いいから行ってみようかなと思って」
そういう事らしい。
まぁ、飛竜なら見る機会があっても、ドラゴンは中々見る機会がないからな。あいつら、繁殖期と巣分けの時以外は縄張りから出てこないから。
それに、俺も竜哭山脈のドラゴンは、一度近くで見てみたかったし。遠くからしか見たことなかったからなぁ。山の上を飛んでるのを見たことがあるだけ。
そう、遠くからでも見えるくらいデカいんだよ、あいつ! 多分百メートル超えてるぞアレ!
ファンタジーの代名詞にして巨大生物! 見に行かない理由がない! 行かなきゃでしょ!
いや、俺も何度か見に行こうとしたんだよ? けど、アレやコレやのゴタゴタで先送りになってたんだよな。
だがしかし! ついにその機会が巡ってきたのだ!
ドラゴンとの邂逅を望む同志が現れたのだ! 今行かないでいつ行くの! 今でしょ!
「でもさ、ボブさんは大森林を踏破して竜哭山脈へ行きたいらしいんだよね。冒険者としての矜持ってやつ? ちゃんと自力で大森林を踏破したいんだって。だからちょっと時間がかかるかも」
「いや、だからポロリってなんやねん?」
「あらあら。でも、それじゃ沢山荷物が必要ね。森の中じゃ馬車も使えないし」
「そうですわね。それに、わたくしたちもビート様も仕事がありますし、あまり長い期間は休めませんわ」
「むう、どの道アタシは行けないじゃない! もう、つまらないわね! 子供が生まれたらアタシも行くからね!」
まぁ、妊娠中のジャスミン姉ちゃんは無理だな。冒険というか、暴れるの大好きな鉄砲玉娘だから自分も行くとか駄々をこねるかと思ってたけど、ちゃんと自分の状況は理解してくれているみたいだ。安心した。
……いや待て、まさか子連れで行こうとか思ってないよな? ないよね? そんな家族旅行は無いからね?
「それなんだけど、ジョンの所までは簡単に道を整備して、そこから先を踏破する形にしようかなと思ってるんだよね」
「せやから、ポロリってなんやねん?」
「うみゃ? ついに拠点を公開するみゃ?」
「うん、いつまでも隠してはおけないし、王様にはもう見せちゃってるしね。冒険者学校を修了した冒険者の活動拠点としても利用できるし」
「……税収アップ!」
そうそう、それそれ。
冒険者がジョンの街を拠点にしてくれたら、その活動で領の税収も上がる。税収が上がれば公共投資ができて、また景気が上向く。そしてまた税収アップという好循環だ。トラタヌだけど。
そうだな。その増収分で、怪我や老齢で引退した冒険者を支援する基金を作ってもいいな。
今は全てが自己責任で、引退後の保障なんて何も無い。引退後に困窮する人も少なくない。そういう人向けに軽作業を斡旋する支援団体を作ってサポートする。そのための基金だな。
いや、俺の領地に住んでいる人全てに向けた活動のほうがいいか。そのほうが領内の安定に貢献しそうだ。うん、アリだな。
「よし! それじゃ早速街道から拠点へ向かう分岐を作ってくるよ! 出発はその後だから……五日後くらいかな? 皆、準備しておいてね!」
「「「はい!」」」
うむ、いい返事だ。
「せやから! ポロリってなんやねーん!」
さて、なんだろうね? 俺にも分からない。








