第376話〜魔道具研究所、始動〜
次回も強制参加が決まった武闘大会も終わり、慌ただしい日常が戻ってきた。
まだ王国とノランの戦争は続いているけど、国内は概ね平常運転だ。そもそもの話、王国とノランの関係はずっと険悪だったから、これが通常状態ということかもしれない。
関係が改善されるとしたら、それこそどちらかがもう一方を征服するくらいしかないんじゃなかろうか。戦争って悲しいな。
けど、そんな戦争を早期に終わらせる方法も、無くはない。俺が征って暴れてくればいい。
俺は『無自覚やっちゃいましたか系主人公』じゃない(そもそも主人公じゃないと思っている)から、自分の能力を割と客観的に把握している、と思っている。
それによると、俺の能力は破格中の破格で、正直言って無敵に近い。ドラゴンはもちろん、戦い方次第では主神六柱とも互角に渡り合えるだろう。
その俺が、たかが一国の軍隊程度に苦戦するとは思えない。
同じ【平面魔法】を使う相手が居ればその限りではないけど、【平面魔法】は固有魔法らしいから、同時代にふたりは存在しないはずだ。
もっとも、対【平面魔法】対策も考えてはあるから、もし相手が同じ魔法を使ってきても負ける気はない。俺は用心深いのだ。
『こんなこともあろうかと!』は、一生で一回は言ってみたいセリフだしな。
ただ、俺がノランで暴れてきても、それは『俺』が勝ったのであって『王国』が勝ったわけではない。戦争で勝ったのではなくて、俺個人が勝っただけになる。ノランの主張する『魔王』が暴れただけだ。
それでは駄目だ。
俺が居る間はいい。俺が睨みを利かせていれば、恐怖で従わせることができるだろう。
しかし俺が居なくなったとき、その恐怖は反動となって溢れ出すに違いない。反乱だ。
こういうのは、支配している間に善政を敷けばいいというものではない。支配された歴史自体を恥として、その反発で発生するものだからだ。日本の隣国が尽く反日教育を行っているのを見れば一目瞭然だろう。
俺が居なくなったとき、反乱は必ず起こる。
それを防ぐには、俺じゃなくて王国が勝たなくてはならない。王国の兵が戦い、王国政府が支配するのだ。
であれば、その支配が続く限り反乱は起きない。時間を掛けて同化政策を進めることもできるだろう。戦後の日本とアメリカの関係だな。
実際、王国の三侯爵家は元々別の国の王族で、それが同化政策によって吸収されたものだ。
しかし、第二王子のクーデターによって王国の基盤が揺らいだことで支配が緩み、元ユミナ侯爵家の反乱という大事に至った。まぁ、鎮圧されたけど。
逆説的に言えば、支配が揺らがなければ反乱は起きなかった。
同じことをすれば、ノランは緩やかに王国領となり、その支配を受け入れるだろう。
まぁ、何が言いたいかっていうと、王国を早期に戦勝国とするために何かできないかなってことだ。戦争なんて早く終わらせたい。それも、できるだけ自分は目立たずに。
「目立ってはいけませんの?」
「目立つことをしたら、結局僕が活躍したことになっちゃうじゃん」
「なるほど、前線で暴れたんと同しってことやな?」
「そういうこと」
ドルトンの屋敷のリビングで寛ぎながら、皆に相談する。左手にティーカップ、右手にウーちゃんの頭。俺、寛いでるなぁ。
「折角魔道具開発の権利を貰ったんだし、何か役に立つものを作りたいなと思ってさ。それで何を作るか、皆に意見を貰おうと思って」
「そういうことかよ。まぁ、アタイらの出す意見が役に立つかは分かんねぇけどな」
「あらあら、そうねぇ。料理の献立とは違うものね」
いやいや、意外と専門外の人の意見のほうが的を射ていたりするんだよね。専門家はそっちに意識が向き過ぎていたりするから。
「単純に、強い武器じゃ駄目なの? バーンって、ドカーンって感じなやつ!」
ジャスミン姉ちゃんはシンプルだ。近接戦闘の専門家だからな。意識が向き過ぎの典型だ。
「武器は駄目。戦局を左右するような武器、兵器は、それを開発した人が評価されちゃうから。もっと目立たず、かつ効果的なものが欲しいんだよ」
「難しいみゃ! アタシは降参だみゃ!」
「……同じく」
アーニャもデイジーも、思考型じゃなくて場面対応型だからな。高度に柔軟な思考でもって、臨機応変に対応するってタイプ。つまり行き当たりばったり。
「ん〜、声を大きくする魔道具、なんてどうですの?」
「ほほう? なかなか良さそうだね!」
拡声器か。それはアリだな。あの大会の時も、ソレがあればもっと盛り上がったかもしれない。
「ですわよね? 戦場じゃ双方の雄叫びや銃声で声が届きにくいと思うんですの。大きな声で指令を伝達できれば、それだけで戦局を動かせますわ」
「なるほどなぁ。けど、それやと敵にも指令が聞こえてまうんちゃう? 暗号にせな、次に何をするかバレてまうで?」
「それは……そうですわね」
キッカの指摘で、クリステラが萎んでしまった。
でも、着眼点は悪くないと思う。問題は、相手にも筒抜けになってしまうという点だけだ。
暗号ねぇ……トラ・トラ・トラとか? それ、末端兵にも分かるかな?
もっと簡単で、自動で復号してくれるような……あっ!
「それだ!」
「どれですの!?」
「これよ! おかわり!」
違うジャスミン姉ちゃん、バタークッキーじゃない! 妊婦だからって食べ過ぎないようにね!
「これだよこれ! これを簡素化して量産するんだよ!」
そう言って、俺は腰のポケットから魔導ケータイを取り出した。
◇
「作りは中々に複雑ですね。特にここの魔法陣が細かい上に、複層化されて数カ所で接合されています。解析には時間がかかりますよ?」
王都の魔道具研究所から引き抜いてきた主任研究員兼所長が、バラした魔導ケータイをルーペで覗き込みながら言った。
四十代後半の痩せぎす中背猫背、白髪交じりの黒髪オールバックで鷲鼻ギョロ目という、見ただけでマッドなスメルが漂う御仁だ。俺が用意した白衣がそれを助長している。
しかしながら、その能力は折り紙付きだ。
彼の書いたコンロ魔道具の解析に関する論文を読ませてもらったけど、そこには解析結果と考察、検証だけでなく、改良案とその検証結果まで書かれていた。改良した結果は、残念ながら爆発というオチがついていたけど。
つまり実践するマッドサイエンティストってことだ。いいね!
「ふむふむ。まずは同じ機能を模倣するところから始めてみてよ。最初は巨大でもいいからさ」
「なるほど。そこから機能を追加したり削除したりしながら、実用可能な大きさまで小さくするということですね?」
「そうそう」
リバースエンジニアリングってやつだな。現物を解析して複製する。
現代でやると著作権やら商標権やらで訴えられるけど、この魔導ケータイの権利を持っている人はもういない。なにしろ二千年近く昔の製品だからな。
むしろ、これを複製すれば俺がその著作権者のひとりになる。
それを王国に提供して量産してもらえば、権利料でウハウハだろう。クックックッ、儲かる予感しかしないぜ。
「久しぶりに見たわ、ビートはんの黒い笑顔」
「頼もしいですわ!」
陰から戦争に貢献し、自身も儲ける。これが利口な立ち回りというものよ!








