第370話〜プライドを守るための必要経費〜
「そりゃお前ぇ、金髪奴隷が溢れてたら王家の威厳が損なわれるからに決まってんじゃねぇか」
シフォンケーキを豪快な手づかみで口に運びながら王様が答える。思ったより普通の理由だった。
新人文官たちをドルトンに降ろして冒険者学校に教育を丸投げし、返す刀で王都、そして王城へと乗り込んだ。冒険者学校の教員は泣きそうな顔してたけど、ボーナスは弾むから許してね?
で、いつものように青薔薇の間で王様と密談だ。今日はふたりっきりだからか、いつにも増して王様のお行儀が悪い。手土産の生クリーム添えシフォンケーキがバクバク食われてる。
まぁ、言われてみれば当然か。
王家の象徴とまでは言わないけど、金髪は高貴な家柄に多く見られる髪色だ。それが奴隷にゴロゴロいたら、王家や貴族の優秀さが疑われる。ひいては、王家への求心力が低下する事態に繋がらないとも言い切れない。
だから王家が回収しているってわけか。
「つっても、全部を買い取れるわけじゃねぇけどな。お前ぇみてぇに、いきなり掻っ攫っていく奴もいるし」
「ははは、それはしょうがないよねー」
そうか、デイジーとクリステラはタイミングが悪かった、いや良かったのか。王家が動く前に俺が買っちゃったわけだ。俺にとっては運が良かった、王家にとっては運が悪かったわけだ。
もっとも、俺がふたりを買ったときの王国は革命騒ぎで混乱していたからな。そういう機能がまともに動いてなかったという理由もありそうだ。やっぱり俺は運が良い。
「それで、カモミールさんは引き取らせてもらえる?」
「無理だな」
「なんで!?」
三切れ目のシフォンケーキにクリームを盛りながら、あっさり王様が否定する。
「言ったろ? 金髪奴隷は表に出したくねぇんだよ、王家としてはな」
「それは分かるけど……ちょっと待って? だとしたら、買い取った奴隷ってどうしてるの? まさか!?」
表に出したくないなら、一番簡単な手段は――処分すること! そうすれば後顧の憂いはなくなる!
「いやいや、待て待て。お前ぇが考えてるような事ぁねぇよ! おっかねぇ気配を垂れ流すんじゃねぇ!」
おっといかん、殺気が漏れてしまった。まだまだ未熟だな。反省。
けど、王様の説明次第ではこの殺気を本気にすることも辞さない覚悟だ。それくらい重要なことだ、これは。
「回収した金髪奴隷たちは離宮に送って教育してんだよ。そこで離宮の使用人として働いてもらってる。借金を返し終わってもそのまま雇用だ」
「なんだ、思ったより良心的じゃん」
離宮は王家のプライベートエリアだ。内部情報は極秘にしなきゃならないから、そこの管理を奴隷にやらせるのは理に適ってる。解放された後に雇い続けるのも当然の処置だな。
「お前ぇ、王家をなんだと思ってるんでぇ? 盗賊ギルドじゃねぇんだぞ?」
「そうなの?」
だって、ねぇ? 政府って、その国で最大勢力の暴力団じゃん? 民からみかじめ料(税金)を取って構成員(兵士)を集めて、跳ねっ返り(犯罪者)や余所者(外国)を排除するんでしょ? ほら、暴力団じゃん。
だったら、人様に顔向けできないような何かを裏でやらかしていても不思議じゃない。こんな文化レベルの世界なら尚更ね。
「当たり前ぇだ! だからよ、教育が終わったらシャルちゃんの付き人として送り出してやるからよ。それまでは我慢しな」
「まぁ、そういうことなら……ちゃんとその時までしっかりお世話してあげてね?」
「わぁってるよ。侍従長には念を押しとく」
わんぱく姫の付き人か。この辺が妥協点かな?
デイジーには申し訳ないけど、今は待ってもらうしかなさそうだ。
ってか、一ホール全部食っちまったよ、この王様。実は甘党か?
◇
「……ん、待つ」
「ごめんね、期待させて」
「……ううん。生きてて、どこに居るのかも分かってて、何年か待てば一緒に暮らせるのが分かっただけで十分。若、ありがとう」
その日の夜、王都邸の寝室でデイジーに経緯を話した。デイジーは特に落胆することもなく、淡々と状況を受け入れてくれた。
表情はいつもどおりの無表情だったけど、普段より多い口数が感情の昂ぶりを物語っているように思う。内心、すぐに会えない悲しさと、少し待てば会える嬉しさの葛藤があるんだろう。
「でも、早くて数年後だよ? 待てる?」
「……問題ない。待つ」
そう言って、デイジーが俺に抱きついてくる。食事量も運動量も増えてるはずだけど、相変わらず小柄で細身のままだ。若干、肉付きは良くなったけど。
「……会えたら、孫を見せて驚かせる」
「孫!?」
「……ふたり」
「ふたり!? えっ、それ【先読み】で!?」
「……秘密」
デイジーの固有魔法【先読み】はちょっと前まで数秒先までしか見通せなかったけど、熟練度は日々向上してる。もしかして、数年先まで見通せるようになってる?
その夜は宣言通り、たっぷりご奉仕された。小柄なデイジーとの行為は背徳的だったけど、気持ちよかった。
……こっちの習熟度も向上してる?








