第369話〜あの人はいま〜
「件の奴隷なのですが、例の商会がドルトンから引き上げる際に、一緒に王都へと連れ帰ったようでございます」
「うん、そこまでは知ってる。ドルトンでは売り払わなかったんだよね?」
「はい。なにしろ『金髪』だったそうですので」
「金髪、か」
チャーリーさんがチラリとクリステラ、そしてデイジーへ視線を送る。このふたりも金髪だからな。
とは言え、クリステラは綺麗なブロンド、デイジーはやや赤味の強いハニーブロンドって感じで、色味はちょっと違う。
これは俺も最近知ったことなんだけど、どうやらこの国では、金髪というのは一種のステータスらしい。というのも、金髪というのは王家の血を引いているかもしれない証だからだそうだ。
どういうことかというと、それはこの国の建国の頃まで話が遡る。
昔むかし、古代魔法王国が神様の怒りを買って滅ぼされた後、この大陸は小国が割拠する戦国時代へと突入していたらしい。
そして数多の小国を下して大きな版図を築いたのが『セントラル王国』だったんだけど、それは非常に短命な王国で、すぐに東西に分裂してしまったそうだ。
そのうち、東側の王国は徐々に力を失って再び小国に分裂してしまい、今のエンデやエルフの国、ドワーフの国となったらしい。理由は魔物。魔法王国がなくなって魔境が息を吹き返したってわけだ。
一方で西側は統治に成功し、今も続くこのウエストセントラル王国になったのだそうだ。
で、この初代ウエストセントラル王国の国王と王妃が金髪だったらしい。なので王家には金髪が生まれることが多く、婚姻政策で血が混じった三侯爵家も同様に金髪が生まれやすくなっているそうだ。クリステラはこの例だな。
そして、王家の親族である公爵家にも当然金髪は生まれやすいんだけど、この国の決まりでは公爵家は一代限りで、次代からは男爵家に降格される。
なんでそういうシステムになっているのかというと、傍系から王位継承権を取り上げるためなのだそうだ。王室規範というものがあって、そこには王位継承権があるのは侯爵家以上の家格で王家の血を引く男子と明記されているのだとか。
そんなわけで、金髪が生まれやすい血筋の男爵家というものが、この国には少なからず存在するわけだ。
とはいえ、男爵家だからそれほど裕福なわけではなく、ちょっと世渡りに失敗すれば没落して平民に、更に失敗して奴隷落ちなんてことも十分に起こり得る。おそらくデイジーはこのパターンだ。
そして、デイジーの母親も。
「それでですね、デイジー様の御母上のカモミール様なのですが、所有していた商会が結局倒産してしまったようでして、資産整理として王都で売りに出されたそうにございます」
「……っ、お母さん!?」
デイジーが驚きの声を上げる。普段物静かなデイジーには珍しい。
そう、俺はデイジーを買ったその時から、密かに彼女の母親の行方についても捜査の手を伸ばしていたのだ。やっぱり母娘は一緒に暮らしたほうがいいんじゃないかと思って。お父さんは物心ついたときには居なかったらしいから、せめてお母さんだけでも、ってね。
でもデイジーの所有者だった商会の足取りが掴めなくて行き詰まってたんだけど、餅は餅屋、奴隷のことなら奴隷商ってことで、優秀な奴隷商であるチャーリーさんに情報収集をお願いしていたというわけだ。蛇の道は蛇とも言う。
ちなみに、ボーダーセッツでレストランを任せているオーガスタの母親も奴隷として売られていたんだけど、こちらは既に販売先の特定に成功して、買い取りを終えている。今はオーガスタと一緒にレストランで働いている。
オーガスタ自身も俺の奴隷だったんだけど、既に自分の買い戻しを終えていて、今は平民になっている。けど、うちは雇用条件がいいので引き続き働かせてほしいとのことだったから、今も変わらずレストランを任せている。いずれうちの商会の飲食店部門の総括にしようかと思っている。
「じゃ、今は王都の奴隷商に?」
「いえ、それがその、既に買い手がついて売り払われたようでして」
「ありゃ、一歩遅かったか。それで、買ったのは誰?」
あんまり自覚はないんだけど、俺は王国でも上位の貴族らしい。
なので、ちょっと無茶をすれば、その買い手から強引に買い戻すこともできるはず。権力は使えるときに使わないとな。
「それが……どうやら王家のようでございまして」
「王家!?」
まさかの王家!? よりにもよって、唯一権力が通じないところ!?
むぅ。さて、どうしたものやら。
◇
「……若、お母さん……」
「うん、探してたんだよ。黙っててごめんね?」
確保した人材を乗せてドルトンへと向かう短い空の旅の途中、ギガントもどきを操作する俺に、おずおずとデイジーが話しかけてきた。当然、さっきの件だ。
「……ううん。若の考えは分かってる。ありがとう」
見つからなかった、あるいは既に死んでいた場合は黙っておこうと思ってた。期待が空振りに終わると悲しいからな。デイジーはそれを察してくれたらしい。
地頭がいいんだよな、デイジーは。奴隷だったから教育されていなかっただけで。
今は俺が色々教えてるから、普通に貴族の子女レベルの教養がある。もしかしたらそれ以上かも?
美少女で魔法も使えるし、しかも固有魔法だし。マジで貴族子女としてやっていけるスペックがある。
もしかしたら、本当に王家の血を引いているのかもしれない。この国の慣習からすると、王家の祖は優秀な魔法使いだったハズだからな。
なんか、どういうわけだか、俺の周囲には王族関係者がチョコチョコいるんだよな。
俺の婚約者はこの国のお姫様だし、クリステラは元侯爵家令嬢で元第二王子の婚約者だったし、アーニャは亡国の王女様だ。
ここに王族の血を引くかもしれない少女が加わったところで大きな違和感はない。『へぇ、そうだったんだ?』くらいの感想だ。
もっとも、デイジーだけじゃなく、他の皆も全員、可愛い俺の嫁だ。それは何も変わらない。
「……丁度、今夜はアタシの番。お礼に、いっぱいご奉仕する」
「お、お手柔らかにね?」
嫁だけど、この国じゃ合法だけど、デイジーは小柄だから背徳感が、ねぇ?








