第367話〜稼ぐと嫁ぐは貴族の仕事〜
「ふむ、西のソー子爵家か……嫡男は目が見えないと聞いておるが? おお、これも美味いな! この汁がいい! 塩気と旨味が丁度よい! この鍋の周りに付いている調味料か?」
「うん、味噌っていうジャーキンで作られてる調味料だよ。今は僕の領地でも作り始めてるけどね。しばらく寝かせないと美味しくならないから、使えるようになるのは早くて来年かなぁ? ソー家の嫡男は確かに盲目だけど、今は魔法の応用で、日常生活どころか戦闘も問題ないくらいに動けるようになってるよ。むしろ、見える人より強いかも。魔法もすごく有用な固有魔法だしね」
土手鍋美味しい。牡蠣と野菜から出る旨味と、やっぱ味噌だよなぁ。
牡蠣以外の具材はこの宿の厨房にあった野菜類らしいけど、春菊っぽい葉野菜がいいアクセントになっている。
白菜がないのが残念だ。白菜のない鍋は何か物足りない。代わりにキャベツみたいな野菜が入っているけど、キャベツだとモツ鍋になっちゃう気がするんだよなぁ。生姜と唐辛子が利いているからかもしれない。
子爵に、同級生で教え子で弟子(?)であるコリン君を紹介した。ここ、レッドティップスのお隣のソー子爵家の嫡男だ。
コリン君は生まれつきの盲目というハンディキャップを持っていたけど、俺が手ほどきして気配察知を覚えさせたから、今は日常生活程度であれば問題がないようになっている。
それどころか、視覚に頼らず周囲を探れるから、普通の人より視野が広い。不意打ちを喰らわないから、戦闘能力に限れば学年トップクラスだ。特に乱戦では抜きん出て強い。
なにより、その固有魔法が秀逸だ。超級チートの代名詞と言っても過言ではない『アイテムボックス』だからな。有用性では俺の『平面魔法』に匹敵するんじゃなかろうか?
まぁ、筆記試験の成績は平均以下なんだけど。こればかりは、文字が読めなかったから仕方がない。
今は魔石粉末入りのインクで文字の練習中だ。これなら文字が見えるからな。
「ほほう。フェイス殿がそう言うのであれば、かなりの有望株なのだろうな。ミカエラ、お前、学園に帰ったらそのコリンという男を見極めてこい! お前が気に入るようなら嫁に出す!」
「うん、分かったお父ちゃん! うわ、このトウフってやつ、牡蠣より柔らかい! 不思議な食感!」
うむ、その豆腐は自家製だ。ルカ自慢のお手製絹ごし豆腐。土手鍋は絶対作る予定だったから、王都屋敷のストックを持ってきた。
大豆があって味噌が作れるなら、当然豆腐だって作る。作り方はそれほど難しくないしな。
まぁ、美味しい豆腐を作るのは大変だけど。素材の選別に適切な分量、火加減等々、知識と経験の積み重ねが求められる。
でも、うちはほら、母ちゃんっていう料理チート持ちがいるから。
『こういう感じで』っていうのを伝えて材料を渡しておいたら、二週間くらいでほぼ理想的な絹ごし豆腐と木綿豆腐を作ってくれた。うちの母ちゃん、マジチート。
ついでに超硬い木綿豆腐の『岩豆腐』も作ってくれたし。四国の山の中の特産品のアレ。豆腐ステーキにしたら、マジで肉と変わらない歯ごたえでびっくりした。あれは豆腐の概念が変わる。頭ぶつけたら、死なないにしてもかなり痛いに違いない。美味しかったけど。
まぁ、豆腐を作るなら納豆も作るだろう。作ったよ。
でも、皆には大不評だった。あの臭いと見た目は、欧米人系のこの世界の人には受け入れ難かったらしい。食べたのは俺とワンコ達とイヌ耳組だけだった。
キッカなんか、
「腐ってるやん! こんなん食う奴の気が知れんわ!」
と、関西人のようなことを関西弁で言っていた。この関西人め。
ワンコ達とイヌ耳組には、逆に大好評だった。ワフワフ言いながら食べてた。
バジル曰く、
『この臭い、クサいんですけど、何故か、気になるんです。味も、いつまでも、口に残るんですけど、なぜだか、もっと食べたく、なるんです』
ということらしい。隣でリリーもコクコク頷いてた。
まぁ、ワンコは納豆が好きなんだよ。前世でもたまに食べさせてた。唸りながら食べてたな。だから、イヌ系獣人のバジルたちが気に入っても不思議じゃない。
ちなみに、俺は好きでも嫌いでもない。出されれば食べるけど、どうしても食べたくなる程ではない。関西出身者にはそういう人も多い。
なので、納豆はたまに作る程度だ。バジルたちが食べたいって言うから、月一くらいで。
おっと、話が逸れてしまった。
というか、ミカエラさんはそれでいいのか? ちょっと親の言うことを聞き過ぎてない? 自分の将来の話だよ?
いや、これが普通の貴族家の令嬢なのか。クリステラも言われるがままに第二王子の婚約者になってたもんな。
別に、簡単に俺から乗り換えるって話になったから、ちょっと複雑とか思ってないし? 『俺ってその程度?』とか思ってないし? 俺はもう沢山嫁がいるから、これ以上増えても困るし? 悔しくなんてないし?
……まぁ、ちょっとだけ悔しいかも。ちょっとだけ。
とにかく、これでミカエラさんの件については一件落着かな? 大好きな牡蠣を食べて、ホームシックも解消されたことだろう。
「ふう、美味しかったぁ。牡蠣にこんな食べ方があったんですね! アタシ、大満足……あっ、まだ生牡蠣を食べてない!」
……うん。採ってくるよ。
◇
「ふむ、これらの料理を広めれば、この地に人を呼べるかもしれんな。名物料理になるかもしれん。丁度、牡蠣は冬が旬であるし、旅をしてくるのは比較的安全であろう」
俺がちょっとお暇して採ってきた追加の牡蠣を、生のまま柑橘の絞り汁で食べながら子爵が喋る。
……なんで俺がホストになってるんだろう? ここ、子爵の領地だよな? 俺、饗される側だよな? まぁ、今更だけど。
冬の旅が比較的安全というのは、寒くなると魔物の活性が下がるからだ。寒くなると動きたくなくなるのは、人も魔物も同じらしい。
「そうだねぇ。けど、人が来たら来たで、牡蠣が足りるかね? 採るのも大変じゃないかい?」
「うむ、そこだな。多少とは言え危険を冒して来たのに、肝心の名物が無いでは話にならん。どうにか安定して大量に牡蠣を採る方法を考えねばな」
子爵と夫人が真面目に領運営の話をしている。名物って、俺が牡蠣料理のレシピを渡すことは決定事項なの?
いや、いいんだけどさ。この世界では料理レシピにも特許権みたいなものがあるし、多少の使用料を貰えれば。
「それじゃ、養殖とかしてみたら?」
「「養殖?」」
「そう。採るだけじゃなくて、育てるってことだね」
確か、牡蠣の養殖には難しい技術は必要無かったはず。海に筏を浮かべて、そこから海中にホタテの貝殻をジャラジャラと吊るしておけばできるって聞いたことがある。ホタテじゃなくてもいいんだったかな?
場所は、川の流れ込む湾がいいらしい。川から栄養素を多く含む水が湾に流れ込んで、それがプランクトンを育て、それを食べて牡蠣が育つってことだな。
今日俺が牡蠣を採ってきたのも、ここレッドティップスの街の東の、川の河口がある湾だった。養殖の条件は揃ってる。
それで二〜三年育てたら食べられる大きさになるそうだ。もっと大きくしたいならもう一〜二年長く育てればいい。
ドルトンも河口にある街だけど、湾になってないから波があるんだよな。沖に防波堤を作るか? そうすれば牡蠣の養殖ができる? 港の安定運用にもなるだろうし、検討してみよう。
というようなことを子爵に話したら、
「ミカエラ! フェイス殿も引き続き誘惑しろ! やはりこの男は役に立つ!」
「うん、分かったお父ちゃん!」
だそうだ。
この父娘、裏も表も無さすぎる。特許料は貰うからね?








