第363話〜犯人は俺、でも俺は悪くない〜
さすがの俺も学習した。『俺の周囲で何かアクシデントが起きた場合、その原因ないし遠因は俺にある可能性が高い』ってね。
最近の例で言えばノランの侵攻だ。アレも俺が魔王認定されたのが理由だったし、もっと遡れば、ノランの首脳陣を一掃して攻勢新国家体制樹立の手助けをしてしまったのも俺である。
いや、それもこれももとはと言えばノランの総督が海賊行為をしていたのが悪いのであって、俺に責任はないと声を大にして主張したいところではある。本当の原因と責任はノラン自身にある。俺は悪くない。
そんなわけで、今回の事件にも少なからず俺が絡んでいるんじゃないかと睨んでいる。その可能性はかなり高いんじゃないかな?
いや、いじめの原因が俺への抜け駆けアプローチのせいだっていうなら、責任の有無はともかく、関係者であるのは間違いない。
というわけで、俺がこの件について調査するのは当然なのだ。関係者としての責任を果たすだけなのだ。
「という言い訳で、女生徒の部屋の覗き見を正当化しようとしてるみゃ?」
「の、覗きじゃないよ! 調査だよ!」
「……男の子だからしょうがない」
今は講義がない時間帯だから調査にはもってこい。
けど、ひとりで覗き……調査するのは倫理的にどうかなと思って、俺の護衛役のアーニャとデイジーを連れて女子寮の裏手まできたんだけど、やっぱり連れてこなくて良かったかもしれない。どう言い訳……釈明しても覗きと判断されてしまう。何故?
このふたり、俺の護衛役ということになっているけど、実際には単なる助手だ。普段は授業の準備や進行の手伝いをしてもらっている。
マジな話、俺は強い。かなり強い。ひとりで暗殺者集団と軍隊を相手にしても完封できるくらいに強い。
その俺に、この王都で危害を加えることができそうなのは剣聖である王様くらいだ。その王様は常にお城に居て学園に来ることはほぼないから、お城に行かない限り俺に護衛は必要なかったりする。
……王様に会うのが危険っていうのも変な話だけど、あの王様には真剣で斬り付けられた過去があるからな。油断できない。
しかし危険がなくても、上級貴族家の当主である俺が単独で行動するのは外聞が悪いということで、最低限の護衛は必要なのだそうだ。だからふたりを連れている。貴族面倒くさい。
本来、学園への部外者の立ち入りは原則禁止なんだけど、原則ということは例外もあるわけで、アーニャとデイジーはその例外ということだな。
「ともかく、現場を見ないことには捜査は進められないからね! これは必要なことなんだよ!」
「女子寮への入館許可が取れなかったから必死だみゃ」
「……男の子だからしょうがない」
だって、『いくら教師でも女子寮への入館は許可できません』って寮母さんに追い返されちゃうんだもん。あの寮母さん、融通利かなさ過ぎ!
そしてデイジー、テンドンはしなくていい。ここは笑いを取る場面じゃない。しょうがなくない。
【平面魔法】のカメラを飛ばして、三階建ての女子寮の二階、東から二番目の部屋へ送り込む。そこにミカエラさんの気配があるから間違いない。
手元の平面に映像を表示しつつ、カメラをドローンのように操作する。実体のないカメラが壁をすり抜けていく。
おっと、自分とアーニャ、デイジーの周囲に光学迷彩平面を展開して姿を隠すことも忘れてはいけない。犯罪……捜査は隠密に行わなければならないのだ。コソコソ。
「ふむふむ、意外と簡素な部屋だな。もっと女の子っぽい部屋かと思ってた」
「うみゃ。サミィの部屋のほうが乙女チックだみゃ」
「……あそこはフリルとリボンの森」
平面のモニターに映し出されたのは、飾り気の乏しいシンプルな部屋だった。
広さは十二畳ほど、左右対称のレイアウトで、東西の壁際にシングルベッドと勉強デスク、クローゼットがそれぞれ置いてあり、南の壁には大きな窓がひとつ、北側の壁には真ん中に出入りのドアがあるだけだ。
西側のデスクには筆とペン、教科書が置いてあるだけで、東側のデスクの上にはそれに加えて卓上鏡やブラシ、丸められたリボンが数本置かれている。これだけがこの部屋の女の子らしい部分かも。
これならサマンサの部屋のほうが遥かに乙女っぽい。普段着ているのは小粋な和服なのに、部屋の中は白やピンクのレースとフリルの森だからな。いや、大津波か?
そして、西側のベッドの上にはこんもりと膨らんだ毛布。これはミカエラさんだな? 体調不良ってことだったけど、正確には精神的な不調だろう。ベッドから出る気力が湧かないっていう不調。
「女の子の部屋をマジマジと見ちゃダメだみゃ。早く目的のものを確認するみゃ」
「はいはい。えーっと、これかな?」
アーニャに怒られたので改めて部屋の中を確認し目的のものを探すと、それは北側の壁の一角にあった。ハンガーフックとハンガーだ。
ドアを挟んで東西に対称に付けられたそれは、東側は特に何も問題ない様子なのに対し、西側のそれは壁一面が酷く損傷していた。ここが犯行現場だな?
「壁まで傷だらけだみゃ。これ、刃物で斬り付けたものみゃ?」
「……執拗。これは相当な恨みがあったに違いない」
ハンガーフックこそ健在なものの、ハンガーもその後ろの壁も傷だらけになっている。おそらく、ここにミカエラさんの制服が掛けられていたんだろう。
ふむ。ふむ? ふむふむ。
うーん、これは……やっぱり俺が原因、いや、きっかけかもしれないな。
◇
「魔法の暴発、ですの?」
「断言はできないけど、おそらくね」
講義を終えて帰宅し、またリビングで皆と食後の団らんタイムだ。
今日の俺はワンコたちのブラッシング。ウーちゃんをお腹まで丁寧に梳いたら、次はタロだ。ジロは待機してるけど、我慢しきれずにジリジリ寄ってきている。ちょっとだけ待ってね。
進化した先が違うからか、毛質も結構違うんだよな。今の時期はウーちゃん、ジロ、タロの順に毛が長くて細くて柔らかい。でも夏になるとウーちゃん、タロ、ジロの順になる。夏毛と冬毛で結構違いがある。面白い。
「ミカエラさんの魔力の色は青、つまり【速度加速度制御魔法】なんだよ。多分、それが無意識に発動しちゃったんだと思う」
一般的には【水魔法】か【風魔法】って言われている魔法だな。水を出したり風を飛ばしたりする魔法だ。
それが寝ている間に暴発して制服を切り裂いちゃったんだろう。
その証拠に、壁に付いた傷は綺麗にハンガーを避けていた。アレは魔法でしか付けられない傷だ。刃物を斬り付けたならハンガーのところで刃が止まって、そこから先に傷は付かないはずだからな。
なぜ暴発しちゃったのかというと、おそらくその日に受けた俺の講義のせいだ。俺が行った魔力の知覚の実習。アレのせいで魔力が覚醒し、暴走しちゃったんだと思う。
「何年かに一回くらいの頻度で魔法を暴発させる子がいるって話があったじゃない? 去年もコリン君が暴発させてたし。アレが今年も起きただけっぽいんだよね」
「なるほど、例年なら在学中に魔法が覚醒するのは数人だけでしたけど、ビート様が魔法担当になってからは講義を受けた全員が覚醒しておりますものね。当然、暴発させる生徒が出る頻度も上がるということですか。さすがビート様ですわ!」
やっぱり原因の一端は俺にあった。でも俺は悪くない。
はい、タロ終わりね。おっとっと、ジロ、待ち切れないのはわかるけど、タロの上に乗るんじゃありません。タロが困ってるだろ? かわいいなぁ。
「そういうことなら問題ねぇよな。誰も犯人はいなかったってことだろ?」
「うーん、まぁ、そうだね」
「何よ、歯切れが悪いわね! まだ何かあるっていうの? アタシは誰を殴ればいいの!?」
いや、殴らないでジャスミン姉ちゃん。マジで犯人なんて居ないから。
事件自体はこれで解決だと思う。明日学園に報告というか、それとなく伝えておしまい。女子寮を覗きましたとは言えないからな。
けど、まだひとつだけ残ってる謎っていうか、引っかかってることがあるんだよな。
なんでミカエラさんは自分の制服を切り裂いたのかね?








