第360話〜毒を以て毒を制す、というわけではないけれども〜
「……こいつぁマジか?」
「調べた限りではね。検証はそっちでやって。一ヶ月じゃ、これ以上は無理だったから」
いつもの青薔薇の間、いつもの王様と国務尚書と俺というメンバーで、例の依頼の報告会をしている。もう期限の一ヶ月だからな。
「わぁーったよ。レオン、こいつを医局に回して追試させとけ。あと、ヒューゴーにも写しを送っといてやれ」
「承知致しました」
『平成の月刊漫画雑誌かよ!』と言いたくなるくらいの厚さの資料束を王様がテーブルに放り投げる。パサッとかじゃなくてドスンッって感じの音が出た。マジ重いんだアレ。
「しかしまぁ、病気の原因からその対処方法まで、たった一ヶ月で、マジで見つけてくるとはな……」
「まだ可能性の段階だけどね」
「それでも大したもんだ。追試の結果次第だけどよ、報酬の上乗せも期待していいぞ」
「それは嬉しいね」
やれやれ、なんとかゴブリン病の予防と治療に目処が立って、これで一安心だ。
たった一ヶ月で、よくやった俺! 自分で自分を褒めてあげよう! 今夜は焼き肉だ!
いやぁ、まさかゴブリン病、異世界の住血吸虫症の治療法がゴブリンから見つかるとはねぇ。灯台下暗しとはこのことか。
◇
生態調査の範囲を広げて病気が蔓延している地域とそうでない地域の動植物を可能な限り調べることにしたんだけど、意外とアッサリ、早期に解決のヒントが見つかった。
ゴブリンだ。
比較的多く発症者が出ている地域にはゴブリンがおらず、逆に発症者が少ない地域にはゴブリンの集落があったのだ。
偶然かなとも思ったんだけど、例の巻き貝がいるのに発症者がいない地域の付近には複数の集落があったから、なんらかの関係性があるだろうということは確定的だった。
ゴブリンの存在が住血吸虫症の発生サイクルに何らかの影響を与えている。
その何らかとは何か?
その答えも、かなりアッサリ判明した。
ゴブリンは自然の中で原始的な生活をしている生き物だ。その特徴として『繁殖力が異常に高い』『オスしかいない』それと『薬学知識に長けている』という点が挙げられる。
そう、薬学分野に限ってはヒト種以上の知識と技術を持っているのだ。
これは純粋な知能知識ではなく、おそらく魔法的な何かによるものだろうと言われている。
なぜなら、ゴブリン自体の知能はサルより少しマシな程度でしかないからだ。一応独自言語はあるみたいだけど、文字や絵を描く文化はないみたいだし、集落に作る住居も草葺のテントみたいな粗い作りのものばかりだし。
その唯一秀でている薬学知識でゴブリンは様々な薬を作る。獲物を仕留めるための毒であったり、怪我の治療に使う薬であったり。
俺達が普段お世話になっている『ポーション』の原型もゴブリンから得たものだそうだ。割と最近まで知らなかった。
そんなゴブリンたちが日常的に使用しているのが虫除け薬だ。
この世界にも蚊やダニ、ヒルはいる。病気の媒体になるこれらの虫は、自然界では大きな脅威だ。
実際、元の世界でも、最も多くのヒトを殺している生物は蚊だという説もあったしな。この世界のゴブリン共が、それらに対処するための薬を作るのは至極当然といえる。
で、この虫除け薬。これが住血吸虫症の予防と治療の鍵だった。
ゴブリン共はその薬を日常的に体に塗りたくっている。なんか汚いムラのある緑色の肌をしているなぁと思っていたんだけど、それはこの薬のせいだったみたいだ。
この虫除け薬は魔石と数種類の野草からできているんだけど、その中にスギヨモギという野草が含まれている。ブタクサっぽい見た目の、何処にでも生えているありふれた草だ。
ただし、根腐れしやすいらしく、水辺には生えていない。ここがポイント。
このスギヨモギをマクガフィンで調べたところ、なんと蟲下しの成分が含まれていたのだ。
試しに住血吸虫が寄生しているホソヤリマキガイのいる水瓶にスギヨモギの汁を一滴入れてみると、翌日には水瓶中の変異住血吸虫は死滅していた。大発見だ。
おそらく、スギヨモギの成分が含まれた虫除け薬を塗ったゴブリンが水場で水を飲んだり水浴びをすることで薬効成分が水中に溶け出し、水源にいる住血吸虫が死滅したんだろう。
ある程度の濃度がないと効果がでないから、それが病気が蔓延している地域とそうでない地域の差になったものだと思われる。
この情報を正直に挙げてしまうと、マクガフィンについても言及しなくてはいけなくなるおそれがある。『どうやって薬効のある野草を特定したんだ!』ってな感じで。
俺にしか使用できないから取り上げられることはないと思うんだけど、その使用のために拘束されるかもしれない。鑑定マシーンとして飼い殺しだ。
それはゴメンなので、『おそらくゴブリンの行動に鍵があるとアタリをつけ密かに監視したところ、体に塗る薬、虫除け薬が影響していると確信するに至り、その素材の何が効果的なのかを個別に検証したところ、スギヨモギに顕著な薬効があると認められた』と報告書には書いて提出した。これでごまかせるだろう。
このスギヨモギの薬効成分が抽出できれば、ヒトの治療にも活かせるかもしれない。
さすがの俺でも、治療にまでは手は出せないからな。そこは専門の人にやってもらわないと。
ここまでの調査と研究の内容を資料にまとめ終わったのは、期限ギリギリの一月二十四日だった。
マジで納期ギリギリだ。ここまで引っ張ったことは前世でも一回しかない。やれやれだな。
◇
しかし、まさかゴブリン病の治療にゴブリンが役立つなんてな。
これは生きてる害悪という認識を改める必要が……いや、ないな。害悪なのは間違いないし、今回もヒントだけで、ゴブリン自体が役に立ってるわけじゃないし。
今後も見つけ次第抹殺だ。
……ん?
まさか、まさかとは思うんだけど……俺が国内のゴブリンを駆逐したから、住血吸虫症が蔓延しちゃったってことは……無いよね?
以前、大森林の肉食魔獣を駆逐したら、餌にされてた猪人が大繁殖しちゃったってことがあったけど、アレのゴブリン版が起きたってことは……。
いや、無い無い!
ゴブリンなんて、一匹いれば三十匹は居ると思えって言われるくらい繁殖力が強いんだから、俺ひとりが頑張っても駆逐なんてできないよな! 無理無理!
もしかしたら、今後ワッキー領やエンデで住血吸虫症が流行るかもしれないけど、俺がゴブリンを駆逐したこととは無関係だよ、多分!
「それはそれとして、北の方の状況はどうなってるの?」
住血吸虫症のことを意識から消し去るために、無理矢理話題を変える。
「あっちは膠着状態だな。冬だし、もう雪も積もってるからな」
「あー、なるほど」
ノランとの戦争は冬将軍の横槍で中断か。そりゃそうだな。
けど話に聞く限りでは、現在のノランは食料事情がよろしくないはず。どうにかして食料を確保しなければ大量の餓死者がでるかもしれない。
そして、武器だけは大量にある。
悠長に待っているとは思えないんだけど……。
「それに、お前がツリーバッツに要塞を作っちまったからな。アレを越えて攻めてくるのは、雪が融けても無理なんじゃねぇか?」
「うん、頑張ったからね」
石柱林を生やしちゃったからな。アレが邪魔で、大軍は攻めてこれない。
こっちからも攻められないけど、ノランなんて攻め獲っても寒いだけで美味しくないからな。
けど、王国に攻めてこられないってことは……。
「またエンデが危ないかもしれないね」
「だな。一応、救援の準備はしてるけどよ」
「そのときはご協力をお願いします、フェイス伯」
北の次は東か。まだまだ忙しい日は続きそうだ。








